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プロローグ2 魔人・生誕の儀

「うあー、しくったワ」


 鬱蒼とした森の中で、白崎透はガシガシと頭を掻いた。


「……大気成分は地星(アース)と大差なし。重力、問題なし。聴覚、問題なし。周囲半径2km圏内に敵影なし」


 五感の全てを駆使して周囲の環境情報を収集する。


 風の音、空気の流れ、湿度、匂い。しかしながら生物が残す筈の痕跡だけは皆無であり、透の素の感覚器官で補足できる範囲の中では敵影は見当たらなかった。


 外見こそ人間である白崎透だが、その実態は生物としては過剰なまでの身体機能を持った一種の生体兵器である。


 そもそも、地星(アース)と呼ばれる彼の母星に於ける魔導士(メイガス)霊装端末(エーテルデバイス)という体内インターフェースシステムを生まれながらに有している。


 わざわざ魔法を用いずとも霊装端末(エーテルデバイス)にダウンロードされた擬律機構(アプリケーション)を起動すれば周囲の環境を丸裸に走査できる。


 現在は()()でシステムが全壊しているから仕方なくアナログに索敵しているのだ。


 ビバ・フィジカル。


 最悪魔法が使えなくても、フィジカルで解決できるのだからやはり全魔導士(メイガス)は筋トレするべきだと、改めて真理を確信する。


 周囲の把握を終えれば、次は自身のコンディションのチェックだ。もしかすると強制転移の際に何かしらの呪詛を受けた可能性も否定出来ない。


「……肉体的損傷はほぼ完治。経絡(けいらく)は半分ぐらイ? (オド)に対する霊障はなし。デバイスは、修復率23%。マナ残量はMAXの3%カ。心許ないゼ」


 腕を上げたり、その場で跳ねたり、影から刀を取り出して振ってみたり、と簡潔に身体に問題が無いか確かめる。


「マナ能力も若干反応が鈍いけど、環境のせいかナ」


 魔力とは、精神に由来するエネルギーである。つまり全ての魔力は別の精神を基盤とした固有の波長や性質を持ち、全く同じ魔力というのは存在し得ない。


 自然界に存在する魔力は全て精神との繋がりが断たれたフリーの魔力であり、確固たる精神を持つ知的生命体であれば誰でも干渉できる無色の魔力である。


 とはいえ完全なる無色というわけではなく、環境によってある程度の偏りが存在する。


 鬱蒼。そう、視界はどこか霞みがかっており、周りにある樹木は全て高層ビルと見紛うほどのスケールの鬱蒼とした森の自然魔力は、透の母星と比べて少し性質が異なる。


 リンゴジュースとオレンジジュースの味が違うのは当然だが、天然水と水道水でも多少の違いが生まれるのと同じようなものだ。


 だから魔力残量の回復という意味でも、肉体(ウーシア)を慣らすという意味でも気息法はこの場において最適。


 掌を開いたり閉じたりして、一連の確認作業を終えたので適当な巨木に寄りかかりため息を吐く。


「それに少し体がダルいな。肩が凝ってるワぁ」


 続けて「ま、流石に無茶しすぎたしナ」と自分で笑い、つい数分前に起きた、というより自分で起こした()()を思い返す。











 透が謎の場所へと飛ばされるより数刻前。イルラシア公国の邪教団拠点は、絶賛死の恐怖に包まれていた。


 それを観測しているのはたった二人。無数の呪物とディスプレイ、近未来的な機器に囲まれた秘密の部屋に男は立っていた。


 一人はこの組織の頭目であろう禿頭の男。身の丈2メートル近く、分厚い体と盛り上がった筋肉、更には片目に刀傷が刻まれており、かつ強面で服装もなんか「邪教祖です」と主張しているような絶妙の格好だ。


 もう一人はカッチリとしたスーツに身を包み、オールバックと縁無しメガネのシゴデキっぽい雰囲気の男。普段はこの男も邪教の正装を身に包んでいるのだが、今回に限ってはそんな暇はないという事でマフィアのナンバー2っぽい格好のままだ。


「何故よりによってこんな時に……!」


 ガリガリと頭を掻き毟り、効率的に頭皮へとダメージを蓄積させる巨漢。男が睨む先、ビルのあちこちに設置されていた定点カメラの映像では時折白い何かが写り、それと同時に下っ端の首が次々と跳ねていた。


 首無し死体から噴き出た血が、灰色の床に彩りを添える。


 その場面をスーパースローにして解析しようにもあまりにも早く動いている上、何らかの認識阻害効果を持っているのか抽出できた画像は非常に荒い。


 男達に分かったのは、下っ端共の首を鎌鼬の如く刎ねている存在は黒衣を纏っているという事、人型である事、武器ではなく手刀で斬首している事だけだった。


「ダメです、また目を潰されました」


 細い方の男、助祭が淡々と報告する。視線の先にはカメラを破壊された事によって機能を果たせなくなったディスプレイがあった。


「自爆術式はどうした!」


 巨漢、邪教内にて司祭と呼ばれる男は怒鳴り声で返した。


 助祭は手元のホログラムウィンドウを操作しながら、落胆も無い『まあそうだろうな』というような平坦な声で返した。


「反応がありません。伝達系統ごと絶たれたかと」


「クソっ、クソぉあアア!!」


 助祭の返答に司祭は思わず手元のウィンドウを両腕で砕いた。


「ようやくここまで辿り着いたというのに!」


「指定暴力団として目をつけられているのは分かってましたが、まさか本命まで勘付かれるとは。天はよほど悪人がお嫌いなようです」


「ほざけ! 我らが悪だとすれば、世の衆愚はなんたる邪悪か! 悪でしか正常に回らないこの世界こそが悪だ!」


 冗談めかして皮肉を言ってみた助祭だったが、司祭が予想以上に荒れている事で少し口を噤んだ。


 それまでの裏社会を構成していた一切を排除して小国で上り詰めた邪教団は、本来の目的を邪魔されぬようダミーを置き、その裏で世界終末シナリオの研究を進めていた。


 悲願を叶える為、破滅の使徒召喚を達成する土台が欲しかった彼らは国力の弱い小国を狙い、裏社会を制圧。その後徐々に国家の中枢へと食い込む事で実験や研究などを効率よく進めていた。


 そして遂に今夜、古代魔法文明の流れを汲む聖遺物(アーティファクト)を基に使徒召喚の儀を行う。その筈だった。


「何故バレた。何処から漏れた! 隠蔽は完璧だったはずだ!」


「当初は奴も、()()()()()()()もただのゴロツキだと思っていたのでしょうね。しかし途中でダミーだと気づかれたようです。迎撃に呪詛系の術式を紛れ込ませたのは失敗でしたね」


 心底忌々しげに、司祭ブラド・アンドリューは呻くように悪態を吐く。


「……おのれ、()()()()()共め………っ」


 世界の裏に巣食う究極の暴力装置。それこそが秘密結社《Xeno》である。正式な名を知らぬ者達は彼らを月影の亡霊と呼び、神出鬼没でいつ現れるかも予測できない彼らの影に怯え続ける。


「………奴をどれだけ足止め出来る」


「そうですね……隔離術式は全て起動しました。リソース残量的には30分保ちます」


 巨漢の司祭はディスプレイに背を向け部屋を出た。


 向かう先は儀式の祭壇。


 機械的な自動開閉扉を潜り、無機質な白さが目立つ廊下を渡る。


 目的地の前に辿り着いた司祭は生体認証をパスして、幾重にも厳重に封鎖された扉の向こうへと行く。


 古びた祭壇。石造りの壁や天井は研究所という表現がよく似合うラボエリアとは打って変わって、魔導全盛期の中世式を思わせるそこは、空間魔法による移送でくり抜かれた遺跡の中核である。


 そこには邪教が小国を実質的に支配してからこれまでにストックした生贄の凝縮『魂魔玉(こんまぎょく)』が柱の石像に埋め込まれていた。


 拳大の深紅の宝石だ。血管のような亀裂が表面内部を問わず網のように広がり、時折り怪しい光と共に脈動する。


 巨獣の顎を模した石台座に収まるそれは、のべ7千人もの犠牲の上に積み上がった命の結晶。死した際の強烈な思念や怨嗟を記録する魔宝である。


 周囲を妖しい赤色に染めているそれは静かに胎動しながら、少しずつ肉の根を周囲に侵食させていた。有機的な冒涜性に、幾度眺めようとも見慣れないそれを前に司祭は眉を顰める。


「本来ならばここに地脈汚染による術式方陣で完成する筈だったのだがな」


 同志達と共に積み上げてきた文字通りの血と努力の結晶を見つめながら、内心の苛立たしさを吐き捨てるように言葉にする。


 司祭に続いて祭壇へ足を踏み入れた助祭は巨漢に問いかけた。


「どうしますか、司祭」


 光源などない筈なのに、助祭のメガネはキラリンと輝き彼の視線を隠す。


「……残りの全リソースを儀式に回せば、成功率も上がるだろう」


「それも雀の涙ほどです」


 相変わらず目元が隠れている助祭は中指でクイっと押し上げた。メガネクイッである。


「ないよりかはマシだ。どうせ地脈によるバックアップも受けられないのだ。このまま籠城しても何も変わらない……」


「………」


「いや、一つだけあったな」


「っ、それは!」


 ここで初めて、助祭は声を荒げた。長年かけて積み上げてきた物が壊される間際であっても冷静さを失わなかった助祭が、だ。


「こうなっては仕方がない。使徒の顕現は諦め、この身を依代に悪魔を受肉させる」


「………本気、なのですね?」


 単に贄を捧げ、この現世に異次元生命体を呼び寄せる『召喚』とは異なり、『受肉』とは肉体の主導権を手放し献上する外法である。


 召喚使役魔法特有の活動限界も、受肉した器が完全に破壊され機能を失わぬ限り恒常的にこの世に存在出来る。当然、生贄を捧げた程度では召喚出来ない故に、能力に制限をかける必要もない。


 フルスペックの悪魔を時間無制限でこの世に呼ぶ事が出来る受肉であるが当然欠点がある。


 まず一つは契約を結べないという事。召喚の際、召喚者と悪魔との間でまず契約を結び、召喚者の利となるよう行動を制限する必要がある。


 これは悪魔が人類種の絶滅よりも支配を優先する事が多い為だ。その為世界の完全なる崩壊を求める邪教団にとってどれだけ不確定要素が多くとも受肉より召喚の方が都合が良かったのだ。


 二つ目に()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事。


 悪魔召喚にて、両者間で契約を結んだ後、代償を支払う事で悪魔をこの世に顕現させる。


 この時に支払う代償は悪魔によって異なるが、それとは別に人間世界で活動する為の空の器——即ち死体を捧げなければならない。この時悪魔は一時的に受肉したような状態となるのだが、完全な状態の悪魔を受け入れるには器が弱すぎる事がままある。


 その為、悪魔自身の力を制限する事で不完全な受肉と使役を成り立たせているのが一般的な悪魔召喚の魔法だ。


 では生きた人間、それも邪教団の司祭として長年裏社会で鎬を削ってきた歴戦の猛者を器とすれば、なるほど。確かに完全な状態の悪魔をこの世に顕現させる事が出来るかもしれない。


 だが、悪魔召喚に於いて生きた人間ではなく、悪魔の力を制限してまで態々死体を用意させる要因が完全顕現せんとする悪魔に立ち塞がる。


 器と悪魔の相性問題だ。死した人間は文字通りの肉塊だ。悪魔にとってすれば肉塊の自分の依代とする事は極めて容易。


 しかし生きた人間となると話は変わる。生きた人間は本能的に魔力によるシールドで精神や(オド)、肉体への直接干渉を防ぎ、そもそも肉体という器には(オド)という先客が居座っている為乗っ取ろうにも手間がかかる。


 確実にフルスペックで顕現したいのなら、悪魔と器の魂を融合させる必要があるが、これもまた両者の相性や(オド)強度の問題があり悪魔側が承認する事は滅多にない。


 これらの要因によって人間も悪魔も契約による召喚、一時的な仮受肉と使役を交渉の場とし、魔法文明が発達してから数百年、久しく受肉による悪魔の顕現は発生していなかった。


「早くしろ。こうしている間にもマナは使われている。どうせ水の泡となるくらいならば、雀の涙に変えても問題あるまい」


 皮肉気に、巨漢の司祭は男臭く笑った。助祭もまた司祭の決めた覚悟の重さを認識し、納得し難い様子ではあるが頷いた。


「そんな顔をするな。所詮人の生などというものはその終わりが早いか遅いかだけの違いだ。何より悲願の為ならば、この命惜しくは無い。たとえ無駄死にとなっても、な」


「………分かりました」


 助祭の言葉に巨漢が満足気に頷いた。


 そして懐から赤い短刀を取り出して首筋に這わせた。


 音もなく肌が裂け、赤い水脈が生まれる。水脈は意思を持った蛇の如く蠢き、司祭の全身に赤い紋様を描いた。


 服の上にもそれは滲み、司祭の黒い法衣はやがて湿り気を帯びた赤へと染まる。


「これより、我が肉体を器とし、我が身に宿る神秘を贄とし、悪魔の受肉を始める」


「……最低限の防衛リソースを残して、全マナを『魂魔玉』に還元しました」


 その言葉が聞こえているのかいないのか、口を一文字に結び表情筋に仕事を許さない顔つきで司祭は禍々しく胎動する深紅の宝玉に触れた。


 魔力へと変換されたマナと、魂魔玉に封じられた怨念が混ざり合う事で生まれた膨大な呪力が司祭に流れ込んだ。



「———っぐ!!」



 その瞬間、宛ら魂魔玉の中に封じられていた怨念そのものが具現したかように、石像を蝕んでいたものと同質の肉の根が司祭の手を、腕をと徐々に侵食していった。


 まるで皮膚や筋骨が直接(やすり)けされたような、細胞を一筋一筋丁寧に裂かれるような名状し難き劇痛。


「くっ、これが報いか……」


 自らの行いを間違っていると思った事はない。この思想こそが至高の正義だと一瞬たりとも疑った事はない。


 だが、愚鈍なる民には理解出来ないだろうとも知っていた。


 悪い事をすれば罰が当たる。そのような生ごみ同然の理屈を司祭は認めない。


 この世界は偶然の失敗によって生まれ、この世界は出来損ないの人間の手によって回り、この世界は存在するべきでは無い。


 神はいない。罰が当たるというのならそれは単なる偶然か復讐によるものだ。


 彼らのその崇高な行いを『神様』というご都合主義で歪められるのが司祭は嫌いだった。


「良いだろう。この身を喰らい、全てを呪い、滅ぼすが良い。貴様らの怨嗟、よもや我が命を食い尽くした程度で満足する訳ではあるまい」


 何よりも人を憎み、だからこそ人を信じている司祭はこの受肉が失敗すると微塵も考えていなかった。魂魔玉に封じられ魔力によって強制的に励起した怨念は司祭の肉体に受肉する悪魔をも喰らうだろう。そう、ある種の確信を持って未来を想った。


「さぁ、始めようか」


 全身を2種の赤に染められ、蝕まれながら彼は朗々と詠い上げる。


「『覚醒せ(めざめ)よ』『アルシェンブレヒトの遺産(いさん)』」


 それは遥か昔に廃れた原初の召喚魔法。呪いに侵されたその身に残る僅かな魔力を以て発動するのは、現代魔術に於ける召喚とは異なり契約を挟む段階がない為、真に()()()()()()と称するべき代物。


「『(なんじ)見据(みす)えし(そら)虚構(きょこう)であり』『()()てた虚構(きょこう)こそが真理(しんり)であり』『(あまね)(ことごと)くに()()かる因果(いんが)宿命(しゅくめい)受容(じゅよう)するならば』『真実(しんじつ)(なんじ)手中(しゅちゅう)に』『(われ)天理(てんり)掌握(しょうあく)せしめよう』」


 言葉に力を込め、言霊と為す事によって成り立つのが魔法に於ける呪文。中でも古式詠唱は古代魔法文明にて栄えていたが、現在では言霊の類似性を主軸とした連結詠唱によってその立場を駆逐されている。


「『(にな)()一人(ひとり)』『(せき)二人(ふたり)』『(さい)()げられ()()()す』」


 言霊そのものに意味はない。これは謂わばパスワードであり、暗号文で構成されたそれを真に理解しているのは最初に呪文を生み出した者のみ。


 それでも、呪文を唱えれば魔法が使えるという一種の固定観念と術者独自の解釈で魔法は成り立つ。


 無数の魔咒詞(ルーングリフ)の連なりで出来た術式陣が幾重にも展開され、その記号を処理した途端に消失し、また現れる。


 もはや赤による侵食が末期に進み、人の形をした赤と化した司祭の前方に黒い渦が生まれた。


 明滅する魔法陣に照らされた空間を捩じ切り、世界の間に穴を穿って開いた扉より魔界の住民がその姿を露わにした。


 まず最初に頭が渦より出て来た。豊かな黄金の長髪と大きく捻れた角。顔の肌は青く、瞳から首筋にかけて涙の跡のような罅が入っている。


 次に首、瞳から落ちて来た罅はまだ下に続いている。


 胴が出て来た。涙の跡は両腕に続いており、掌で更に枝分かれしている。端正な形をした胸を隠そうともせず、しかし一房の髪が局部を絶妙な具合で隠していた。


 悪魔の瞼が上げられる。目元に深い隈が良く目立つ。しかしそれすらもが彼女の妖しい美貌を引き立てているようだ。


 悪魔の口が開かれる。ゆっくりと艶めかしく、柔らかな唇の美しい形が姿を変え、声が放たれる。



『……ずっと』



 余りにも美しい魔性の美に、司祭と助祭は疎か彼と半ば融合しつつある魂魔玉でさえもその勢いを和らげた。或いは、上位者から放たれる根源的な圧がそうさせたのかもしれない。



『逢いたカった』



 言霊は続く。悪魔は、まるで恋人との逢瀬のように愛を囁く。



『ありがとウ』



 渦から更に身を乗り出し、素晴らしい曲線を描く胸から腰までを惜し気も無く外気に晒す。緩慢な速度で近づき司祭の真っ赤な頬に青い手に添えた。



『愛してイるワ』



 頬に触れた右手は砕けた。青い肉片はすぐさま気化し、司祭へと吸い込まれる。彼の肉体を侵食していた赤の内、幾何学紋様を描いていた血の赤が青に染まった。



『ヒとつに、なりマしょう?」



 悪魔はそれを気にも止めず、寧ろ喜んで自分の体を司祭に密着させる。間も無く悪魔は溶けるように司祭に取り込まれ、青き紋様を纏う赤の魔人が完成した。


 脈動する。相反する魔力と呪いが無理矢理一塊に纏まろうとうねり、炸裂せんばかりに肉体が膨張と収縮を繰り返す。


「あーっ、間に合わなかったカ」


 変形を押さえ込むのに手一杯でその場を動けない赤青(しゃくじょう)の魔人に、助祭ではない第三者の声が届く。


 語尾が半音上がった独特で、胡散臭く、仮面の裏を感じさせる口調だ。顔も見ていないのに、コイツは信用ならないと何故だけ思ってしまう声音。


 振り返れば、つい先程まで司祭の儀式魔法の発動を補助していた助祭は地に伏していた。胸元を中心に血溜まりが滲んでいる。


 代わりとでも言うように、蒼白い残滓を手に纏わせた見知らぬ少年が居た。いや、ソレを見知らぬというと語弊が生まれる。少年であるかも怪しいが。


 かつて邪教団司祭ブラド・アンドリューだったソレは何度も見ていた筈だ。木っ端のように易々と刈り取られた男達を。



『須臾ニ、頂ク……禍辻』



「ただ悪魔が受肉したにしては随分と、まぁ、禍々しいネ」


 何処からともなく身の丈程もある黒刀を抜き放った透は、鋭く目を光らせながら裂けたような笑みを浮かべた。


 悪魔よりも恐ろしそうな人間が見参。

【tips:須臾(しゅゆ)(いただ)禍辻(まがつじ)

およそ常人には観測出来ない速度による、致死の斬撃から付けられた白崎透の異名。彼の歩法は単に高速だから見えない。のでは無く、意識の間隙を的確に突き、認識そのものから()()()()()為、視えない。

他にも「血狂(ちぐる)羅刹(らせつ)」や「白霞(はっか)()」、「逸般透過剣鬼(いっぱんとうかけんき)」と一時期呼ばれていた。血湧き肉躍る死闘が大好きな為一度敵と定めた者と決着を付ける事に執着する性質である。その為裏社会では「基本会ったら死ぬ」という一種の怪異じみた存在として扱われている。






〜今日の格言〜


「所詮人の生というものはその終わりが早いか遅いかだけの違いだ」


この世界とそこに住む人間達への深い失望と諦観を抱いている司祭だからこそのセリフ。命の価値なんてものは人間達が生み出したただの幻想に過ぎず、本質的には地震も虫も花も竜巻も獣も火も全て同一なのだ、という彼の思想をよく表している。タンパク質の塊の中で電気やら化学反応やらが起きているのが生き物であればそこに尊き命などはなく、一体それは自然現象と何が異なるのか。

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