先輩の不安
アパートに着くまでの足どりは、軽くもなく、重くもない・・・。
ただひたすらに、歩くのみ。互いに交わす、言葉も無い・・・。
「・・・・・おじゃまします」
「どうぞ。あ、お茶でもいれて来ますね!」
「・・・すまんな」
とりあえず、昨日乾燥させておいたタオルを差し出し、俺は台所でヤカンに水を入れ、湯を沸かす。
「タオル、ありがとう・・・」
「いえ・・・」
「少しだけ、いいかな・・・?」
先輩に呼ばれ、円卓の前に座り、先輩も対面に腰を下ろした。
「相談したい事があるんだ・・・」
「俺でよければ・・・」
そう前置きして、先輩はポツリ、ポツリと自分の過去の事を話し始めた。それは以前にもマスターから聞いた内容だが、本人の口から出てくる言葉の一つ一つが、とても心に響く。
先輩の顔は暗く、今にも泣きそうになりながら、言葉を紡ぎ出す。
まるで、出口の無い闇の中を必死になってもがき続けていた、俺のように・・・
「・・・ごめん、こんな暗い話して!」
「・・・先輩は、会いたいんですよね」
核心を突いた。回りくどい事は、嫌いだから・・・
「先輩も、先輩の両親も、ホントに不器用ですよね・・・」
「?」
「・・・実は、マスターに聞いたんです。先輩の事・・・」
俯いていた先輩は、俺の言葉に肩をビクッと震わせながら、目を見開いた。
「・・・・・・そうか」
「すみません!!」
「謝らなくていい。いずれ、澪亜には話すつもりだったから」
頭を下げた俺の肩に手を乗せた先輩は、申し訳なさそうに呟いた。
ピィィィーーー!!!
ヤカンが、静寂に沈んだ部屋に響き渡る。顔を上げ、台所ではなく押し入れの貴重品入れから、あの手紙を取り出した。
「マスターから託された物です。読んで下さい」
一度その場を離れ、台所のコンロの火を止める。急須に茶の葉、お茶の準備を終えて先輩の元に戻ると、手紙をギュッと握りしめていた先輩は・・・
泣いていた。
「私は、私はっ・・・!!!」
円卓にお茶を並べ、対面ではなく隣に座る。先輩は堪えきる事なく涙を流し、俺は先輩の震える肩をそっと抱きしめた。
「私は、母に会っていいのか・・・?」
「それは、先輩が決める事です。俺が決める事じゃない。ただ・・・」
ひと呼吸置いて、自分なりに言葉を紡ぎ出す。
「先輩は俺を支えてくれた。今度は俺が、先輩を支える番です。待ちますよ・・・」
「えっ!?」
「先輩が親に会いたい気持ち、わかります・・・けど、先輩は迷ってるみたいだし、気持ちの整理がついてないみたいだから」
「それは・・・」
「今は、泣いて下さい・・・泣いて、泣いて、全てを吐き出して下さい。俺が側にいますから・・・」
「澪亜ぁ・・・!!!」
初めて見た、声を上げて泣く先輩の姿・・・。いつも気丈に振る舞う先輩の姿はそこに無く、今は隣に座る俺にしがみつき、抑え切れぬ感情を涙に変えた女の子が一人、いるだけだった・・・。
そとは雨・・・窓ガラスを雨粒が叩いた。