無計画デート? 〜最後は静かにディナー編〜
ゲームセンターを出た後は、昼食の代わりに昨日行ったオープンカフェKnightで優雅にティータイム。余談ではあるが、昨日貰ったチーズケーキは、家に泊まった時に一箱を胃に処理し、残りの一箱は、朝来た黒崎先輩にあげたそうな。
「で、今日はチョコタルトですか」
「昨日のチーズケーキも美味かったけどな、毎日チーズケーキは飽きるだろう?」
「まぁ、そうですね」
セイロン紅茶を飲みながら、美月さんは無駄に力説する。適度に相槌を打って、シフォンケーキを口に運ぶ俺・・・うん、美味しい!!
「あら、いらっしゃいませ!」
仕事が一段落したのだろうか、オーナーの小島さんが奥から出て声をかけてきた。
「今日は店の定休日なんで、澪亜とデートに来たんですよ」
「あら、まあ!そうなの!!」
「ま、付き合ってはないんですが・・・」
ボソッと呟いた俺に、どす黒いオーラ全開で笑う美月さん・・・・・・純粋に身の危険を感じた瞬間だった。
「昨日頂いたチーズケーキ、とっても美味しかったです!!」
「その一言が、私達にとって最高の褒め言葉、ありがとうね!!」
頭を下げた小島さんは「デートの邪魔しちゃ悪いから」と、早々に厨房の奥に戻って行った。
店を出たのは4時を過ぎた頃で、今度は食後の運動とばかりに、ボーリング場へ。3ゲーム目を終えて、次は本屋。適当に立ち読みなんかをしたり、2階のCDショップで音楽を試聴したり・・・・・・時間が過ぎるのはあっという間、本屋を出た時、空はもう暗くなっていた。
「さーて、最後は夕食でも行こう!!」
「お!良いですね、何を食べるんですか?」
「フフッ、それは着いてのお楽しみだ・・・因みに、食べたい物のリクエストとかはあるか?」
「う〜ん・・・これと言って無いですけど、今日は結構賑やかな所ばかり回ったんで、出来れば静かな所がいいかなぁ」
「任せとけ!」
喜々として、胸を張る美月さんの隣に並び、美月さんオススメの料理店に向かう事にした。
◇◇◇◇◇◇
「さて、ここだ!」
「お、おぉ!・・・なんか、めちゃくちゃ高そうな・・・」
アーケード街から離れ、電車通りのビルの四階に、その店はあった。いかにも高級感溢れる雰囲気、美月さんオススメの店だと言うが、俺の顔は引き攣っているのだろう・・・
「安心しろ、ここのオーナーは沙那の親父さんだ」
「黒崎先輩の?」
しっかし、あの先輩は素性がわかんないな・・・なんて考えながら、店の中に入ってみる。
落ち着いた雰囲気の店内は意外と明るく、広々としたフロア。カウンターはちょっとしたバーになっていて、会社帰りのサラリーマンらしき人が2人、静かにお酒を飲んでいる。
「いらっしゃいませ・・・あら、美月ちゃん!」
「こんばんは、沙代さん。予約無いですけど、大丈夫ですか?」
「もちろん、窓側の席でいいかしら?」
沙代さん、と呼ばれた人。物腰良く優しそうな印象だが、誰かに似てるような・・・
「こちらです、すぐにメニューをお持ちしますね」
「すみません、急に来ちゃって!」
「いいのよ、じゃ、ちょっと待っててね」
と一言残し、すぐにカウンターの方へと戻って行く。
「どうした?澪亜」
「いや、あの人誰かに似てるような・・・」
「ん?あぁ・・・まあ沙那のお母さんだしな」
あぁ、道理で・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?
「・・・お姉さんじゃなくて?」
「正真正銘沙那のお母さんだ。私も初対面の時に、全く同じ事を質問したよ」
いや、でも・・・どう見たって二十歳後半ぐらいじゃ・・・いったとしても、三十歳前半ぐらいじゃ・・・・・・
「フフッ、これでも四十は過ぎてるのよ」
「!!!!」
背後からメニューを差し出す沙代さんは、微笑みながら、さらりと言ってのける。
「素敵な彼氏ね、とってもお似合いだわ!」
「残念ながらまだ彼氏じゃ無いです・・・これからゆっくり口説き落とすつもりですけどね」
爆弾発言は美月さんの口から投下!もちろん、俺の鼓膜に直撃。
「あらあら、ごちそうさま!それじゃ、オーダーが決まったら呼んでね」
ニコニコと微笑みながら、他の席のお客に対応する沙代さん。いや、それより・・・
「美月さん、その告白は、本気ですか?それとも冗談?」
「さ〜て、どっちだろう?それより、まずは食べる物を決めよう・・・」
有無を言わせぬ雰囲気を醸しながら、メニューに視線を落とす美月さん。俺は何も言えず、メニューに視線を向けるだけだった。
美月さんはお任せのコースにするというので、俺も同じコースを頼む事に。
この店は創作料理を基本としているらしく、和・洋・中の彩り鮮やかな料理が、次々に登場する。美月さんは「美味しい!」を連発してるが、俺はさっき美月さんが言った言葉が頭の中をぐるぐると回り、味わう余裕がなかった。
◇◇◇◇◇◇
「あ〜美味しかった!」
「・・・ですね」
満足気な美月さんに、空返事な相槌しか打てない。食べ終えた料理の皿は既にテーブルには無く、赤ワインが注がれたグラスが、照明を受けて妖しく光っている。
「・・・さ〜て、そろそろ出るか?」
「そうですね、いくらでしたっけ?」
「支払いは私が出すよ」
「いや、いくらなんでもご馳走になるわけには・・・」
そう返すと、美月さんはアルコールで赤く上気した頬を緩ませながら
「これも私の我が儘だ・・・今日だけは、私の我が儘に付き合ってくれるはずだろう?」
と、頑なに俺の出したお金を受け取らなかった。
「ご馳走様でした、美月さん」
「フフッ、良いんだよ。さてと、そろそろ帰ろ・・・う?」
「美月さん!?」
店を出てすぐ、美月さんの足どりがおかしい事に気付いた。どうやらアルコールは、彼女の身体も支配してるようで、かなりフラフラしている。
「フフッ、予想以上に酔いが回っているようだな」
「何を冷静に・・・・・・美月さん、ほら、俺の肩につかまって下さい」
「・・・ありがと、澪亜は優しいなぁ・・・」
肩を貸しながら、覚束ない足どりの美月さんを支え、通りを歩く。
「美月さん、タクシー来ましたよ!ほら、乗って!!」
「う・・・ん」
何故だか嫌そうな美月さんだが、このまま徒歩で帰るとすれば、家に帰りつく頃には日付は変わっているだろう・・・。
その後は会話もなく、ただタクシーの外に視線を流していた。
「ほら、着きましたよ。起きて下さい!」
「うぅ・・・ん」
支払いを済ませ、未だ寝ぼけの美月さんを半ば抱き抱えるようにアパートの部屋まで連れて行く。
「・・・水ぅ」
「はいはい・・・」
ベッドに寝かせ、水を準備して美月さんの元ヘ戻ると、寝ぼけは一先ず治った風な美月さんは、アルコールの抜けきらぬ虚ろな瞳で、俺を見据えていた。
「どうしました?」
「・・・私が言った事は、冗談じゃない・・・あれは私の本心だ」
「先輩?」
「澪亜の側にいるだけで、私はこんなにも、幸せなんだ・・・私は、お前が好きなんだよ、澪亜・・・」
そう言って、美月さんは俺に抱き着いた。優しく、温かく、そして甘い香り・・・・・・力無く肩にまわされた腕は、小さく震えている。
「もちろん、断ってくれても良いんだ・・・だから今は何も言うな・・・」
「・・・・・・」
「少しだけ、このままでいさせてくれ・・・ただ、今はお前の温もりを、少しでも永く、感じていたいんだ・・・」
肩にまわされた手に、少しだけ力が篭る・・・震えは少しづつ、少しづつ、小さくなっていき、そして、失くなっていく・・・
どれくらい、時間は経っただろうか・・・美月さんは力を緩ませ、俺から離れた。
「・・・ありがとう、私の我が儘に付き合ってくれて・・・」
「先輩・・・」
「返事は、今は聞きたくない・・・」
そう呟いて、美月さんは持って来た水を一気に飲み干した。
「・・・盆に、両親に会いに行くつもりだ」
「ご両親に?」
「私を勇気づけてくれた、お節介な・・・そして、愛しいお前のおかげで、決心したんだ」
「・・・美月さん」
「返事は、私が両親に会ってから、聞きたい・・・もちろん、私の気持ちを押し付けるつもりは無い。ただ、一つだけ・・・お前の事が好きな人間が、ここに居るという事を知って欲しかったんだ・・・」
虚ろだった瞳は、真剣に俺を捉らえている・・・。決意と、少しの不安を帯びて・・・・・・
「先輩・・・いや、美月さん。返事は、美月さんが笑顔で帰ってきてくれたその時に、言います」
「うん・・・待ってる」
本当は、今すぐにでも抱きしめたかった。それを留まらせたのは、一つの想い・・・俺の事を愛しく想ってくれる、大切な人の真摯な態度。
返事はもう、決まっている。今はただ、美月さんが笑顔で帰って来るその時まで、この胸に想いを、秘めておこう・・・
物語はようやく終盤に差し掛かりました。次話は、一気に真夏!澪亜は同窓会の為、故郷の田舎町ヘ、美月は約十年ぶりに、両親の実家ヘ。
そして、澪亜の初恋の相手も登場予定です。