帰郷
車を走らせて、約2時間。山を貫くトンネルをぬけると、俺の育った町が見えて来る。辺りを海と平野で囲まれた、田舎町。一通りのガイドをしながら、先輩の車は港の正面に構える一軒家に到着。俺の生まれ、育った家。
「いい所じゃないか!」
「田舎町ですけどね」
お世辞にもあまり発展したとは言えない町だが、地元でも有名な繁華街まで車で10分少々と交通の利便は良い。この町の半数の家は漁業を主としている、漁村のような町だ。
「ま、とりあえず上がって下さい」
「それじゃ、お言葉に甘えて」
ただいま、と一声かけて、久しぶりに玄関の戸を開ける。
「お帰り、随分早かったわね」
一年ぶりに見た姉、海棠静波は、エプロン姿で現れた。
「ただいま、姉さん」
「ま、上がって。お友達、連れて来たんでしょう?」「うん、先輩、上がって下さい」
「あ、は、はじめまして!大学で澪亜くんと仲良くさせてもらってる九曜美月です!!」
玄関の陰に隠れていた先輩は、いつもの雰囲気とは違って、偉く緊張のご様子だ。
「えっ、澪亜の友達って女の子!?」
「うん、俺の1番の友達」「あら、そうなの!?美月さん、だっけ?さ、上がって!!」
なんか変な勘違いをしてそうな姉だが、別に弁解もせず、俺は久しぶりに実家の敷居を跨ぎ、家の中へ。先輩も、それに続く。
→→→→→→
家に上がって1時間、先輩は姉の質問攻めに遭い、俺はというと、完全に蚊帳の外と化してしまい、仕方なく港を散歩していた。
防波堤に釣り人の姿は無く、俺の視界に映るのは、青一色の海。
「懐かしいな・・・・」
こうやって、じっくり地元の海を見つめるのは、どれくらいぶりだろうか。高校時代には、家に帰れば外へ出る事もなかった。そう考えると、実に五年ぶりくらいだろう。遠くに見える船団は、時折右へ行ったり左へ行ったりと移動しながら漁を行っている最中だろう。
「・・・・あれ、もしかして、海棠?」
「えっ?」
背後から、人の声。振り返れば、どこか懐かしい顔の、一組の男女の姿・・・・
「やっぱり、海棠くんだ!」
「海棠、俺だよ!慎吾だよっ!!」
「もし、かして川辺さんと、村上・・・・?」
「そうだよ、村上だよっ!!」
「私達の事、覚えててくれたんだ・・・・」
そこにいた二人は、顔立ちこそ大人っぽくなっていたが、紛れも無く幼稚園から中学校までの時間を共に過ごした、幼なじみの村上慎吾と川辺沙織だった。
「五年ぶりだよ・・・」
「え?」
「お前に会えたのは・・・」
「・・・そうだな」
慎吾は小さく呟き、沙織は顔を伏せていた。
「元気にしてたか?」
「・・・あぁ」
「そうか・・・」
それ以上、言葉は続かなかった。いつも笑っていた沙織の顔からは笑みが消え、慎吾は苦痛で表情が歪む。
「澪亜、俺達は・・・っ!!」
「・・・少し、歩かないか」
慎吾の言葉を遮り、俺は二人の袖を擦り抜けながら、視線をとある場所に向けながら歩を進める。二人も無言で、俺の後を付いてくる。
ほんの数分、足を止めたこの場所・・・
「昔はここで、よく遊んだよな、三人で」
「覚えてるよ。あたしが転んで怪我して、あたしよりも澪亜が泣いちゃって」
「それから、俺が沙織をおぶって・・・」
懐かしいよな、と慎吾は呟き、俺と沙織は無言で頷いた。港から見える白い砂浜・・・流木に腰掛け、まだ小さかった頃の思い出を、頭に浮かべながら。
「今でも、ここで遊んだ事、思い出すよ」
「「澪亜・・・」」
「ごめんな、心配かけて・・・」
「謝らないでっ!謝んなきゃいけないのは、私達だよ。ごめんっ、ごめんねっ!!」
砂浜に膝をつき、沙織は謝りながら泣きだし、慎吾は空を見上げ、肩を震わせる。
「俺は、心のどこかでみんなを許してたよ。でも、みんなに会うのが、怖かったんだ・・・まだ俺は、人を信じる事が、出来ないから」
「原因を作ったのは、俺達だ。お前から笑顔を奪ったのも、孤立したお前に手を差し延べる事もしなかった!!全部俺達がっ!俺達がっ・・・!!!!」
「もう、いいんだ。泣くなよ、慎吾・・・沙織も。俺は闘ってるんだ、いつかそんな事もあったなって、笑って話せる日を信じながら。それに、俺はもう笑う事だって、出来るから」
熱くなった目頭を拭い、俺は笑ってみせる。
「心配かけて、ごめんな」「「澪亜・・・」」
照れ隠しのつもりで、慎吾の脇腹を軽くつつく。「ひゃっ!?」と声を上げた慎吾を見て、俺はまた笑う。沙織も慎吾も、つられて笑う。
「フ、フフッ・・・」
「ククッ・・・」
「アハッ・・・」
「「「アッハッハハハハハ・・・!!!」」」
声を出して笑った。久しぶりに・・・。心の底から声を出した。
「ハハッ・・・なぁ、澪亜」
「ん?」
「俺はお前の事、今でも友達だって思ってる」
「私も、ずっと友達だって、思ってるから!!」
「ありがとう、二人とも」
じわり・・・じわりと、氷解のように、俺の心は少しづつだがゆっくりと、昔のように戻っていける・・・そんな気がした。
「澪亜」
「ん?」
「お前が明るくなったのは、時間だけじゃないよな」「あぁ、ある人のお陰だよ・・・」
「そうなんだ・・・きっと、凄い人なんだろうなぁ」「素敵な人だよ。今の俺には、1番の友達だから!」「私達にも、澪亜を変える事が出来なかったのに・・・ちょっと、妬けちゃうな」
コホン、と咳をする仕草をして、沙織は歯を見せて笑う・・・。昔のように−−−−−
「会ってみる?」
「「ヘ?」」
「今、家に来てるよ」
「ま、まじか・・・!?」「ヘ?ホントに!?」
余りにも間抜けな顔をする二人に、俺は思わず苦笑してしまう。それに、二人には会わせたかった。俺が今、1番の友達と呼べるあの人を。