拗ねる彼女に〇〇を
「先輩〜・・・」
「・・・・・・」
カラオケも終わり、一同は店の前で解散した。帰路に着くべく歩を進める先輩の機嫌は・・・・・・悪い。
「ねっ、アイス奢りますから!」
「・・・チーズケーキがいい」
「了解!オススメってあります?」
「Knightのレアチーズ・・・」
Knightね・・・街にあるオープンスタイルのカフェだが、雨は大丈夫か?
「それじゃ、行きますか!」
「・・・うんっ!」
機嫌は直ったな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
徒歩5分、カフェレストラン《Knight》に到着。雨のせいか、お客さんは少ないようだ。
カランコローン・・・
「いらっしゃいませ!2名様でよろしいですか?」
営業スマイル全開で迎えてくれた女性店員に、若干引き気味の俺だが、隣の女性・・・もちろん美月さんだが、彼女はショーケースを見つめながら「レアチーズ!レアチーズ!」と小さく連呼していた。
店員に薦められるままに窓側の席に着いた俺達。先輩は既に注文が決まっていたようで、早々に呼び出しボタンを押していた。
俺、まだ注文決まってないのに・・・。
「お待たせしました〜!ご注文はお決まりですか〜?」
「私はレアチーズケーキの、ラズベリーソースで!飲み物はアールグレイを一つ!澪亜は?」
「そうですね・・・俺はNYチーズケーキ。飲み物はブラックを一つ」
「畏まりました!ご注文を繰り返します・・・」
マニュアル通りに注文を繰り返し、店員は奥へ引っ込んだ。ケーキが来るまでの間、先輩はしきりにメニューに載ったケーキの写真に目を通し、俺は窓の外を眺めた・・・
色とりどりの、傘の群れ。強い雨足にぼんやり浮かんでいる・・・。
それから数分で、飲み物とケーキがテーブルに並ぶ。
「御馳走になります!」
「いただきます・・・」
手を合わせて、頂きます!のポーズをした先輩は、フォークで一口大に切り取ったレアチーズをしばし見つめ、口に運ぶ。目をつぶり、味の余韻に浸る先輩は、ゆっくりと口を動かし、喉奥へ。そこで紅茶を一口・・・
「・・・美味い!」
先輩の、思わず口をついて出た言葉に、奥にいた店員さんは目を細め、嬉しそうに頭を下げた。
「じゃあ俺も・・・」
先輩の反応を見て、俺もケーキに手を付ける。
・・・うん、美味しい!じゃあコーヒーを・・・
「美味しい!けど・・・あれ?」
「どうした?」
「このコーヒー、マスターの味と同じ・・・」
そう、同じなのだ。マスターのコーヒーと。
「あなたたち、健二さんのお知り合い?」
「「え?」」
背後からの声に振り返った俺達の前に、綺麗な女の人がいた。パティシエの格好をしてる辺り、このお店の責任者の方だろう。
「健二は、私の叔父ですが」
「あら、そう!・・・あ、私は健二さんの弟子っていうかな・・・この店のオーナーで、小島っていうの、よろしくね!!」
やわらなか笑顔。にこやかに頭を下げた小島さん。
「ホントに美味しいです!!」
「ありがとう!最高の誉め言葉だわ」
「いや、ホントに美味しいです!」
「ふふっ・・・でも、びっくりしたわ。まさかコーヒーを飲んだだけで、健二さんの味だって言われたのは・・・」
笑いながら、小島さんは目を細めた。
「健二さんは、元気?」
「あれが元気じゃない日は無いです」
マスターをあれ呼ばわりできるのは、先輩くらいだろうな。小島さんは笑ってるし・・・
「そう・・・今日はデート?」
「そんなところです」
「・・・です」
ま、否定はしなかった。
「あら、それじゃ邪魔者は退散するわ。今日はお客さんも少ないし、後でケーキを持って来させるわ!勿論、私のサービスでね!」
「ゆっくりしていってね」と言葉を添えて、小島さんは厨房に戻って行った。
「ケーキがおかわり・・・ジュル」
「よかったですね」
既に食べ終えた先輩・・・当然、皿には何も無い。
じぃ〜〜〜〜〜〜〜
「・・・・・・」
じぃ〜〜〜〜〜〜〜
「・・・」
じぃ〜〜〜〜〜〜〜
「・・・食べます?」
「いいのかっ?」
そんな熱い眼差しで見つめられたら・・・ねぇ・・・・・
「ホントに美味しそうに食べますね」
「ま、私の1番の好物だからな!」
結局、チーズケーキは一口しか食べられなかった・・・・・・ぐすん。
互いにカップに残ったコーヒー・紅茶を飲み干し、席を立つ。レジに足を向けたら、ちょうど小島さんが厨房から出てくる所で、レジに立つ店員さんに耳打ちをして、店員さんの変わりに、小島さんがレジに立つ。
「ちょ〜っと、待っててねぇ!!」
「はぁ・・・」
何があるんだろう?と待ってると、店員さんは先輩を呼んで、ショーケースから次々とケーキを箱に詰めていた。
「私の奢りだから、気にしないで!さっきの注文分も、サービスするわ!!」
「あ、でも、自分達が注文した分は払います!」
「いいのよ気にしないで!健二さんの所のバイトの子なら、私の弟・妹弟子みたいなものだし、ね!」
「・・・ありがとうございます!!それじゃ、今日は甘えさせてもらいます」
ご厚意に甘え、俺は頭を下げる。先輩はあれこれ選び、結局二箱もケーキを貰っていた。
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あまり長居はしていなかったのだが、雨の影響もあり、既に辺りは薄暗い。
「なぁ、澪亜」
「はい?」
ケーキの箱を紙袋に入れた先輩は、足を止めて俺を呼び止める。
「前に行ったよな。いつでも力になるって・・・」
「えぇ」
「今日、お前のアパートに寄ってもいいか?聞いて欲しい事があるんだ・・・・・・」
「もちろん!」
「・・・ありがと」
「・・・荷物、持ちますよ」
紙袋を受け取り、先輩と並んで歩く・・・
互いに、無言・・・傘から覗く先輩の顔は、何かを決意してる様だった。