偽善者の遊び
「ん?安心していいよ。ここで手を出すほど僕は野暮じゃないさ」
手をパタパタと振りながら弁解するかのように話す。
「今回のゲームは君たちの勝ち。そこから盤面をひっくり返すのは楽しくないからね」
「・・・それで?どうしてネモに化けてたのかしら?スパイのつもり?」
男は心外だという風にかぶりを振っていた。
「一人で酒に溺れてスパイも何もあったもんじゃないよ。それにネモに化けていたんじゃない。さっきまで間違いなく此処にいたのは『艦長』ネモだったよ」
男はネモの顔をした面を掲げて見せた。その面の表情は目を閉じながら泣いているように見える。
「これはね、ネモから取った彼の心の一部さ」
「僕に第一界を乗っ取られそうになった時に彼は何をしたと思う?」
またくるくると面を弄びながらぺらぺら喋る。
「逃げようか、それとも第一界に身を捧げるか。迷っていたみたいだから彼から『逃げたい』という心を取ってあげたんだ。僕があの世界に手を加えたのはそれぐらいかな」
「すると彼は迷うことなく中枢に入り込んで自身と『核』を融合させて機械の一部となった」
「彼の血は機械に通い、彼の体にはオイルが流れた。中枢であるノーチラスの操作権を持つ男が機械の中に入る。第一界の支配を完璧に自動で行う。『逃げ』の心を持たない究極の中枢の完成ってわけさ」
「容赦の欠片も無くなった彼は、外界からの全てをシャットアウトするべく罠を配置した。命令に齟齬が生じないように兵士は全て機械化した。壁を崩されないように外から素材を仕入れた」
『偽善者』が語る内容で周りの空気は一転し、殺気立ったものから重苦しいものへと変わった。
『敵』によって第一界は狂い、周りの世界が被害を被った。そう思っていたのは少し違った。最大の原因は目の前の存在であることには違いない。ただ、住民や資材が奪われるあの襲撃は。生き物の気配が無いあの第一界は。他者を拒む遊びの無い罠の配置は。
「全部、ただの『防衛反応』だったって、わけ・・・?」
『一点紅』がポツリと呟いた。
「正解~!君たちは互いに削り合っていたってわけさ。アッハッハ!」
心底愉快そうに不愉快に笑う『偽善者』。
「ま、僕の担当した世界は無様に負けちゃったしね。素直に引き下がるよ。その前に・・・」
『偽善者』は『一点紅』の足元にネモの面を放りだす。
「勝者にはキチンと報酬がないとね」