一丁目:可愛い来訪者
あぁ、あのとき断っておけば……。
本能が、野生の勘が、絶対に関わるなと警鐘を鳴らしていたのに。
ほんと馬鹿だった。
けど実際、私はこの可愛い子ちゃんに勝てなかった。
この子の頼みを断ることができなかったのだ。
だって、すげぇ可愛かったんだもん——。
——ピンポーン。
………………。
ピンポ、ピンポ、ピンポーン。
「あの~~、影切さん、影切桐花さんはいませんかぁ~?」
誰だろう。
私の安眠を邪魔するのは。
早く帰ってくんないかなあ。
今日は朝から忙しかったんで、まだ眠いのだよ。
枕元の目覚まし時計を寝ぼけ眼で見る。
現在時刻は午前十時三十三分。
お布団に入ってからまだ四時間しか経っていない。
私は早朝から『鬼』を倒し、失礼な悪魔を制裁するという予定外の重労働をした。
重労働の後——私は予定通りにコンビニに寄ってエナジードリンクを買い、朝まで録り溜めた深夜アニメを観るという、女子高生ならざる行為をしたのだった。
深夜アニメは面白いじゃない。
日本が生んだ最高の文化よね。
何にもない私に、夢と希望を見させてくれる。
もっと大切なものを魅せてくれる。
そんな神様みたいな存在なのよ。
ま、単なる趣味なのだけど。
私を夜行性にする要因がこれ。
バケモノだからと言って夜行性なわけではないの。
実際、悪魔は早々に寝てしまったしね。
ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ…………
今日は土曜日。
昼過ぎまで寝ていても問題はないはず。
休日をどう過ごすかは個人の自由でしょ?
だから、この時間に起こされる理由もないし、起きて行ってあげる義理もない。
「………………」
ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ……
「いませんかぁ? 桐花さ~ん」
「………………」
「おーーーーい!」
ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポーン。
「もうっ、うるさいわねっ! いないったら、いないのよ!」
気が付くと、私は我慢できずに家の扉を開けていた。
こいつ、迷惑も甚だしい。
「なんだ、いるじゃありませんか。桐花さん」
扉を開けた先には、ニコニコと笑っている着物少女が立っていた。
くりっとした優しい瞳。
可愛らしい桃色の唇。
おかっぱ頭と前髪から覗く太眉毛。
身長から推測するに、中学生。
十四歳か十五歳くらいってトコかしら。
悪い奴ではなさそうね。
常識は皆無でしょうけど。
でもこの少女、いけ好かない。
だって私より胸が大きいから。
……正直、完膚なきまでに負けた。
「何よあんた。朝っぱらから人の睡眠を妨害してくれちゃって」
私は色々と機嫌が悪い。
この女、どうしてやろうかしら。
私の眠りを邪魔すると怖いわよ。
「す、すみません! 時計が二ケタになったら朝ではないと思っていたもので……」
俯いて落ち込んでしまった。
上目遣いでこちらを見ている。
叱られた子犬みたい。
しゅんってなってる、しゅんって。
尻尾でもついてたら本当に犬だ。
捨て犬だったら速攻で拾ってるね、絶対。
この子、飼いたい!
ここペット禁止だけど女の子ならセーフだよね?
ねっ?
(……倫理的にアウトである。)
くっ!
そんな純粋無垢な瞳で見つめないで!
あぁ、心が浄化されていくっ!
この子、可愛い。
素で可愛い。
私は骨抜きにされ、ついでに毒抜きもされて、気が付くと、悪態をつく気は失せていた。
可愛さ、恐るべしである。
「そっ、それもそうね。……で、私に何か用かしら?」
「桐花さんは鬼を倒して回っていると聞きました。どうか、私たちを助けてくれませんか?」
とまあこんな感じで、私は少しばかし面倒な事態に巻き込まれていくのだった。
このときの私は知る由もないんだけど——————。