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小説)石部夜戦④

「何事?!」

 さすがの正信も狼狽うろたえた。


御免ごめん!」

 家康から命令を受けていた途中だったが、忠勝が立ち上がる。


「こら! 何処へ行く!」

と正信が忠勝をとがめたが

「止めるな弥八郎」

と家康は忠勝の行動を許した。

「水口への使いは大事じゃが、それ以上に、今ここで起きておる変事が気にかかる」



『雷鳴』は榊原康政の耳にも届いた。


 馬は一分間に1㎞弱を走る。

 石部宿から草津宿まで、ほぼ11㎞。

 草津宿から大津宿まで、ほぼ15㎞。


 その時の康政らは石部を発って15分ほど。あと少しで瀬田橋を臨む地点にまで進出していた。


「止まるな! 駆け続けよ!」

 康政は配下の20騎に向けて怒鳴った。


 石部宿の無事が気にならないわけはない。

 しかし橋と大津城との安全を確認することは、焦眉の急務だった。


――殿の落ちのびる先を、確保せねば!



 石部宿は本陣二軒を中心に、多数の旅籠はたごが東海道に沿いに1㎞以上の長さに渡って立ち並ぶ、という構造になっている。

 6月18日の夜は「内府さま御用」ということで、一般の旅人は石部宿から他の宿場町に追い出さており、本陣には家康と主だった部下が、旅籠にはその他の手勢が分宿、と徳川勢一行に占領されたようになっていた。


 宿場町の中は旗本たちが適宜交代で哨戒にあたっていたが、特に警戒を要するとされた草津方面側の端には「井伊の赤備え」が大篝火を焚き、木楯を並べ、物々しく警備を密にしていた。


 その大篝火に向かって、闇の中から抱え大筒が撃ち込まれたのである。

 砲声は五発。


 重い実体弾の直撃を受けた兵の身体には大穴が開き、はらわたを飛び散らせながら背後の者を巻き添えにし、三人まとめて後方に弾き飛ばされた。

 また木楯に当たった弾は、楯を砕いて尖った木片を周囲に撒き散らし、井伊の兵に手負い複数を出しつつもそこでは止まらず、なおも後ろへと飛び過ぎて、騎馬武者の馬の胴を引き裂いた。

 篝籠かがりかごを襲った弾は、大量の燃える木片を空中に巻き上げ、宿場町には大量の火の粉が降り注いだ。炎を浴びた兵は絶叫し、旅籠の障子紙が燃え上がる。


 しかし赤備えの兵は精強である。

 不意の砲撃、仲間の死傷にもひるまず、直ぐに分宿先で休んでいた兵も旅籠から飛び出して、隊伍を組むや槍の穂先を揃えて

「えい、とう! えい、とう! えい、とう!」

と性急に押し出した。

「命に代えて殿をお守りするぞ。ここを死に場所と心得よ。賊徒どもを突き伏せよ! 一人も逃すな!」


 前方、闇の奥から

バズン! バズン!

と――先ほどの砲声に比べればはるかに軽い――鉄砲の銃声が散発的に響き、その度に槍兵が

「ぐッ」 「あウッ」

と断末魔を遺して転がるが、井伊隊は逆にその歩速を早め、得物の穂先を星明りにきらめかせた。

「足を止めれば、敵は弾込めを行なうぞ! 時を与えず一気に突き入れよ!」


 ところがその時――

 前方の闇の中、数多くの火縄が舞っているのが見えた。

『賊徒』は家康暗殺を企む少数の曲者などではなく、大量の火器を装備した軍勢だったのだ。


 直政以下、井伊の兵らは突撃の失敗を悟ったが、既にどうしようもなくなっていた。

――狭い一本道で、避けようなどあるものか。


 次の瞬間、充分に引き付けた、と敵は判断したのだろう。再び五発の砲声が轟いた。

 そして更に五発。

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