TeLLer
とある男が言った。時間とは流動的で、切り取ることのできないものである。過去は変えられず、その後に起こることは決まっているものだと。
これは数年前、私が体験した出来事だ。
探偵をやっている私の元には様々な依頼が舞い込んでくる。浮気調査だったり、ペットの捜索だったりと平凡な依頼から、殺人事件解明の手伝いまで。ある日、そんな私の元に一通の手紙が届いた。それは少し年期の入ったような、薄汚れた封筒に入ったものだった。贈り名などの相手のことは何も書かれてなく、今日の日付や時間と宛名だけが書かれていた。不審に思いながらも封を切り、手紙を読んだ。
『もうじき事件の手伝いを頼まれることだろう。そんなお前にヒントを一つやろう。被害者のズボンの右ポケットを漁ってみろ。これがその事件の犯人への手がかりだ。いや、一連の事件と言った方がいいのかな。とにかくこのことを覚えておくといい。またその時が来たら手紙を送らせてもらうよ』
それはこれから起きることがすべて分かっているかのような書き方だった。筆跡もどこか不自然で見覚えのあるようにも感じた。だが、私も伊達に探偵をやっているわけではない。このような類のものは、大抵犯人が書いて犯行に移している場合がほとんどだ。この手紙に書かれていることが本当なら近々アイツから事件の手伝いを頼まれることだろう。半信半疑ながらも連絡が来るのを待っていると、電話が鳴った。
「よぉ、生きてるか?また頼みたい事件ができた。現場まで来てくれるか?」
手紙が届いてから数分の出来事だった。あまりにも手紙に書かれていることが実際に起こるのが早すぎだと当然ながら感じた。タイミング的に事件が発覚してから手紙を届けているようだ。なぜこのタイミングで、誰が何のために、と疑問を増やしつつも現場に向かった。
現場に着くと電話をよこしてきたアイツがいた。名前なんかはどうでもいい。低身長の刑事だから私は「チビデカ」と呼んでいる。
「また私の力がなきゃ解決できないのかチビデカ?」
「うるさいな、またアイツの犯行だからお前を呼んだまでだよ」
チビデカが言うアイツの犯行とは、三年に渡って連続殺人を行っている通り魔のことだ。一年前に私の妻も被害に合っており、それからはこの事件絡みになると私を呼んでいたのだ。殺害方法は一貫して、後ろから喉をナイフで掻っ切るようにして殺している。被害者や犯行日時、場所にはこれと言った共通点が無く、最初の犯行から三年がたった今でも情報を集めきれていない現状だった。
「こいつの犯行現場来るだけ無駄なんだよ。何も分かんねぇし」
「本職の人間が探偵に仕事投げるなよ」
「いいだろ別に。どうせお前暇なんだし。俺はもう五分くらい現場見たし別の仕事するわ」
「そんなのが刑事だからこの事件解決できねぇんだろうな」
相変わらずの態度に呆れつつも、手紙のことを思い出した。
「死体、調べても?」
「お?警察ごっこか?俺もやりたい」
「お前はごっこじゃないだろ」
手紙に書かれていた通りズボンの右ポケットを漁ると、大きめのキーホルダーが付いた鍵が出てきた。
「鍵?なんでこんなものが手がかりに?」
「お、自転車の鍵か。それがどうかしたのか?」
「これ自転車の鍵なのか。サイズ的にてっきり家の鍵かと」
「ほら、向こうに駐輪場あるだろ。あそこに止めてる自転車取りに行くときに、後ろからやられたんだろうな」
「たしかに、体の向きからしてもそう見えるな」
「さて、名推理をかましたところで帰りますか!!」
「はっきり帰るって言っちゃってるじゃん」
「早く帰ってすぐ寝るから。めちゃくちゃ寝て身長伸ばすから」
「多分もう伸びねぇよ」
結局その日はこれといった収穫もなく解散することになった。手紙に書かれていた手がかりも、はっきりとした犯人解明には繋がらずこの事件でも未解決のままになっていた。
この事件から一か月後、またあの不審な手紙が届いた。封筒は変わらず年期が入っており、封を開けると今度は小指の爪ほどの小さい葉っぱが手紙とともに入っていた。
『前の事件で鍵をちゃんと見つけただろうな。今は犯人は分かっていないだろうが、ちゃんと考えればすぐに分かるだろう。
さて、次の事件だがもうじき雨が降る。降り出した時間をちゃんと覚えておけ。あと、電話がかかってきた時間もな。とにかく今回の事件は時間をよく見ておくといい。次で恐らく気づくことになるだろう。それではまた、次の手紙で』
今回の手紙では、犯行だけではなく天候まで指定してきた。たとえ気象予報士の犯人が書いているとしても「降る」と断言するのは難しいはずだ。すると私が手紙を読み終わるのを待っていたかのように雨が降り出した。前の手紙と同じくタイミングが絶妙すぎることに驚きながら、私はすかさず時間を確認した。
「17時14分・・・」
果たして本当に手紙に書かれていることを頼りにしていいのかと思ってはいたが、妻が殺されてから一年経った今でも解決できていないせいで少しの可能性を信じたくなっていた。
雨が降り始めてから数分後のこと、電話が鳴った。
「生きてるか?今回もあの事件だ。来てくれ」
時間を確認すると17時17分、雨が降り始めてから3分後のことだった。
現場に着き死体を調べていると、カッパを着たチビデカが向こうからやってきた。
「熱心だねぇ。なんか分かったか?」
「他人事みたいに言うなよ。お前の仕事だろ」
「そういうなって、実は俺も今来たとこなんだ」
「電話した時現場にいたんじゃなかったのかよ」
「ちょっと署で仕事しててな、部下から電話で聞いたんだ。ちなみに殺されたのはついさっき、15分ほど前らしい」
「じゃあ殺されてすぐに見つかった可能性が高いのか」
「かもな」
この時、時計を見ると17時31分だった。ただ、時間を気にしろと言われても今のところ解決に繋がりそうなことがないあたり、手紙のことを信じても意味がないようにも思えてきた。
「そういえば、電話するときいつも生きてるか?っていうの何なんだよ。電話出てるんだから生きてるに決まってるだろ」
「そうとも限らないだろ、他の誰かが電話に出ることだって」
「事務所に俺以外いねぇよ」
「じゃあ生きてるか~」
「意思よわ」
「でも何十年後に、生きてるか分からないくらいのジジイになった時は聞く価値があるんじゃねぇの」
「そうだとしても今はピンピンしてるだろ」
「それもそうか」
そんな他愛もない話を続けても何も進展がないのは分かっていたが、正直お互いに諦めが見えていた。何も情報を集められない状態で、ただ被害者が増えていく一方のこの状況を変えるのは二人にはできないと感じ始めていた。
「もう何もわかんねぇし署に戻るわ」
そう言って濡れた髪を守るようにカッパに付いたフードを深く被りながら車へと向かっていった。
「今回も何も分からなかったな・・・」
進展がないことへの消失感から、手紙の事はもう頭から離れていた。
事務所に戻ると、降りやまない雨の音を聞きながら亡き妻の写真を眺めていた。するとまたあの手紙が送られてきた。
「もういいよ、この手紙・・・」
そう言いながらも興味本位で手紙を読んだ。
『本当に何もわからないのか?よく考えてみろ。答えを言ってるようなものだぞ。アイツは』
それはまるで私の心境や立場が分かっているかのような物言いだった。見覚えのある筆跡は不思議と探偵としての思考力を湧き立てるようで、この事件についての手がかりを掴めたような気もした。
「そうか、よく考えれば分かるじゃないか。それ以外に何があるんだよ」
そして私はチビデカに電話をして呼び出した。
「お前から電話してくるなんて珍しいな。どうかしたのか?」
「ああ、ちょっと気になってな。この手紙知らないか」
そう言って今まで送られてきた手紙をチビデカに見せた。
「いや、知らないな。もしかしてこれに書いてたからあの時被害者のポケット漁ってたのか?」
「まぁ、そんなとこだ」
「純粋だなお前」
どこか遠い目をしていたチビデカに意を決して聞いた。
「なぁ、本当の事を言ってくれ。俺の妻を殺した連続殺人の犯人、お前だろ」
すると一瞬瞳孔が開いたチビデカは少し微笑みながら答えた。
「なんで俺だと思うんだ?何の情報も得られてないだろ」
「まぁ、お前がいなけりゃ情報はゼロだったな」
「というと?」
「まず一通目の手紙の事件で、お前は被害者のポケットに入っていた鍵を自転車の鍵と躊躇いなく答えた。でもあれは自転車の鍵にしては少し大きいサイズだ。それを自転車の鍵と即答できたのは確信があったからだろう」
「そんなの近くの駐輪場で調べればすぐに分かるじゃないか」
「いやその時お前にそんな時間はなかったはずだ。現場に来て5分で帰るような刑事だからな。被害者が自転車を降りたときにその鍵を見たんだろう。特徴的な鍵だ、嫌でも目に入る」
「そして駐輪場から出たところを後ろから殺したって言いたいわけか?」
「いや、殺したのは駐輪場に向かう時だろ。証拠が残らないように用意周到なお前は、人目につかないタイミング、ターゲットの行動パターンをある程度調べて犯行に移っている。この事件もいつターゲットが駐輪場に戻ってくるか調べてるんだろ」
「そうか、まぁいい。それで?確信を得たのはそれだけか?」
そう言って、チビデカは動揺を見せず聞いてきた。
「二通目の手紙の事件、つまり今日のことだ。あの時お前はいつものようにターゲットが一人になるタイミングを見計らって犯行に及んだ。だが、いくら用意周到なお前でもこの夕立には敵わなかったみたいだな。現場についたお前はカッパを被っていたにもかかわらず、頭だけ濡れていた。服も濡れていたなら雨に濡れてからカッパを着たのだろうと思えるが、頭だけは不自然だ」
「そんなことないだろ、着替えたってこともあるだろう」
「署で仕事してたやつが、わざわざ全身雨に濡れて着替えるなんてことはしないだろ。つまり、犯行に及んだその時に雨が降り始め全身ずぶ濡れになった。あわてて着替えて髪を乾かすために家に帰っていると、運悪く通行人に被害者が発見されてしまう。そこで部下からお前にも連絡が届き、着替えるため署に向かわざるを得なくなった。もちろん髪を乾かしている暇もないせいで、髪だけ濡れたままカッパ着る羽目になったんだろう」
「なるほどな、まぁいい。そうゆう言うことだ」
その時のチビデカは、殺人犯らしい読み切れない表情だった。
「それで、俺をどうするんだ?警察に突き出すか?」
「・・・いや、何もしない」
この時なぜ何もしない選択をとったのかは今でも分からない。警察に突き出しても妻は戻ってこないし、自分にとってプラスなことがない。そう思ったからなのかもしれない。
「ただ、一つ聞かせてくれ。なんで事件が発覚する度に俺を呼んだんだ」
すると、チビデカは不気味な笑みを浮かべながらこう言った。
「俺の完全犯罪を見てほしかったんだよ。犯行を重ねても証拠が掴めない。そんな俺の有能さを見てほしかったんだ」
それを聞くと、怒りを通り越して呆れが溢れてきた。こんな身近に犯人がいたのに気付かなかった無力さ、初めから警察ごっこをしていたチビデカに遊ばれていたこと。何もかもが馬鹿らしく思えてきた。
「とにかくもう、俺の前に二度と表れないでくれ・・・」
そう言って重い足を引きずりながら事務所に戻った。椅子に座ると疲れからかいつの間にか眠りについていた。
目を覚ますと、気分に反して外では雀が泣いている。ふとドアの下に目をやると、隙間から見覚えのある封筒が見えていた。
「そういえば結局この手紙のおかげで解決できたんだな」
結果的にこの手紙に手助けされたことに感心しながら手紙を読んだ。
『おはよう、無事に犯人を見つけられたことだろう。チビデカのことを警察に言わなかったのは良かったのだが、ニュースを見てみてくれ。残念だ。
さて、そろそろこの手紙についても知りたいことだろう。この地図を頼りに、示してある場所に来てみてくれ。そこでこれまでの手紙についてもわかるだろう。
それではこれを最後の手紙とするよ。いや、正確には君に宛てた手紙は、だな』
封筒には手紙と手書きで書かれた地図が入っていた。そして手紙に書かれていた通り、テレビでニュースを見ていると刑事が突然自殺したという報道がされた。恐らく初めからその気だったのだろう。三年にも渡って通り魔をしてきた自分を止める人が現れてほしい、そう思って事件の度に私を呼んでいたのかもしれない。
そして私は早速、地図が書かれた紙を持って示されている場所に向かった。その道のりは人通りの全くないような薄暗い路地が多く、歩く度に草木が増していた。そしてついに示された場所に着いた。そこは木に守られているような場所で緑の広がる六畳ほどの空間だった。その中心には草で包まれた赤いポストが立っており、近くにはペンと数枚の紙、見覚えのある封筒が置いてあった。ポストに近づくと「過去便」と「未来便」と書いてある二つの投函口が付いていた。信じがたいが、過去と未来に手紙が送れるということらしい。
「今までの手紙ってもしかして自分が書いたものか・・・?」
ただ、そう仮定するとすべてのつじつまが合っていた。あえて崩して書いた文字の中に見覚えのある筆跡、それから起きることが分かっていたかのような言いぐさ。今までの手紙は、今の私になら書けないことではない。やはり手紙は自分が書いたものだと、そう確信した。私はペンを手に取り、今までの手紙と同じ内容を少し崩した文字で書いていった。四通の手紙を封筒に入れ、日時と宛名を書き過去便に投函した。そして未来便には四十年後のチビデカ宛に手紙を送った。
「あの世で元気に生きてるか」
自身が過去の自分に影響を与えている。こうゆう話を「ブートストラップパラドックス」と言うらしいですね。
ドクターフー見てください。