静海の格闘02
「う、うおっ・・・!!」
釣り初心者の美月さんに強いアタリがあり、体ごと海中へと持って行きそうな引きが、彼女の表情を歪ませた。
「先輩、大丈夫ですかっ!?」
「いや、なんか急に重くなったと思ったらいきなり引っ張れて・・・っ!!」
なおも抵抗し、釣り糸を右に左にと引っ張る力は、俺の目から見ても、大物に違いないと確信出来る。しかし、初心者の先輩はどうする事も出来ず、船上でおたおたする事しか出来ない。
「先輩、魚が走る方向とは逆に糸を引っ張って下さい!」
「!?こ、こうか?」
アドバイスが見ても耳に入ったのか、先輩は一生懸命魚の走る方向とは逆に糸を引っ張る。
「そうそう、その調子!引きが弱くなったら、糸を手繰って!!」
自分の仕掛けを巻き上げた慎吾が美月さんにアドバイスし、俺と沙織も先輩の応援にまわる。
「き、きついな・・・」
「先輩、頑張って!!」
「美月さん、頑張れ!!」
抵抗を止めない魚に負けじと、先輩も必死に応戦する。格闘から5分、魚の力も徐々に衰えが見えはじめ、先輩の持つ糸も、少しづつ海面に浮上し始めた。
「お、見えた!!」
「!?」
「うわぁっ、タイだよ!!美月さん!」
水深10メートルをきったところで、海中深くにキラリと光る魚体が見えた。それは紛れも無い魚の王様、マダイの姿。
「慎重に、慎重に・・・」「わ、わかった」
興奮冷めぬ先輩を宥め、慎吾の差し出したタモ網を海面に向ける。徐々に近付く魚体はその大きさを海中に晒し、船上にいる誰もが、息を呑んだ。
「で、でかい・・・」
「・・・うおっ!?」
海面に身をさらけ出そうとしたマダイは、最後呑んだ抵抗とばかりに船の下へと突っ走る。
「先輩、手を前に出して動きを止めて下さい!!」
「わ、わかった!!」
糸を握り締め、魚の動きを止めながら、ゆっくりと糸を引っ張る先輩は、その顔に疲れが見え始めている。しかし魚も観念したらしく、抵抗を止めてゆっくりと海面に浮上した。
「澪亜、今だっ!!」
「オゥッ!!」
海面に浮上したマダイを頭の方から網を入れ、船上に引き上げる・・・重い、4キロはありそうだ!
「おっしゃぁ!!」
「や、やった!やった!!」
「お、おぉ・・・!?」
ガッツポーズの慎吾に、手を叩いて喜ぶ沙織。そして、あまりの嬉しさに俺に飛び付く先輩、バランスを崩して先輩に押し倒される形になった俺。
「せ、先輩・・・とりあえずどいて下さい!」
「お、おぉ、スマン」
慌てて離れる先輩の顔は喜びと興奮で真っ赤に染まっていた。
「それにしても、デカイ・・・」
「4、5キロは有るんじゃないか!?」
初春に見合う鮮やかな桜色の魚体は、春の到来を実感させる。慎吾の奨めで船内イケスに仕舞う事に。自分で釣ったマダイを抱える先輩はふらつきながらも何とかイケスに放り込み、これを皮切りに魚が釣れ始めた。
「きたっ!」
「こっちも!!」
「またきたっ!」
「おっ!」
静かだった船内も賑やかになり、2時を過ぎた頃に納釣。マダイは先輩の大物を筆頭に合計4匹、他にもカサゴやヒラメ、サバ等を追加し、全部含めて50匹以上と大漁だった。
「よし、んじゃこれを掲げて帰港だっ!!」
と、慎吾は操縦席の下から折り畳まれた布を取り出した。
「慎吾、これって・・・」「おう、魚村丸の大漁旗!!澪亜、手伝ってくれ」
「OK!」
船尾に鉄の棒、それに真紅に染め上げた大漁旗を結びつけて、俺達は港に戻ることにした。
揚々と掲げた大漁旗は風に靡き、興奮冷めやらぬ先輩と俺は、港に着くまでの間、ずっと大漁旗を見つめていた。