5話 友人の意味
よければ
評価☆☆☆☆☆
ブックマーク等
よろしくお願いします。
励みになります
部屋は7階ということもあり、窓からの景色は中々に壮観だった。内装は和室風の落ち着いたデザインで、入ってすぐ右手に風呂、左手にトイレ、その奥にコンパクトな台所が設けられている。そして正面に進めばリビングが広がっていた。
風呂は黒を基調としたシックなデザインで、汚れが目立ちにくく清潔感がある。トイレは特筆することもないが、台所は思ったよりも広めで、IHコンロが二つ並んでいた。
リビングは約11畳ほど。友人が訪ねてきても、問題なく過ごせる広さだ。右手には収納棚と勉強机、左手にはベッドがあり、その手前には冷蔵庫、レンジ、オーブンが並ぶ。どうやらこの配置がデフォルトのようだ。
俺は部屋の中を一通り見渡し、思わず感嘆の声を漏らす。
「す、すげぇ……! 田舎なのに、ここだけ都会みたいじゃねぇか……」
思っていたよりも遥かに広い。てっきり6畳くらいのワンルームかと思っていたが、蓋を開けてみれば、まるで高級マンションの一室だ。新築というのもあるだろうが、実家の自分の部屋より広いとはどういうことだろう。
俺は試しに椅子に腰掛け、窓の外に目を向ける。そこには、緑に囲まれた美しい学校の風景が広がっていた。
「俺……今日からここで暮らすのか……」
呟いた言葉には、未だ現実感がない。
けれど、これから三年間——勉強し、競い合い、強くなり、成長していけば、この環境も当たり前になるのだろう。一人暮らしの経験はないが、きっと俺もそのうち慣れていくはずだ。
「……実感ねぇな」
そう思いながらしばらく窓の外を眺める。
すると——
——ピンポーン。
突然、呼び鈴が鳴った。
「誰だ?」
来客の予定はない。そもそも、知り合いなんて限られている。少し戸惑いつつも、俺は玄関へ向かい、ドアを開けた。
「ふじみやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「うおっ!? し、篠原さん!?」
そこにいたのは、顔をぐしゃぐしゃにして涙を流す篠原さんだった。
「伏宮ぁぁ〜! 僕、もうダメかもしれない……! 一人暮らし、向いてないよぉぉぉぉ!!」
「え、あ、あぁ……? ……ん?」
突然の泣き言に、俺は困惑する。
「僕さぁ……一人暮らしってもっと簡単だと思ってたんだよ。でも、思ったよりも難しいっていうか、なんか寂しいっていうか……! 息苦しくて死んじゃいそうなんだ!!」
「……お、おう。それは大変だったな。……って、いや待て! 俺と別れてからまだ5分しか経ってねぇぞ!?」
思わずツッコまずにはいられなかった。
俺と別れてから、まだたったの5分しか経っていない。なのに、こんな泣き顔になるものだろうか?
篠原さんは涙をぬぐいながら、俺の手をぎゅっと握る。
「伏宮ぁぁ! 助けてよぉぉ! 一緒に暮らそうよぉ! 運命共同体になろうよぉ!!」
「はぁ!? 何言ってんだ!? なんで二部屋あるのにシェアハウスしなきゃならねぇんだよ!?」
「そんなこと言わないでぇぇぇ〜!! 友達を助けると思ってぇぇぇ〜!!」
「お、おい! くっつくな、暑苦しい!」
篠原さんは俺の服に顔を押し付け、ぐしゃぐしゃの涙を擦り付けてくる。その必死さに、思わず俺も彼女を突き放そうとするが。
俺が離れようとしても、がっちりと服を掴んで離さない。
「って、お前、めちゃくちゃ力強いな!? 全然離れねぇじゃん!!」
無理に引き剥がそうとすると生地が破れそうだ。
「いいから家に入れてよぉぉぉぉ! じゃないと僕は絶対に離さないからなぁぁぁ!! うわぁぁぁぁぁぁん!!」
「おい、騒ぐな! 近所迷惑だろうがっ!!」
廊下に響く絶叫。これ以上続けたら、周囲の部屋の住人に通報されてもおかしくない。
まるで世界の終わりのように叫ぶ篠原さんに、俺は頭を抱えた。
とりあえず、このままでは埒が明かないし、家に入れて落ち着かせるのが先だな。
「……分かった。分かったから、手を離してくれ。家に入れてやる」
「……いいの? 本当に?」
「ただし、条件がある。家で叫ぶな。部屋を荒らすな。落ち着け。守れないなら、すぐに追い出す」
「……!」
俺がそう告げると、篠原さんの顔がパッと明るくなった。さっきまでの泣き顔はどこへやら、満面の笑みを浮かべている。
「ありがとう伏宮! 条件、ちゃんと守るよ!」
「……」
篠原さんは俺の腕を引っ張り、ずるずると家の中へと押し入ってきた。
本当に大丈夫か……?
表情の変化が激しすぎる篠原に、俺は少し不安を覚える。だが、彼女も家を荒らすような人間ではないのは俺も分かっている。おそらく大丈夫だ。
……叫ぶのは今のところ微妙だが…。
ともかく、俺は篠原さんを部屋に招き入れ、リビングの棚の下にあった小さな折りたたみ式の机を引っ張り出した。ついでに、お茶を淹れて彼女の前に置く。
「落ち着いたか?」
「うん。おかげさまで……。本当にすみませんでした……」
すっかり冷静になった篠原は、俺の前で土下座した。
「いいよ。もう終わったことだ。それに、俺は篠原さんと友達になるって決めたからな。迷惑をかけるなら、まずは友人にだろ」
「え、許してくれるの? 本当に?」
「あぁ、本当だ」
篠原さんは安堵したようにほっと息をつく。
「伏宮は優しいね。普通、こんな僕見たら、軽蔑するよ……」
「いや、軽蔑はしたぞ?」
「へ?」
あっけにとられた顔の篠原さんに、俺は肩をすくめる。
「でも、尊敬もしてる。篠原さんのその素直さは、人に好かれる特性だと思う。今日会ったばかりの相手に、迷わず助けを求められるのは、悪いことじゃない」
「……でも、迷惑かけたし……」
「知人ならともかく、俺たちは友人だ。友人なら、多少の迷惑は迷惑とは思わない。だから、困ったことがあったら、遠慮せず頼れよ」
「……うん。分かった」
俺の言葉が伝わったのか、篠原さんは、しっかりと頷いた。
「とは言え、俺も友人ができたからには色々迷惑をかけることもあるし、今回のポイント制度に関しても遠慮なく情報共有はさせてもらうつもりだ。その時は、こっちからも頼っていいか?」
「もちろんだよ。僕はこう言っちゃなんだけど、人と仲良くするのは得意なんだ。わからないことがあったら近くの人に聞くし、情報収集能力には自信がある。何か知りたいことがあったら、なんでも聞いてね。次の日には答えを用意するようにするから」
「ああ、助かるよ」
少しでも気を紛らわせればと思ってかけた言葉だったが、篠原さんはすっかり元気を取り戻したようだ。さっきまでの落ち込みが嘘のように、表情も明るくなり、声にも力が戻っている。
……まぁ俺もきっと、いつか彼女を頼る日はやってくるだろう。
一人暮らしも、この学園生活も、始まったばかりだ。俺たちはまだ未熟で、きっとこの先も色々なことに戸惑い、迷い、悩む。
だからこそ、支え合って進んでいくのが、友人ってものだ。
同じ生徒として篠原さんとは少しずつ親睦を深めていきたいものだな。