思い出を一つ失って
九曜美月の視点でお送りします。
お盆休み三日目、感動の再会から二夜明けたこの日は、あまりにもヒマ・・・。休みといえど、お父さんもお母さんも仕事の都合で、家には私ひとり。かといって、私の家は繁華街から結構離れているし、ひとりで行っても面白くない。
「あ゛〜・・・」
某有名ゲームのゾンビさながらに、私は奇声を発した。
「ヒマじゃ・・・」
あまりのヒマっぷりに、今度は侍口調・・・退屈は限界に達しつつある。
「・・・よし、散歩へ行こう!!」
ぐうたらは嫌い!活動あるのみ!ヒマならまず行動!それが、九曜美月の信条である。
思い立ったが吉日!とばかりに、私は適当に身支度を済ませ、外へ出た。
「ふふっ・・・久しぶりだなぁ、この道を歩くのは・・・」
目に映る全てが、懐かしい・・・。遠目に見える田んぼは、昔兄さんとよく遊んだ場所だ。青々と元気よく成長中の稲の影、水の張った小さな世界を、ミジンコやオタマジャクシが左右上下とせわしなく動き回る。しばらくその光景を観察していたが、夏の暑さには敵わない。歩を進めながら見つけたのは、小さな頃を思い出させる一軒の駄菓子屋。
「まだ、あったのか・・・」
懐かしさに浸りながら、私は店に入る。店内をぐるりと見回し、目についたのが、大きな金だらいに氷水を入れて冷やされた、ビー玉入りのラムネ。
「おぉっ!おばちゃん、これ一本・・・いや、三本下さい!」
「240円です・・・あい、毎度〜!!」
店のばあさんから貰ったビニール袋にラムネを入れ、一本をその場で開ける。
ポンッ!と小気味よい音とともに噴き出す泡を零さないように口に運ぶ。シュワシュワッと弾ける炭酸が、渇いた喉に心地良い。
一気にその一本を飲み終えた私に、ばあさんはニッコリと微笑んだ。
「美味いっ!最高だ!」
「・・・そうかい?そりゃうれしいねぇ・・・」
「ばあちゃん、もう一本いいかな?」
「ほんに、美月ちゃんは美味しそうに飲むねぇ・・・」
「だって、美味いか・・・」
一瞬、耳を疑った・・・。ばあさんの口から、私の名前が出て来た事に・・・
「おばちゃん、今、なんて・・・」
「美月ちゃんじゃろ?昔よくお兄ちゃんとお菓子を買いにきてた・・・」
私の事、覚えててくれたの?・・・そう言葉に出そうとして、喉まで出かかった声を飲んだ。
「うん、久しぶり!ばあちゃん!!」
「フェッフェッ・・・懐かしいねぇ、こんな美人さんになって・・・」
ばあちゃんの言葉に、私はちょっと照れて、頭をポリポリと掻いた。
「元気にしてた?」
「元気だけはあるけどねぇ、体はもう、思うように動かんとよ・・・」
そう・・・私が小さい頃から、ばあちゃんはばあちゃんだ。
「歳はとるもんじゃないねぇ・・・美月ちゃんが小さかった頃は、まだまだ足腰も丈夫だったけど、今じゃあ歩くのもやっとだよ・・・」
「何言ってんの!ばあちゃんはまだまだ元気じゃん!」
「元気はあってもねぇ、体が動かんなら、なーにも出来ん・・・この店も、時代には勝てんとよ・・・」
寂しく笑うばあちゃんに、私の心はズキリと痛む・・・
「でも、最後の日に美月ちゃんに会えてほんに良かったぁ・・・」
「最後の日って・・・」
「店をねぇ・・・閉めるんだよ」
その言葉に、私の体は石のように固まった。
「何十年と商売してきたけど、今日が一番、嬉しいねぇ・・・」
「ばあちゃん・・・」
何も、言えなかった・・・辛うじてばあちゃんと口にしたものの、それ以上の言葉が出て来ない・・・
「最後に良い思い出が出来たよ・・・ありがとうねぇ・・・美月ちゃん!」
そう言ったばあちゃんは、両手で私の右手を握る。皺くちゃになった手は、ばあちゃんが何十年とこの店と生きてきた勲章・・・その温もりは、優しかった。
◇◆◇◆◇
昔、よく兄さんと遊んだ公園・・・ベンチに座り、私は一つ、ため息を吐く・・・。隣には、ばあちゃんに貰ったラムネが、ビニール袋にぎっしりと詰め込まれている。
(ばあちゃんの店・・・閉まっちゃうのか・・・)
それは、兄さんや友達との思い出の場所が、一つ消えてしまう事を意味している。けど、私にはどうする事も出来ない。
(寂しくなるな・・・)
時代の波に取り残された、小さな駄菓子屋。いつの間に、私は忘れてたんだろうか・・・。
「お姉ちゃん、どーしたの?」
「ん?」
俯く私に、小さな女の子が話しかけてきた。
「頭がいたいの?だいじょーぶ?」
「・・・うん、お姉ちゃんは大丈夫だよ!」
純粋無垢な女の子の瞳は、心配そうに私を見つめている。大丈夫!と、ガッツポーズを見せて笑うと、女の子も笑う。
「そっかー、良かったー!」
「ごめんね、心配かけちゃって!」
「んーん、お姉ちゃんが元気ならいいもん!・・・あ、お母さんっ!」
女の子は、母親の元ヘ駆けていく。お母さんと呼ばれた女性は、私の方を見て、なぜか固まった。
「あ、あの・・・すみません、もしかして美月ちゃん?」
「え?どうして私の名前・・・」
「あ、覚えて、ないかな?同じ小学校の、高橋美果だよ!」
「高橋・・・あ!みっちゃん!?」
「そう!久しぶりっ!」
幼稚園から小学校までを共に過ごした、友人との再会だった。