それは俺の知らぬ間に
海棠澪亜視点です。
玲奈からの告白から一夜明けたその日、俺は姉上からの容赦ない暴力で叩き起こされた。
「澪亜っ!!今日は大事な日なのよ!!」
「だ、大事な日って何!?」
マウントポジションからの枕打ちを喰らった俺は、ヒリヒリと痛む頬を摩りながら起き上がる・・・まだ朝の9時じゃないか・・・
「何にも聞いてないのね、ほらさっさとこれに着替えなさい!!」
有無を言わせぬ口撃を放つ姉が差し出したのは、礼服。
「何でスーツ?」
「それ着て漁協へ行けばわかるわ」
既にバッチリとメイクをした姉も、珍しくドレスアップしている。
何事かはわからないが、姉に聞いてもおそらくは教えてはくれないだろう。とりあえず顔を洗い、用意されたスーツに着替え、姉と漁協へ向かうのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
普段は漁協関係者や漁師ぐらいしか立ち寄らない漁協前には、大勢の町人が溢れ、慎吾をはじめとした若い漁師が、漁船に大漁旗を括りつけている。
「お、おい、慎吾!こりゃなんだ?」
「アレ?俺言ってなかったっけ?今日は真田の結婚式だよ」
「うえぇっ!?」
それでようやく理解した。この礼服と大漁旗の意味を・・・。
「そろそろ来るぞ、準備しろぉーーーーっ!!」
慎吾の掛け声と共に、漁船は黒煙を噴き、一斉に港を出て行く。遠くに見える一叟の漁船・・・おそらく真田の船へ向かって。
「カッコイイねっ!!」
「ん?・・・相模さんか。・・・ああ、町一番の豪快な結婚式だね」
いつの間に隣にいた相模は、なるほどモデルをやっているだけに、見事に真っ赤なドレスを着こなしている。
慎吾の船を筆頭に、大漁旗を掲げた漁船は、真田の船を中央に、左右へ陣形を作る。
それは見事な姿・・・。太陽の光りに輝く大漁旗、中央を走る真田の船に掲げた大漁旗の真紅は、風に揺らめき、大勢の漁船は白波を駆け、空は雲一つない水色、海はその空を吸い込むように、深く澄み切った蒼・・・。
さながら、一枚の写真のようだった。
「オオッ!!港に入ってきたぞぉーーっ!!」
誰かの大声に町民は一斉に港の入り口へと視線を向ける。高く聳える防波堤から覗く真紅の大漁旗が、ゆっくりと港の入り口へと差し掛かり、その全貌を皆の前に晒した。
[オオォーーッ!!!]
歓声止まぬ中、ゆっくりとこちらに近付く真田の船は、真紅の大漁旗とは対象的に汚れ無き純白。おそらく塗装し直したのだろうが、その大漁旗の赤と船の白が、なんとも縁起良い紅白をイメージさせた。
隊列乱れぬ漁船は色取りどりの大漁旗を風に靡かせ、豪華豪快の演出をしている。
ゆっくりと真田の船は漁協前の船着き場に停泊し、中から紋付き袴に身を包んだ真田が出て来た。先に船を降りた真田が、すっと手を差し延べる中、両親を両脇に控えた女性が一人、その手を取った。
「お疲れ、さぁ行こうか・・・」
「・・・はい」
白無垢に身を包んだ女性は、真田の言葉にニッコリと笑う。
皆が口々に祝いの言葉をかけていくなか、その豪快な演出に圧倒された俺は、何も言う事が出来なかった・・・。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
みんなが集まったのは、昨日同級生と飲んだ中学校の体育館。いつの間にかその場所は、式場さながらの装飾が施され、各テーブルが準備されている。
「凄いな・・・」
もはやため息しか出ない・・・テーブルにはしっかり、海棠澪亜様と書かれたプレートまで準備されている。まさに式場と違わぬ懲りようだ。
それぞれが席に着き、新郎新婦を今や遅しと待ち侘びるなか、音楽と共に新婦は登場した。先程までの袴姿とは違い、白いスーツに身を包んだ真田が、ドレスアップした新婦の手を取り、ぎこちなく歩いて来る。
お互いが檀上の席に着き、結婚式は華々しく始まった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
仲人の祝辞、来られなかった友人・知人からの祝電・お偉いさんのスピーチが披露されてゆく中、なぜか慎吾に呼ばれ、体育準備室に連れていかれた俺。
「どうし・・・た?」
そこには、俺と慎吾の他に、同級生が数人、変装していた・・・失礼、準備している。
「これは・・・竜儀舞?」
「ご明答!踊り、覚えてるか?」
「もちろん!」
竜儀舞・・・豊穫と並ぶこの町伝統の舞い。祝い事には町の男衆がこの踊りをよくやっていたのだが、時代の流れと共に、廃れかかっている。しかしながら、竜儀舞は慎吾のじい様に小さい頃からみっちりと仕込まれている。忘れようとも、忘れられない・・・。
「さて、舞おうか!」
これは皆が真田へ贈るサプライズ。慎吾の声に、若衆は新しく誂えた衣装を纏って立ち上がった。
「行くぞ、澪亜!」
「オウ!」
一通り進行し、式場と化した体育館は、少しばかり静かになっている。今だ!!
「それっ!」
ドンッ!
担ぎ太鼓を打ち鳴らし、体育館の左右から一斉に若衆が式場内を囲う。銀・白を基調とした衣を纏う俺、金・白を基調とした衣を纏う慎吾は、檀上中央に構える。
「真田!」
「お前に贈る」
「「竜儀舞だ!!」」
太鼓を打ち、笛を吹き、奏でる音色に体を揺らす。他の若衆も扇子片手に舞を披露。地元連中はおろか、新婦側の両親以下親族までも、見よう見真似に参加する。
白き波打つ大海を
海道一の嫁連れて
若き漁師は帰って来た
やれこんな目出鯛日
共に笑って踊ろうか
天の雨竜喜びて
共に目出たく踊ろうか
太鼓・指笛・ドラの音、みんな総出で踊っている。
「さて、澪亜!」
「おう、慎吾!」
「「真田と奥様担ごうか!!」」
むろんアドリブだが、慎吾と俺の声は見事にハモり、檀上でうずうずしている真田とお嫁さんの手を取り、円を描く若衆達の中へと誘う。
「おめでとう、真田!」
「ありがとう、澪亜!慎吾!」
新郎新婦も加わって、全員が竜儀舞を踊っている。まさに小さな町ならではの、大きな団結力だ。
一時間近くも踊り、ようやく踊り終えてみんなは席に着く。散々騒いだ後は、新婦から両親への手紙。一言一句、感謝の気持ちを込めて読む新婦の言葉に、あれだけ騒いだ町衆は、みんなもらい泣き。俺も例外に漏れず・・・
着々と式は進行し、なぜか酒に酔った連中はカラオケ大会をスタート。トップバッターは、なんと新婦の親父さんだ!年配ならではの渋い声は、聞く人を魅了する。それからは慎吾や沙織も歌ったのだが、なんといっても最後のカラオケの締めは、現役モデル兼歌手のReinaが歌うラブソング。歌手活動をやっているだけあって、その歌声は透き通る程の美声。聞く者の全てを魅了する。
町総出の結婚式は、絶え間無い拍手の中、終演を迎えた。