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第1話 出逢い

 一つ一つが高層ビルのような直径と高さを誇る巨木の密林。生い茂る草花、謎の蔓、深い霧を気にせず白崎透は移動を続ける。


 紫天の魔神との決戦後、無事宇宙空間で怨魔の化身を虚空に還したのは良いものの、戦闘の余波で時空間が破綻。世界が自己保存の規定に則り、破綻した時空間(世界のがん細胞)を世界の狭間と呼ばれる虚無に投棄した。


 これには魔神態となった透も抵抗したのだが、なんか割と宇宙が崩壊しそうな気がしたので、バグった時空間を抱き抱えて大人しく世界に追い出されたという訳である。


「ったく、ボクが居なけりゃ半壊してただろうニ。恩を仇で返すとは流石物理法則の主様ダ」


 そして世界がせっかく体内から追い出した異物をまたゴックンする訳もなく、見知らぬ場所で迷子になっていた透は空間魔法による帰還も出来ず、こうして森を彷徨っている訳なのである。


 なお、彼が所属する秘密結社《Xeno》には空間魔法使いが結構な割合でいる。戦闘系空間魔導士白崎透を始め、世界に穴を開ける能力(チカラ)を持ったオラクルマシンとか、イルラシア公国首都にも派遣されたコードネーム《女豹》ことクリス・インディーズだとか。


 今頃向こう側でも透を回収する為に試行錯誤しているだろうが、世界そのものから出された出禁宣言である。空間系の魔神でもない限りはこの状況を解決出来ないだろう。


 そしてその件の空間系の魔神白崎透が追い出されてるのだからどうしようもない。


 いわゆる詰みである。


「これがモノホンの神なラ、普通に帰れたんかネ」


 蔓を掴み、振り子運動で巨木の枝からまた別の枝へと渡り、野生児的な移動を満喫しながらもボヤき続ける。


 人の身を外れ、神の域へと至る魔法使いの一つの極致。神格化(アポテオシス)の名の通り、その身を魔法根源と同一化させた者は魔力による法理そのものと化す。


 世界が定めた法則を単身で踏み倒し、あまつさえ自らが決めた通りの理を強制させる行い。


 神の権能に等しい偉業を魔の力を以て為す者。


 故に魔神。世界という正規の『神』が定めた法則を無視して、己の欲望を叶える力『魔力』によって生まれる『神』。


 それは同時に、彼らがあくまでも紛い物でしかないという証左でもある。


「お?」


 透の魔力感知網に何かが引っかかったようだ。


 強大なマナのうねり。未熟ながらも練り上げられた魔導の気配。そして現装使い特有の情動知覚が人であると言っている。


「もしかしてここ、『時空迷子』の墓場とかじゃないよナ」


 空間魔法の暴発による存在座標の喪失を、現代魔導学では『時空迷子』と称する。


 現在の定説では、虚無空間に飛ばされ存在そのものが消去されるのではないかと言われているが、時空迷子の帰還例が存在しない為あくまでも仮説である。


 奇しくも透は、魔法学会を長年にわたって悩ませてきた空間魔法学の答えを手に入れたわけだが、はてさてどうなることやら。


「念の(たメ)………」


 透は己が代名詞たる異能を発動した。『万物透過』。その名の通りあらゆるものをすり抜ける、干渉不可能状態になれる能力だ。


 すり抜ける範囲や強度などはかなり融通が利き、例えば光だけをすり抜けて透明人間になったり、金属だけをすり抜けて銃弾を躱したり、熱エネルギーをすり抜けて夏の猛暑を凌いだりとかなり万能。


 今回は、見知らぬ土地で最初に感知した人らしきものを伺う為に透過の精度はかなり高い。


 重力もついでにすり抜け、移動魔術で縦軸への運動エネルギーを供給。


 乱立する巨木なども全てすり抜け、最短距離で目当ての気配の元へと向かう。


(にしてもすごいマナ量だナ。大精霊クラス?)


 霧がかった視界内に人影が現れる。巨木の枝の上から、他者からは絶対に観測できない状態で少女を見下ろす。


 黒曜石のような黒髪と同色の瞳。健康的に焼けた小麦色の肌。体のところどころに包帯を巻き、腰には刃同士が噛み合わされた双剣が一対。


 格好は如何にも狩人といった風情で、少なくとも透が知る現代人の服装ではなかった。


(『アスラ・システム』が使えないのが本当に痛いナ。しゃーないから山勘で測ってるけド、もっと精密に測定したイ。種族は人間かナ、どうも現代人っぽくないというカ、文明レベルが違う気がするナ)


 観察を続けるが、彼女もまた『飛ばされた』者のようで、暫く周囲を観察してから恐る恐る巨人の密林へと踏み込んでいった。


 歩き方からして鍛えられていると分かる。流派(タイプ)としては手数で攻める、剣舞系だろうか。腰に差してある双剣の用いた、絶え間ない連剣を夢想して、思わず笑みを溢す。


 彼の悪い癖だ。見知らぬ誰かと対峙する時、まず相手はどんな闘い方をするのだろうと考える。なまじ目が良く、自身も技に通じている為その目測は結構な確率で当たるのがまた、タチが悪い。


(いつまでもストーキングする訳にもいかないだろう。とりあえず接触して、協力を取り付けられたら上々。決裂したら、まァ)


 三日月のように、歪に裂けた深い笑みを貌に張り付ける。


(戦闘が勃発してもしょうがないよねェ)


 思い立ったが吉日。善は急げ。


 透は異能を維持したまま巨木の枝木から黒髪の少女目掛けて飛び降りた。











 アンリーネ・グランデリア。冒険者ギルド・ベルタ王国ヒッター支部出身のC級冒険者である。今年で16となる彼女は、ヒッター支部の最年少C級冒険者であり、期待の大型新人として狭い界隈ながらも注目を集めていた。


 遠き地にて魔王種が生まれ、三国ほど滅ぼされたのもあり、近年の大陸情勢は不安定になりつつあった。


 その為各国は軍備拡張を推し進め、国家間を超えて存在する自由組織『冒険者ギルド』もまた新人教育制度の強化やより安全で効率の良い狩場を舗装するなど精力的に活動していた。


 そんな、謂わば力ある者が成り上がりやすい時代に彼女は生まれ、その特出した才能を見事掬い上げられ、ここに至るまで磨かれた。


 その日も、彼女は迷宮域(ダンジョン)と呼ばれる異界で怪魔物(モンスター)と戦いを繰り広げていた。


 愛用する二刀一対の魔剣を振るい、少しずつ技と力を積み重ね、研ぎ澄ましていく。


 その最中に変異種(イレギュラー)が乱入し、気づけば巨人でも住んでいそうな深林に迷い込んでいた。


(………ダメだ。どうしても思い出せない。()()()()()()()()()()()()()()() 変異種(イレギュラー)から呪いでも受けたか?)


 悶々とする気持ちを抱えながらも、周囲を探索しないことには何も始まらないと己に言い聞かせて歩く。


 前後左右360度どこを見渡しても巨木。得体の知れない霧のせいで視界は狭く、待機中に存在する魔力濃度が高いのもあり魔力感知も麻痺している。


「やァ、キミも迷子かナ?」


 その声を聞いた刹那だった。全身が総毛立ち、細胞が悲鳴を上げる。


 バッ、と。勢いよく後ろを向く。声の正体はそこに居た。白い髪、白い瞳、白い肌。生体組織の全てが純白で構成されたヒトガタ。


 とても人間とは思えなかった。尋常の生物なら有って当然魔力が一切感じられない。それどころか霊気の残滓でさえ全く感じられない。


 幽鬼でもまだ存在感がありそうなソレは、恐ろしく胡散臭い口調とあまり見慣れない服装をしていたが、そんな事は気にもならない。


 まるで死神のような、陰惨で、悍ましく、不穏な気配を纏うソレに対して、どうして身構えずにいられようか。


 ———()らなきゃ、()られるッ!!


 全身に気合いを充填。爆発的に膨れ上がった魔力を身体に巡らせ、超人的な力を獲得する。


 踏み込み、間合いを侵略する。地面が抉れる轟音と共に、撃ち放たれた弾丸のような速度で、抜剣した双刃を閃かせる。


 金切音。全体重と超人的な身体能力から繰り出された斬撃は、一振りの黒刀と鬩ぎ合っている。


 いつ抜刀したのか。そもそも、その身の丈ほどもある規格外の大太刀はどこから取り出したのか。なぜ魔力による身体強化もなしに己の全力の斬撃を防げたのか。


 高速で頭をよぎる疑問。結論を出す間もなく、白い死神が動く。


 その細腕のどこに斯様な剛力が秘められているのか。風に攫われる木の葉のように吹っ飛ばされたアンリーネは眼前の理不尽を認められずにいた。


 前方へ流れ去る風景。体勢を整え、巨木へと横に着地する。衝撃波が巨人が植えたような樹木を揺らし、同時に、白崎透もまたアンリーネの前に現れる。


 足首まで樹皮に埋まった訳でもないのに、当然の如く横向きに立つ姿に、渇いた笑みが思わず溢れた。


「ははッ、マジかよ。マジでなんなんだオマエ。新手の怪異か?」


 声の震えを抑えられない。彼は気づいているだろうか。アンリーネ・グランデリアはこの一連の攻防で実力差を理解してしまった。


「お喋りをご所望かナ? いやーかわい子ちゃんに口説かれるとのは、悪い気はしないネ」


 この男はどこまでも平常だ。誰かと殺し合いをする時、茶を飲む時、寝る時、友人と悪巧みする時だって。


 常在戦場の精神。白崎透にとって戦闘とは日常の一コマなのだ。


「はッ、その喋り方直したらもっとモテモテだぜ」


「こりゃ手厳しいネ。口癖なんだ、多めに見てくれヨ」


 わざとらしく肩を竦めるが視線はアンリーネを捉えたまま。心の内側さえ見透かされているようで、どうにも居心地が悪い。


「………なぁオマエ。もしかして異世界人か? それだけ教えてくれよ」


「……! やっぱ居るんだ。ボクみたいなノ」


 なら、もしかしたら元の世界へと帰る手掛かりがあるかもしれない。


 微かに喜色を顔に浮かべる透に対して、アンリーネは静かに催促した。


「答えろよ」


「そうだよ。ボクはこことは異なる世界から来た」


 こともなげに返された言葉を聞いて、アンリーネは意識を固めた。歯を食い縛り、静かな激情を瞳に込めて睨みつける。


 実力差だとか。生物的な隔絶だとか。そんなものは関係ない。例え自らに訪れる結末が破滅一色であろうとも、この復讐心が留まることはないだろう。


「………そうかよ。感謝するぜ、オマエを何が何でも殺す理由が出来た」


 獰猛に嗤う。笑顔とは、本来は威嚇の現れである。ならば彼女の笑みは獣にルーツを持つ人間に相応しい笑みであり。


「そう? なら良かった。お礼は素直に受け取っておくよ」


 この状況を心底求め、思い通りになったことから思わず溢れてしまった透の笑みも、人間らしいと言える。


 生まれ育った世界は異なれど、同じ人間が迷子の墓場で視線をぶつけ合う。




// 作者から //


★や高評価、コメントなど大歓迎です!

執筆の大きなモチベーションとなるのでどしどし送りつけてください!

返信する側としても楽しいので!

コミュニケーション、ダイジ


ではでは。




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