零丁目:地獄の沙汰は少女次第
いまは補導されてもおかしくない時間帯。
ましてや、こんな真夜中に出歩いているのはお肌に良くない。
私だって華の女子高生である。
お肌の事は気にするのだ。
とは言うものの。
私はエナジードリンクを買う為に外出していたのであった。
幸いにも今日は金曜日。
……ん?
それは昨日か。
リアルタイムで深夜アニメを観たから、時計の針はとっくにてっぺんを回っていたんだった。
ということで、今日は土曜日。
やったー!
昼まで寝てたって、なんら問題はない!
休日サイコー、ビバ惰眠!
もっと言うと、月曜日だって祝日で休みだしね。
でも、今週の休日は朝(?)からツイていないらしい。
……いや、ツイてるか?
どっちでもあり、どっちでもないんだけど。
私は複雑な、なんとも言えない気持ちになる。
そうだよね。
だって『鬼』が現れたんだから。
あ~あ、深夜から戦闘か。
筋肉痛はやだなあ。
でも、斬るのは快感だしなあ。
言えることはただ一つ。
私の為に、そして至高の休日にする為に、こいつを殺る。
私を邪魔する者は絶対に許さない——。
また鬼か。
そう思うと、無意識にため息がこぼれた。
ここに引っ越してくる前は、もっと色々な『人外』が見えてたのに。
なんとも代わり映えのない敵さんだなぁ。
ま、しょうがないんだけどね。
でも今回は楽しめそう。
前の鬼はもっと小柄だったから。
……よく見るとこいつ、もう攻撃形態になっている。
最初から私を狙ってきやがった。
ふ~ん、……上等じゃない。
私の生まれたこの県は、元々鬼との関係が深いんだそうだ。
県名の由来も『鬼伝説』と関係しているって、小学校の頃に習ったし。
見えるのが鬼ばっかになったのは、こっちに越してきてから。
一年前の春、私は高校入学を機に一人暮らしを始めたのだ。
なんでも、この地域には鬼伝説にまつわる岩があるんだとか。
だからってさ。
鬼ばっかとか、地獄かここはっ!
こほんっ、気を取り直して状況を説明しよう。
現在、私は三車線の国道上で鬼と対峙している。
車は来てない。
いや、来ない。
滅多に来ない。
来ても一時間に多くて三台。
時間も時間だしね。
それに、一応県庁(昔はその高さが全国一位だったとか)があるって言っても、東京なんかに比べたら田舎だし。
街頭も少ないし。
光があったとしても、コンビニと黄色点滅してる信号の明かりだけ。
『大通り』に行けば、少しはマシかもだけど。
でもなぁ。
あそこはエッチいお店が多いしな。
女子高生が間違っても深夜にいて良い場所ではない。
とは言っても、国道でもこの時間にいちゃダメなんだけどね。
でも、しょうがないの。
私は夜行性なのよ。
……そうそう、数行前に悪口みたいなことを言ったのだけれど、ここは良いところよ。
自慢の地元なんだから。
麺類は美味しいし、自然もいっぱい。
山菜も採れるわ。
世界記録に認定された踊りもあるしね。
是非、来てみて頂戴。
こほんっ、話を戻すとするわ。
目の前にいる鬼——それは私の何倍もの背丈で、筋肉質な人型をしている。
頭からは二本の角が生えていて、口からは牙がはみ出していた。
……歯並び悪いな、こいつ。
おまけに上半身裸だし。
他の人が見えないからって、この変態野郎が。
けど、パンツ(?)くらいは履いててくれたみたい。
当たり前だけど。
履いてなかったら、瞬殺していたところ。
いや、牙を全部抜いて矯正してからってのもアリかしら。
歯を抜くのは案外良い考えかもしれない。
痛いし、かと言って死ねないし。
私がされたら嫌なことランキング上位入賞してるし。
……今度、悪魔にやってみようかしら。
そんな風にそれこれ妄想していると、しびれを切らした鬼が先制攻撃を仕掛けてきた。
私に向かって鬼の右拳が降ってくる。
すかさず左に跳躍して、それを避けた。
この鬼、いままで律義に待っていてくれたらしい。
結構可愛いかも。
牙を抜くのはやめにしましょう。
つっても、どっちみち斬るんだけどね。
私は攻撃形態になるべく、さっきから黙っているあいつに話しかけた。
「もう! あんたのせいで先制攻撃されちゃったじゃない! 歯、全部抜くわよ」
「それは君が変な妄想してたからで、僕のせいじゃないだろう。それにしても、僕は君のことを甘く見ていたようだ。まさか、歯を全部抜くなんて考えるとはね。拷問でもあるまいし。ほんと、くわばら、くわ————って、痛ったぁ!」
変に陽気な声で、お面が喋っている。
ニヤリと笑った顔に、おでこから生える二本の角。
口の中からは鋭く尖った牙が覗いている。
能楽にはあまり精通していない私なのだけど、これが『般若の面』と呼ばれていることくらいは知っている。
この面には『自称悪魔』(日本にそういうのがいるのかは知らないけど)が憑りついているのだ。
簡単に言うと、悪魔はこれを依り代としているってこと。
私はこの悪魔を従えて——間違った、この悪魔と契約している。
私の『魂』と引き換えに、『神殺しの力』をもらうってね。
まあ、力だけじゃなく肉体も改造してもらっているのだけど。
「これ以上喋ったら、殴るわよ」
「ひどい! もう殴ってるじゃないかっ!」
「あら、ごめんなさい。本当はこう言いたかったの。これ以上喋ったら、舌を引っこ抜いて、ついでに歯も抜いてやるってね」
「ついで? ついでだって? 閻魔大王でも歯は抜かないと思うよ! 悪魔だ、悪魔より悪魔だ! 影切桐花、恐ろしい子……」
無駄口をたたいている間に、鬼が今度は左拳で殴り掛かってきた。
体重を乗せたパンチ。
殴られたら、ひとたまりもないだろう。
……普通の人間だったらね。
拳が地面に着弾した。
砂塵とアスファルトの破片を巻き上げて、先程まで私がいた場所に大穴を開ける。
間近で爆発が起こったようだ。
「じゃあ、そろそろ行きますか」
私は般若の面を装着した。
全身に力がみなぎる。
ゾクゾクっとするこの瞬間が、私は好きだ。
私が私じゃなくなるこの感じ、くせになる。
私は悪魔と同化していった。
左腰に着けていた木刀の柄を持ち、腰から引き抜く。
正面に構えて、いつものセリフを言った。
「木刀の神よ、私の神剣になりなさい」
いまの私は『人間』じゃない、『バケモノ』だ。
そんな私が、さらに悪魔の力を借りている。
すると神格はそこらの神よりも高くなるってわけ。
この世界は基本、階級制。
だから上位階級であるこの私が命令すれば、木刀なんか刀にだって銃にだって変形できるのだ。
木刀が原子レベルで変化していく。
切っ先から順々に、刀へとあっという間にチェンジした。
……チェンジってなんか、かっちょいいかも。
「闇夜に隠れ、悪を成敗! 咲かせましょう血潮の徒花っ! いつも、あなたを狙ってる! 正義のミカタ、影切桐花ちゃん参上っ!」
私はキメ台詞と共にポージングをとる。
どうしてそんなにテンションが高いのかって?
そんなの、深夜テンションだからに決まってるじゃない。
(……さぶいぞ、君。春なのに北風が吹いたのだが。馬鹿なことしてないで、早く戦いなよ)
「うっ、うるさいわね! やってみたかっただけよ! 勘違いしないで頂戴」
私は脳内に聞こえてくる悪魔の声に反応しつつ、鬼を見据えた。
鬼は掴みかかってくる。
しかし、その動きは遅い。
図体が大きけりゃいいってもんじゃない。
デカい分モーションが大きいし、回避しやすいから。
私はそれを余裕で避け、適当にあしらいながら無駄話を続ける。
正直、鬼殺しには飽きていたのだ。
「恥ずかしくなんて、ないんだからね! べっ、別にダークヒーローになんて憧れてないんだから! ましてや、ご当地ヒーロー『ハンド仮面』なんてもってのほかよ」
(君がツンデレとはね。反吐が出る。やめてくれないかな)
「あら、そうかしね。需要なら結構ありそうだけど」
(誰に供給するって言うのさ! それに君の場合はヒーローじゃなくてヒロインだし、そもそも『ハンド仮面』は普通のヒーローであってダークヒーローじゃないよ)
「へぇ~、よく知っているじゃない」
(いつも君が『何これ、つまんな~い』と言いつつも、早起きして観てるからじゃないか! 君だけで観れば良いものを、僕まで巻き添えにしちゃってさ!)
「ふんっ、視聴者がいなくて可哀そうだから観てあげてるだけよ」
(じゃあ、どうしてDVDまで買ってるのさ。それももう、何回観たことか……。二回目以降、観るとき僕いらないよね? 絶対いらないよね? ねっ?)
「無駄話してないでさっさと殺るわよ。眠くなってきたわ」
(……露骨に話題を変えた!? それに自称夜行性なんだから絶対眠くないよねっ? さっき言ってたよね? 設定をころころ変えるのは良くないと思うなぁ)
鬼は額から汗を流しながら、両腕で殴り掛かってきている。
さっきから全て空振りに終わっているからだろう。
少しばかりイラついていた。
私はそんな鬼を見て、ワザと捕まってあげることにした。
少しは勝機を見せてあげなくちゃ、ね。
私が急に停止したのを見て、鬼はすかさず殴ってきた。
巨大な拳を甘んじて受ける。
道路が陥没して、アスファルトに亀裂が走った。
——どこを見渡しても私はいない。
攻撃を回避した様子もない。
私の勝手なイメージだと、鬼はニヤリと笑ったはず。
ほくそ笑みながら、地面に食い込んだ拳をゆっくりと引き抜いたことであろう。
しかし——。
「!」
確かに私は拳の下にいた。
地面にできたクレーターの中心にいた。
けれど。
その立ち姿に変わりはない。
潰れもせず、千切れもせず、無傷なまま。
刀を構えてもいない。
それどころか、刀を孫の手のように使っている。
峰でセルフ肩たたきをしながら、気だるそうに立っていた。
鬼は表情を一変させ、再び殴ってくる。
今度は、何回も何回も。
右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左…………。
さらに地面に亀裂が走り、陥没していく。
でもね。
そんな攻撃、いくらやっても無駄無駄。
だって、神格が違うから。
パワーも違うし。
全て私が上回っている。
何十回、何百回、何千回殴ろうと、私は無傷なまま。
攻撃が効いていないのを見て、鬼はとうとう攻撃をやめたのだった。
作戦を変えたらしい。
今度は右手で私を掴む。
まさに鷲掴み。
そう、下腹の辺りから脇下くらいまでをね。
そして、私を口の前に持っていった。
鬼の呼吸は荒い。
肩で呼吸をしていた。
相当消耗している様子。
口からは闇夜よりも黒い、ガスのような吐息が出ている。
鬼は私を睨んでいた。
真っ赤に光る目で睨んでいた。
なんか、迫力あるな……。
悪い奴って大抵、目が赤いわよね。
ジンクスでもあるのかしら。
鬼がこれから何をするのか。
そんなのは簡単に予測できた。
打撃よりも強い攻撃、それは噛むこと。
喰いちぎること。
鬼の人喰いは花形だもんね。
私は人間じゃないから、バケモノ喰いってとこかしら。
鬼の口が目前に迫る。
このままでは喰われてお陀仏だろう。
私だって鋼の身体ではない。
打撃には耐えることができても、上半身を喰いちぎられたら死んでしまう。
身体の大半が殺られたら回復できなくなる。
首を斬られても、心臓や頭を破壊されても同じ。
潰れはしないけど穴は開くし、斬られもする。
致命傷じゃなかったら、傷ついたそばから回復するから大丈夫なのだけど。
そうは言っても、痛いことは痛いんだけどね。
簡単に言うと、人間が物凄く強化された感じかな。
硬いけど脆いのだ。
バケモノの力は強いけど万能じゃない。
ベースが人間だし。
神だろうが、バケモノだろうが、誰だって死ぬときゃ死ぬ。
「そろそろ、お遊びは終わりね」
幸いにも両手は自由。
私はいつでも反撃できる。
ほんと、馬鹿。
詰めが甘いとはこのことよね。
ガチンッという音と共に、ギロチンの如く口が閉じられた。
多分、鬼は考えただろう。
しっかりと、思いっきり噛んだはず……。
なのに、そんな感触がしなかった。
口の中に血の味もしてこないし……何かがおかしい。
あれ?
……右手の感覚が、ない。
ってね。
次の瞬間、鬼が悲鳴を上げた。
耳を塞ぎたくなる大音量。
地響きのような、低い声。
空気を震わす断末魔の叫び。
鬼の右手は斬られていた。
手首からは黒い血が噴き出している。
「本当に近所迷惑だわ。もしお隣さんだったら、速攻で壁をブチ抜くほどの壁ドンを繰り出しているでしょうね。つっても、一般人には聞こえてないから、被害は私だけでしょーが」
私は鬼の足元で悪態をつく。
鬼は必死になって殴ってきた。
鬼の左拳が地面をえぐる。
私は着弾した左拳に飛び乗り、腕の上を駆けた。
前腕から肘へと向かう。
鬼は左腕を振り回し、私を振り落とそうとする。
しかし、簡単に落ちるわけがない。
逆に私に加速をつけ、鬼の頭上に飛ばしたのだった。
私は鬼の上空から、重力に従って落下する。
鋭く、しなやかな雷のように斬り込む。
戦いは終わりだ。
最後に、さっきから言いたくてしょうがなかったことを叫ぶ。
我慢してはいたのだけど、これは乙女の問題だ。
言わなくては気分が悪い。
「胸触ってんじゃないわよ、この変態痴漢野郎がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
刀を脳天から股に滑らせ、文字通り一刀両断。
私を怒らせた罪は重かった——。
倒された鬼は『粒子』となって消えていく。
そんな鬼を横目に、私は事後処理を始めた。
「戦いにより変化した八百万の神々は元に戻りなさい。……木刀の神、あんたもね」
アスファルトの破片が元に戻っていく。
まるで魔法のように。
逆再生動画のように。
数分後には元通りになった。
(胸、触られたの気にしてたんだね。気にする程でもないくせに)
——イラッ。
私は無言で面を外す。
力が抜け、一気に身体が重くなった。
だるい。
この脱力感マジハンパねぇですわ。
これだけはいつまでたっても慣れないのよね。
倦怠感がなくなるのもつかの間。
元に戻った私はスムーズなモーションで悪魔を足元に置き、見下した。
「えっ? 何するってのさ! そんなに睨まないでよ、怖いじゃないか!」
私は右足をあげ、悪魔の上に持っていく。
「えっ、ええっ? ちょっと待って! 待ってくれよっ! あっ、白————ぎぃゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
思いっきり踏みつけてやった。
足をぐりぐりと動かして踏みつける。
パンツを見られた分も踏みつける。
腐っていても、たとえバケモノだとしても、女子高生は女子高生。
あの鬼と同様、悪魔の罪も重かった。