変態行軍
「お猿さん!『筋肉硬化』!」
「ウッホ!」「ウッホーッ!」
糸の壁を突破してきた『闇』の鋭い攻撃を周りの『脳筋ゴリラ』が肉体を硬化して守る。魔術や特殊な能力を持たない代わりにその肉体は生半可な攻撃を通さない。体に塗られたよく滑るオイルも防御に一役買っている。・・・わざわざポージングをするのが汗臭くて嫌なのだが、そういうモンスターだから仕方が無い。
「獣臭いし汗臭い!こいつらどうにかならんのか!」
「守ってもらうのに文句言わないでよ~」
爪で頭をポリポリと掻く。門構弟も全力を出すために姿を変えていた。
四肢は長く両手には長い鉤爪を持った動物。ご存じナマケモノの姿こそが門構弟の本気の姿なのである。『怠惰』を冠する彼らしい姿なのだが。
「ナマケモノって猿じゃないよねぇ?なんでコイツは猿のモンスターを使役出来るんだい?」
灰鴉は周りの暑苦しい猿たちに辟易としたように訊ねる。能力を使わずに温存していたお陰か先ほどより顔色が良い。
「え~っと~・・・正確には『猿』じゃなくて『人型』モンスターが対象なんだよね~。お猿さんの方が可愛いから使っているだけだよ~」
深い理由など無し。『怠惰』な彼は捕まえるのが楽なモンスターを集めたらたまたま猿が多かっただけ。猿なら大抵の働きは出来るしうるさいこと言わないから重宝しているだけ。
「あひっ、あひひひっ!あひゃひ~!」
「あいつクスリが切れやがった!下がらせろ!」
どこも向いていなかった目はグルんと裏返り、白目を晒し痙攣しながら笑っている。
「もう~僕にばっかり働かせて~・・・」
門構弟がぐいっと虚空を引っ張ると、それに合わせて歯車が引き寄せられるように後退する。灰鴉が歯車に近づき、ポケットの中や懐をまさぐる。目当てのものが見つかり手を引き出すと中には汚い虹色のカプセルが握られていた。
「まったく悪趣味だねぇ・・・!ほら!さっさと戻ってきな!」
カプセルを飲み込ませる灰鴉。ゴクリと嚥下する音の後、ぞろりと嫌な気配が立ちのぼると同時に歯車は笑いを止め、無表情となって立ち上がった。動きの一つ一つが機械じみており、不気味さがより増した。
「ちっ、バッド入りました。頭スッキリしちゃいましたよ。あーあ」
不機嫌そうに大鎌を振り調子を確かめる歯車。先ほどまでの気持ち悪い笑顔の時よりも大鎌の動きは鋭い。ふ、と消える様に灰鴉の横から消えると門構姉を狙っていた闇の攻撃を防ぐ。
「・・・ヤク中でもなければ、良い動きするんだよねぇ」
「クスリが無ければそもそもここにいませんよ。あたしは」
ただでさえ扱いの難しい大鎌という武器を自分の手足の様に精確に振る歯車。頼りにはしたくないが力が有るものとして理解はするべきだと感じる。
しかし、順調に思えてきた行軍もまた少しずつその速度を落としていった。
「みんな気張れよ!・・・もしかしたら俺らは正解を引けたかもしれねえ!闇からのちょっかいの頻度が上がってきてやがる!」
「それに侵食もね・・・!蜘蛛の糸が追い付かなくなりそう・・・!あとどれくらい!?」
光明を掴みかけている気がするハイドは皆に檄を飛ばす。
門構姉はずっと蜘蛛を呼び糸を吐き出し休む暇も無く働いている。
元より白磁の様だった肌は血色がさらに悪くなり、真っ白になってしまっている。逆に八つの目は赤く染まり、目尻からは血涙が流れ落ちており、彼女の限界が感じ取れる。
「もうすぐだ!1キロは切った!しんどいだろうが気張れ!」
「ねーちゃんがんば~」「ウホッ♡」「ウッホーウホホー!」
「・・・!1キロ!?遠いんじゃない!?あとで愚弟は殺す・・・!」
力が抜ける愚弟とやる気を削がれる猿どもの声援を受けながらも能力を行使し続ける。そろそろ気力も回復した灰鴉はいつでも動けるように軽く傘を振り回しながら備えをしている。
「あんたは大丈夫なのかい?うちと違って能力発動しっぱなしだろう?」
「今の設定じゃまだヨユー・・・だけども、あくまで『龍ヶ峰』がゴール前提だけどな。お前もぼちぼち準備しとけよ。糸の壁ももうそろ限界みてーだしな」
糸を出し尽くし死んだ蜘蛛のモンスターや筋肉のキレがイマイチだった猿の死骸を踏まない様に歩くハイド。前には間違いなく進んでいるがこちらの戦力も無限ではない。刻一刻と終わりの時が近づいてきていた。