海棠澪亜
私という人間は、興味があれば、何でも首を突っ込む性格で、両親からも「お前は性別を間違えて産まれてきた」と言われる始末だ。しかしながら、生まれ持った性格は、簡単には直らない。そうやって今までを過ごしてきた。そんな私が今、興味を持っているのが、同じ大学の一つ年下の後輩、海棠澪亜である。講義の無い時間などは、もっぱら学校内をうろついている私は、鬱蒼と生い茂る楠の中心で眠る、一人の学生を窓の向こう側で見つけた。
「いい場所だな」
屋上ヘ繋がる扉を開け、私は先客に声をかける。
「あなた、誰ですか?」
警戒と嫌悪を含む、まるで招かれざる者にでも吐き出す毒の如く、刺のある声が頭上から降ってきた。
「そっちヘ行ってもいいか?」
返事を待たず、私は木に登る。右往左往する彼をよそに、するするっと木の中心部へと進入。木登りは昔からの得意、まぁ女が木登りが得意っつうのも、ある意味どうかと思うのだが・・・・。
「へぇ・・・・いい場所を知っているな」
生い茂る葉の隙間からは、私の住む町並みが広がっている。それに、まだ残暑の残るこの季節、楠の木陰からサラサラと葉っぱを揺らし髪を撫でるそよ風が心地良い。
「あなた、誰ですか?」
再び口にしたそれは、さっき以上に嫌悪感が増しているように感じた。
「あんたこそ、誰?」
やや挑発的な口調を真に受けたのか、彼を取り巻く空気が一瞬で冷たくなった。「あなたには関係ないでしょう!!」と、体を動かした時、咄嗟に体を彼の正面に向けたが、何をする訳でもなく、枝を伝い下へ降りて行った。何か声をかけようと立ち上がりかけた時、足元にある長方形の青い物体に視線が向いた。それは彼が講義に使っていたノートらしく、しっかりと名前が書き込まれていた。
「またな、海棠澪亜」
背を向ける彼にそう言うと、振り返った顔には嫌悪感以上の驚きが浮かびあがっている。
「なんで、名前・・・・」
「ほら、忘れ物だ」
彼にノートを投げると、綺麗な放物線を描いて彼の手に帰っていった。
「礼も無しかい?海棠澪亜くん?」
不敵に挑発した言葉は彼の耳に届いたようで、直ぐに空気は鋭く尖る・・・・
「どうもありがとうございましたっ!!」
吐き捨てるようにそう言った彼に、私は手を振る。
「私は美月、九曜美月だ」
アンフェアは、嫌い。対等な立場だからこそ、人間の関係性は友情を生み、絆が出来る。自分の名前を教える事で、私と彼が得たお互いの情報は、対等となる。一瞥して私の前から姿を消した澪亜を追う事もせず、私は視線を再び町並みの方へ向ける。
眼下に広がる町並みは、まだまだ残暑の名残を陽炎にして主張している。
「海棠澪亜・・・・か」
楠の天然のベンチで眠っていた先客の名前を口にする。あれだけ関わりを嫌う人間を、私は初めて見た。初対面の人間に対し、あれだけ無遠慮に嫌悪感をあらわにする海棠澪亜という人物に私は、大きな好奇心を覚えたのだ。
「こりゃ、明日からが楽しみだな」
そう思うと、少しばかり退屈になっていた大学生活がまた、楽しくなっていた。