3話 案内の意味
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着席した生徒を見渡すと先生は早速口を開いた。
「全員いるな。ではまず、諸君らに賛辞を送ろう。諸君らは、多数の生徒の中から選ばれた優秀な生徒だ。入学おめでとう」
まずは、学校に入学したことへの賛辞を先生は述べる。
この学校は入学するにあたって特出した能力が必要だからな。
入れただけでも十分なステータスだ。
「皆の知っての通りここは浅野川高等学校だ。田舎には似合わない綺麗な校舎に、優秀な生徒が集まっている。だが、だからと言って油断はするな。ここには優秀な生徒が集まっているからこそ、だらけているとすぐに周りに置いていかれることになるからな」
先生はまず、俺たちに気を引き締めさせるための言葉を投げかけてきた。
目標を達成した直後、人は最も気が緩みやすい。そのことを先生はよく理解しているのだろう。あるいは、これまでに何人もの生徒が油断して失敗するのを見てきたのかもしれない。
「さて、堅苦しい話はこのくらいにして、まずは自己紹介をしよう。私は葛飾小鳥。この学校が創設された五年前から教師をしている。今年から君たちCクラスの担任を務めることになった。担当科目は現代文だ」
そう言って、先生は黒板に自分の名前を書いた。
「今日はこの後、ホームルームと学校案内の時間しか一緒にいられないが、今後は朝と放課後のホームルーム、そして現代文の授業で顔を合わせることになる。その他の時間は職員室か、他のクラスの授業を受け持っている。何か質問がある場合は、休み時間に職員室へ来てくれ。では、ここまでで何か質問はあるか?」
先生が教室を見渡すと、生徒たちは誰も手を挙げることなく静まり返った。
クラスの人数はおよそ36人。こんな大勢の前で質問をするのは、それなりに勇気がいる。
俺も聞きたいことがないわけではなかったが、わざわざ手を挙げるほどでもないので、他の生徒と同じように黙っていた。
先生はその様子を見て、納得したように頷く。
「なさそうだな。では、これから学校案内を始める。一度で覚えろとは言わないが、ここはこれからお前たちの第二の家となる場所だ。できるだけ早く慣れるようにしておくことを勧める」
そう言って、先生は歩き出した。俺たちは指示に従い、教室を出る。
こうして、浅野川高等学校の校舎ツアーが始まった。
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俺たちは先生の案内のもと、校舎内を見て回る。
この学校はどこもかしこも綺麗で、基本的に透き通るようなガラス張りの造りになっている。そのおかげで開放感があり、廊下を歩いているだけでまるで近未来の施設にいるかのような気分になった。
敷地の広さは約三百万平方メートル、もしくはそれ以上。とても一日や二日で把握できるような規模ではない。そのため、今回の見学は校舎内と、授業で使用する主要な専門教室を回ることが中心となった。
まずは、俺たちがいた教室の近くから。
隣接するクラスはDクラス、Bクラス、そしてAクラスだ。
ただ、Aクラスだからといって特別優秀な生徒が集められているわけではないらしい。このクラス分けは、あくまでランダムに決められているそうだ。
まあ、俺自身が首席でありながらCクラスに配属されている時点で、それはなんとなく察していたことだった。特に気にするようなことでもない。むしろ、そうであってほしいとすら思う。
競争というのは、実力が拮抗してこそ面白いものだからな。もし俺よりも優秀な生徒がいるのなら、それに越したことはないだろう。
同学年のクラスを回った後は、他の校舎にある専門教室へと移動する。音楽室、美術室、保健室——どれも中学にもあった施設だが、決定的に違うのはその「規模」と「設備の充実度」だった。
例えば音楽室。
中学時代はたった一つしかなかったのに対し、この学校には三つもあるという。一つは授業用、一つは自主練習用、そして最後の一つが部活動用。
このシステムは音楽室に限らず、美術室や保健室など他の施設にも共通していた。
まるで家にリビングが三つもあるような、妙な違和感を覚えるが——まあ、設備が整っているに越したことはない。むしろ、これだけの環境が整っているのなら、どんな分野でも本気で打ち込めるだろう。俺も素直に「便利だな」と思うだけだった。
専門教室を一通り巡った後、次に案内されたのは体育館。
その広さは標準的で、設備も特に変わったものはなかった。ただ、二つの体育館が存在し、どちらも驚くほど綺麗に整備されている点が特徴的だった。
まあ、この学校全体がそういう設計なのだから、特に驚くようなことではない。だが、クラスメイトの様子を見てみると——どうやら、俺と同じ感想ではないらしい。
「あぁ〜、ここに来てよかったぜ! 寺生まれでじいちゃんに寺を継げって言われた時はどうなるかと思ったが……俺はこの学校に通うために生まれてきたんだ!」
坊主頭の男子がそう叫ぶと、クラスメイトからクスクスと笑い声が漏れた。
この学校に来た理由は人それぞれだが——こうして、現実から逃れるために、あるいは自分の運命を変えるために入学した者もいるようだ。
俺もまた、自分と競い合える相手を求めてこの学校を選んだのだから、考えてみれば似たようなものなのかもしれない。
体育館を後にした俺たちは、次に図書館へと向かった。
ここもまた、他の施設と同様に清潔感があり、統一されたデザインが施されている——。
「す…すごい! 高校って図書室じゃなくて図書館なんだね……」
篠原は、もともと人口の少ない学校に通っていたこともあり、そのギャップに圧倒されているようだった。
だが……俺の感覚では、高校には「図書室」があるのが一般的だ。ここが「図書館」になっているのは、むしろ特別なことだと思う。詳しいことはよく分からないが。
図書館の一階には、劇場、カフェ、そして自習室が設置されていた。
劇場の入り口には、その日上映される映画のスケジュールが掲示されている。興味がある生徒は、上映時間に合わせて観に行くことができる仕組みらしい。
さらに、この劇場では学校側が勝手に映画を決めるのではなく、生徒が「観たい映画」を紙に書いて受付に提出し、それを基に上映作品が決定されるという。
俺たちが訪れたとき、ちょうど上映中だったため中の様子は見えなかったが、驚いたことに外まで音が漏れてこなかった。
これなら、図書館に併設されていても苦情が出ることはなさそうだ。
と、ここで葛飾先生が、校舎案内とは別の説明を始めた。
二階へと上がると、そこには駅の改札口のような機械が設置されていた。俺たちは、その異様な光景を前に思わず足を止める。
「ここからは、この学校独自の制度について説明する」
そう前置きし、先生は話を続けた。
そして——この説明が、今日一番の衝撃をもたらすことになる。
「この学校は、少し特別な仕組みを採用している。あそこにある改札のような機械が見えるか? あれは、君たちの学生証をかざすことで入場できるシステムになっている。そして、この制度は図書館だけにとどまらない。君たちは、これからの生活において、衣食住のあらゆる場面で『学生証』を使うことになる」
衣食住まで——?
俺は、一階の劇場やカフェを思い出した。
おそらく「公共施設」とは、そういった娯楽施設や食事処のことを指すのだろう。
「とはいえ、すべてが無料で利用できるわけではない。当然、無料で使用できる施設もある。例えば、この図書館は誰でも自由に利用できるし、一階にあった劇場も無料だ」
あれ、劇場は無料——?
俺はてっきり有料だと思っていたので、意外な事実に少し気恥ずかしくなる。
「しかし、基本的にこの学校の施設利用には『ポイント』が必要になる。食堂で食事をするにしても、ゲームセンターに行くにしても、それが学校の敷地内にある限り、この制度の対象となる」
ポイント……。
クラスメイトの間にも、ざわめきが広がる。
「じゃあ、どうやって利用するんですか?」
その中で、茶髪に緑色の瞳を持つ、整った顔立ちの男子が手を挙げて質問した。
教室では目立っていなかったが、こうして話す姿を見ると、なかなか落ち着いた雰囲気の生徒だ。
一瞬、クラスメイトの視線が彼に集まったが、すぐにまた葛飾先生へと意識が向けられた——。
「いい質問だ。基本的にこの学校はポイント制度を導入している」
「ポイント制度?」
「そうだ」
先生が頷くと、クラスメイトたちは一様に疑問の表情を浮かべる。
そのとき——。
どこからともなく現れた黒服の職員たちが、俺たちに何かを手渡し始めた。
「これは…」
「スマホ?」
クラスメイトの数人が、戸惑いの声を上げる。
俺も受け取ったものを確認してみると、それは間違いなくスマホだった。しかも、背面にはこの学校の校章が刻まれている。
「伏宮くん、ここ見てよ。僕の学籍番号と名前が書いてあるよ」
篠原が画面を見せてくる。
確かに、右端に小さく学籍番号と名前が表示されていた。どうやら、適当に配られたわけではなく、それぞれの生徒専用の端末らしい。
「そのスマホは、学生証とリンクしている。つまり、お前たちの『財布』だ。中には若干のバラつきはあるが、初期ポイントとして約10万ポイントが支給されている。価値は1ポイント=1円。つまり、現金と同じ扱いだ。君たちは、このポイントを使って三年間の学園生活を送ることになる」
葛飾先生の言葉に、場の空気が張り詰める。
「う、嘘だろ!? これで三年間!?」
「たった10万ポッチでかよ!?」
「そんなことできるの…?」
動揺したクラスメイトたちが次々と声を上げる。
三年間で10万円——それが現実的でないことは、誰にでも分かる。
いくら節約しても、半年も持たないだろう。
そんな俺たちの反応を見て、葛飾先生は鼻で笑った。
「当然、それだけで三年間暮らせというわけではない。これはあくまで、入学時の初期支給額だ。ポイントが足りなくなったら——稼げばいい」
「つまり俺たちが自分でお金を稼ぐ…ということでしょうか? でもどうやって……?」
「簡単だ。この学校には、いくつかの『制度』がある。その中に、ポイントを稼ぐ方法も含まれている」
先生はそう言って、一拍置いた。
「まあ、これは君たちが寮に帰った時に学校のススメを見れば分かることだが、念の為簡単に説明しておこう」
葛飾先生はそれからポイント制度についてもっと詳しく説明してくれた。俺たちは自然と耳を傾ける。
「例えば、君たちが自習室や自宅で勉強をしたとしよう。その場合、1時間につき1000ポイントが支給される。さらに、仲間と集まって勉強会を開いた場合は、200ポイントが加算され、1時間1200ポイントになる。それらは『共通クエスト』と呼ばれるものだ。この学校では、日常生活のさまざまな行動が『クエスト』として設定されている。現在、共通クエストの種類は約300種。日々の学習や運動、授業後の質問、部活動、さらには遊びまでもが対象となる」
「さ…300種!?」
「そんなにあるのか…?!」
その多さにクラスメイトからも驚きの声が聞こえてきた。
「それだけじゃない。共通クエストとは別に、『特別クエスト』というものも存在する。その内容は日によって変わるが、基本的に共通クエストよりも高い報酬が得られる。例えば、通常の自習なら1時間1000ポイントのところ、特別クエストなら1時間1500ポイントになることもある」
——クエストか。
俺にとって、クエストという言葉は馴染み深いものだ。
毎日、今日は走れ、今日は勉強しろ、そんな目標が自分に課されてきた。クエストをこなすことで、俺は成長してきたのだ。
それがこの学校でも存在するらしい。
面白い制度だな。
クエストという形で課題を与えられれば、人はつい挑戦したくなるものだ。それでポイント——つまり金が手に入るとなれば、なおさらだ。
そして何より、この制度の極めつけは、「クエストをこなさなければ、逆にお金が貯まらない」という点にある。
つまり、嫌でもクエストをクリアしなければ、この学園では生き残れない。
「詳しい説明は、支給したスマホと『学校のススメ』に書かれている。質問は色々あるだろうが、受け付けるのは明日以降だ。では、案内を再開するぞ」
そう言って、葛飾先生は首から下げた教師証を改札機のような装置にかざし、図書館の中へと入っていった。
クラスメイトたちも、戸惑いながらも先生の後に続く。
……にしても、ポイント制度か。
まだ分からないことが多すぎるな。
詳しく調べてみないことには、安心して生活できそうにない。
帰ったら、『学校のススメ』とやらをじっくり読み込んでおいた方がよさそうだ。