帰港した先に待っていた事
帰港するまでの間、慎吾は誰かと無線で話していた。内容はよく聞き取れなかったが、やけに上機嫌だった。船が港内にさしかかった直後、漁協の前には多数の人が、こちらに向かって手を振っている。
「慎吾、あれは?」
「お前を出迎えてるんだよ」
「えっ?」
出迎えの面々、よくよく見れば、全てが懐かしい顔ぶればかり・・・。
「海棠、久しぶり!」
「元気だったか?」
一人前の漁師の姿になっていた、中学時代のクラスメイト達がそこにいた。
「みんな、久しぶり・・・」
「ごめんっ!!俺達のせいで、ここに居られなくなったんだよな・・・」
「・・・もう、いいよ。俺はもう、大丈夫だから。な、だから顔を上げろよっ!!」
皆が謝りながら、頭を下げた。苦しんでいたのは、俺だけじゃない・・・みんなずっと、苦しんでた。それを俺だけが被害者みたいなフリして・・・馬鹿だな、俺は。
「澪亜、許してくれるのか?」
「許すも何も・・・」
気にするな、と一声かけて、俺は船から港に跳び移る。幸いにも波の揺れはさほど無く、先に船から降りて、後に降りる先輩達の補助に回る。
「真田、カゴ持って来てくれっ!!」
「ああ、わかった」
慎吾は港にいた同級生の真田にカゴを持って来させ、船に備えつけられたタモ網で次から次に今日釣れた魚を掬い、カゴへと移す。最後に掬い上げたマダイを見て、みんなが口々に驚きの声を上げた。
「デカッ!!」
「今年の一本釣りじゃ、1番じゃないか!?」
などと称賛の声が挙がる中で、先輩の釣ったマダイが計量される。活の良いマダイはカゴの中でひと暴れしたが、落ち着きを取り戻してカゴの中で大人しくなった所で計量の針を見れば、重量は4.7キロ、サイズは73センチと驚きの大きさだった。
「さて、先輩」
「ん?」
「このマダイ、どうします?」
「う〜ん、そうだな・・・食べたいな」
先輩の言葉に、待ってましたと言わんばかりに漁協の一室から椅子やテーブル、果ては包丁にまな板、鍋までもが用意され、あっという間に簡易の調理場と食事スペースが出来上がった。
「えらく用意がいいな」
「村上から無線が入ってな・・・」
と、これまた漁師になっていた同級生の大下が笑う。大下の話しによれば、無線が入った直後に真田が漁協の放送で、ひまな同級生を港に来るよう呼びかけていたらしい。漁は午前中で大半が終了していて、大概の漁師はヒマだったらしい。おかげで同級生はおろか、町のみんなが駆け付けて来たらしい。
「みんな、お前がこの町に帰って来るのを、楽しみにしてたんだ」
頭をポリポリと掻きながら、照れ臭そうに大下は下を向き、真田は黙って頷いた。慎吾も、沙織も、みんなが大きく頷いた。
「おーい、始めるぞーっ!!」
「おし、始めるかっ!澪亜、手伝ってくれ!」
立ち上がって真田は手を差し出した。俺はその手を掴み、勢いよく引き上げられる。魚を全てカゴに移し終えた慎吾は、再び船に乗り込み、沙織と一緒に船を元の位置に停泊させる為に戻って行った。その間に俺は包丁を借り、まな板の前に立ちながら、釣れたばかりの魚を捌く。
「澪亜、何か手伝う事は無いか?」
「うーん・・・そうですねぇ」
「それじゃ、アタシの方を手伝ってちょうだい」
と、後ろから女性の声。言わずもがな、我が姉上様こと、海棠静波が鍋を持ち上げていた。
「姉さん、仕事は?」
「終わった。ついでに村上くんの無線を聞いてね、ヒマしてるおばちゃん達をかき集めて来たってわけ!!」
と言いながら、おばちゃん連中の輪の中に先輩を引き込む。いつの間にか揃えられた大量の野菜を刻み、これまた漁協で使われる大きな鍋にどんどん放り込む。
「ご飯、準備いいわよっ!!」
「おっし、鍋の準備も出来上がったぞ!!」
調理から数十分で大方の準備は終わり、残るは先輩の釣った大ダイと、俺の釣ったヒラメのみ。鍋の方の準備が終わった先輩と俺は、船を停泊し終えて港に戻って来た慎吾と沙織を迎えて、慎吾に魚を捌いて貰う事に。漁師内では1番の捌き手らしく、大ダイやヒラメは慎吾の手によってものの数分で見事な活き作りに変わった。
「おお、さすが慎吾!!」「へへっ、ま、こんなもんよ!!」
「調子に乗るんじゃな〜いっ!!!」
「へごぉっ!??」
「さっすが、夫婦だけに息がぴったりだな」
「え?夫婦!?」
「あれ、言ってなかったっけ?去年の暮れに結婚したんだ!」
さらりと爆弾発言。まぁ、いつかはこうなるとは思っていたが・・・。
「そっか、結婚したのか!おめでとう!!」
「アハッ!ありがとう!!」
「結婚は・・・人生の墓場・・・」
「まだ言うかぁっ!!」
「ゲフゥッ・・・!?!?」
沙織の正拳突きが慎吾の鳩尾にクリーンヒット。こりゃ完全に尻に敷かれてるな。
慎吾と沙織の夫婦漫才で会場が笑いに包まれ、和やかな雰囲気の中、漁師特製の昼食が出来上がった。