悪意の澱み
「・・・見つけたよ。悪意の澱み。深くて不快な暗黒」
目を閉じたまま呟く灰鴉。彼女は能力の『香り』を使わずに探知をしていた。
能力による探知ではあまりにも害意や悪意を拾い過ぎてしまう。そこで、曝された悪意を忘れないうちに自身の感覚を強化し、『第三界』の中に流動して点在する闇の濃い部分を探り当てた。
感覚の強化は『Unknown World』の住民なら誰でも使える『闘気術』の中の一つ『鋭敏術』を使った。身体能力ではなく感覚の強化。肌で感じた悪寒、耳で拾った無音、そして何よりも精神を抉るように刺激する悪意、それらを敏感に感じ取った。
「方角は真東。距離は・・・大体8、いや、900・・・」
「近いな。それぐらいなら耐えられそうだ」
「でも、歯車たちの少し横を通ることになる。気をつけて」
門構姉はハイドに頼まれて作っていた物に卵をセットした。
それは糸で出来た大きなパチンコだった。引き絞った糸はギシギシと音を立てている。いつでも発射できそうだ。
「『糸の砲台』。そこまで遠くないなら、山なりじゃなくて直線で最高速で撃てるわね」
「速さが重要だからな。じゃ、手筈通りに」
灰鴉が構える番傘の先。香炉が付いている菊座には目に見えるほどの『香り』がブーン・・・!という音を上げながら凝縮されていた。
目をカッ!と開いた灰鴉は番傘を振り抜いた。凝縮された『香り』が発射される。あまりの勢いに番傘が逆傘になる。
「これでもう逃げられない・・・!『此処炉香り』!」
飛んで行った『香り』の塊は、目標地点に着弾。その地点を中心に、周りを『香り』が包み込んだ。
「いつもの数倍濃い『香り』で闇を包み込んだよ!あの結界の中に深い『闇』がある!薄まる前に!早く!」
「っ!?発射!」
張り詰めた糸を切ると、セットした卵がものすごい速さで射出された。
轟音を立てながら空を飛ぶ卵。人の大きさにも匹敵する卵。射線上にものがあれば引き潰されてしまうだろう。
闇は何をされるのかを察した。己が一部が気に食わない邪魔な何かに阻まれて動けないでいる。そこに迫る天敵。
鎌を持つ人間と遊ばせている人形を無理やり動かして、飛んでいく卵を打ち落とそうとした。
「させません!」
歯車は死体を阻んだ。しかし、やはり歯車も限界が近いのだろう。咄嗟の動きだったため、いつもの癖で腕を切り落としてしまった。
「いけない!」
返す手で切り落とした腕を膾切りにしようとしたが、動かせるものが増えた闇は体で鎌を受けさせ、腕は卵に向かって動かした。
いくら卵が高速度で発射されたとはいえ、大きさが大きさ。空気抵抗などによってその速度は落ちる一方。しかし未だにこの世界に広がる闇はバケツリレーの如く、空中で何度も腕を加速させることが出来る。
飛んでいく卵に追いすがる腕。卵を破壊せんと迫る凶弾が今まさに卵に追いつかんとしていた。