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プロローグ3 交錯する魔

 かつて司祭と呼ばれていた()()に、既に自我というものはない。あるのはシンプルな使命とそれを遂行する為に最適化された思考回路のみ。


 即ち、人類種を対象とした殲滅。


 白崎透を前にして()()が彼の異名を口にしたのは、魔人が自分(ブラド・アンドリュー)の中の記憶を検索した結果に零れ落ちた偶然。


 ()()———赤青(しゃくじょう)の魔人は、己の中で相剋し合う力の脈動を捻じ伏せ、固く拳を握った。


 異様な拳だ。拳の形をした『赤』の上に青い幾何学紋様を刻んだその威容は根源的な嫌悪感を見る者に与える。


 それは白崎透であっても例外ではない。ただ強大なだけでは決して恐怖を抱かない、彼の生物的本能が叫んだ。()()はこの世に存在してはいけないモノだと。


 だがそれは、決して逃げようとは囁かなかった。速やかに殺せと、冷徹な殺意が禍辻の四肢を満たす。



———『存在増強(エンハンスメント)



 (オド)から生まれたマナ。無色透明無形無法のそれを、器からなみなみと引き出し肉体(ウーシア)に注ぐ。増大する身体の存在質量。


 (オド)霊装端末(エーテルデバイス)によって制御しなければすぐにでも溢れ、霧散してしまうマナを身体に押し留め、経絡に通したマナを魔力に変換し、体内で流動させる。



———『流功(るこう)



 体内を循環する魔力の激流に身を任せて、霊装端末(エーテルデバイス)を起動する。魔力循環の一部が不可視の力場に変換され、肉体(ウーシア)に作用が浸透する。



———『アスラ・システム』



 今ならきっと空だって飛べる。臨戦態勢に入った時特有の湧き上がる万能感に背を押されて、透は一歩踏み込んだ。


 つま先から足首、膝・腰・背骨を使って全身を駆動。流れる水のように、しなやかに速やかに、重々しく加速する。


 音もなく彼の姿は霞んで消えた。



『………』



 撃滅対象が視界から唐突に消失しようとも、魔人に戸惑いは生まれ得ない。


 固く握った拳を緩める事は無く、鋭敏なる知覚器官で以て警戒態勢を維持するのみ。


 だから、()()()()()()()()()()と真っ直ぐに首を刎ねに迫る黒刀にも当然の如く迎撃出来た。


 金属の悲鳴が鳴り響いた。魔力を弾くシュヴァルツメタル製の大太刀と、呪いと魔力が混じり合った肉体(ウーシア)(しのぎ)を削り合う。


「くはっ!」


 不意打ちの一刀で沈まなかった事に、透は歓喜した。それでこそ斬り甲斐があると言わんばかりに笑みは深まり、瞳は狂気を帯びていく。


 拮抗は一瞬。拳に弾かれる勢いを利用し、全身の回転と魔力を込めて二の太刀が振るわれた。此度もまた拳によって防がれ、流れるように空いた片腕で貫手が放たれる。


 空気を穿つ音よりも速く、整列した五指が鍛え上げられた腹筋と咄嗟に展開した闘気の障壁(バリア)に突き立てられた。


 ボールのように吹き飛ばされた禍辻は難無くローリングで勢いを殺し、即座に立ち上がる。彼の顔に浮かぶ凶悪な笑みが更に深まった。


 白崎透のボルテージが、上昇を始める。


「そう簡単に、ブっ壊れてくれるなよォ!」


 右手の黒刀が薄青色の光を薄く纏う。高い魔力抵抗を気合いで捩じ伏せ、浸透させた魔力による性質付与(エンチャント)



———【無刀流“斬形肢(ざんぎょうし)”】



 刃引きされた黒刀に付与された蒼白い光が、仮想の刃を授ける。


 発条(バネ)のようにたわめた筋力を解放し、地を蹴り付ける。爆音を置き去りにする踏み込みで黒刀を振るった。


 存在質量の増大。『流功』による運動エネルギーの増幅。『アスラ・システム』が齎す強化系魔術効能。加えて踏み込みの際に一瞬だけ闘気を爆発させ、自然法則ではあり得ない初速にて禍辻の刃が閃く。


 魔人もまた空いた距離を詰めるべく迫っていたため、両者の合成速度で以て黒刀は魔人の拳に食い込んだ。


 魔人の拳が透の頬骨を捉える。


 黒刀が食い込んだ左ではない。フリーの右だ。


 半自動的に展開される闘気障壁(バリア)の上から脳が揺らされる。


 お返しの極超音速三連ジャブと全身躍動から放たれる大回転蹴りを見舞い、そこから至近距離でのインファイトを続ける。


(いやしかし、まさか悪魔側から融合するなんて。おかげでコイツ、『魔神化』一歩手前みたいな状態じゃないか)


 肉体(ウーシア)を魔力で満たし、極限まで存在位階を向上させる技法を《臨態転醒(メタモルフォーシス)》と呼ぶが、透と今まさに殴り合っている赤青の魔人がそれに近しい状態だった。


(どれだけ膨大な呪力でもこうはならない。よほど高位の悪魔がエサとなったみたいだな)


 幸いにも『魔神化』にこそ至っていないが、悪魔が擬似的な魔人と融合したせいでそうも言っていられなくなった。


 出来ればこの戦いを骨の髄までしゃぶり尽くしたい私情と、長引けば周囲への被害が甚大となることへの配慮が重なる。


 透は早期決着を選び、魔法を組み立て始めた。


 霊装端末(エーテルデバイス)内で演算を処理、魔力に魔法効果を記述して、待機状態で保存。


「吹っ飛びなァ!」


 更にそれと並列して、『アスラ・システム』で魔力を純粋な運動エネルギーに変換し、渾身の右ストレートと共に叩きつける。


 魔人はピンボールのような勢いで地面と平行に吹っ飛び、儀式場の壁を陥没させてめり込んだ。


「【天枢(てんすう)(みちび)き】【破邪(はじゃ)顕正(けんしょう)】【星海(コスモ)(およ)一条(ひとすじ)箒星(ほうきぼし)———」


 経絡に通したマナを魔力に変換。


 (ことば)に宿った(オド)の力が魔力に異常法則を適用させる。


 言霊により魔力は光属性を発現し、それは仮想の物性を得て突撃槍へと変形した。


 物理法則では到底不可能な光速での投射。


 その魔法の名を———


「———“天咆輝槍(ヴォーパル・レイ)”】!」


 閃光が奔る。さながら、針に縫い止められた昆虫標本。魔人の胸を貫き、壁に深々と埋まった光槍に続き、『アスラ・システム』によって複製された20以上もの光槍が突き刺さる。


 身を(よじ)っても魔人を戒める杭は空間そのものに打たれたように微動だにしない。



———『操手(そうしゅ)



 魔力三大操作法の一つ。光槍を構成する魔力を操り、動かないようにした。


 (はた)からは見えざる手が魔力の塊を掴み、動かすように思える為、(あやつ)()と名付けられた技能を以て(もが)く魔人を押さえつけるのに並行して詠唱する。


「【()(まわ)れ】【間隙(かんげき)(のぞ)いて()(ねら)え】【隠形(おんぎょう)忍刀(にんとう)】【毒牙(どくが)尖兵(せんぺい)】【(あぎと)(ひら)け】【蠢動(しゅんどう)する影蛇(えいじゃ)群刃(ぐんじん)———“影縫い蛇(シャドウバイト)”】!」


 白崎透の影から無数の棘が放出された。影の針は幾千もの軌道を描き魔人に殺到する。


 巻き付き、締め上げ、傷口を抉り、体内へと侵入する。変幻自在に形状を変える影の蛇は刃となって魔人を斬り刻み、針となって魔人を縫い止め、牙となって魔人を侵し、内側外側を問わず苦痛を与える。


「猶予はまだありそうだネ。なら、試せる事は全部やるカ」


 それでもなお、滅殺には程遠い魔人の首を確実に刎ねるべく、透は黒刀を構えた。


 潰された刃筋に指を這わせ、血を刃紋に塗りたくる。


 黒刀にエンチャントされた蒼白い光はまだ絶えていない。『刃引きされた刀とただの手刀を名刀に変える』魔法の御業をここで改変する。


 物体を分割するという性質を持った魔力が、非実体状態で刀に宿る事で仮想の鋭さを獲得する法術系統の付与魔法。


 黒刀に宿った魔力の性質を消却(デリート)。新たな(レギア)を刻み、空間属性を魔力に着色する。


 エンチャントの内容が切り替わる。


 魔力性質も魔法効果も魔術効能も、全ては魔力に記述された異常法則“(レギア)”によるもの。


 それを書き換えられたのであれば、エンチャントそのものが変わるのは道理。


 蒼白を纏う刀身が()()()()()()。横から見ると(わず)かに弧を描く黒刀だが、正面から見ればその刃は鋭利という次元を飛び越しているのが理解できるだろう。



———【無刀流“断界刃(ディバイダー)”】



 それは三次元物体を二次元に落とし込むことで、あらゆる物理的結合を切断する斬撃魔法の極致。


 物理的な限界を超えた異常の刃である。


 白崎透の十八番(おはこ)であり、練度と彼我の実力差如何では文字通り何でも斬れる魔法剣の奥義。


「【剣閃スラッシュ】!!」


 横薙ぎの剣閃が世界を二分する。空間という、物質が存在する上で不可欠な領域そのものが断割され、魔人の首も胴と鳴き別れた。


 続けて刀の形をした蒼白の影が、更に幾条もの軌跡を残して閃く。


 魔人の体が無数の賽子(サイコロ)状に切り分けられ、《影縫い蛇(シャドウバイト)》がそれらに喰らい付き拘束する。


 ここまですればもう再生も出来まい。そう透が思った時のことだった。


 どろり、と。赤い体液が零れ落ち、青い結晶を伴って流動を始めた。バラバラになった筈の呪詛と魔力の塊は液状化し、大蛇の形をとって鎌首をもたげた。


 一瞬の間を置いて弾けるように爆散。無数の飛沫へと自ら成り、『アスラ・システム』によるノータイムで発動した簡易結界をも突き破って透の全身に降りかかる。


「誰得なんだよボクの濡れ場とカ……」


 脚にへばりついたドギツイカラーリングのアメーバが蠢き、邪悪な法衣と外骨格に覆われた剛腕へと化けた。


「おっとト」


 足首を掴まれた事で強制的に生まれた一瞬の隙。続く三本腕の貫手を光纏う黒刀で穿ち、拘束から逃れる。


「危ない危ない。出が速いナ」


 もしも、この一連の戦闘を目撃した者がいれば、思わず自分の錯視を疑うだろう。


 人の手にしては大き過ぎる掌に確りと掴まれていた透の脚が、突如としてすり抜けたのだ。


 それどころか全身に付着して粘液も突如掴む場所がなくなったような挙動で地面に落ちた。


 ゲーム風に例えるならば、突如当たり判定がなくなったかのような。魔力の動きもなしに物理法則ではあり得ない結果を生み出してみせた。


 次の刹那、蒼白い魔力と光属性の闘気が剣圧となって閃く。



———【無刀流“斬牙刀(クレセント)”】



 着弾、炸裂。(ほむら)のように揺らめく橙色(だいだいいろ)の光と、蛍火のような蒼白い燐光を纏った大上段の一刀が、固形化した赤青(しゃくじょう)を穿ち、流体化した破片を(ちから)()くで吹き散らす。


 広いとは言えない儀式場の壁や天井にショッキングなペイントが施され、視覚情報のみでも精神異常を齎しそうな光景が出来上がった。


「んー……狭いな」


 前衛的にすぎるアートの作者は、たった今産声を上げた冒涜絵画を見据え、エンチャントを再装填する。


 《月の牙(クレセント)》は刀身に付属する魔力を斬撃に移し替え、遠距離攻撃手段とする術理。


 コスパはいいものの闘気を併用しなければ威力に難があり、連射性にも優れない。


 剣圧を強くするということ以外は全て平凡な技。しかし、エンチャントを多用し、(レギア)を切り替える機会の多い透にとってエンチャントを剥がし排出するというのは利点となる。


 黒刀に込められた魔力が高められる。


 刃から滲む薄青い光が変じる。青く、蒼く、碧く。その深度は加速度的に増していく。


 藍色を超え、薄青い(ペールブルー)から青黒い(ダークブルー)を辿り、それは夜の如き漆黒色に転じた。


 刀影が滲む。輪郭は曖昧に、光を舐めとる黒曜石のような重圧を纏うた刃を、切り上げる。



———【無刀流“黒天深月(リベリオン・ダーク)”】



 闇が裂けた。漆黒の閃光が一挙に解き放たれ、地中から天に昇る黒い巨塔が撃ち上がる。


 廃墟など、当然のように内側から食い破られ弾け飛んだ。

【マナ】

白崎透が住まう世界を満たす超常の力。万物が持つ存在する力、存在する為のエネルギーと言われている。現代魔導学での正式名称は“存在質量”。魔法とはこの受動的な存在するエネルギーを能動的な実現力に転用してありもしない事象を生み出す。


(オド)

マナを生み出す霊的器官。存在の中核とも言われており、マナを生産・制御する為の器官と言われている。

外的に観測することは現代魔導学では不可能とされているが、個々人が魔力を扱う際に自然と意識している。ある筈なのに存在を証明できない性質から幽世の影(ゴーストヴォイド)とも呼ばれる。


肉体(ウーシア)

実体。マナを貯蓄する為の“器”を持ち、経絡でマナを変性させる事が可能な現実での身体を指す。


【魔力】

マナを実体(ウーシア)の経絡に通すことで変質させる精神エネルギー。意思に反応して現実に干渉する夢想の力。

数多の魔法使いが己の欲に呑まれ破滅した事から戒めとして悪魔の力と付けられている。誘惑に負けた者の末路は魔物。

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