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小説)石部夜戦⓾

 島左近の攻撃部隊は、手の空いた者から弁当を食った。

 前進は小休止である。

 いや、むしろ石部攻めの最前線は、やや後退させた形と見てよい。


 それというのも、今や石部宿全体が激しく燃え上がっており、鉄砲隊をどんどん先に進めたとすれば、炎に巻かれていた可能性があった。

 火炎旋風という単語や概念が存在していない時代ではあるが、渦巻くような火柱の凶悪さは攻め手の側にも十分に伝わっていたのだ。


 武装したまま炎の壁から飛び出してくる者には、容赦なく鉛玉や矢が浴びせられたが、得物を持たずに命からがら逃げだしてくる敵には、湯冷ましと握り飯とが与えられた。

 徳川勢の組織的抵抗は、事実上終了していたのだ。


 また身一つで野洲川の中に難を逃れる者もいたが、松明を掲げた警戒船の兵はそれが「白髪頭」でない限り、見逃した。溺れかかっている敵には、手を伸べて引き揚げてやることすらあった。


 この段階で左近の最大の懸念材料は

「数に勝る徳川勢を、銃砲の装備数で優位にあるとしても、上手くあしらうことが出来るかどうか」

という事から

「家康が炎に巻かれてしまっていたとすると、首実検が出来るかどうか」

という事に移っていた。


――内府が早まって本陣で腹など召さず、上手く水口側に逃げてくれておればよいが。


 信長が本能寺で焼けたあと、明智光秀は信長の死体を確認出来なかったため、信長生存の風聞に翻弄されたのを知っていたからである。


――老練な佐渡守(正信)が付き従っておる以上、易々と腹を切らせるような下手はうたぬであろうが。


 三成の軍師 左近にとっても家康の謀臣 正信は――妙な言い方になるが――「信頼できる」手腕の持ち主であった、というわけだ。



 大津城から馬を飛ばした榊原康政は、瀬田橋が燃えているのに愕然とした。


 徒歩かちの京極勢は――援軍を承知してくれたことに感謝はしていたが――二時ふたときもかかるようではとても間に合わぬ、と手勢のみ(16騎)で京極勢に先行し、引き返したのである。

 橋の警備に残した4騎は、姿も見えぬ。


 康政には知るよしも無かったが、橋を焼くのも島左近の策であった。

 左近は彦根の港から最初の弁当舟が到着すると(荷が軽いから水軍の石部着前に追いついている)、直ぐに荷物を降ろさせ、替わりに1艘あたり鉄砲2名・弓3名を乗せ、2艘一組で瀬田橋に向かわせた。

 瀬田橋強襲分遣隊出発のタイミングは、抱え大筒が初弾を赤備えの篝火に向けて放ったのと、ほぼ同時。


 分遣隊の役目は小編成で隠密裏に移動し、弓鉄砲の援護の下、震天雷を持った擲弾手が橋に火を放つというもの。

 既に暗くなっているから、松明を灯していなければ岸から発見されるリスクは低い。

 唯一の懸念は、京極勢が大津から哨兵と哨戒舟を出し、松明・篝火を掲げた兵で先に橋をガチガチに固めていることだったが、戦意の低い高次は兵を出してはいないだろうと推測された。


 康政が残した4騎の騎馬の哨戒兵は、彼らの経験上、橋の両端に位置して街道から近づく『敵』を警戒していた。

 しかし銃手を乗せた伝馬舟は、橋の端になど近寄らず、木造橋の中央部で橋桁はしげたじ、油を撒いて震天雷を仕掛けた。


 爆発炎上した橋の火を何とかしようと、4騎の兵が炎に駆け寄ったときには、既に伝馬舟は騎兵が手出しできない位置にまで橋から離れており、炎に照らされた騎兵を射るには充分な態勢を整えていた。


 燃え上がった橋を見ながら康政は

――蛍が治部と通じていることは、これで考えずとも良くなったか。

と自嘲した。

――弥八郎(本多正信)も要らぬことを考えたものよ。はじめに馬で大津まで、せめて内府様だけでも落ち参らせていたのであれば!


 部下の一人が大きく息を吐き

「これでは我らも、石部まで向かえませぬ」

と嘆くと、康政は息を吹き返したように気力を奮い立たせ

「橋が無くとも舟はあろう」

と部下を叱咤した。

ふなを捕り、しじみを掻く漁師が瀬田河畔には多く住もうておるはず。手分けして叩き起こし、連れて来るのじゃ。早う行け!」


 部下が散り、康政は一人馬上で燃える橋をめ付けていた。

――ぬうう、治部め! 不意打ち・焼き討ちとは卑怯な。


 康政は、三成が最前線から上手に追い払われ、彦根で飯の支度に精を出していることなど思いもよらなかった。

 そして今、頭に血が上った康政を狙う四つの銃口、六張むはりの弓が有る事も。


 立て続けに4発の銃声が轟き、歴戦の勇将は馬から転げ落ちた。

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