みさぴとおにぎンマ
私はバリバリバリバリのキャリアウーマン、筋肉本 美沙皮。先週入った会社で今は副社長やってるの。
それにしてもすごいわね、通勤ラッシュっていうのは。人間の洪水が起きてるわ。ぎゅうぎゅう詰め過ぎて死んじゃう。
今私の周りにヘドロみたいな体臭の泥団子みたいな顔のおじさんと、おじさんみたいな体臭のおじさんと、完熟リンゴみたいな乳輪のおばあさんがいるんだけど、この3体を生贄にブルーアイズホワイトおじさん(青眼の白人)を召喚するぜ!
「お呼びで?」
召喚成功。
あら、日本語分かるのね。
「アレを買ってきてちょうだい」
「はっ!」
おにぎりマン(命名した)、良い返事じゃないの。
もう見えなくなっちゃった。足が速いわねぇ。あ、もう帰ってきた。さすがに速すぎるわよ。
「おまた〜」
「けっ、モタモタしやがって」
私はおにぎりマから朝ごはんのガムを受け取った。
「くっちゃくっちゃくっちゃくっちゃ」
犬味のガムはうめぇなぁ〜。はやく家帰って本読も。
「帰るわよ!」
「はっ!」
おにぎンマは返事だけは良いのよねぇ。ほら、今だって返事したくせに何も動こうとしないし。帰るっつってんのに。
「置いてくわよ」
私は動き始めた電車の窓をぶち破り、駅のホームに戻った。
「えっ⋯⋯!」
おにマン、なんて顔してんのよ。
「なに驚いてるのよ。副社長なんだからこれくらい出来るわよ。なんでも出来るのよ、副社長は。社長はもっとなんでも出来るらしいわよ。空き巣とか、殺人とか、立ちションとか」
「あの、お客様」
駅員に呼び止められたけど私は帰らなきゃならないの! なぜなら本を読みたいから!
ビーーーーーーーーー
あれ、改札から出られない。manacaって茹でて使うものじゃないの?
「お客様、僕のお父さんとお父さんと妹の仇! キェアアアアアアアアアアア!!!」
「唐突ねあんた。こっちで別のトラブル起きてるから構ってる暇ないんだけど」
「電車内でいきなり生贄にされた3人の気持ちがお前に分かるかぁああああ!!」
ああ、あの3人の関係者なのね。
「仕方がなかったのよ。尊い犠牲だわ。3人とも、誇れる最期だったと思うわよ」
「黙れ! お前は悪だ! 死ねぇー!」
なんて野蛮なのかしら。私は副社長なのよ?
「あなた、副社長に向かってそんな口聞いていいのかしら?」
「ちんちんのおさしみ」
「は?」
「ちんちんのおさしみ」
なにこいつ。おかしくなっちゃったのかしら?
「キェーーーーーッ! ⋯⋯まひゅっ」
駅員はそう言って小さな四角い飴になった。
「召し上がりますか? 美沙皮様」
おにぎりマンまだいたのね。
「今ガム噛んでるんだけど」
「そうでしたね、失礼いたしました! 私、この場で自ら腹を切ります!」
そう言っておにぎりマンは改札をぶち破って駅前のラーメン屋に入っていった。
改札が開いたわね。やっと出られる。
でも。
気になる。
この駅員だった飴、なに味なのかしら⋯⋯
気になる!
私は噛んでいたガムを近くにいた少年の口の中に押し込み、駅員飴を拾って口に入れた。
「落ちてた飴食べんの!? きっしょ!」
少年が犬味のガムを噛みながら私を指さして大声で言った。
「ンホォ! ンホンホンホォ!」
めちゃくちゃゴボウの味がする! ていうか私のセリフ「ン」と「ホ」だけになってるじゃない! どういうことなのよこれ! 誰か説明してちょうだい!
「きっしょ」
少年はそう言ってホームの方に歩いていった。死ね。
あ、駅前のラーメン屋でおにぎりマンが手招きしてる。行った方がいいのかな。行くか。
「爪が爪が爪が爪が痛たたたたたた」
そう言いながらおにぎりマンは私が店内に入ったあとも入口で手招きを続けていた。
「いらっしゃい! なに握りやしょう?」
大将の元気な声が隣の県まで響く。
「お前のオススメで」
あ、ンホ以外喋れるようになってた。良かったぁ。
「あいよ!」
しばらくして、ハンバーガーが出てきた。
「へいお待ち!」
入口ではまだおにぎりマンが手招きをしている。
「さて、いただきま⋯⋯えっ!?」
ハンバーガーに伸ばした手が弾かれた。
どういうこと? 今日そういう日?
「あちゃー」
大将が困ったような顔でこちらに歩いてきた。
「鍵しまってるね」
なんで私のハンバーガーだけ⋯⋯!
「不公平なんで他の人のもしめてくださいよ!」
「お嬢ちゃん、周り見てみな」
店内には誰もいなかった。なんだこの店。繁盛してないのか? 不味いのか?
あ、くしゃみ出そう⋯⋯
は⋯⋯
は⋯⋯⋯⋯
「ぶぇっくしょいオラァ!!!!!!!」
時計を見ると、丸一日進んでいました。私のくしゃみで地球が一周したみたいです。ていうかなんで私敬語なの? こわっ。祟りかしら。
「うん、うん、じゃあよろしくー。はーい、はーい、はい、はーい」
大将がガラケーで電話している。
「すぐみんな来るから」
みんなって誰?
「ちぃーす」
金髪にサングラスの男がおにぎりマンの横をゆっくり通り抜けて入ってきた。
「オレは昨日、ハエを食べました」
謎の告白をする金髪サング男。
「うふふ、来たわよ大将」
セクシーな格好をした汚いババアがおにぎりマンの横をカニ歩きで通り抜けて入ってきた。あいついつまで入口に立ってんのよ。邪魔すぎるわよ。
「私はメープルを素手で触りました」
この人も謎の告白!? メープルってメープルシロップ? だとしたらキモイわね⋯⋯ベトベトじゃないの。
それからも、おにぎりマンの横の狭いところを通って次々と客が来た。
「イエローを傍観しました」
意味不。
「歯茎も引っこ抜きました」
え? 「も」ってなに? 歯も抜いたの?
これなに? 罪の告白的なやつ? みんな懺悔してるの?
「遠足でキリンに小判を盗まれました」
被害者もいるのね。じゃあなんなのこの人達。
「整列!!!」
大将の隣の国まで響く大声を聞いて、さっきから謎の告白をしていた人達が並び始めた。
「始め!」
大将の掛け声とともに殴り合いが始まった。
男が女を殴り、女も男を殴り、ある者は刃物を持ち、ある者はポケットからメープルシロップを取り出して素手で触り、ある者は3人で手を繋いでトライアングルになったりしていた。
そんな楽しい時間もそろそろ終わり。
おにぎりマンのアラームが鳴ると、店内から少しずつ人が消え始めた。
私もそろそろ帰んないと。明日も仕事だし、頑張るっちゃ!
このあとおにぎりマンと8次会まで行って次の日の仕事に遅刻しました。でも副社長なので怒られませんでした。私は何をしても大丈夫なのです。ていうかなんで私敬語なの? こわっ。祟りかしら。