最終章3 ヘイスト・トゥ・デス(5)
俺が目を覚ますと、周りは暗い路地裏に変わっていた。
立ち込める魔術排気スモッグ、汚水の臭い、ネズミの鳴き声。黒いタール状の汚れがへばりついた壁は高く、息が詰まるほど狭苦しい。
親父に拾われる前、根城にしていた東区の路地裏の似姿。何人も引きずり込んで殺してきた〈必殺〉の殺し間で、俺はひとり壁に背を預けて座り込んでいた。
「……俺ひとり? 何が起きた?」
ざらざらと掠れた声を出しながら、俺は周囲を見渡した。
〈必殺〉は本質的に人を殺すスキルだ。相手がいなければ発動しない。俺ひとりだけが路地裏にいるというのは、本来ありえないことだ。
(それに、これだ)
俺は666マグナムにブチ抜かれた胸元を見下ろした。
胸に開いた大穴はドス黒いタールで塞がれていた。ガチガチに固まったそれらは半ば肉と融合していて、そう簡単には剥がれそうにない。
砕かれた全身の骨も、鈍い痛みこそ残っているが、ある程度元通りに治っていた。タールが傷口から体内に入り込み、接着剤のように骨を繋いでいる。
当然、〈必殺〉に傷を治す効果なぞない。
好都合を通り越して不気味な話だ。長年使い倒してきたスキルが一度にこれだけ予想外の挙動を起こすなど。死にかけたせいで誤作動でも起こしたか?
「逃げ込んだというか、制御が切れて自分だけを引きずり込んだって感じだな。……チャールズのクソ野郎が……」
俺は壁に手をつき、難儀しながら立ち上がった。古代コンクリートの壁は得体のしれない汚れでべたついていて、この世のものとは思えないほど冷たい。
普段なら、この路地裏をまっすぐ進めば曲がり角に出る。そこを曲がれば現世に復帰できるはずだ。
装備とコンディションを確認。拳銃は失ったが、『ヒュドラの牙』とダガー、手榴弾と魔導プラスチック爆薬はまだ残っている。
俺は『ヒュドラの牙』の再装填を済ませ、出口を目指して歩き始めた。
◆
「――参ったな。出られねえじゃねぇか」
数分が経った。
普段ならとっくに路地裏を出ているはずだが、前方には暗闇が広がるばかりで、一向に出口となる曲がり角は現れない。
魔力が尽きたらそのうちスキルが解けるかとも思ったが、どういうわけか眩暈や虚脱感といった魔力切れの兆候もない。まるでスキルが俺から離れ、好き放題にひとり歩きを始めたかのようだった。
このまま出られなかったとして、どうなるのだろう。
殺してきた奴らのように黒く溶け、この汚れた路地裏の一部になるのか。あるいはそれすら許されず、永遠に彷徨い続けるのか。そう考えると、胸の傷を塞ぐタールすらも呪いか何かのように思えてくる。
(いよいよ動けなくなったら、自分の頭をブチ抜くしかないか。それでも死ねなかったら悲惨だが)
そう考えながら、俺は歩き続ける。
ひどく寒い。腹も減ったし、喉も渇いた。
路地裏の暗闇はどこまでも冷たく、無慈悲な死の気配を孕んでいる。それが獲物の死を待つ毒蛇じみて俺にまとわりついてくる。食い物か、せめて水でもあればよかったが、あいにくメディ・キットのポーションすらネタ切れだ。
路地裏で寝泊まりしていたガキの頃は、こういうときどうしていただろう。あまり覚えていない。思い出すのが嫌で忘れてしまったのかもしれない。
俺はかつて親父に拾われ、路地裏孤児からギャングになった。
そして家族を知り、同時に飢えと孤独の苦しみも知った。しかし家族をこの手で切り捨てても、また昔のように鈍感になれるわけではないらしい。
(……まずいな。俺としたことが、らしくもなく弱気になってる)
俺は意図的に思考を打ち切った。
ここを出る。そしてチャールズを殺す。目的は何も変わっていない。
そして確かな事実として、このまま立ち止まっていても何ひとつ解決しないのだ。クヨクヨと考え込むのは、本当に打つ手がなくなってからでも遅くない。
悩む暇があるなら進め。
俺は銃の肩掛け紐の位置を直し、自分に強いて歩調を速めた。
――その瞬間、背後に人の気配。
「ッ!?」
俺は反射的に姿勢を下げ、横っ飛びに床を転がった。
BLAMN! 背後でマズルフラッシュ。一瞬前まで俺の頭があった場所を散弾が通り抜け、ぞっとするような風切り音を鳴らした。
誰だ。どうやって現れた。なぜ銃を持ち込めている。
疑問が脳裏をよぎった瞬間には、既に俺の身体は反撃に移っていた。
BLAMN! BLAMNBLAMN! 振り向きながら『ヒュドラの牙』を発砲し、立ち上がってさらに2発撃つ。
敵は素早くジグザグにステップし、散弾を易々と回避した。
魔法もスキルも封じるこの路地裏にあって、強化魔法を使わなければ不可能な動き。そして銃。これまでは一度たりともなかったことだ。
「誰だお前。路地裏で俺に不意打ちとはいい度胸……」
俺は『ヒュドラの牙』を構えたまま、照準器越しに敵の姿を捉えた。
そして、絶句した。
そこに佇んでいたのは、ドス黒いタールにまみれた人影だった。
俺より大柄。俺が着ているのと同じ無骨なコートをギャングスーツの上から羽織っているようだが、その輪郭は不定形に揺らいでいて判然としない。コートの裾からはボタボタと黒い雫が垂れていた。
手にはブルパップ式の散弾銃。ひと目で解る8ゲージ用の銃身に、蛇頭じみたスパイク付きのダックビル・ハイダー。銃床には多頭蛇の代紋が彫り込まれている。
……『ヒュドラの牙』。この世にふたつとないオーダーメイド・ショットガン。
俺の手にあるものと違うのは、南区で着けたスリングとフォアグリップ、スピードローダー用のアダプタがついていないことだ。
「……こいつはジョークか? それとも罰か?」
俺は思わず呟いていた。
――ヒュドラ・クラン組長、ブルータル・ヒュドラ。
半月前にここで死に、溶けて消えたはずの親父が、そこにいた。
コートを着ているということは、半月前に俺に殺されたときの姿ではない。
見たところ6、7年前あたり。自らカチコミの最前線で『ヒュドラの牙』を振り回していた、ギャングとしての全盛期の姿だ。
『俺の名は、ブルータル・ヒュドラ』
親父が名乗りを上げた。深い霧の中で発したような、朧げに響く声だった。
その顔は影になっていて、一切の表情が読み取れない。まるで幽霊そのものだ。
「どうも、バックスタブです。……俺を恨んで化けて出たんすか、親父」
俺はあえてヘラヘラと振舞ってみせ、動揺を覆い隠した。
「逆恨みはよしてくださいよ。先に俺を裏切って殺そうとしたのはあんたでしょう。むしろこうしてチャールズにカチコミかけたのを褒めてほしいくらいだ」
『それで返り討ちにあってちゃ世話ねぇな。……じゃ、始めようか』
「何をっすか?」
ガシャン。親父が無言のまま散弾銃をポンプした。
そのまま足元が爆ぜるほど強く踏み込み、一瞬で俺の懐へ。スパイク付きの銃口を突きつけ、有無を言わさぬゼロ距離射撃を狙ってくる。
「なるほど、殺し合いがお望みで。――なら、もう一回死んでもらおうか!」
俺は身を躱しながら銃身を振って敵の銃を捌き、発射方向を逸らした。
BLAMN! 至近距離で再びマズルフラッシュが弾け、閃光が目を灼く。
親父はそれに乗じてコートの下から片刃の短刀を抜き、首を狙って斬りかかってきた。俺は『ヒュドラの牙』のミスリル・フレームで敵の斬撃を受け止め、すかさず前蹴りで突き飛ばした。
(記憶よりぬるい。こんなもんだったか)
真っ先に俺の脳裏をよぎった思考はそれだった。
考えてみれば、俺が親父の手下になったのは7歳のガキの頃の話だ。
かつてのブルータル・ヒュドラは叩き上げのギャングらしく喧嘩慣れしていたが、使える魔法は軽い強化魔法がせいぜいだった。17歳になった今の俺なら、正面からでも勝てるはずだ。
俺は静かに深く呼吸し、強化魔法を発動した。
この路地裏で魔法を使うのは初めてのことだ。可視化された魔力であるタール状の流体は、何故だか体内ではなく足元の地面から湧き出した。それが俺の全身にまといつき、力をもたらす。
(……何だ、今の。床から出たぞ)
ヒュドラ・ピラーから魔力を引きずり出すチャールズの姿が脳裏をよぎる。
俺は一瞬首を捻ったが、とりあえず無視した。実害はない。
それよりも、今やるべきことは明白だ。
敵を倒すまで出られない路地裏に、お誂え向きに敵が現れた。
こいつが本物の親父ならあの世に叩き返す。親父の姿をした偽物ならズタズタに引き裂いて殺す。そして脱出の糸口を掴む。迷うことなど何もない。
「惨たらしく殺す」
『そいつは脅しのつもりか?』
「いいや。これから起きる事実を言っただけだ」
『わはは! ……なら、やってみな!』
親父が深く身を沈め、そこから獣じみて飛び掛かってくる。
逆手で突き下ろされる短刀をバックステップ回避。敵は切っ先を地面に突き立て、それを軸に荒々しく水面蹴りを放つ。左に跳んで回避。敵は流れるように散弾銃を構えて着地先を狙う。
体術を布石に銃弾を叩き込むセットプレーか。想定内だ。俺は着地せず壁を蹴り、親父に向かって斜め前に跳んだ。
発射された散弾がすぐ横を掠めた。そのままガードを構えようとする敵に飛び蹴りを浴びせ、マウント・ポジションから『ヒュドラの牙』を押し付ける。あれほど激しく動いていたにも関わらず、敵の体温は死体のように冷たい。
「死にやがれ!」
BLAMNBLAMNBLAMN! スラムファイア3連射。
8ゲージ散弾が牙を剥き、親父の胴体をグチャグチャに破壊する。飛び散ったのは生暖かい血と肉片ではなく、冷たくてドス黒いタール状の何かだった。
(解っちゃいたが、もうまともな人間じゃないか)
俺は飛び退いて間合いを取り直し、『ヒュドラの牙』を構え直した。
目前で親父が堪えた様子もなく立ち上がり、鏡写しのように構えをとった。
ZZMMMM……地鳴りのような振動音とともに路地裏が揺れる。俺が強化魔法を使った時と同じように、敵の足元からドス黒いタールが湧き出す。
黒い触手めいて鎌首をもたげたそれらは、蜂の巣になった親父の胴にへばりつき、そのまま傷を塗りこめるように補修してしまった。
『やるじゃねぇか、息子よ』
親父が銃をポンプしながら呟いた。
その声はらしくもなく感慨深げだった。敵ではなく、息子に向ける態度だ。
『つくづく、お前は大した奴だ。あのとき拾った得体の知れねえガキが、よくもここまで強くなったもんだ。俺なんかには勿体ねぇくらいだぜ』
「……親父――」
俺は心の底から湧き上がる感情に駆られ、銃の照準を親父の胴体から外した。
「――今さら父親面してんじゃねぇぞ、ド腐れがッ!」
そして顔面に照準を合わせ直し、一切の躊躇なく引き金を引いた。
BLAMN! 親父の頭が爆ぜ、すぐさま再生を始める。
その隙に突進して銃口で鳩尾を突き、散弾を撃ち込み、ダガーで肉を突き刺す。
この瞬間、俺の頭の中からはチャールズも、外で戦うフォーキャストたちも消し飛んでいた。ただ親父に対する怒りだけがあった。
チャールズに利用されて死んだことは憐れみもしよう。また、あえて口には出さなかったが、戦う動機の中に仇討ちや、この手で親を殺した罪滅ぼしの気持ちがあったことも否定はすまい。
だがそれも、親父が墓の下で静かにしていればこその話だ。
死人を責めても不毛なだけだから、水に流したことにして折り合いをつけていたが――二度も俺に銃を向けておきながら、ゴチャゴチャと馴れ馴れしい口を! 親すら満足にやれないのなら、何故そのままあの世でじっとしていてくれなかった!
「あんたはたかが7つだった俺にビビって、殺さずに口先で味方に付けようとした! それからも親だの息子だの言いながら都合よく鉄砲玉としてこき使った! ……俺が何も解ってないとでも思ったか!」
俺は親父の頭を掴み、力いっぱい捻って頸椎をねじ折った。
親父が左手の短刀を繰り出す。その腕をダガーで絡め取り、刃を引いて手首をカットする。握力をなくした手から短刀が落ちる。
「だとしても、俺はそれで良かった。あんたとヒュドラ・クランが俺の全てだった。息子を鉄砲玉にするロクデナシでも、俺はあんたに誇りに思って欲しかった……その俺に、あんた何をした!」
BLAMN! 俺は親父の肩に『ヒュドラの牙』の銃口を押し当て、セレクターを切り替え、ゼロ距離からスラッグ弾を撃ち込んだ。大口径弾が腕をもぎ取り、スリングのついていない散弾銃ごと足元に落ちた。
俺はそれを蹴り飛ばして遠くにやると、逆手に持ったダガーで敵の腹を裂き、手を突っ込んで内臓を引きずり出した。ぬるつく臓物はインクに漬けたように黒く、体の外に出た瞬間にどろりと溶けて滴った。
「俺を騙して殺そうとしたんだぞ! なのに何を抜け抜けと顔を出してやがるんだ! ズタズタの細切れ肉にして、二度と出てこれねぇように墓の下に埋めてやる!」
両手を破壊された親父が前蹴りを繰り出そうとする。
俺は倒れ込んでそれを躱し、敵の軸足の甲にダガーを突き立てた。そこを視点にブレイクダンスめいて身体を回し、傷を抉りながら相手を引き倒す。
「死ねーーーッ!!」
俺は親父に飛び乗ってダガーを振り上げ、思いつく限りの急所を滅多刺しにして、とどめに心臓に刃を突き立てた。
20センチほどもある刃が鍔際まで肉に刺さり込み、切っ先が吸血鬼殺しの杭めいて心臓を貫く。親父の身体が雷に打たれたように痙攣した。
ZZZMMMMM! 路地裏が強く揺れる。親父の身体から返り血じみてタールが噴き出し、ダガーの刃を伝って俺の身体に流れ込んでくる。命を拒絶するような冷たさが全身を苛む。構うものか。
『ジョン』
「俺はバックスタブだ! 名無しは卒業したんだよ!」
俺はありったけの殺意を込め、両手でダガーをねじり込んだ。
SPLAAAASH! SPLAAAASH! SPLAAAAAAASH! 路地裏の揺れはもはや立っていられないほどになっていた。左右にそびえる壁にビシビシとヒビが入り、そこからもタールが次々と噴き出してくる。
「お前なんか、もう必要ない! ――消えろッ!」
DDDOOOOOOOOM!
ひときわ強い揺れとともに、路地裏の壁が一斉に決壊した。その向こうから怒涛のごとくタールが溢れ出し、古代コンクリートの路面に流れ込んでくる。
俺は反射的に敵の再生を警戒した。
だが、親父は胸からダガーを生やして動こうともしない。解体途中の肉のような有様で、タールの中に沈んでいく。
『……あのときお前を誘ったのは、ただの苦し紛れ』
親父がぽつりと言葉を発した。
俺はダガーを引き抜いて立ち上がり、刀身に付着したタールを肘の内側で拭った。そして親父の顔を見下ろした。その表情はやはり影に隠れて見えなかった。
『俺以外みんな殺されて、俺も殺られると思ったから、勢い任せで言ったんだ。本当に乗ってくるなんて思いもしなかった』
「んなこったろうと思ってたよ。それで?」
『お前は心から俺を慕った。その気になれば俺なんか5秒でブッ殺せるのに。俺はいつお前に騙し討ちされるか気が気じゃなかった。怖かったんだよ』
親父は独白か懺悔のように続けた。
その身体が末端からドス黒く溶け、周囲のタールの海と同化していく。
「そうかい、ご愁傷様。……この10年、悪いことばかりだったか」
俺は尋ねた。親父は数秒ぼうっと虚空を見つめた後、答えた。
『――いや。そういうわけでも、なかったな……』
その言葉を最後に、親父は完全に溶け崩れ、タールの海の中に消えた。
「……クソ親父が。せいせいしたぜ……」
俺は目を閉じ、深く溜め息をついた。
今さら、どうしようもないことだ。
巨大化しきったヒュドラ・クランは、もはやチャールズなしでは立ち行かない。そのチャールズが下剋上を企んだ以上、親父の破滅は不可避だ。結局、なるべくしてなった結果が今なのだ。
だとしても、もっと早くこれが聞けていれば、どれほどよかったことだろう。
◆
俺はダガーを腰のホルダーに戻し、出口の方へ振り返った。
〈必殺〉の異空間は、もはや路地裏ではなくなっていた。
どこまでも広がる真っ暗な空間に、膝の高さまで溜まったタールの海。現れた敵を倒したからか、数メートル先に出口らしき空間の裂け目――これも、もはや「曲がり角」ではない――が出現している。
昔どこかで聞いた話だが、地中から湧き出すタールの大元は、大昔に土に埋まった生き物の死骸らしい。
今日まで殺してきた奴ら。善人、悪人、あるいはどちらでもない奴らの死の精髄。
路地裏に吸い込まれていったそれらの行き先など、考えたこともなかったが……何のことはない。見えなかっただけで、ずっとここに溜まっていたのだ。
それが今、こうして解き放たれた。
ならばどうするべきか。さっきの戦いを通じて、俺はその答えを得ていた。
「強化魔法」
俺が呟いた瞬間、タールの海面から数百もの蛇めいた流れが噴き上がった。
空中でごく細く集束したそれらは、俺ひとりに向かって豪雨のように降り注ぎ、そのまま全身に浸み込んできた。質量を持つほどの膨大なエネルギーが、ボロボロになった服、そして俺自身の肉体と同化し、傷ついた箇所を補っていく。
「……ここで死んでいった全員が、今は俺の魔力か」
ドス黒い雨を浴びながら、俺は呟いた。
俺の〈必殺〉は、たった今まで不完全だった。
燃費が悪かったのは、俺自身の魔力だけで回していたからだ。
標的を指定して引きずり込んでいたのは、自前の魔力だけではそれ以上のことができなかったからだ。
自前の魔力しか使えなかったのは、半月前までの俺が魔力の扱いに不慣れで、この空間に溜まった魔力を使うことも認識することもできなかったからだ。
この路地裏で強化魔法を使ったときに初めて気付いたが――この空間は敵を引きずり込む殺し間であると同時に、魔力を蓄えるプールなのだ。
獲物を無力化し、殺して黒いタールへと変える〈必殺〉のスキル。その真価は殺した敵を魔力に変換し、さらなる殺戮のリソースとすることにある。
つまり、殺せば殺すほど力が増すというわけだ。まったく俺にはお似合いだ。
「――よし」
全身に漲る暗い活力を感じながら、俺は親父のお古だったコートを翻した。
褪せたダークグリーンだったコートは禍々しい黒に染まり、死者の怨念めいた瘴気を発している。我ながら夜道で遭ったら逃げ出したくなるような風体だ。
「さて、打って出るか。チャールズの野郎、今度こそブッ殺してやる」
空間の出口に足を踏み入れながら、俺はふと親父が現れた意味について考えた。
復讐か、あるいは途方に暮れた俺を導こうとしたのか。そもそも、あれは本当にブルータル・ヒュドラ本人だったのか。
制御を失って暴走した〈必殺〉のスキルが、親父の姿を借りて俺自身に牙を剥いた。そして途中で制御を取り戻し、俺に都合のいい言葉を吐きながら沈静化した。そういう捉え方もできなくはない。
どうであれ、当の親父が消えてしまった以上、もはや客観的な検証は不可能だ。
だから俺は結局、自分の信じたいように信じることにした。
歪な親子ごっこではあったが、俺にもあのロクデナシにも、ひと握りの情くらいはあったのだ。
恨み言の続きは、すべてが終わった後に親父の墓の前でするとしよう。
読んでくれてありがとうございます。
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