四丁目:おやすみバトル
空中にふわふわ浮きながら、一つ目のバケモノが鬼を喰っていた。
身体から生えた触手で鬼を突き刺し、口まで運んで食べている。
ぐちゃっ、ばりばりばり……ぐちゃぐちゃぐちゃ…………。
うえぇぇぇ、気持ちわるっ!
攻撃してこないけど、気持ち悪いので倒しま~す。
「木刀の神よ、『スナイパーライフル』に——そうね、『ブレットR28』になりなさい」
(注文、細かっ! というか、『ブレットR28』なんてよく知ってたね)
「当たり前でしょ。色々なアニメに登場してるんだからチェックぐらいしてるわよ。『迷探偵アケチ』とか『怪盗ジュラミン』とか『魔法少女ロック・邪神バスターズ』とかね。オタクを舐めんじゃねえ!」
(……す、すみません。……影切桐花こぇえ)
「何か言ったかしら?」
(いやぁ、今日はいい月夜だなと)
「そう。ならいいのだけれど」
(ふぃ〜〜)
「そういえばさ、アニメとアメニって似てると思わない?」
(唐突だな! まあ確かに。字面的にはそうかもしれないね)
「この前もアメニティをアニメシティって勘違いしちゃった」
(それで?)
「どんな街だろうかと、十二時間も妄想してしまったわ。勘違いだと気付いたときの衝撃といったら、巨大ロボットに間違えられがちな『某巨大人造人間』が音速を超たときの衝撃波よりも凄まじかったわね」
(しょうもなさすぎる上にしかもその代償が大きいだって!? そんなんじゃ、日本がいくつあっても足りないよ)
「これから学んだこと……それは」
(それは?)
「特にないわね」
(えっ、何もないの? 旨いことの一つでも言うかと思うじゃないか! 君は何がしたいんだ。意味が分からないよ)
「意味が分からない? しょうがないわね。説明したげるわよ」
(初めからそうしてくれ! 神様も混乱しちゃうだろ)
「*******************************************************」
(まさかの解読不能! 口座の暗証番号みたいになっちゃってるよ! 意味以前の問題だっ!)
「うるさいわね。それより、早く撃ちましょう」
(露骨に話題転換だと!? 雑だな、おい!)
「ここにセットしてっと」
(聞いてないしっ! 桐花に代わり謝罪します。遊びすぎました。本当に申し訳ございませんでした!)
「誰に謝ってるのよ、あんた」
(君は黙っときなさい! これ以上喋ったら、収拾がつかなくなる)
ということで、真面目にやっていきましょう。
横に寝そべった私はスコープを覗き込み、バケモノに標準を合わせる。
狙うは眼球ただ一つ。
その一つ目、潰したげるわ!
しっかりと狙いを定め、引き金を引いた。
乾いた重厚な金属音。
発砲音と共に、右肩に衝撃が走った。
その刹那——バケモノがぐったりと倒れる。
弾丸は眼球をぶち抜き、バケモノに大穴を開けていた。
殺ったか!?
自分で建てといて言うのもなんだが、私は知っている。
これがフラグだと言うことを。
『俺、この戦争が終わったらあの子と結婚するんだ』級の分かりやすい、幼稚なフラグだということを。
(建設して速攻回収するな! せめて、もう少し粘れ!)
「後々回収するの面倒なんだもんっ!」
(じゃあ、フラグなんて建てるなよ!)
「乙女心は複雑なの。悪魔のあんたには分かんないでしょーけどね」
(逆に単純すぎるというか、ただのバ——)
「ん? いま何か言った?」
(いやっ、何も言って……ないよ)
「あっそ。じゃあいいわ。そうよね、この私にバから始まって母音がアで終わる言葉なんて言えないわよね」
(そうだよ、バナナなんて言えないよね)
「いまババアつった?」
(違う! バナナだよ、バ・ナ・ナ!)
「ん? バハマ?」
(西インド諸島にある国家じゃない!)
「ああ、バショウ科バショウ属の食用果実のことね」
(説明細かいな)
「松尾芭蕉の俳名とも関係しているらしいわ」
(まさか、バナナについてここまで詳しいとは……)
「それはそうと、あなたが私に馬鹿と言ったことは許しがたい事実ね」
(正確にはバしか言ってないぞ)
「ふ~ん、認めるんだ」
(あっ、しまったっ!)
「ふふっ、帰ったらミンチにしてあげる。そのミンチで作ったハンバーグが今日のあなたの夕飯よ」
(自分が夕飯なんてあるかっ! それよりどうやって僕が食べるんだよ!?)
「それもそうね。じゃあ精肉店にでも出荷しようかしら。まあ、誰も買わないと思うけれど。まさに犬死にね」
(この僕が犬死にか!)
「あなたそもそも犬じゃないでしょ。というかこの言葉、ワンちゃんが可哀そう」
(自分で使っておいて勝手に悲しむな! それに、その言葉はそういう意味じゃないし)
「死ぬと言えば……あのバケモノ、もう死んだかしらね」
建てたフラグはきちんと回収。
もちろん、生きている(厳密には生きていないのだけど)。
馬鹿話をしている間に、バケモノはすっかり元に戻っていた。
大穴は塞がり、最初の状態にまで回復している。
こいつ、私と同じ回復持ちかよ。
「ライフルが効かないとすると……次は『火炎放射器』よ、木刀!」
火炎放射器を装備し、バケモノへと駆ける。
ちなみにバックパック式。
少しばかり近距離になるが、ライフルが使えないのではしょうがない。
所詮は肉の塊!
さぞかし良く燃えることでしょうよ。
炭化させて、回復できないようにしてあげるわ!
トリガーを引き、発射。
想像よりも格段に高い火力。
周りの空気が高熱に揺らぐ。
凄まじい燃焼音がグラウンドに響き渡った。
正直、ビビった。
チビってはいないから安心して頂戴。
木刀のくせに頑張りすぎよ、馬鹿。
ゴォォォっと音を立ててバケモノが炎上している。
炎上しているバケモノは、もがきも苦しみもせず、ただ燃えていた。
回復スピードが速いのだろうか。
それとも、我慢強いだけなのか……。
どちらにしろ、まだだ。
まだ、足りない。
もっと燃やさなくては。
私は火力を緩めることなく発射し続ける。
バケモノは抵抗してこない。
このまま、ごり押しで————カチンッ、カチカチ。
あれっ?
故障……?
「ねえ、トリガーを引いても炎が出てこないんだけど」
(ガスが無くなったんだよ。というか、火力が弱まってきてた時点で気づきなよ)
「えっ、もうガス欠!?」
稼働時間みじけぇなあ。
でもまあ、ここまで燃やせば十分くたばったっしょ。
「——————!」
急に強い風が吹いた。
火ダルマの炎が一瞬にして消える。
これじゃ、ただのダルマじゃんか。
煙の中から現れたバケモノは無傷であった。
「炎耐性もありってか。どこぞのチートキャラだよこいつ。……ねえ、悪魔。どうやって倒せばいいと思う?」
(珍しく僕を頼るか。君も落ちぶれたものだ)
「呼吸を止めるか、生きるのをやめるか。さあ、選びなさい」
(どっちも地獄へ直結じゃないかっ! 分かったよ、教えますよ!)
「早くしなさい。私の導火線は短いのよ」
(こいつは『神喰い目玉』と呼ばれている『衰退した神』。いわゆる『バケモノの類』さ。他のバケモノや妖怪、時には人間や神をも喰らう腹ペコさん。相手の神格を取り込むことで強くなるんだ)
「グルメじゃないのね」
(神隠しの原因の一つにもなっている。……これ程の力、相当喰っただろうね。一体どれほどの神々が餌食になったか、想像もつかないよ)
「どのくらい強いのかしら?」
(君と同等、もしくはそれ以上かもしれないね)
「へ~え、強いんだ。……興奮してきたわっ!」
(おい、あんまり油断してくれるな)
「はいはい。分かったわよ」
(はいは一回だ!)
「ちぇ。分かったわよ」
(真面目にやってくれ!)
「ウホウホ」
(この女、速攻でふざけやがった! 悪魔でも少しは真面目にやるよ!)
はいはい、それでは悪魔がゴリラになる前に始めましょう。
「で、どうやって倒すのかしら?」
(君もあいつを喰えばいいのさ。いまとなっては、神喰い目玉の神格はバケモノの域を超えて、『神に近い存在』にまで成り上がっているからね。いつもの鬼殺しとは勝手が違う)
「嫌よ、あんな奴を食べるなんて。死んでも嫌」
(しょうがないだろう? 神殺しの十八番なんだから)
「絶対に嫌。……他の方法は無いの?」
(あとは『神玉』を破壊するとか、かな。神玉ってのはね、人間で言うところの『心臓』みたいなものだよ。それが壊されると『神格』が完全に失われて存在自体が消えて——死んでしまうのさ。神喰い目玉がバケモノの域を出て、神玉が形成されていればの話だけどね)
「神玉ねえ。……食べるよりはいいわ。それでいきましょう」
(了解。気を引き締めていこう)
「分かってるわよ」
では、久々に本気出すとしようじゃないか。
「木刀、神剣に戻りなさい」
やっぱり神剣よね。
使い慣れた、戦い慣れたスタイルが一番。
回復よりも速く、斬って斬って——斬り刻んでやる。
「いざ、尋常に勝負っ!」
目玉に向かってダッシュ。
距離は百メートル弱。
右前方から触手が接近してきた。
かすりでもしたら、肉を根こそぎ持っていかれるだろう。
私が倒してきた人外たちの動きは、全てスローモーションで見えていた。
でも、神喰い目玉は違う。
圧倒的に速い。
左前方からも触手がやって来た。
斬ろうにも、一方を斬ったところでもう片方に殺られる。
どうする?
それでも斬るか?
迷ってる暇はない。
私は大きくジャンプした。
交差する二本の触手を、ハードルの如く飛び越える。
————三秒経過。
神喰い目玉まで、あと六十メートル。
新たな触手が今度は上から迫る。
見ると先端が火炎放射器になっていた。
ヤバッ!
やり返しってわけか。
たまらず、前方回転倒立跳びを繰り出す。
左手のみを地面につき、倒立をするようにして身体を回転。
次の瞬間、鈍い音と共に激痛が走り、左手首が折れた。
しかし、その激痛もすぐに消える。
私も回復スキルなら持ってるんだから。
————四秒経過。あと五十メートル。
にょきにょきと新たな触手が生えてきた。
その数、十本以上。
先端は先程のライフルと火炎放射器以外に、日本刀、マシンガン、バズーカなどに変形している。
ついでにアニメに登場する武器もあった。
こいつ、アニメの武器もコピーできんのかよ。
となると……アニメキャラにもなれんのかな。
ちなみに、私はまだ着地していない。
正確に言うと、まだ倒立の状態。
そう、モーションの途中である。
そんな中、通過予定地点にノーマル触手が迫った。
背中を反らせ、高跳びの要領でそれを回避してやっと着地。
————十秒経過。あと三十五メートル。
着地と同時に思いっきり地面を蹴る。
一気に間合いを詰めた。
————あと、十メートル。
……あれ?
攻撃が来ない。
目の前に目標が迫る。
あと少し。
もう少しで、いける。
神剣を振りかぶり、神喰い目玉に迫った。
身体を真っ二つにすれば、回復に時間がかかるはず。
その間にコアを破壊してやる——。
このとき、私は忘れていた。
勝機が見えると、油断してしまうことを。
こいつの触手が刀だけじゃなく、銃もあるってことを。
目の前にライフルが出てきた。
神喰い目玉との距離は約五メートル。
私も元々は人間。
数々の人外と戦ってきたとて、それを除けば普通の女子高生なのだ。
銃口に睨まれれば怯んでしまう。
「ひっ!」
回避しなきゃ————————。
遅い。
時すでに遅し。
私は右肩を落とされた。
肩を撃ち抜かれ、神剣と共に右腕が地面に落ちる。
ゴロゴロと転がって、身体から離れていった。
私はと言うと、衝撃により身体が後方へ横回転。
半回転したところで右横から神剣をコピーした触手に腹を刺された。
自分の武器で倒されるとは、皮肉なものね。
「ぐはっ!」
口から血を吐きながら、腹を刺された勢いで飛ばされる。
地面を転がり、血をまき散らして吹き飛んでいった。
背中をナイター用ライトに強打してやっと停止。
口の中は血の味でいっぱい。
吐き気がしてくる。
少し目まいも……。
「私、死ぬのかな……」
(そんなわけあるかい。君にしては随分と弱気だね)
腹を右手で探る。
裂けてもいないし、穴が開いているわけでもない。
身体は全回復していた。
裂けて穴が開いているのはセーラー服の方。
服までは回復してくれない。
あ~あ、またダメにしちゃった。
「折角……シリアス展開になりかけたのに……」
(ヒロインが序盤から死ぬとか、ありえないだろ)
「……つまんないこと……言わないの」
こうして軽口を言い合っているものの、結構消耗している。
私も悪魔も。
回復に力を取られすぎた。
失った腕の分は他から補っているし。
出血した血もそう。
全てが元に戻るわけじゃない。
もしかして、出血した血って二重表現になるのかしら?
頭痛が痛い的な感じに。
……どうでもいっか。
話が逸れちゃったけれど、ここまでピンチなのは初めて。
それだけ、あいつは強い。
——神喰い目玉が歩いてきた。
脚は無かったはず。
宙に浮いていたはずなのに。
月が出ているとはいえ、いまは夜。
暗闇のせいで、まだシルエットしか見えない。
一歩一歩、歩いてくる。
そのシルエットは少女。
……嫌な予感。
不意に月が隠れた。
奴は着実に近づいてきている。
暗闇の中、目であろうものが紅に光っていた。
右手には私の木刀を持っている。
ちなみに私の右腕付き。
とどめを刺しに来たのだろう。
木刀、あんたに最期を看取られるなんてね。
負けるのは嫌いだし、恐い。
けど、それ以上に死ぬのはもっと嫌。
全身に緊張が走る。
恐怖。
死の恐怖。
死の恐怖はこれが初めてではない。
けれど、何回目であっても慣れはしない。
嫌な感覚だ。
————お母さん。
神喰い目玉は歩みを止めることなく近づいてくる。
走馬灯なんて流している余裕はない。
過去の記憶よりも、どんな思い出よりも、現在の恐怖の方が勝っているのだから。
「ふっ、ふふっ」
変な笑いが込み上げてきた。
もう、終わりか。
復讐も果たせずに終わるのか。
そんなの……ないよ。
————ごめん。
————ごめんなさい、お母さん。
思えば、短い人生だったな。
こんなことになるなら、冷蔵庫のわらび餅、食べとくんだった。
「あはははっ! しょうもないことしか浮かばないわ! あはははははは……私、馬鹿みたい」
思いっきり笑ったら、涙が出てきた。
最後の抵抗にと、思いっきり睨みつける。
視線で殺す勢いで。
「————あれっ?」
ほんとに殺しちゃったのだろうか。
バケモノは私の元まで来ない。
目からビームを出したつもりはないわ。
そこまでの超人的能力はもらってないもの。
それに、悪魔を装着しているから睨みつけても無駄だしね。
そう。
もちろん死んでなどいない。
私からしっかりと見える位置で、立ち止まっただけだった。
満月が神喰い目玉を照らす。
そこには真っ黒い、影のような少女が立っていた。
ここで少女と言うのは正しくない。
何故なら彼女は、私が一番よく知っている人物なのだから。
「……ふっ、悪趣味な奴ね」
私の目の前には、真っ黒な私が立っていた。
言うなれば『ブラック桐花』。
(この世に君が二人とか、背筋が凍る思いだよ)
ブラック桐花は、私たちを嘲笑うかのように見つめている。
そして何をするわけでもなく、ニヤリと笑ってから闇に溶けるように消えていった。
ブラック桐花がいた位置には神剣が落ちていた。
ついでに私の右腕も。
「何がしたかったのかしらね、あいつ……」
(神のみぞ知るってトコだろうさ。神様だけに)
「…………」
(反応してくれよっ! 折角重い展開を軽くしてあげてるってのに)
無視してるわけじゃない。
いや、半分は意図的に無視してるかも。
もう半分は、反応することができないから。
さっきから目まいが酷くなってきている。
なんだか、眠い……。
(————?)
なんだろう。
悪魔がなんか言ってる。
(————! ————。)
うるさいなあ。
少しは寝かせてくれよ。
(——————。)
悪魔の声が遠くなってきた。
頭がぼんやりする。
(………………)
もう限界。
ちょっと寝よう……。
おやすみなさい。
(…………………………馬鹿)
あっ、馬鹿って言った。
今日で二回(正確には一・五回)も馬鹿って言った!
私がこんな状態だからって……。
起きたら絶対に殴ってやるんだから!
そう心に決めたところで、私は意識を失ったのだった——————。