縋りついた光
後ろから聞こえてくるどんちゃん騒ぎも、そう時間がかからずに消えてしまうだろう。振り返る余裕も無い一行はただひたすらに、かすかな光の元へ走る。
よっぽど猿たちの饗宴が鬱陶しいのか、闇からの襲撃はどうにか捌けるものにとどまっている。
「ハッ・・・ハッ・・・!あの猿ども・・・!好アシストじゃねーか!」
「お喋りは止しな!舌嚙むよ!走るのが遅いんだよ!」
「お前は俺の背で光る荷物が見えねえのか!?」
「重いなら捨てな!もう光も弱くなってるのに持っててもしょうがないだろう!」
小唄薫の死体を荷物扱いしているハイドも、捨てることを躊躇いなく提案する灰鴉も倫理観が欠落している。普段なら遺体をどうこうするなんて、考えないか興味も無い二人だが、今は攻略中で絶賛自身の命の危機。他を思う余裕なぞほとんど無い。
それでも灰鴉は脇に抱えた門構姉は、乱暴ながらも落とさない様にしっかりと運んでいる。片手に番傘、小脇に少女を抱え、猛進する顔に傷を持つ着流しの女。表情は真剣そのものだが、ここだけ切り取ると輩が少女を攫っているようにも見える。
ハイドの方も、首なし死体を運ぶ男と、その前を走る大鎌を持った目がイっている女。処理した死体を運んでいるようにしか見えない。
そんな一行は襲い来る闇の攻撃を躱し、防ぎ、掠りながらもわずかな光を目印に進んだ。既に目前まで迫っているが、光の正体は依然として判らない。
砂地に足を取られ倒れそうになりながらも走る。走る。
「もう少しだ・・・!ヤク中!前に出過ぎるなよ!俺の領域外に出るな!」
闇の中先陣を切る歯車は無言で大鎌を振るう。クスリがバッドに入ってからはほとんど無言で淡々としていて、うるさくされるよりかはマシだが、せめて返事位は返してほしいものだ。
光まであと50メートルも無いところに来て、後ろからわずかに聞こえていた音が途絶えた。
待っていましたと言わんばかりに、闇が今までの比にならない勢いと形で襲い掛かってきた。
槍や剣、斧などの武器。サソリの尾や猿の腕、龍の顎。果ては魔術を模したものまでが飛んでくる。闇に食われ囚われたありとあらゆるものが再現されている。
手が増え品が増えても対応は変わらず。灰鴉が香りの結界で害意や悪意に塗れた闇からの侵食を防ぐ。ハイドの領域に侵入し、硬直した武器やモンスターを歯車が叩き切り落とす。
運ばれながらも力を振り絞り、糸による拘束や妨害をする門構姉。
誰かが心の中に「イケる!」という『希望』を持ってしまった。それを感じ取った闇は面白くない。大いなる悪意を持って『希望』を消すために悪意を結集させる。
「とてつもなくデカいのが来るよ!」
悪意の中からどす黒い塊が形作られているのを感じ取った灰鴉は警告を発する。
上を仰ぎ見ると、闇の中から顔を出したものを見つけ、愕然とする。空一面、視界いっぱいに広がる。土、石、岩。
「岩!?・・・違う、山だ!山がまるごと落ちて来る!ここら一帯押しつぶす気だよ!」
「ヤロウ!考えやがったな!俺らの守りの穴を突いてきやがった!」
こちらを殺すつもりの武器や魔術、モンスターの攻撃ならハイドの領域に引っ掛かり、闇による侵食は灰鴉の結界に阻まれる。
そこから闇は一行に直接危害を加えるのが非効率だと感じ取り、別方向からのアプローチを実行した。
万感の悪意を持って、絶望を孕む害意を結集させた。その矛先はハイド達では無い。
ただ無作為に、手で弄んでいた物を飽きて捨てる様に、その場に落とされた。
「いくらアレが闇から出たモノとは言えただの山だ!俺のルールに引っ掛からない!そのまま落ちて来ちまう!」
「うちの結界でも無理さね・・・!うちたちを狙っていない。ただ落ちて来るものはどうしようも無い・・・!」
口では絶望を発しながらも、二人は守り手としてどうするかを考えていた。
「ぶっ!おい!何してんだ!ボーっとすんな!」
上を向いたままだったハイドは止まっていた歯車にぶつかり、顔をしたたかに打ち付けた。こんな危機的状況で足が止まるなんて。またクスリが切れたのかと思ったが。
「コレ、なんですかね?・・・丸くて、光ってて・・・」
歯車が足を止めたのはクスリが切れたのではなく、目的地に着いたからだった。
上から落ちて来る山に気を取られながらも、進む足は止めなかったため、気付けば光の元にたどり着いていた一行。
ハイドや灰鴉は前に出て光っているモノを見た。淡く、頼りなく光りながらも周囲の闇を寄せ付けない。神々しくも感じるそれは。
「こ、コレは・・・!?」
「卵じゃないかい・・?」