おやすみなさい。
これから紡がれるのは【童話の世界】から抜け出してきたかの様な、吸血鬼の物語。
十年程前の夏の熱帯夜。三日月が夜空に揺れていた日が始まりだった。都内で複数の変死体が発見されたのである。その遺体は何れもが血液を大量に失っており、首筋には、生物の噛み跡が付いていたのだった。
コレは…。
そんな吸血鬼と呼ばれた人物の口述を元に構成された物語である。
「おやすみなさい。良い夢を…。」
私は幾度と無く、この言葉を、娘に言い聞かせてきました。そう。日が沈み夜が来る度に、月明かりが夜空を照らす度に、娘が眠りにつこうとする度に、頭を撫でて、優しく語りかけながら、この言葉を、娘に言い聞かせてきたのです。だって…。この世界は矛盾だらけで…。危険に満ち溢れているのですから…。
だから、せめて…。せめてこそ、夢の中だけでも…。娘が幸せになれる様に…。そう願いながら…。「おやすみなさい。良い夢を…。」と、語りかけてきたのです。
でも…。その言葉は、きっと…。私自身への言葉でもあったのでしょう。現実が怖いから、現実が辛いから、現実が苦しいから、せめて夢の中だけでも幸せになれる様に、私自身にも、語りかけていたに違いないのです。
夜の帳が下りてくる。
月は煌煌と輝き、夜空を彩る。
どうやら、今宵は満月らしく、円形状の物体が夜空に浮かび上がっています。
月の満ち欠けが肉体に影響を及ぼすと、何処かで聞いた気がするのです。
そうだとしたのなら…。