作業場の料理人
『三社員の小屋』の中の一角。モンスターや鉱物などが搬入され、使いやすいように加工される重要な場所。『三業』の一人がここを拠点に働いている。
大量の紙をえっちらおっちら運んでいた事務員風の女性は目的の人がいる部屋まで来るとノックもせずに中へ入る。ノックをして返ってきた例が無いのでいつものことだ。
「マスター!城の騎士団・魔術師団から大量の装備作成依頼が来ました!こちらマスターへの加工依頼の素材一覧です!」
大量の書類を机の上に置く。椅子に座って微睡んでいた女性はあくびを一つしたあと、書類に目を通し始める。
「はぁ~・・・これまた一気に来たね~・・・おやや~?いつもの数打ちじゃないのねー。規律が変わったのかしらー?まあ、頼まれた物はキッチリ作るのがウチのモットーだからねー」
いつもの仕事着に着替えて作業場に繰り出す。白い服に白いエプロン、白くて長い帽子。傍から見たら料理人にしか見えない。
彼女は腰に携えた包丁を抜き取ると器用にクルクルと回しながら作業台に向かう。作業台の横には様々なものが堆く積み上げられている。全てが彼女一人で加工するものだ。
「さあさあ、調理の時間だー!『食業』―!」
彼女の宣言に合わせて作業台の上にまな板が出現した。脇にあった、見るからに硬そうな黒々した鉱石を一つとるとまな板の上に置き、包丁を構えた。
「えーと、黒鉱石は~・・・微塵切りだねー」
彼女は何でもない様に鉱物を切る。硬い鉱石はまるで玉ねぎのように細かく切られた。
目にもとまらぬ速さで素材を加工。否、調理していく。
モンスターの角を桂剥き。骨は輪切りに。鱗は短冊切りに。果ては『第一界』の機械兵の魔術も剣も通さないメタルなボディをもぶつ切りにしていた。
「はい終わりー。それじゃあこれらは武器・防具製造までお願いねー」
まな板を消して包丁を腰に戻したのち作業場の時計を見る。もう少しでお昼の時間だ。
「それじゃ私は調理場行ってくるわねー。こっちはよろしくー」
ひらひらと手を振って作業場を後にする。様々なものを加工していたのに彼女には粉塵や木屑、モンスターの返り血などの汚れは一切付いていない。
「「「「「お疲れ様ですマスター!」」」」」
作業場にいたギルド員たちは作業の手を止めて尊敬できる働き者『三業』を見送る。
「いや~あれだけの素材捌いて今度は料理までするとか。スゴイよな~・・・」
ギルド員はしみじみと評する。周りではうんうんと頷く者たちが多数。
「噂じゃ一日ほとんど動いているらしいぞ」
「え!?それって大丈夫なんですかね!?」
新入りのギルド員が心配そうに叫ぶ。しかし周りは苦笑する。
「精神面ではわからんが、体力面では大丈夫だと思うぞ」
あっけらかんと言うベテランギルド員。安心させるようにポンポンと新入りの肩を叩く。
「『三社員の小屋』のマスターは3人いるのは知ってるよな?『三業』と呼ばれる御三方だ」
「私たち『生産部』のトップは『食業』の長板マスター。他の部署のことぐらいは知っているでしょ?」
「えっと、確か・・・『サービス部』と・・・あっ!『療養部』でしたね!」
得心が言ったように叫ぶ新入り。理解の早い人間は手っ取り早くて済むと笑う先輩たち。
「『療養部』のトップである『休業』の銭形マスターのお力も、また偉大だからな」
「なるほど!お互いに支えあっているんですね!・・・それじゃあ長板マスターに負けないぐらい僕も頑張らないと!」
納得のいった新入りはトップの働く姿勢に感化されたのか張り切っている。周りの先輩方も熱意を感じ取り、気合を入れる。
「マスターの手際には負けるが、俺らも一ギルド員として下手な仕事は出来ねえ!新入りに気持ちで負けてたまるかってんだ!」
「城からの注文はかなり量がありますからね!終わるまでは当分帰れませんよ!」
日をまたぐような残業が確定しても作業場の空気は悪くならない。ここは『三社員の小屋』。衣食住や酒や娯楽まで、全てが揃っている。疲れや怪我も癒してくれるこの職場は世界の破滅が迫っていながら天国のようだ。ここのギルド員であることも一種のステータスになっている。
幸福によって縛られた彼らは『三業』を慕う。己が働く姿を見せ、誠意と成果を魅せつける。
『教祖』とも呼ばれる『一点紅』よりも信者がいる彼らは今日もまた一人、虜を増やしたのであった。