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小説)石部夜戦③

「長束大蔵大輔、謀反!」


 物見から戻った騎馬斥候の目玉は、飛び出さんばかりに見開かれていた。

「水口城下、街道は塞がれ、兵が満ちており申す」


「闇討ちではなく、戦に打って出る心算であるのか?! あの、帳簿の虫が?」

 家康の謀臣、本多正信ですら、兵糧奉行が天職のような正家が「正面切った武力」によって家康に歯向かうとは思ってもみなかった。

 甲賀衆からもたらされた情報は、あくまで城方の一部に「怪しい動きがある」というだけのもので、領国を挙げての戦を決心したというのとは違い、大合戦となる危機だとは気配すら感じさせなかった。


 それが理由で正信は、先ほど家康と語らった末に

「水口の城には立ち寄らず。間を置かずに石部を発って、武者押しに城下を押し通る」

と献策したのであった。


「弥八郎、しくじったな」

と家康は爪を噛んだ。

 ただし正信を責めたのではない。戦場では思いもよらぬ事態が起こるのは、常である。

 主従が共に策を誤ったことを悔いたのだ。

――長束正家を軽く見過ぎた……。


「いかがいたしましょう」

 正信が即座に試案を出す。

「佐和山の治部に、助力を求めますか?」


 1599年3月、武闘派七将に襲撃された三成を家康はかくまい、護衛を付けて無事に佐和山城まで送り届けている。

 あの時の借りを返せ、といえば三成は喜んで中山道を護衛するだろう。


「ただし、大蔵大輔の決起に、治部が一枚噛んでいなければ、という事になりまするが」


 家康には長年の付き合いである謀臣の言わんとする事が、誰よりもよく分かっていた。

 長束正家が単独意思で、家康に弓引こうはずがない。

 裏で糸を引いているのは、石田三成をおいて他には考えられなかった。

 東海道を捨てて中山道へと回れば、それこそ三成の思う壺であろう。


「それでは大津へ引き返すか」

と家康が呟いた。

 伊勢や桑名方面に出る間道は、近江が地盤である三成や正家が、己がたなごころを指すかのように知悉している。どんな罠が仕掛けられているのか分ったものではない。

 しかしながら大津に向かうには瀬田の橋を渡らねばならず、近江の戦の常にて、唐橋は既に壊されているやも知れぬ。

 加えて、大津城主の京極高次は豊臣の準一門衆。大津に立ち寄った折に、家康に弟の高知たかともを同行させたとはいえ、三成や正家から誘いをかけられ、それに乗っていないとは限らない。今や家康は、近江侍の誰一人として信じることが出来ない心理状態に陥っていた。

「いや。まずは使いを出せ。橋が無事であることを確かめ、蛍めに二心ふたごころ無きことを確かめよ」


「使いには誰を出しましょう? まさか蛍めの弟を行かすわけにもいきますまい」

と正信が問う。

 人質の京極高知を大津に向かわせるのは論外だ。


「小平太(榊原康政)がよかろう」と家康が断を下した。

 槍働きの猛者であるのに加え、弁が立ち交渉事も上手い康政という選択には、本多正信にも異論は無く

「御意」

と康政を呼んだ。

 二十騎を引き連れて、榊原康政が石部を発つ。


 続いて家康は、本多忠勝を呼ばせた。

 忠勝はかつて秀吉から「古今独歩の勇士」と称されたことがあるほどの武の達人であるのに加え、忠勝の妹 栄子は長束正家の正室なのである。

 再び水口の城に物見(もしくは使い)を出すとすれば、忠勝をおいて他には考えられなかった。

――平八郎(本多忠勝)であれば、軍使として振舞うことで大蔵大輔と少しは言葉を交わすことが出来るやも知れず。叶えば大蔵大輔が何を思うて兵を挙げたかも分かろうというもの。


 家康が「平八郎、頼みがある。難しい使いとなるが……」と任務の説明を始めた時――


ごオォンン!


と雷鳴が響いた。


 それは一度では止まらず

ごオォンん!

 ごオォンん!

  ごオォンん!

   ごオォンん!

と五連続で空気を震わせた。

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