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4話 漏洩の意味


 学校案内が終わったのは、それから30分ほど経った頃だった。

 ひと通り施設を回り終えた俺たちは、放課後早めの解散となり、それぞれの目的に沿って動き出す。


 さっそく集まって勉強を始めようとする連中や、上級生に詳しい話を聞きに行く者もいた。みんなそれぞれ、今日のことで思うことがあるのだろう。誰もが考えることは同じだ。


 そんな中、俺と篠原は一緒に寮へと向かっていた。


「今日は色々あったね。てっきり学校を見て回るだけだと思ってたんだけど……ポイント制度なんて初めて聞いたよ」


 篠原がこちらに視線を寄せる。

 ポイント制度に関しては俺も初耳だったので、驚きは同じだ。そして、おそらくそれは他生徒も変わらない。


「あの感じだと、クラスの誰も知らなかったみたいだな。パンフレットにも書かれてなかったし、事前に情報が漏れないよう対策されてるんだろう」

「対策って…例えば?」

「例えば、情報を漏らしたらその人のポイントが全部没収されるとか、学校中に盗聴器が仕掛けられてて、誰かが話した瞬間にバレるとか」

「ふふっ。本当にそうなら、ここは監獄だね。僕も下手なことは言わないように気をつけなくちゃ」


 篠原は何か決意したように胸を張る。

 ……いや、そんなに気張らなくても。

 でも、急にポイント制度なんて言われたら、不安にもなるか。


「要するに、普通に生活してれば問題ないってことだろ。変に気にしすぎる必要はないさ」

「まあ、そう言われるとそうなんだけどね。でも、ルールがあると、無意識のうちについ破っちゃいそうで怖いんだよ。あと、みんなに置いていかれるのは嫌なんだ。最低限、取り残されないように努力はしておきたい」

「…そうか」


 何をするつもりなのかは分からないが、何事にも前向きに取り組む姿勢は悪くない。

 入試の成績が良かったからといって、俺も油断してる余裕はないし、時間があるなら情報を集めておいた方がいいかもしれない。


「じゃあ、帰ったら『学校のススメ』でも見てみるか。たしか、あれにクエストのルールとか報酬が載ってたはずだよな」

「うん。でも特別クエストはスマホで確認するのが基本らしくて、最初の1週間分はすでに決まってるみたい。それを1ヶ月ごとにローテーションするんだって」

「よく知ってるな」

「さっき近くの上級生に聞いたんだ。最悪、わからないことがあったら僕に聞いてよ。僕も色々と調べておくから、情報共有しよう」

「分かった。そうさせてもらおう」


 篠原とそんな会話をしているうちに、俺たちは寮の7階に着いた。


 俺の部屋は710号室。20階建てのマンションのちょうど真ん中くらいだ。

 ここまで高級感あふれるホテルのような廊下を通ってきただけに、本当に自分の部屋があるのか半信半疑だったが、ちゃんと俺の名前が書かれたプレートがドアに貼られていた。


「へぇ…伏宮くんの部屋ってここなんだね!」


 篠原もそれを見て、少しテンションが上がっている。

 ……そういえば、当然のようにこいつも7階で降りてきたけど、何でここまでついてきたんだ?

  友人だからと深く考えるべきではないのかもしれないが、少し気になった。


「もしかして、篠原の部屋もこの近くなのか?」

「うん、僕は709号室だから、この隣だよ。ほら、ここ!」


 篠原が隣のドアを指差す。そこには確かに「篠原」と書かれていた。

 隣同士か……教室では前後の席だったことを考えると、学籍番号順で部屋が割り振られてるということだな。

 

「でもよかった、隣なら寂しくなった時いつでも遊びに行けるね。僕こう見えて結構寂しがり屋だからさ、ちょうどよかったよ。…というか、これって…もしかして、運命…なのかな?」

「は?」


 突然の運命アピールに、思わず疑問の声が漏れる。

 篠原を見ると、首を傾げながら人差し指を唇に当て、上目遣いでこちらを見ていた。

 ……いや、なんだそのポーズ。

 気のせいかもしれないが、頬もほんのり赤い気がする。

 もしかして、わざとか?

 いや、さすがにそんな器用なことをするタイプじゃない。きっと自然にやってるんだろう。

 ……だとしたら、それはそれでタチが悪い気もするが。


「お前…あんまり人にそういうことは言うなよ。勘違いする奴とかいるかもしれないだろ」

「え? 勘違いって?」


 篠原はきょとんとした顔で首を傾げる。


「なんでもない」


 ……本当に、なんでもない。

 そう言ってしまえば楽なのに、どうにも釈然としない気持ちが残る。


 篠原は無自覚なんだろう。だが、その無警戒さは正直危なっかしい。

 そういえば、彼女の前の学校は生徒数が少なかったらしいからな。それなら、男に対して警戒心が薄いのも頷ける。


 不用心すぎるな。


 こういうのを本気にするやつがいないとも限らない。

 せめて俺が近くにいるときは、少し気をつけてやるべきなのかもしれない。


「まあともかく。またな、明日のホームルームで」


 そう言って、一通り話し終えた俺は部屋へ戻ろうとした——その瞬間。


「あ、ちょっと待って!」


 腕を掴まれ、足が止まる。


「…どうした?」


 振り向くと、篠原が俺の袖を握っていた。


「スマホ…折角だし連絡先交換しようよ。これから何かと一緒に行動するんだからさ」

「…ああ、そっか」


 そういえば、その発想がなかった。

 どうやら篠原は、俺を引き留めてまで連絡先を交換しようとしてくれたらしい。

 完全に失念していたが、俺も今、人間関係を一から作っている最中だ。連絡先は交換しておくべきだろう。


「ふふっ。ありがとう。新しい学校で友達ができるか不安だったけど、伏宮くんがいてくれて良かったよ」

「……それはお互い様だ。俺も一人だと寂しかったから助かる」

「だね!」


 篠原は満面の笑みを浮かべた。

 ——眩しい。

 こんな風に、誰かに向けてまっすぐ笑える人間がいるんだな、と思う。

 ただ一人、気軽に話せる相手がいるだけで、明日からの学校生活が少しだけ楽になる気がした。


「それじゃあまたね! 明日のホームルームで! 今日は楽しかった!」


 最後にそう言い残し、篠原は自分の部屋へ入っていった。


 ……楽しかった、か。

 普通、こういうのは心の中で思うだけで、口に出すのは少し照れくさいものだ。

 それをあっさり言えてしまうのが、彼女の美徳なのだろう。


 俺は、わずかに口元を緩めながら、自分の部屋へと入った。


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