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ステージ

 ホール自体は真っ暗でステージの真正面に一つだけ明かりのついたボックス席があり、小柄な男が一人だけ席にぽつんと座っていた。弟からあらかた彼のビジネスについて聞いていたので、それがどういう状況かは瞬時に判断できた。小柄な男が私に近寄ってきて握手を求めた。

グリップは思ったよりきつくなく、むしろ繊細さと優しさを感じさせた。「ong(王)です。」そういうと握手をしたまま日本式にぺこりと頭を下げた。年齢は私より5歳ぐらい若いようで、顔つきから見ると中国系に間違いなさそうだった。しかし、どう見ても30歳を超えているようには思えない童顔そのものの優しい顔つきだったが、目だけははてしなく暗い目をしており、その黒い眼を通して彼の商売の一端を伺えそうだった。

 

 そう、彼はマニラでも指折りのプロモーターであり、日本向けにフィリピン人を送り込む為のマニラ側を受け持つ窓口だったのだ。平たく言えばフィリピン人の若い娘を田舎からかき集めマニラでオーディションをし、旅券とチケットを手配して日本各地へ送り込んでいた、簡単に言えばヤクザな人身売買に他ならなかった。

 数年前私の弟がマニラで放浪している時に彼と知り合い、彼のゲストハウスで数ヶ月間過ごしたのがそもそもの出会いであった。弟が一体どこでどうこんな大物と知り合ったのかは全く分からないが、

私がマニラへ仕事で行き始めると自分の代わりに礼をしておいてくれと無責任にも弟に頼まれたのだった。


 私は席に座るように薦められ、ウェイターが慌ててサンミゲルの小瓶を2,3本テーブルへ持ってきた。その間もロミはmr.ongの横に座り、隙なくあたりを伺っているようだった。聞くとこのロミという男はマニラのどこかの町の警察署長で、どうもアルバイトでmr.ongのボディーガードを請け負っているようだった。

 私は警察署長が人身売買の片棒を担いでいると知って唖然としたが、商売の性格を考えると止むを得ないと思った。東南アジアのどこの国もそうだが、警察、軍隊とのコネがどんな商売でも大きくものを言う。もちろん彼らがそうした商売の中からその庇護とあらゆる便宜との引き換えに寺銭を掠め取っているのだ。

 mr.ongと食事をと思い外へ出ないかと誘ったが彼は今オーディションの最中でこれが終わらないと出れないので、せっかくだから終わりまで見ていけと言った。

 突然ホール内にけたたましい大音量で音楽がかかり、それに合わせてフィリピン人の女が一人ずつステージの前に出て踊り始めた。mr.ongはそれを見ながら紙とボールペンで女の付けている番号札をチェックしているようだった。1時間ほどそうした光景が続き、彼は何度も満足そうに頷いていた。

 

 ようやく彼が仕事を終えたのは21時を回ってからだった。その間テーブルの上にサンミゲルの空瓶が溜まっていき、私は空腹を通り越してビールで腹が一杯になり、とても食事をとる気がしなくなっていた。そんな気配を察したのだろう、私と一緒に食事にいけなかった事を詫び、mr.ongはロミに私をホテルまで送るようになにやらタガログ語で指図していた。彼と次回会う約束をして、ホールを出ようとした時ステージの明かりが消え、暗闇の中で先ほどまで踊っていた女達のタガログ語の話し声だけがホール中にこだましていた。私にはそれはマニラの闇そのものの光景に思え、何ともやりきれない思いと共に次回訪れた時に果たして彼と再会できるだろうかとぼんやり考えながらホールを後にした。

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