闇は光が嫌い
「着いたぞ!・・・と言っても相も変わらず砂地が続くだけ、か・・・」
ハイドの方向感覚と距離の計測の正確さを信じるなら景色は変わらなくても目的地の『龍ヶ峰』に着いたことになる。
「外の様子を見たいけど、糸の壁をどうする?正直壁無いと不安だな」
「おーいグロッキーなところ悪いけど壁にのぞき穴作れるか?勇者さんは光強めてくれ」
「勇者を顎で使うな!輝きを増すのなぞ朝飯前よ!」
勇者は光量を増す。門構姉は返事をする余裕も無いのか、せき込みながらも糸を操作してごく小さな穴を開ける。光を強めたため穴からの闇の侵入は無かったが、外を覗いても特に何も見つからない。
「何も見えん・・・また何箇所か開けてくれ。壁の補強も疎かにするなよ」
「気楽に、言って、くれちゃって・・・!」
糸の壁がミシミシと音を立てている。変形による軋みだけでなく外からの圧、つまりは闇からの侵食が強まっている。もう蜘蛛のストックが無いのか呼び出す余裕が無いのか、糸の壁の維持や生成は門構姉一人が行っている。
「もう、もたないわ、よ」
グズグズと糸の壁が崩れ始めた。今の今までよくもってくれた方だ。
壁が闇に呑まれると同時に力を使い果たした門構姉はその場に崩れ落ちた。咄嗟に門構弟が姉を支える。その二人を守るように灰鴉が前に躍り出た。
「よくやってくれた。休ませてもらった以上に働いてやろうじゃないか!」
番傘を振り、香りをまき散らす。再び灰鴉の『宝傘』による香りの結界が形成された。しかし、ここに来て闇の侵食は想像以上の脅威となって一向に襲い掛かった。
「まずい!避けな!」
能力を使い、害意や悪意を感じ取れる灰鴉のみがその攻撃に一瞬早く気付き、警告を発した。
光源としてパーティの中心にいた小唄薫の足元に広がる影。そこから誰にも気づかれることなく闇が立ち上り、ハイドが課したペナルティ『硬直10秒』をこなしたうえで奇襲をかけた。
門構姉が倒れ、灰鴉が能力を発動するまでのわずかな隙。今まで鉄壁を保った布陣の内側から食い破る魔の手。咄嗟に迎撃をしようとした小唄薫にハイドの課したルールが足を引っ張った。今度はこちらにペナルティが課せられ、10秒硬直する小唄薫。
「そんな・・・!」
闇がずっと目障りに感じていた光の照射元。ずっとずっと消す隙を伺っていた闇の動きは非常に理に適うものだった。
全身甲冑に覆われた男の柔らかく、それでいて反撃を許さない箇所。
光るカブト虫・・・小唄薫の喉を突き刺し、そのまま上に掻っ捌く。
断末魔も上げる暇も無く、頭を真っ二つに切り裂かれた小唄薫の体は指令を失い、砂地にどう、と倒れた。
「やられた・・・!よりによって光源から落とされちまうとは・・・!」
『第三界』の攻略で初めて犠牲者が出た。これから先は灯り無しで進むことになる。もっとも灯りが無しでは進むことなど不可能なのだが。
死んでもなお光る小唄薫の体も、少しすれば輝きは失せてしまうだろう。
ハイドは思考をフル回転させながら状況の打破を目論んだ。このままでは何の成果も無く、全滅することも有り得る。
光が弱まり闇が目前まで迫る中で、辺りを見回す余裕も無い。みっともなく死を振り払うように足掻くだけしか出来ない時間が訪れようとしていた。
「・・・待って!あれは、何・・・!?」
そこに垂らされた希望は蜘蛛の糸ではなく、ほんのささやかな光だった。
――― 『光の勇者』 小唄薫 死亡 ―――