『一点紅』の胃痛
「最っっっ悪だわ・・・!ここにきて足並みが乱れてきている・・・!」
『一点紅』は一人頭を抱えていた。御付きの忍者から受けた報告は彼女の胃と頭を痛めつけていた。キリキリ痛む腹とズキズキ痛む頭に煩わされながらも思考は急速に回っている。
(騎士団・魔術師団の武装解禁!?・・・秩序を重んじる人たちだから下手なことはしないと思うけど・・・ますますプレイヤーとの溝が深まっている感じね・・・)
(『三業』のところに武器防具を依頼したとのことだけど・・・戦力のアップを図ってこれからの攻略にもっと口や手を出そうとしてる感じね。地力ではプレイヤーには負けていない人も多いけど、そう簡単にいくのかしら?)
この『Unknown World』の厭らしいところの一つ、『鍛冶、加工による装備のレア度には限界がある』というのがある。装備のレア度は上から「UR・LR・SR・HR・R・N」と六段階に分けられるが、どんなに凄腕の職人に頼んで、最高の素材を取り揃えても、最高で「SR」のものしか作れない。それ以上のものとなると、モンスターからのランダムドロップか隠された宝箱から手に入れるしかない。
(今までの装備がそこまで強くなかったとはいえ、店売りしているものじゃ限界がある。正直そんな人たちに介入されようものなら今度はプレイヤー側からの反感が生まれる・・・)
現地民とプレイヤーの仲立ちをしている身として、攻略に集中をしたいのに内部分裂が起きることほど疲弊するものもない。
早いところ全てのプレイヤーたちは『Unknown World』を現実だと認め、受け入れられるように歩み寄り、現地民たちはいつまでもプレイヤーを不遜な余所者としてではなく、この世界の新たな住民であると受け入れてほしい。
「う~・・・ここで一人で悩んでいても意味ないか~・・・。よし!とりあえずそのことは後で団長さんたちと話そう!次の攻略について考えよう!」
ぐるぐる渦巻いていた思考は彼方へと追いやる。人はそれを「問題の先送り」や「現実逃避」とも言う。
「次の世界は・・・『第四界』、か・・・。う~ん・・・『第三界』と違って非常にわかりやすく打倒すべき目標は判明しているけど・・・一番の問題は『たどり着けるか』ね・・・」
悩む素振りをした『一点紅』は手を叩く。彼女の後ろに女忍者が現れる。
「お側に」
「また通達をお願い。『第四界』の攻略よ。・・・『船』も必要になるわね」
女忍者はピクリと反応するが、口には出さない。
「いまはあの男、城の牢にぶち込まれているわよね?団長たちと話し合いがあるからその時に一時的でも良いから釈放出来ないか掛け合ってくるわ。あなたはいつも通りに」
「・・・御意」
ドロン!と煙と共に消える女忍者。いつもと違い躊躇いのようなものがあった気がする。
「・・・アタシだってあんなじゃじゃ馬に頼りたくないわよ・・・はぁー・・・気が重いー・・・」
『一点紅』はよろよろと席を立つととぼとぼ歩き出す。
次の攻略に向けての会議が始まる。不和がより強まったと知りながら会議室に向かわなければならず、嫌な顔をされることが決まっているお願いもしなければならない。
卓越した指揮能力と、人を惹きつける『教祖』とまで呼ばれる『一点紅』の後姿は悲哀と疲弊とで煤けて見えた。




