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黒猫の旅

作者: 堆烏

四の国という国がある。その中の地域には香川という都市がある。

それだけ聞けば、特に理由はいらない。旅先を決める際に必要なのは、ちょっとしたきっかけのみ。

風の噂、友の話、ふと目にした標識。ごみのような広告の中の一文。

なんでもいい。旅ってそれくらいの軽さでいい。


面白いのが、海を渡るという点。日の本という大帝国内の中の属国といえど、海に囲われているのが面白い。

そもそも、日の本という帝国自体が島国ではあるが。

人間様にちょこちょこ聞くと、どうやら香川はうどんが美味しいらしい。俄然行く理由が増えるというもの。


猫の旅は気楽でよい。飼い猫とは違う自由と楽しさがある。島国の利点である海際での狩猟も乙だ。魚が美味。

野良猫に対してもこの帝国の人間様は懐いてくれる。餌をくれるだけでなく、会話も楽しいものが多い。

情報収集源は主に人間様からの会話や又聞き。猫の集会も悪くはないけど、やはり私は余所者流れ者。一部の情報は秘匿される。


狩った鼠はもちろん食べることはできないけど、アルバイトとして家の外敵退治はお手の物。山付近ではこのアルバイトが捗る。最近は人権以外が認められてきているから、鼠権を侵害しない程度のじゃれあいしかできないけれども。

海近辺だと今度は魚が売れる。旅人として、餌を貰い続けて流離うのもまた楽しいが、たまには人間様の営みに歩み寄るのもまた一興。

海を渡って四の国へ行く。船に乗るための運賃は今回は稼ぎから出して飛び乗る。


今回の旅は、どんな出会いがあるのだろう。どんな食べ物を目にすることができるだろう。

今回の旅は、何が起こるのだろう。旅の終わりの月見酒は、どんな味がするだろう。






陸に飛び降りる。不安定でゆらゆら揺れる足場から、しっかりとした地面と塗り替わる。


ふと、足元を何かが通り過ぎた気がする。いや、気のせいか。いやいや、気のせいなわけもないか。

こういう感覚は逃してはいけない。旅は小さな事の出会いの繰り返し。そこに価値を見出し始めてから無限の好奇心と刺激へと変貌する。

何かが通った。何かがいた。猫の知覚をもってしても見落としてしまいそうな小ささと素早さ。まるでトカゲのような。


トカゲがわざわざ陸を超えて来るほどの何かがこの四の国にはある。それだけ分かればよい。面白い。楽しみが増えてくる。


「旅は、こうでなくてはにゃ。さて、一体何が待ってるのかにゃあ。」


あえてゆっくりと歩を進める。波止場の人々に手を振って挨拶しては会釈。

旅の心得その一。第一印象は明るく丁寧に。






普段は猫背で、そもそも4足歩行。やけに図体がでかい猫だと思われる。

しかしその正体はもっとでかい。2足歩行の状態ならば190cmはある身長となる。

昔、人間とそれ以外の生物の格差は激しかったが、もはや今はその影はない。

共存と共生。言語の壁はもはやなく、どの生物も人間語を第二言語として生まれつき自然と話せるようになっている。適応とは恐ろしい。


2足歩行でカフェに入る。海辺のカフェ。雰囲気満点の店内。観光客に向けた立地のここは、きっと情報収集にちょうどいい。

5月に入ったばかりとは言え、海風に強く吹かれる涼しさが全身に染みる。暖かい珈琲はまだまだ必須というもの。

猫舌と言えど、追加で入れるミルクの量で温度はこちらで調整できるという知恵は既にある。ミルクは最高の飲み物、これは常識なのにゃ。

店内は、4人席や2人席とテーブルがいくつか用意されていて、あとは一人用のカウンター席が並んでいる。

私は真っ先にカウンター席に座る。早朝だからか、満席ではないが、そこそこテーブルが埋まって賑わっている。

どの席も朝日が差し込んでいて気持ちがいい。朝が人気な理由な一つかもにゃと呟きながら珈琲を注文する。


「店主さん。最近で四の国、特に香川で面白いイベントや行先、出来事はないかにゃ?」


注文した珈琲を持ってきてくれたのは、珈琲を淹れてくれた店主さん自身だった。カウンター席に座る私には、カウンター越しに直接手渡ししてくれる。

店主さんは、温厚そうなお爺ちゃん。にこにこしながらゆっくりとした手つきで珈琲を淹れるが、その味は確かなのだろう。

今日も来たよ!とお客が入ってくる。リピーターが多いのだろう。当たりのカフェに入れたことに満足する。


「イベントね。ワシも最近ここに店を構えたばかりで、香川で有名なこと・・・・。はわからないのですよ。」

申し訳なさそうに、でもにこにこ喋るお爺ちゃん。一方で、店の奥側のテーブル席から笑い声と共に声が飛んでくる。


「じい!!!あんた、店構えたのは3年前でしょーが!腕は落ちないのに記憶がぼろぼろ落ちちまってるよーー!!!」

「あぁ、もう3年も経つのかい、日向さん。ありがとうね。3年もいつも来てくれてねぇ。」


かなり高齢といえど珈琲の味は逸品。常連の名前はどうも全員覚えてるみたいで、思わずこちらもにこにこしてしまう。

物忘れが多くなっても、大事なことは忘れない。なんて素敵なんだにゃ。


情報収集はできなかったけど、この珈琲店は覚えておこう。お代を払って出て行こうとするとき、先ほどの客、日向さんが声をかけてくる。

30代くらいの女性。元気で活発な笑い声。3年もこのお爺さんと触れ合えば、皆こう元気に朝を過ごせるんだろうか。


「私も詳しくはないけどさ。最近で言ったらこの近くの街ででかいミステリー展をするって聞いたよ。興味があったら行ってみてはどう?」

「おお、ありがとうにゃ。謎や不思議なことは大好物にゃ。」


行き先が決まった。こういう交流があるから旅はやめられない。

スマホはいらない。情報の渦から目当ての情報だけピックアップするなんて人ですら難しいというのに、いわんや猫がや。

鼻をひくつかせる。さてどちらの道が街だろう。違う場所にたどり着いたらそれはそれ。旅に流れ流され。それも良き。






運が良かったのか。海辺からの道をなんとなく進むと、次第に街のような雰囲気へと変わっていく。

朝から歩いているので出来れば昼飯にしたいところではあるけれど、話に聞くミステリー展の情報を少し仕入れてみたい。

というよりは、この街をぶらりぶらり歩いてもう少し眺めていたい。

古風な洋服屋さん、休日の昼間をおしゃれして歩く二人組、大声ではしゃいで走る子どもたち。公園からさざめく木々のひそひそ話。

街には街に特有の空気がある。その空気を感じて楽しむ。そんな街に沿うようにそこに住まう人々や生き物も、些細な傾向が見つかったりする。

息を潜め、耳をピンとたてる。4足歩行でゆっくり歩く。獲物を狩る前の隠密動作と同じように。

そうやって周りを窺う。目からの情報はもういい。話し声、雰囲気、様々な音から情報を集めるフェイズ。


(明日もう仕事なんだけどぉ!宿題終わってない!)

(まま!これ買って!)

(ここのアップルパイ。すごく美味しくない!?やばいんだけどマジ!)

(ミステリー展明日で終わりだっけ。そろそろ行く?)


ほら、見つけた。ミステリー展って単語。この街であってたみたいだ。あとは声の元に歩いていくだけ。


(・・・・・ズズッ)


何かが地面を這う音。掻き消えそうな些細な小さな足音。耳に全集中していないと聞き取れなかった物音。

そちらに目を向けると、小さなトカゲ。帽子を深く被り、白いパーカーを着ている。

きっと、同じ船で来たのだろう。四の国のトカゲっぽくはない。仕事をしに来たキャリアウーマンの容貌。

縁がまた会えるだろう。その後ろ姿をしばらく見た後、会話していた4人組の男女に近づいていく。


「こんにちは。旅猫にゃんだけど、先ほどミステリー展って言ったかにゃ?」

「お、でかい猫ちゃんだな。こんにちは。そうだよ、俺らは今から行こうって話をしてたところ。」

「有名なミステリー作家から掘り出し物のミステリー作家まで紹介、作品の展示がしてあるんだって。展示作品の全部にポップが作られてていてすごいらしいよ。」

「おお。そこに行きたいのにゃ。場所はどっちだにゃ?」


しばらく歓談したあと、別れる。場所の目星はおかげでついた。ミステリー展についてもいろいろ聞けた。

ポップは全日見れるだけでなく、公表されていないが作者本人が来ている日もあるらしい。

実際に作品は展示場所で即売会の形で買うこともでき、未発表(近日発表予定)の作品もいち早く購入できる面白い展示企画となっている。

最後に帰る前に作品に投票することができる。明日の展示最終日、投票のランキングベスト5が公表される。

有名でないミステリー作家にとって、この展示だけでも着目される機会になるし、ベスト5として公表されれば今後の売れ行きにすごく影響されるだろう。


「まぁ、世の中そんなにうまく行かないものではあるけれどにゃあ。」


結局は売れる作家にしか注目はいかない。現実はあまくない。機会はつかむもの。運は機会をつかみに行ったものが受け取るもの。

だからといって、機会をつかみに行った皆が運を受け取れるわけではないのが非常。諦めず運が降ってくるまで機会を追い続けられるか、どうか。


でも、作家が悪いわけではなく、作品が悪いわけでもない。

運を掴めるかどうかは知らないけど、機会を掴みに行った作品とは出会えるのがこの展示。


「果たして、どんな作品と出会えるかにゃ・・・・。」


その前に腹ごしらえ。先ほどの4人組におすすめのうどん屋を聞いて並ぶ。

有名な店なのか、そこそこ並んでいる。ひっそりとした隠れ家的な店ももちろん好きだけど、人気な店に並ぶの好きだ。人気には人気な理由がある。

先ほどのトカゲもどうやら並んでいる。店の外見やあたりを見ながらメモを取ったりスマホで調べていたりしている。

店の中に入り、うどんをすするときは旨そうに味わいながらも、食べ終わったらメモをとっている。グルメ派なのか、これも仕事なのか。立派だなと眺めながらうどんをすする。

猫舌なので、今回は冷やしうどん。手打ちのうどんはつるつるで、店オリジナルのつゆとこれまたぴったり。旨すぎてにゃんにゃん。


3回も会うのは、にゃにかの縁。気配を消しつつ店を出るトカゲに声をかける。

声をかけられたトカゲはびっくりしたように目を丸めてこちらを見る。


「いや、朝船で一緒に降りたのを見かけてニャ?偶然またこの店で見かけたから声をかけただけニャ。メモをたくさん取ってたけど仕事かにゃにかかにゃ?」


聞くところによると、アナウンサーをしているとのこと。今回も仕事で四の国に来ており、グルメやファッション、その他様々な動向、流行りを追っているらしい。

旅猫の何も追わないその場その場の暮らしとは全く違う。その差異もまた、面白い。そして、その仕事の取材先はなんとミステリー展。


「私もそこに行く予定だったのにゃ。せっかくなので、一緒に行くにゃ。」


そこまで拒絶の反応はなさそうだったので、返事を聞く前に手を引く。人目を気にしがちなトカゲは変装したり、気配を消したりが常のようだが、隠密行動は猫も得意で、2匹は街に溶け込みながらも目的にたどり着く。


「いらっしゃいませ。ミステリー展へようこそ!ここでは独自に選出した50名のミステリー作家の計100作品を展示しています!未発表の作品も含めた販売スペースもありますので、展示を見終わりましたらそちらへもどうぞ!」


受付の女性が元気に声をかけてくる。受付付近にはテレビ器具を抱えた人々の塊。このトカゲさんとはここでお別れかにゃ。


「お仕事頑張ってニャ。落ち着いた後でまた、偶然あったら、今度は一緒にご飯でも食べるニャ。」


トカゲが軽く頷いたのを見て、受付を一人通過する。

そういえば、ネットの通話コミュニティで四の国のおすすめを紹介していた生き物がいた気がする。あとでチェックしておこうかにゃ。


受付を通過して部屋に入ると広がるのは本とポップの海。最終日の一日前だからか、それなりに多くの人がそれぞれ思い思いのポップを読んでは本を手に取っている。

有名な作家の作品やそのポップほど人が集まり、マイナーな作家のポップには、人はまばらに散らばっている。


100作品も読む時間は、普通の人にはない。有名なポップ、お気に入りの作家の所から回り、時間が来たら投票して帰るしかないだろう。

普通の人には。

カメラと共にアナウンサーのような綺麗な声が響き渡る。取材が始まったようだ。

テレビを見る視聴者は果たしてどんな作品に興味を持つのだろうか。

テレビ番組を作るディレクターは、どんな作品を紹介するつもりなのだろうか。

あのトカゲは、どんな風に作品を紹介していくのだろうか。






翌日、最終日にも旅猫はミテスリー展を訪れる。今度は開店時間ぴったりに。迷うことなくポップに向かい、たまに本を読む。それを繰り返す。

繰り返すうちに、気づく。マイナー作家のポップが集まる場所に、独り、ポップを見るでも本を手に取るでもなく立っている鼠がいることに。


少し観察してると気づく。とある展示に人が立ち止まるかどうかを気にしているようだ、と。

謎やトリックで勝負する作品ではなく、オカルトや文章表現で勝負する作品!とポップに書かれてあった。

それだからか、古典的なミステリ好きが立ち寄ることはなく、あまり人は寄ってこないことが見て取れる。

また、この展示には作家自身も来るとの噂を思い出す。その作家がこの現状を見ているとしたら、一体どんな心情だろう。


「ずっと、この展示を見てるのニャ。この作品の作者さんかにゃ?」


展示の終了時刻間際、声をかける。状況に落胆しているかと思ったその顔は、キッと強く前を向いていた。声をかけられて最初はびくっとしていたが、堂々と作者だと名乗った。

小さくて小柄だが身なりはぴしっと決めていたその鼠の男性は、自分の作品について説明してくれる。

小さな眼鏡が知的に感じられる。そして、自分の作品に自信を持っていることも感じられる。

その証拠に、『自分の作品のポップに人が来ないのは世間が悪い、この感性を理解できていないのだ』、という力説を聞く。きっとそれは世間一般とは違う意見なのだろう。


でも、間違っていない部分もある。世の中に何が正しいとか間違っているなんて、存在などしないけれど、きっと間違っていないはず。なぜなら。


「私はこの作品読んだニャ。私は好きだったニャ。きっと本当に世間がついてこれてないだけなのニャ。」

「古きを知り、新しきを知る。どちらだけだときっと詰まらないのニャ。」

「この展示に紹介されたって時点で、その作品の魅力に気づいてくれた人がいるってことニャ。私は応援するニャ。」


そんなことを言われるとは思ってはいなかったのだろう。目をぱちくりさせた後、小さな声で感謝の意をぼそっと伝える。

手をパタパタ振りながら私は展示ルームから立ち去る。


諦めたら、運は飛び込んでくれない。プライドがどれだけ高かろうと、折れてしまったら立ち直る力がないと機会を掴めない。

でも、見てくれる人がいる限り、読んでくれる人がいる限り、機会はまた訪れる。


遠くから、アナウンサーの声が聞こえる。投票の結果を告げているようだ。どうやら、ベスト5にこの鼠の作品は入っていないようだ。


「これにて、ミステリー展のレポートを終わります!ありがとうございました!」


「アナウンサー、ありがとうございました。ところで、あなたのおススメは何かありますか?最後に教えてください。」


そんなやり取りが聞こえた後、トカゲのアナウンサーはこう答える。


「私はですね。実はレポートをするにあたって、この全100作品を読んできました。あまり有名じゃないですが、あの作品が好きでしたね。」


こちらの展示を指さしながら彼女は淡々と話し続ける。


「超常現象が頻繁に登場するという他の作品と一味違う新しさを感じました。一方で詩的な文章表現は昔からの洗礼されたものを継承されていました。

今は埋もれていても、今後流行りが来るかもしれません。期待ですね。」


鼠の作家はどういう顔で聞いていただろう。

流行りが来るかどうかは分からない。今後売れるかも分からない。

でも、旅先でまた、あの鼠の名前が記載された本を見つけたときは、買ってみようかにゃ。






夕飯は何を食べようか。迷っているとふと思い出す。

通話コミュニティでの四の国のおすすめについてだ。数日振りにスマホを取り出す。


紹介されていたのは、レストラン。どうやら夜もやっているらしいが昼とメニューは違うらしい。

私が食べたそうなメニューはどうやら昼にやっているらしい。明日の昼にでも食べに行こう。

でも、レストランなら、複数人で行って楽しく食べたいのにゃ。


『明日、〇〇〇〇〇さんが紹介していた四の国のレストランに行くつもりですにゃ。誰か一緒に行く方いませんかにゃ?』


チャットを全体向けに飛ばす。しばらくすると2人くらいから反応がある。どうやらもともと四の国にいる鼠の方と、

仕事でたまたま来ているトカゲの方のようだ。。。。おや?


『せっかくなので、今から3人で夕食もどうですかにゃ?鼠さんのおススメの店も食べに行きたいにゃ』


何となく予感があって、誘ってみる。

これだから旅はたまらない。旅の出会いはたまらない。










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