コンタクト
バンコクから午後の便でマニラに入った。
東南アジアの大抵の空港は自国のフラッグシップエアラインを一番優遇しており、ベニグドアキノ空港も例に漏れず、フィリピンエアー以外のターミナルは相変わらずボロボロで、入管を抜けてタクシー乗り場へ行く通路も薄汚く、白タクの客引きやホテルや企業の客待ちのプラカードと人波をかき分けて、ようやく迎えの車を見つけた。
エージェントの事務所でミーティングを終え、ホテルにチェックインした時は20時を過ぎていた。私は部屋から弟に教わった電話番号をダイヤルした。
疲れたような声の女が電話に出た後、当人が受話器の向こうに現れた。
「mr.ong(王)?」
私の英語の発音が日本人丸出しだったのだろう「はい。」と流暢な日本語が返ってきた。
彼は英語が流暢なわけでもないようだったので、簡単な英単語に日本語を混ぜて弟が昔世話になったこと、お礼に夕飯を招待したい旨を伝えた。
明晩の18時にドライバーをホテルに迎えに行かせると言って彼は電話を切った。
その晩はホテルのラウンジで夕食を取って早々と眠りについた。
翌日一通りの仕事を片付け、メーカーからの夕食の招待を断り、早々とホテルに戻り、部屋で少しうとうとしていると18時過ぎに突然ベッドサイドの電話が鳴り、ロミと名乗る男が「mr.ongの使いできている、ロビーで待っているので来てくれ。」と早口でまくしたてた。
ロビーに下りるといかつい顔のがっしりした体格の男が待っていた。男は簡単に自己紹介すると、私の先頭に立ってホテルのロビーを横切って駐車場へ案内した。待っていたのは米軍のジープを改良した屋根のある車で、マニラの町を走っている乗り合いバスとほとんど同じ車だったが、違うのは彼が運転しているのはそれと比べて少し寸足らずだということだった。助手席に乗り込むと、彼の右のこめかみからほほ骨にかけて大きな傷跡があり、ジャケットの内側からホルスター越しに拳銃の銃把がちらっと覗けた。彼がどんな人間であるかは会う前から分かっていたが、こうあからさまに見せつけられると少し恐怖心が沸いてきた。あいかわらずマニラの夜ははてしなく暗く、その暗闇の中で蠢くフィリピン人達を見ていると希望は絶望へと変わり、どうあがいても貧困から這い上がれない気がしてきて、バンコクとは全く違った雰囲気でいつ来ても馴染めない。
1時間ほど走ったであろうか、薄暗いゲットーのような場所で車は止まった。ロミの案内で表へ回ると、馬鹿でかいネオンが煌々とついた大きなナイトクラブの入り口へ通された。ロミを見つけたドアボーイが慌ててドアを開け、だだっ広いホールへ入った。まだ営業は始まっていないようだったがステージの上でスポットライトに浮かび上がった数十人のフィリピン人娘が番号札を付けたビキニ姿で並んでいた。