第6話 《魔王種》
遠い昔話をしよう。
今から何百年も昔、一人の魔術師がいた。
魔法使いになるだけの才能と魔力がなく、しかし魔法への憧れを捨てられなかった者。
魔法とは、魔力を用いて世界へ干渉し、己の望んだ結果を生み出す技術。
この時、世界に干渉する際に魔力は消耗する。さながら重い物を持ち上げ運んで疲労する肉体のように。
魔法使いは魔力をエネルギーではなくより原始的な力として使用する。りんごを持ち上げるときに使うのが握力や腕力などの筋力か、魔力かの違い。
この一連の魔力による干渉プロセス、《魔法》には何よりも魔力量が肝要となる。
個人が持つ魔力は、世界に干渉するにはあまりにも不十分だ。故に対象を限定し、多大な魔力を消耗させて魔法を行使する。
対して、魔術は魔力をエネルギーとして消費し、望んだ結果を生み出すというもの。魔力をりんごに変換して作り出せるのが魔術だ。ここが魔法とは異なる点。
魔法は魔力を消耗するが、それは謂わば筋肉のようなものだ。休ませれば魔力は次第に回復し、また魔法を発動することができる。
対して魔術は魔力を消費する。魔法に準えて例えるならば、それは臓器売買のような、身を削る行いに他ならない。
つまり魔術は魔法よりもリスクもリターンもハイな技術という事になる。
ただでさえ魔法使いに乏しい魔力量であるのに、魔術などそうそう行使できる筈もない。故に彼は魔石や魔術触媒を多用して可能な限り魔力消費を抑え、並行して魔力量を取り戻す方法の研究も続けた。
苦節17年。
彼は、魔術によって生成した産物を時間経過で解体し、魔力へ還元する術式を編み出した。
これにより魔術で失われる魔力量は激減し、格段に実用性を高めた。後に戦闘魔術史、中興の祖と讃えられる彼を、人は“廻天の”オード・グランデリアと呼んだ。
◆
「なるほどぉ。つまりトール君は多分別の世界から迷い込んで、アンリーネちゃんはベルタ王国?ってとこから来たんだね」
「うん。多分」
「そっかぁ……」
<万物透過>で壁をすり抜け、街へと無事侵入した透とアンリは、あの後、街の警邏隊に捕まった。現在はそこの取調室で拘束されている。
魔封じの付咒が込められた拘束具をかけられているが、正直意味はない。
現代魔法文明の最先端技術が結集された魔封じの手錠であっても、超越者たる魔導士にとってはプラスチックの玩具に等しい。
警邏隊の面々もパッと見た限り大した腕前を感じなかった。誰も彼も立ち姿はおざなりだし魔力も大して練られていない。
よくこんな有様で治安維持などできるものだと思った。それとも主戦力は軒並み出払っているのだろうか。3秒ほどで鏖殺出来る戦力差があるにも関わらず鎮圧の意思を見せたのだけは褒められるのだが。
「ごめんねぇ、ここ最近漂流者なんて出てこなかったから対応マニュアルが無くってぇ」
「アンリもそうだけど、こっちの人は異世界人に驚かないんだね」
「この世界は空間が不安定らしくってぇ。しょっちゅう転移者や転生者が紛れるの。私のご先祖様も転移者なのよ? だからかしらねぇ、迷宮域だとか魔王種が良く生まれるの」
魔王種。怪魔物の中でも高い知能と統率力を持った個体を指してそう呼ぶ。
界間牆籬という壁に穴が空いたグルストリア世界では、主に異界の法則を内包した結果生まれた異常存在である。
「外の黒い雨も魔王種のせいでねぇ。浴びると魔力の弱い人は肌が腐り落ちるの」
「マジかよ」
「大マジよ」
女子二人は揃って戦慄に包まれた。それを理解できない目の透が言う。
「回復魔法で治せばいいだろうに」
「男には理解できねェだろうが、女にとって肌は命と髪の次に大事なんだよ」
「そもそも外の雨は魔法なんかじゃ対抗できないの。強ーい呪いが物質化したのがあの雨でね、高位の神官職でないと解呪できないの」
「ふむ……」
そのキャラで肌とか髪とか気にするんだ、という言葉を透は飲み込んだ。だがその思念がアンリに共有されたのか、真横から睨みつけられる。
「オレは男勝りなだけで年頃の美少女じゃい」
「自分で美少女とか言うんだ……」
「あらあら、2人は仲がいいのねぇ。兄妹みたい」
「実は生き別れの〜なんだよね」
「あらぁ、そうだったのねぇ」
「ンな訳ねーだろ生まれた世界も違うんだぞ」
「じゃあ冗談はここまでにして、少し真面目な話をしましょうか」
取調べの会話内容を全て手元の書類に記述していた審問官がペンを置いた。
「私はイザベラ、この魔導要塞都市アルダートの警邏隊で審問官をしているわ」
イザベラは結った金髪を耳へかけてから、2人に語った。
「今からおよそ300年前。大陸の西に生まれた一体の魔王種によって私たちは空での生活を余儀なくされたわ」
アルダートの空は、濃紺に染まっていた。時間帯が夜に近いのではない。単に宇宙へ近づくにつれて、空の青色がどんどんと濃くなっただけ。
黒い雲海を漂流する空飛ぶ浮き島。空中要塞アルダート。
成層圏に住む人々の営みが耳で拾える。活気があるとは言えない陰鬱な雰囲気が街全体に蔓延していた。
「当時の列強国は魔王種の討伐を何度も成功させてきた。時には地方を収める貴族の領軍だけで迷宮域を破壊した事もある」
しかし、魔王種にも個体差がある。貴族が抱える私兵だけで討伐可能な弱者から、大陸全土の天候を何百年もの間支配する絶対強者まで。
「《悪夢の暗君》。ある世界の邪神を原型として生まれたその魔物は、当時大国として君臨していたステリア王国とヴァレンダッド大帝国、華仙国を始めとした11ヶ国を2日で滅ぼした」
その姿を見た者は揃って言った。あれは正しく悪夢であったと。
同時に、その姿を見た者は誰一人として生き延びる事は能わなかった。
深淵を覗いても覗き返されるだけだが、悪夢は伝播し、実体を持った刃となって群衆を斬り裂く。
数多の屍山血河を築き上げた絶望の死神には亡者の呪詛が纏わりつき、その生者への醜い嫉妬と怨嗟が黒い雨を降らせた。
「そして大陸にあった国はただ一つの例外もなく滅び去り、残ったのは47の空中要塞だけ。今はそれぞれの市長が国主の代わりに統治してるの」
「11の国を、2日」
「……化け物なんてレベルじゃねェな。そもそもその魔王種がどういう魔物なのかもわかンないのか?」
「関わった者は全滅。悪夢の冥王の情報を知った時点で存在を許されなくなるの。分かったのは伝聞による曖昧な情報だけ……」
「……異世界人や漂流者達は何もしなかったのか?」
「当然したわ。大陸中の覚醒者や秘境の一族、それどころか魔族や精霊、神獣でさえも。悪夢を倒すべくこの地の全てを結集しても祓えなかった」
「……そんなものどう倒せってンだよ」
「なるほどね」
思案げな顔で算段を立てた透が口舌を織る。
「その魔王種、ボクなら殺れるかもしれない」




