表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嘘の代償  作者: 矢枝真稀
22/45

過ぎ行く日々 中編

本日2話更新です

億劫だ・・・。先輩の過去は重く、暗い。俺が抱えていた心の傷よりずっと・・・






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





今日は水曜日、バイト先は定休日。やる事も無く、準備した朝食にも手が付かない。

頭の中で、マスターが話した先輩の過去が、浮かんだまま消えない・・・。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



《昨日の夜》



帰ろうとした俺を呼び止めたマスター。再びカウンターの椅子に座った俺を確認して、タバコに火を着け、ため息混じりに煙を吐き出した。



「美月がこの店に来たのは、まだ小学生の頃だった。だからかれこれ、十年近くになる。その間、あいつは一度も両親に会っていない」

「・・・え?」

「あいつの用事ってのは、あいつの兄貴の墓参りさ・・・」



聞き返す事が出来ない。いや、言葉を口に出す事が出来なかった。



「あいつはお兄ちゃんっ子でな、何時も兄の後ろを付いて回ってた。端から見ても、仲が良かったよ」



先輩の小さな頃の思い出を、ぽつりぽつりと話し始めたマスターの顔は、とても優しい・・・。



「あいつが小5の時、二人して買い物に行ってな、横断歩道で信号待ちをしてた時に、無免許運転の車が突っ込んで来て、事故に遭ったんだ・・・」

「・・・・・」

「運転手は即死、かなで・・・美月の兄貴は、美月を庇って重傷だった。美月はかすり傷で済んだけどな、動かない奏を見て、狂った様に泣き叫んでたらしい」



マスターの顔色は青ざめ、タバコを持つ手は震えている・・・



「俺が連絡を受けた時、奏は病院で生死の境をさ迷ってる途中でな、車をぶっ飛ばして病院に駆け付けた時には、白い布が被せられてた・・・」



此処で、マスターは一旦話を止めた。タバコの火種を潰し、無言で俺にコーヒーを差し出した。



「飲みな」

「・・・頂きます」



差し出されたコーヒーを手にして、マスターは再び口を開いた。



「急な事だったから、一旦店に戻ってな、次に美月と会ったのは、奏の葬式だった」



再び新しいタバコに火を着けるマスター。手の震えは止まっていたが、顔は青ざめたまま・・・



「驚いたのは、葬式の直後だった。美月の母親・・・俺の妹だがな、そりゃ終始泣き叫んで、揚げ句の果てに」




『あんたが代わりに死ねば良かったのよぉっっっ!!!』




「半狂乱になった妹を旦那・・・美月の親父が必死で止めてたよ。あれで俺もキレてなぁ・・・このままだと、美月が殺される、何て考えが浮かんで、強引にあいつら親子を引きはがしちまった」



ハハッと小さく、力無く笑うマスターだが、後悔の影が顔に浮かんでいた。



「美月を引き取った時の顔、今でも忘れられない。海棠くんがこの店に来た時より、もっと酷かったなぁ・・・」

「そう・・・だったんですか」

「俺も家庭なんて持ってないし、どう接していいか分かんなかったけどな、とりあえずは知り合いなんかに相談して見たり、出来るだけ一緒に過ごして来たんだ」



成る程・・・ね。今、ああやって元気にしてる美月さんがいるのは、マスターのお陰だったんだ。しかしここで、一つの疑問が浮かび上がる。



「美月さんは、両親に会いたいとは思ってないんですか?」

「さあ、な・・・」



ため息混じりに一言・・・二本目のタバコの火を消しながら、小さくマスターは言葉を漏らす。



「ただな、たまに思うんだよ。俺がした事は、ホントに正しかったのかって・・・」

「・・・・・・」

「妹は、混乱してる上に憤りを何処にぶつければいいか、分かってなかった。それで、矛先が美月に向いたんだろう・・・」



コーヒーを一口含み、再度口を動かすマスターは、天井を仰ぐ・・・俺も黙って、耳を傾けた。



「たまに、妹から電話があるよ。決まって『美月は元気か?』ってな。その度に、美月に代わろうか?って聞くんだが、返事はいつも・・・」



『ううん、いいよ。美月が元気なら・・・』



「妹も、美月の親父も、離れていても美月の事を案じてるんだ・・・」

「その事、先輩は知ってるんですか?」

「あぁ。あいつにも、たまには顔を見せてやれって言ってるんだがな」



ここで、カップに残ったコーヒーを一気に飲み干し、今度は真っ直ぐ、俺を見据えるマスター。さっきとは違い、物憂気な表情を見せる。



『二人が元気なら、それでいい。私が会いに行ったら、兄さんの事を思い出して、母さん達がまた、悲しむから・・・』



「ホントに、親子揃って不器用だ。何度も説得したんだがな、頑なに拒まれたよ・・・」

「・・・・・・そうだったんですか」



差し出されたコーヒーは、冷めていた。



「ま、そういう事だ。これでこの話は終わり。海棠くんも、遅くならないうちにアパートに帰りな」



マスターに優しく促され、残ったコーヒーを一気に飲み干した俺に、マスターは『ちょっと待ってて』と、奥に引っ込んだ。



「あった、これこれ!」



マスターが持って来たのは、封の切られた便箋。そこには、『健二兄さんヘ(マスターの名前)』と、書かれている。



「持って行け!」

「いや、そんな大切な・・・」

「美月の支えになりたいなら、これは君が持っているべきだ」



有無を言わせず俺の掌に手紙を乗せ、俺の背中をポンっと押した。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





「そういえば、手紙・・・」



昨日の事で、マスターに託された手紙を思い出す。円卓に置かれたソレを手に取り、おもむろに中に入った手紙に視線を落とす。






《健二兄さん、ご無沙汰してます。こっちは奏の一周忌も終わり、ようやく落ち着く事ができました。美月は元気にしてますか?ちゃんとご飯を食べてますか?  美月の中学校入学の写真、ありがとう。たった一年の間に、すっかり成長したみたいですね。私達の代わりに、美月の面倒を見てもらって、感謝してもしきれません。  今はまだ、美月に会うのが怖い・・・。美月は、私を恨んでいるはずだから。兄さんには、まだ面倒をかけますが、美月の事を、よろしくお願いしますね。   緋世里》


所々、文字が滲んでいる・・・。先輩の母親は、どう思ってこの手紙をしたためたのだろうか・・・そう考えると、胸が痛んだ。



「マスターの、言う通りだな・・・」














ホントに、親子揃って不器用だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ