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嘘の代償  作者: 矢枝真稀
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海棠澪亜02

海棠澪亜という人物は、昼休みになると、決まって楠のベンチに来て眠っていた。彼と出会って二週間が経っていたが、雨の日以外は必ずここに来ている。むろん、私も同じなのだが・・・・


「よっ、と・・・・」



別に声をかける訳でもなく、私は澪亜の眠る天然のベンチの横に座る。いつもなら気配を感じて直ぐに起きる澪亜だが、今日は一向に起きる気配がない。



「スーッ・・・・スーッ・・・・」


規則正しく微かに聞こえる寝息は、彼の生存を主張しているので、どうやら単なる熟睡のようだ。



「海棠?」



呼び掛ける声に、少しだけ眉が動くが、再び眉は元の形に戻る。

改めて澪亜の顔を観察してみる。いつもは嫌悪感丸出しの顔も、流石に眠っている時は無に戻るらしい。眉間に寄ったシワは少しばかり跡が残っていたが、顔立ちは綺麗に整っている。閉じた眼から覗かせる睫毛は意外と長く、左目を覆い隠すように伸びた前髪は、木漏れ日の射す光に当たって艶めいていた。



「う・・・・ん?」



小さく呟いた彼が、深い眠りから現実に戻って来たようだ。



「おはよう、海棠くん?」「・・・・」

「おや、何時もの憎まれ口は叩かないのか?」

「・・・・」



返事は無い。俯く彼の表情には影が落ち、何かを考えているよう−−−



「いい加減・・・・」

「ん?」

「・・・・はぁ」



何かを言いかけて、大きなため息をついた澪亜に、普段の嫌悪感は無い、むしろ何かを怖がっている。



「おはよう、海棠」

「・・・・ぃます」



小さく聞き取れなかったが、どうやらおはようと返事を返してくれたようだ。



「・・・・何故俺なんです?あなたには他に色々な友達がいるでしょう?」



呻くように呟いたそれは、とても残酷で、悲痛にも似た声・・・・。他人を嫌い関わる事を恐れる彼の、心を表すように。



「私が怖いか?」

「・・・・わからない。俺は、俺は・・・・」



青ざめた顔、体は小刻みに震えている。安心させようと彼の手に私の指先が軽く触れた瞬間、ビクッと彼の体が反応した。「怖くない、私は怖くない・・・・」



彼の手を握り、体ごと彼を抱きしめて、まるで怯える小さな子供を宥めるように「怖くない、怖くない」と、彼に小さく囁く。

どれくらいの時間が経ったか分からないが、彼の震えは次第に小さく、そして無くなっていった。



「落ち着いたか?」

「・・・・はい」



平静を取り戻した彼の瞳には、まだ薄い不安が残っているようで、私の問いに、小さく返事をした。



「何故そこまで怯えるんだ?・・・・まあいい、今は聞かない」

「すみません・・・・」

「謝るな、興味本位でキミを怖がらせた私が悪いんだ。すまない!!」



彼にしか分からない心の傷に、私は遠慮も無しに触れていた。苦しむ姿など、見たくは無かった。謝ったところで彼の闇が晴れる訳じゃないが、今の私には頭を下げる事しか、出来なかったんだ。



「いいんです、謝らないで下さい」



まだ少しだけ、不安の混じる声・・・・虚ろだった彼の瞳に、光はまだ宿っていない。



「自分だって、わかってるんです・・・・このままじゃ、いけないって。でも、怖いんです、人を・・・・人を、信じる、事がっ!」

「もういいっ!言うな!!」「だから、だから・・・・繋がりを断ち切って、独りになるしか無かった!!俺は、俺は・・・・」

「もう止めろっ!!」



彼の心の傷が、言葉となって膿のように吐き出された。その瞳に生気は無く、頬を伝い落ちる涙の雫・・・・。

海棠澪亜という人間は、人を信じる事が出来ず、裏切りを怖れ、孤独と闘っていたのだ・・・・。



「海棠、私は怖くないし、君を裏切るような真似はしない」

「・・・・」

「君の過去を私は知らない。だが、君の心が人を信じたいと願うのならば、私を信じてほしい。私は、君の味方だよ」

「・・・・」

「だからもう、独りじゃない。君には、私がいる。例え君が私を信じてくれなくても、私は君を、裏切りはしない。約束するよ」



黙って聞いていた彼は、数分の後、声を出した。



「本当に・・・・あなたを、信じていいんですか?」

「約束する。私を信じろ!!」

「本当に、ホン・・・・トに」


堰が切れた川のように、彼は泣いた。声を殺して−−−−。

















声を殺して涙を流す一人の青年の肩を抱き、私は彼の心に射す光になろうと、心に決めたんだ。

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