17話 価値観の意味
白坂から賭けを提案されて二週間が経過した。気づけばオリエンテーション合宿当日だ。
俺たちは早朝から葛飾先生引率の元、校舎前のグラウンドへと集まっていた。全生徒140名。その全員が集められている。
ちなみに目的地である環乱島には、まずバスに乗り近くの港まで行き、そこからフェリーで一時間ほど渡った場所にある。よってまずはバスでの移動だ。
荷物は制服や私服、スマホなどの貴重品を準備した。一週間という長い期間、本来ならばかなりの量の荷物になるはずだが、基本的に着替えの服は学校側が用意しているらしく、そこまで荷物が嵩張ることはない。
「よし、全員いるな。今日はオリエンテーション合宿当日だ。ここからはバスでの移動になる。朝のホームルームは時間の都合上バスで行くことになっているため、まずは適当な奴らとペアを作り後ろから順に乗車しろ」
葛飾先生にそう言われ、俺達はバスに乗車することに。バスでの移動は約一時間。その道中、朝のホームルームを行うとのことだ。
そこまでギリギリのスケジュールにしなくてもいいと思うが、オリエンテーション合宿はすでに始まっている。無駄な時間を過ごす余裕はないということだろう。
「なぁ、俺たち一緒に乗ろうぜ?」
「もちろんだ。どうせなら他のやつらも入れてさ……」
「ごめん…私他の人と組んでて」
「じゃあ私誰と組むのよ…」
「適当に組むしかないわ。別に一時間なのだから気にする必要はないでしょう」
周囲にはさっそくペアを作る動きがあった。AクラスからDクラスまで総勢140名が、各々ペアを作り出す。こうしてみると、みんな一人は友人がいるようだ。何気なく話す声が聞こえてくる。
もうこの学校に来て一ヶ月程が過ぎた。そろそろ友人を作る動きも落ち着いてくる頃だろう。
そう思っていると一際大きな歓声が聞こえてきた。見てみると、他クラスの人物。白坂や柊、そしてもう一人の首席、最近名前を耳にした、阿賀の姿が見えた。
どうやら彼らも適当なペアを作りバスに乗車しているようだ。まあ、首席ということもあり彼らは人気だ。篠原のように憧れている生徒も多いだろうし、ペアを作るのに苦労はしなさそうだな。
……と、思えば一概にそうでもないらしい。白坂や柊と違い、阿賀はどこか避けられている様子だった。まるで人混みの中に通り魔でもいるのかというように、どこか周囲が距離をとっている。
何かあったのだろうか。一瞬色々と考えてみたがその見た目や口調以外特にそれらしい理由は見受けられない。いや、見た目と性格が理由なら嫌われる理由は十分か。それ以外の理由なんて考えてもしょうがないだろう。
「だから! 私が組んであげるって言ってんでしょ!? 何でそう嫌味ったらしいことばかり言うのよ!」
「その喋り方よ。いかにも自分が上であるかのような言い方が気に入らない。その口調を見ればあなたが嫌われる理由なんて一目瞭然でしょう。せめて上からじゃなくて対等に話を進めたらどうかしら」
「はぁ!?」
適当に周囲を見渡していると、突然近くから口論のような声が聞こえてくる。
なんだろうか。声の感じかたして喧嘩みたいだが。
「あんたのグループが奇数だから、こっちからも一人出そうって言ってんでしょ? いちいち口調がどうのとか、意味わかんないこと言わないでよ」
「仕方ないでしょう。私も、そっちのグループがここまで教養のない人たちだとは思わなかったもの。これなら男子から選んだ方がマシだったわ」
「チッ……」
ドス黒い空気が漂う口論だ。何がどうなっているのかは分からないが、どちらもかなり酷いことを言っている。
「何かあったのか?」
状況がつかめないので、隣にいる篠原に尋ねた。
彼は一部始終を見ていたらしく、顎に手を当ててすぐに説明を始める。
「んーっとね。うちのクラスの女子って、もともと雪美祢さんのと三河さんのグループがあるんだけど、どちらも奇数の人数らしいんだ。それで、三河さんが『一人いらないから、そっちにあげる』みたいなことを言って、一人を雪美祢さんのグループに移そうとしたんだよ。でも、それを聞いた雪美祢さんが、『人を物みたいに扱うような人の言うことを聞くのは癪だから』って反発して、そこから口論になっちゃった」
「そうか……」
つまり、三河の横暴な態度が気に入らず、雪美祢が反発した、というわけだな。
たしかに言われてみれば雪美祢は見るからに優等生のような顔立ちをしている。黒髪の長髪にスラリとした綺麗な体型。まさに清楚な趣を感じさせる生徒だ。俺も入学する前バスであったので覚えている。三河とは合わなそうな雰囲気だ。
そんな彼女の背後には、俯き気味の女子生徒がいた。おそらく、彼女が元々三河のグループに所属していたが、「余り者」として押し付けられた女子なのだろう。そこはかとなく悲しい雰囲気を纏っている。
「僕的には三河さんの方が悪い気がするけど…雪美祢さんもはっきり物を言うタイプだから喧嘩が収まる様子がないんだ。多分あれ終わらないんじゃないかな」
「女子って怖いんだな。男子だったらじゃんけんですぐに決まるのに」
俺はちょうど背後でじゃんけんをしてはしゃいでいる男子生徒を見てそう言った。こういう時の男の単純さは最高に都合がいい。
特に深くを考えずに生きているやつらが多い分、環境への適応が早い。女子とは大違いだ。
もっとも、自分の意見を言い合う彼女らが悪いとは思わない。そういう自己の主張は重要だし、何も言わないよりは、はっきりと言ってぶつかり合った方が物事を解決できる時もある。
ただ、三河のグループは見るからに派手な髪色に厚化粧をしたような人が多いため、優等生タイプの雪美祢とは、もともと相容れない関係だったのかもしれない。そうなると、話し合いで解決するのは難しそうだ。
篠原はそんな言い合いを横目で見つつ、自分の頬を軽く叩いた。
「よし、僕止めてくるよ。ここで待ってて」
どうやら仲裁に行くらしい。
「あの様子じゃ突っぱねられるのがオチだぞ」
「だからって見過ごせないよ。誰かが助けてくれるなんて思っちゃいけない。僕が助ける」
いつもよりも張り切った様子で篠原は気合を入れる。
俺も、どうせ誰かが助けるだろうとか、先生が止めるだろうとか思っていたが、篠原の言葉にハッとした。
「1人で大丈夫なのか? 心細いなら一緒に行くが」
「大丈夫。すぐに戻ってくるから。伏宮もバスの順番後ろの方になるかもだけどいいかな?」
「心配無用だ。俺は席の位置にこれといったこだわりはない」
「ありがとう」
篠原は透明感のある笑みを浮かべると、女子グループへと足を進めた。
流石は篠原。正義感があって行動力もある。あの喧嘩の仲裁に入るのはかなり怖いだろうに、しっかり宥めようとしているのは篠原らしい。
ともあれ、彼はそこで何やらグループに仲裁するように会話を始める。宥めるように、というより説得する感じだ。
最初は予想通り突っぱねられていた。
三河が「部外者は入ってくるな」と言わんばかりに篠原を突き飛ばしたのだ。
一瞬ぶっ飛ばしてやろうかと思ったが、篠原にめげる様子はなく、根気強く話し続けた。
その間にも、他の生徒たちは次々とバスへ乗り込んでいく。
そして、最後に他クラスの生徒も乗り終え、俺たちのクラスが女子グループと俺だけが残された頃、篠原が戻ってきた。
隣に、先ほどの「押し付けられた女子生徒」を連れて。
「ごめん伏宮。思ったより長引いちゃった」
開口一番謝罪から入る篠原。まったくもって謝る必要などないが、待たせてしまったことに申し訳なさを感じているようだ。
別に無視をすればいいのにわざわざ女子の喧嘩に首を突っ込んだのだ。
そのことで俺に迷惑をかけてしまったと思ったらしい。
「問題ない。俺は人混みが苦手だからな。元々みんなが乗ってから乗る気だったんだ。それで、結局どうなったんだ?」
遠くを見れば女子グループが乗車しているのが目に入る。てっきり俺は雪美祢のグループに例の女子が入ることになると思っていたが、そんな様子はない。
で、あればどうなったのか。
篠原は、言いにくそうに頬を掻いた。
「えっと、それがね。度々申し訳ないんだけど、流れ的に僕たちのグループに入ることになっちゃって」
三人グループを作ったらしい。
まあ、それだと奇数にはなるが、それは篠原も気づいているはず。何か策があるのだろう。
「そうか。まあ、聞きたいことはいくつかあるが、とりあえずバスに乗ろう。話はそれからだ」
「だね」
すでに他クラスのバスは出発している。俺たちも早く乗らないと置いていかれるかもしれない。
そう思い俺たちはバスに乗車するのだった。