15話 賭けの意味
この話はかなり長くなっております。
拙い文もあると思いますが気長に読んでください。
俺は篠原と共にメッセージの来ていた教室へ行くことに。
教室は俺の行ったことのない競争館という建物の奥にあった。学校のススメにはたしか自習室がたくさんある場所だと書いてあったように思うが、一週間前に軽く見ただけなのであまり覚えていない。
とは言え、教室は思ったよりも騒がしく、教室を覗けば自習をしている人物の姿が目に入る。自習と言っても勉強だけではなくダンスや演劇などその内容は多岐にわたるようだ。
俺と篠原はそんな教室を通り過ぎて行った。
目的地である教室にはすぐについた。入ってみると、そこには3人の面々が集まっていた。
一人は白坂麗奈だ。艶やかな空色の癖っ毛に同じく空色の宝石のような瞳をした可愛らしい女子生徒。体は矮躯だが、その瞳を見ていると何やら悠々とした覇気の感じられる。
残り二人は知らない人物だ。
一人はポニーテールをした高身長の女性で、肉付きがよく、美しいよりの筋肉質な女性だった。吊り目で力強く、睨まれたら萎縮してしまいそうな威圧感が感じられる。
最後は男性だ。こちらも吊り目だが、目は細い。男性ではあるが金髪の長髪だ。瞳も黄色く、スラリとした高身長。動物で例えるなら、キツネ、だろうか。かなり特徴的だった。
「来ましたか。少し遅かったですね」
そんな面々の中、最後に集まった俺の顔を見て白坂も口を開く。いつも通り落ち着いた声音だ。
予定ではいつまでに集まるという制約がなかったため特に遅くなった感じはないが、他三人が来ていることを考えると、たしかに遅かったかもしれない。申し訳ないな。
「二人ですか。私としては一人で来て欲しかったのですが」
白坂の視線は篠原へと向いた。その発言から『1人でこいよ』という遠回しの幻聴が聞こえて来たが俺は努めて黙る。白坂は特に困った様子には見えない。怒っているわけではなさそうだ。
とは言え。この空気感と、1人で来て欲しいという言葉。
それを聞けば、なんとなくここにいる面々が首席のメンツであることは分かった。
ーーやはり篠原を連れて来たのは正解だ。
俺は面倒事に巻き込まれるかもしれないと思い適当に嘘をつくことにした。
「それはすまない。こいつはかなり寂しがり屋でな。俺も一人で行った方がいいとは言ったんだが…どうしてもついてきて欲しいと言われたんだ」
「え」
唐突の嘘に篠原が驚愕し俺の方を見た。
篠原には悪いが、ここは俺ではなく、彼が首席という前提で話を進めるべきだ。そっちの方が俺も動きやすい。
「…なるほど。まあ、そういうことでしたら仕方ありませんね。深くは聞かないことにします。では、話を始めましょうか」
白坂は一瞬だけ目を細めるも、詳しい話を聞いてくることはなかった。彼女は俺が首席であることをなんとなく察している。気を遣ってくれたのだろう。
「どうでもいいけど話があるんなら早よしてくれへんか? こっちは今日クラスメイトと遊びに行くって決まってんねん。あんま悠長にしてると俺の好感度下がってまうわ」
俺たちが遅れて登場したからか、痺れを切らしたように長髪の男が言う。
「だったら来なきゃいいだけだろうが。一々思ってもないこと喋ってんじゃねえよ」
男に対し、もう一人の女性生徒が非情にも言い放った。
遠慮の一切が感じられない口調だ。二人はもしかしたら初対面ではないのかもしれない。
「思ってないこと言って何が悪いねん。そっちこそ女の割に随分といかつい図体してはるなぁ。もしかして脳筋寡黙キャラでも演じてんのか?」
「ハッ。口だけは達者だな。お飾りだらけのお軽い口に生まれて、心底可哀想だ」
軽口を叩く両者。唐突に始まった二人のいがみ合いに隣の篠原もオドオドしている。うちの篠原をオドオドさせるとは。中々のハイレベルな口論だ。いや、それほどでもないか。
白坂はそんな二人を見て仲裁に入る。
「まあまあお二人とも。そこまで躍起にならないでください。今日は喧嘩をするためにここに呼んだわけではありませんよ」
「別に喧嘩ちゃうわ。大人が礼儀のなっとらんガキにするやつあるやろ。あの…そうや、説教や」
「ではその説教を今すぐにやめてください柊君。私は今、有意義な話を進めようとしているのです」
白坂はそういうと聞き分けの悪い柊を睨んだ。目を合わせるだけでしんどくなるような冷たい瞳だ。
「…お、おう。分かった。分かったから…嬢ちゃん、そんな目で見んといてくれや」
見たこともないような冷たい瞳に、柊は冷や汗をかきつつ彼女を宥めた。
それを見ていると、首席同士はあまり仲が良くないだな、と思う。
俺の中ではもう少し仲のいいイメージがあったんだが。
「まあ、ええわ。それで、結局話ってなんするつもりなん? こんな首席のメンツ集めてまでするってことは大事なことなんやろう? 何か事故でもあったんか?」
「いえ、特にそう言ったものではありません。ただ、今日集まってもらった理由は完全に私のエゴです。もしこれから行う提案がお気に召さないと思えば遠慮なく反対してもらっても構いません」
白坂の意味深な言葉に僅かに眉を顰めたのは柊だ。
彼は顎に軽く触れるとすぐに口を開く。
「意味深やな。まあでも、今日呼んだってことはなんとなく話の趣旨は推測できる。おそらく、直近のイベントについてやな」
「ええ。直近のイベント。皆さんも今朝、担任の先生から話は聞いていると思います」
先生から聞いた話。となればオリエンテーション合宿の話だろう。そこで白坂がわざわざ俺たちを呼んだということは、そのイベントで何かを企んでいるということだ。
その証拠に白坂の顔はいつもより歪んでいる。
「物騒なこと考えてそうな顔や。この前のことといい今回のことといい、最近はクラスメイトのために自作のテストまで作ったらしいやん。お前何がしたいねん」
「何がしたい…と申しましても。別に大したことをしてるつもりはありませんよ。私がしているのはこの学校代表として、相応しい競争環境を作っているにすぎません」
競争環境。その言葉の真意は俺にはよくわからないが、彼女にとっては大金を注ぎ込んでもやりたいことなんだろうな。
柊、白坂、俺、もう一人。不思議と彼女の言葉は生徒に対してではなく首席に対しての言葉のように感じる。
「こう言ってはなんですが、私は今までの人生で誰かに負けたことはありません。生まれて16年も経ちますが、一度もです。しかし、母が理事長を務めるここならば、私に並ぶ才能を持った人物が集まると聞きました。ですので私は、私が満足するまで競える環境をこうして作っているのです」
ある意味執念とも取れるその異様な不気味さに、俺含めその場の全員の顔が引き締まる。
負けたことがない。満足するまで戦う。多分それが白坂の本心なんだろう。そしてそれは俺以外の他の二人も肌で感じ取っている。
「さて、前置きはともかく。今日みなさんに集まってもらった理由は他でもありません。私から皆さんに一つ、『賭けの提案』をするためです」
「賭けの提案?」
白坂はそこで本格的に本題へ入った。俺はそれに耳を傾ける。
「今回のオリエンテーション合宿のスローガンは喧嘩による親睦です。場所は環乱島。合宿ではそこで2日間のサバイバルを行い、その後1日の船上宿泊をします。その過程で私たちAクラスからDクラスは学校側から課せられたルールに従い競い合うことになる。つまり、この仲の誰かのクラスが、他クラスを退け優勝するということです。そこで誰が勝つのか、これに100000ポイントを賭けませんか?」
どこか楽しそうに言う白坂に俺は内心驚いた。
100000ポイント……と言えば、今の手持ちの三分の一だ。しかし、白坂の残りのポイントを考えるとおそらく8割かそこら。
白坂は以前140000ポイントをクエストに注ぎ込み、さらに教師から首席の情報をもらうためにポイントを使用している。
賭けをするという言葉にも驚いたが、これ以上使えば彼女自身本当に手持ちがなくなるだろう。
それを理解しているであろう柊も彼女の発言には驚きを隠せないようだった。
「100000ポイントって……あんた正気か!? あんたの今の持ち点、他の上位組と大して変わらんやろ。そんなアホな賭けして全部なくなったらどうすんねん」
俺も同じ意見だ。別に彼女のことが心配というわけではないが、それでも、この学校でやっていくだけなら賭けをしなくても問題はない。わざわざ大金をかけてまで勝負をする必要性は皆無だ。
「たしかにな。オリエンテーション合宿で金賭けるとか、どんだけ戦いたいんだよお前。脳みそついてんのかも怪しいな」
名も知れぬ女子生徒もまた、そんな白坂を見て面白がっていた。
笑い事ではないように思うが……それでも白坂の顔を見れば真剣そのものだ。
「戦いは正義ですよ。勝者とは、王なのです。全ては勝ちから始まり、そして勝者は全てにおいて価値がある」
彼女は全く引く様子がない。
何を言われようが、真面目に、本気でそれを行おうそしているのがわかる。
一体彼女の何がそうさせているのか俺には理解できなかった。
「と言っても、こっちが受けるかどうかはまた別問題やけどな。もしその提案を受けたとして結局賭けに負ければ、100000ポイント失うわけやろう? たしか合宿で優勝したクラスには75000ポイントずつ貰えるって書いてあったから、もし賭けに負けたら結局優勝してもマイナスやんけ」
「ええ、負ければそります。しかし逆に勝てば総取りですから、うまくやれば最大で475000ポイントを獲得することになります。一応2位でも40000ポイントはもらえますから賭けに外れたとしても被害はそこまで大きくないでしょう」
「そうは言ったってなぁ」
いくら被害が小さく、リターンが大きいとしても負ければ本来もらえるはずのプラスポイントが帳消しになりさらにマイナスになる。
それはかなり穴だらけというか、難しい賭けになりそうだ。
俺はオリエンテーション合宿についてまだ詳しく調べてないため、実際どれだけ合宿が辛いことなのかは知らないが、頑張って苦難を乗り越えた末、マイナスになった日には相当メンタルが削られるだろう。
もしかしたら家にうずくまって泣いてしまうかも知れない。
「そう簡単に決断できることではないのは確かや。額が額だけに、無くなった時の喪失感は計り知れん」
柊は思ったよりも一般的な価値観を持っているらしく、十万ポイントが消えるリスクを考えるとどうしても渋ってしまうようだ。その気持ちはよくわかる。
「私はてっきり即決で乗ってくれるものだと思っていましたが……」
「誰も彼も勝負だけが全てやないからな。俺だって別に勝ちたくてこの学校に入ったわけやない。テストを解いたら勝手に首席になっただけやし、勝負心というか、そう言うんも、いまいちリスク取るほど困ってないんよ」
人にはそれぞれ譲れないものがある。
白坂にとって大切なことも、他の人にとっては取るに足らないこともある。それはごく普通のことだ。
そういう意味では、俺はどちらかというと白坂寄りなのかもしれない。
「そうですか。では、仕方ありませんね。いくら首席と言えども、敗北を恐れ保身に走る人というのはどこの世界にもいるものです。そういう方は残念ですが今回の提案は無かったことにしましょう」
だから、そう。提案に乗らない敗北を恐れる人だってこの中にいてもおかしいことじゃない。
どの世界にもそう言う人物はいるものだ。
「……」
敗北を恐れる。
保身に走る。
人。
……ん?
――いや、待て。
「「「は?」」」
俺、柊、そしてもう一人の女。三人の声が重なった。
今、こいつ……何て言った?
保身? 敗北?
それは、俺たちがビビっているということか?
……どういうことだ?
いや、流石に聞き間違いか……。
「ちょ、ちょっと待て。何言ってんねん嬢ちゃん。俺がビビってる? ビビってるってなんや? 誰に言った? もしかして俺に言ったんやないやろうな?」
いや、聞き間違いじゃなかったらしい。
白坂は俺たちに怖気づいたと言ったようだ。
「私はそんなつもりはありませんでしたが……ああ、もしかしてそういう自覚があるのでしょうか? 自分がビビっているという自覚が。いえ、別にいいと思いますよ。自分が可愛いという感情は、生きる上でとても大切なことですから。どうぞご自身を大切に愛でながら、ゆっくりお過ごしください」
白坂はさらに畳み掛け、煽るように苦笑した。小馬鹿にしたような笑み。相手に遠慮するような、失望するような、そんな笑みだ。
「…は? はぁ!? なんやねんその言い方!? 神経逆撫でするようなキショい笑い方しやがって!? これやから性格の悪い女好きになれんねん!」
柊はその煽りにまんまと乗っかった。煽られた以上引き下がれないのが世の常……か?
いや、別に乗る必要のない提案だし、煽りなんてほっとけばいい話ではあるがーー。
この柊の怒りようだと、この賭けに乗るな。
白坂は今一度クスッと笑った。
「それではこの賭け、受けますか?」
そうして俺たちに提案をする。
賭けに乗るか乗らないか。
僅かな間、俺たち三人の間で沈黙が訪れる。
勝てば475000ポイント。負ければマイナス収支。乗るかどうかは俺たち次第。
「……まあ…そうやな。そこまで言われたらこっちも引き下がれんわ。……ええよ。そっちがその気ならのったる。俺がここにいる首席どもを全員けちょんけちょんのミンチにしたる。やるからには本気や」
そう言ったのは柊だった。
予想通り煽りに負けた柊は提案に乗るらしい。
あんなにわかりやすい煽りに乗るのは流石にちょろい…と思わなくもないが。
「いいぜ、私も受けてやるよ。どうせ暇だしな」
もう一人の女子生徒も受けるようだ。
やはりみんなプライドはあるからだろうか。
似たもの同士、と言ったら怒るだろうが、煽られて背中を見せることはしないという強い意志を感じる。
「ありがとうございます。では残り一人ですね」
白坂は最後に、俺へ鋭い視線を向けてきた。
……まあ、この状況だ。俺も返事は決まっている。
「…」
(受けろ篠原。俺はビビってない)
「……」
(え、で、でももし負けたら……)
「……」
(ビビってないと言ったはずだ。いいから頷け)
「…ぼ、僕も受けるよ!」
(ま、まあそういうことなら。っていうか、なんで僕ここにいるんだろう……変なことに巻き込まれちゃった……)
「成立ですね」
流れに身を任せるように、俺も篠原に目を配り許諾。結局、白坂の提案に三人全員が乗ることになった。入学始まってからの首席達による真っ向勝負。正直燃える気持ちはある。
前と違って準備期間もみんな変わらないし、誰かが前準備で遅れをとることもない。俺としても不利のない戦いじゃなければやる気も俄然出てくる。
「よかったです。てっきり誰も乗らない展開があるのかとヒヤヒヤしました」
「よう言うわ。どうせ無理矢理にでも全員巻き込んでたくせに」
「ふふっ。まあ、最悪いろんな手を使うつもりでしたよ」
こうしてみると、やはり白坂は強制的に何かに巻き込む力があるのだろう。
それが、理事長の娘だからなのか、本人の元からの性格なのか定かではないが。
どうにもこちら側が振り回されている感じだ。
「ともあれ、無事成立したところで、最後に誰に100000ポイントを賭けるかを決めましょうか。まあ、と言ってもどうせ決まったようなものですし、聞く必要はないと思いますが」
「愚問やな」
愚問だ。誰が誰に賭けるかなんて考えなくても分かる。
俺自身、最初から誰に賭けるかなんて既に決まっている。
「賭ける人に指を指しましょう」
白坂はそうして人差し指を前に出した。
俺たちも言われたように、賭ける人物に指を指す。
「俺は……」
「私は……」
「私は……」
「俺達は……」
そう言って、俺たちは各々、賭けたいクラスを声に出した。
「俺に賭ける」
「私に賭ける」
「私に賭けます」
「俺たちに賭ける」
各々自分を指差す首席達。俺だけは篠原を指差す形にはなったが、実質自分を指しているのは変わらない。
それはある意味当然であり、必然だ。俺たちは自分に絶対の信頼を持っている。
白坂も予想通りだったらしく、クスッと笑った。
そして、手を叩く。
「決まりですね。では、勝負を始めましょう。勝者は総取り475000ポイント。敗者はポイントのマイナス。私たちのプライドを賭けた、一大勝負です!!」
この中にポイントがどうなんて一々考えている人はいないのだろう。たとえマイナスになろうが、たとえ、勝ってもプラスにならなかろうが、俺たちにとってはどうでも良い。
なぜか。なんていうまでもない。
俺たちはきっと、プライドを守り続けることで自分の価値を見出すような、そんな種族だからだ。
よろしければ是非、
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