第2話 激突
「我が身に満ちる雷よ、今この刻に限り其の瞬速を貸し与え給え。《エレシア・エルト》!!」
手短に綴られる言霊に応えて、アンリーネの魔力が励起する。何処からともなく、バチバチと空気を焦がす音と共に雷光が彼女の全身を打ち、羽衣のような輪郭を描いてみせた。髪は重力を無視して浮かび上がり、爆ぜる雷線が羽撃いて光の羽毛を舞わせた、次の刹那。
「ッッ!———」
透の人外染みた神速の動体視力でも追いきれない雷速で以て、双刃が閃めく。
半ば反射的に『万物透過』を発動するも、反応に一拍遅れた代償として、右の頬と左肩に浅くない刀傷を受ける。
ボタタ、と。
少し粘り気のある重い水音が巨樹皮に滴り落ちた。
(なんだ? 今の手応え。途中から肩透かしを喰らったような、思ったよりも方の肉が薄かった気がする———)
しかしながら手傷を負わせた側のアンリーネ・グランデリアの表情は訝しげだった。
つい先程まで萎縮していた姿がなんだったのか。透と同じように巨樹の側面に平然と立つ彼女の姿は、雷装の戦乙女というに相応しい威容を誇っている。
姿勢は既に前傾。より攻撃的で、受けることなど考えていないような構え。漆黒の瞳の奥で、雷が明滅する。
「イイね。そう来なくっちゃ」
雷速、再び。足を踏み出すや否やその身を閃光に変えて吶喊し、魔剣《世界蛇の両顎》の刃を、空気を喰い裂く風切り音さえ置き去りにして振り回す。
(こりゃア、気合いを入れないと喰われるね)
薄青い魔力を全身に漲らせ、存在増強。軋む身体に喝を入れ、魂源からマナを引き出し、経絡に通す。
物質を構成する最小情報単位霊基に沿って、マナが肉体に擬似的な存在質量として加算される。
気合いという名の霊力を、身体に入れて存在質量をプラスの方向に偏らせ、霊基的にも強化すれば、準備は万端。
気合いという名の魂の力場、霊力を、引き出したマナで実体化させ、現実にも作用する『霊力』とする。
存在拡張。遍く魂を持つ生命に共通する、原始的な身体強化の霊能力。
肉体にマナを直接付与する存在増強とは異なる、存在への干渉作用。蒼白いオーラのような、霊的な歪みを持った肉体は、生まれた溝を埋めるようにして生命エネルギーを分泌し始めた。
白崎透の体躯が更に黄色の光を纏う。蒼白の輪郭と青褪めたオーラと重なるようにして暖色光が輝き、彼の存在感をより鮮やかに彩る。
霊装端末によるアシストがないのが少し心許ないが、ハンデ戦というのもそれはそれで乙なものだ。
竜巻が生やさしく感じるほどの剣舞を、黒刀一本で削ぎ落とす。雷速と同等の身体強化倍率を出すには不調が過ぎる故、その剣速自体はさほど驚異的ではない。
だが、視神経と反応速度を重点的に存在拡張し、魔力と捻出した生命エネルギーで強化すれば、それに何とか対応するだけの土台を透は持っていた。
(コイツ、攻めきれねェ! どういう目をしてんだ、この化け物!)
(よし、身体も温まってきた。『偽典』もそろそろ息を吹き返す頃。なら———)
打ち響く剣刃の咬合音。両者は同時にこのまま攻めきれないと判断して、不安定な拮抗を自らの手で崩した。
「顎を閉じろ、両断する剣牙の鋒鋩。《デバウラーエッジ》!!!」
「【———“天虚月魄閃”】!」
二振りの魔剣が刺々しい魔力を帯び、牙が咬み合うような斬撃が生っ白い首を狙う。
対して、漆黒の刀身に光が奔った。理に反する言霊の響きが耳朶を打つ。蒼白い、人魂のような輝きが刃を剣呑に濡らし、大気を斬り裂く異質な悲鳴を掻き鳴らす。
一刀。雷速かつ同波長魔力による引力ブーストで挟み斬る双剣に孤剣が牙を剥いた。
三振りの剣刃が一点上で交差し、魔力の絶叫が鎬を削る。淡い黄金の魔力と蒼褪めた霊力が飛沫のように2人の顔を照らし、その表情を明らかにする。
双剣による斬首の一撃を難なく凌がれたアンリーネは苦々しく、ヒリつき始めた戦の香りを嗅ぎ取った透は愉快気に。実に対照的な顔を見せた二人は、同時に、弾かれる勢いを利用して後退した。
「何だヨ、ボクが異世界人だって分かった瞬間殺る気になっテ。よそ者は出てけってカ?」
薄っぺらい微笑みとは比べるまでもない、心からの笑みを浮かべ、実に楽し気に話しかける。
時が経つほどに、荒れた薄青の魔力は調律され、破損していた霊装端末は修復される。白崎透のもう一つの異能『偽典』。
体力、自然治癒力、身体機能、魔力、精神。ありとあらゆる回復速度に補正がかかり、より強靭に形造る異能。
魔神化の反動による霊装端末及び経絡の破損。これらの後遺症は本来数世紀単位で後を引くのだが、『偽典』による超回復は既に全身経絡の7割を修復し、『アスラ・システム』についても4割ほどが再生しつつあった。
未だ全快には程遠いが、現在進行形で調子は上がる一方。覇気に満ち溢れるのも無理はない。
それに対して、アンリーネは特に何を語ることもなく詠唱を始めた。雑談に付き合う気はないようだ。
「万里を穿て、瞋恚の雷霆。爆ぜる怒号。赫灼の一擲。天よ震えろ、禍の咆哮を耳にする凶兆に! 《エリュトロン》!!」
赤き雷光が、爆ぜた。一束に圧縮された血の如き色合いの雷が、槍のような形となって放たれる。
それに対して、精気と魔力、存在拡張の霊力と存在増強のマナを脚部に集中させて距離を詰め、《天虚月魄閃》を装填した黒刀ですれ違いざまに赤き雷霆を斬り裂く。両断された赤いエネルギーの奔流が後ろに流れ、枝木に着弾した瞬間、大気が奔騰する。
「なっ!」
追い風と共に更に速く踏み込めば、魔法を撃ち出した後に生まれる筈の隙を突くためか、再び剣舞の構えに入っていたアンリーネの顔が近づく。
蒼白い霊光を纏った黒刀で魔剣と撃ち合い、弾雨のようなけたたましい連続音が奏でられた。《エレシア・エルト》の余波で発生した高圧静電気が、刃と刃の接触のたびに白崎透の身体を襲う。
しかし体表付近に展開された闘気障壁がそれを阻み、むしろ時折り刃のような形状となって徒手空拳の脅威度を上げていた。
脈動のように明滅する蒼白の経絡紋様と、陽光の如き色合いの半透明の膜を纏う姿は、魔導士の戦闘形態そのもの。
意識のギアを引き上げ、攻勢は更に苛烈になる。
黄金の雷光と寒暖色入り交じる流星が螺旋を描きながら巨樹と巨樹の間を駆け、霧を裂き、衝突音を轟かせながら縦横無尽に暴れ回る。
幾多に轟く雷鳴と剣戟が静寂に満たされていた巨大森林を押し揺るがし、二人だけの世界を作り上げていく。
雷速で飛来する斬撃を正面から破砕し、雷で作られた矢の雨を掻い潜り、蒼白を熾す黒い刃で立ち塞がる障害全てを斬り裂いて駆け抜けた。
恐ろしいことに、雷属性の加速特化型身体強化魔法に、この男は魔法に分類されない基本的なマナ操作のみで食い下がって見せた。
それどころか当たり前のように追い縋り、並び、そして今追い抜こうとしている。
「———っ!」
極太の雷条となって突進するアンリーネを、恐ろしいほど濃密に練り上げた蒼白い魔力を掌に纏わせ、激流を為すことでいなす。
調子を取り戻した始めた『流功』は攻防一体。姿を一瞬霞ませ、力を流されて姿勢がおぼつかないアンリーネに拳を叩きつけた。
しかし彼女が地に向かって落ちる前に、『絲掬』の魔力糸が雷霆纏うその体を簀巻きにし、捕縛する。
空中で無理に捉えられたことで全身が軋むようなGを受けたと思えば、更に遠慮容赦ない追い討ちの飛び蹴りが突き刺さった。
一瞬で切り替わる景色。
高速で螺旋回転する『流功』の魔力が単純物理攻撃の破壊力を何倍にも増幅させ、それを受けたアンリーネは、錐揉み回転しながら今度こそ本物の地に墜落した。
// 作者から //
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コミュニケーション、ダイジ
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