最終章3 ヘイスト・トゥ・デス(4)
突っ込んでくるチャールズに向かって、俺は『ヒュドラの牙』を対騎兵槍めいて突き出した。そのまま銃を横に振り、助走をつけて放たれるリボルバー・ストレートを捌こうとする。
チャールズはインパクトの直前にモーションを突きから縦振りに変化させ、肉厚のアダマント銃身で逆に散弾銃を打ち払った。そこから返す刀で俺に銃口を向け、躊躇なく引き金を引く。
BLAMN! 目の前で火球が弾け、666マグナム弾が放たれる。チャールズはその射撃反動を体術に乗せ、さらに処刑剣じみたミドルキックを放つ。
瞬間的に強化魔法を発動。横と後ろの2連続でステップして回避。そこから『ヒュドラの牙』を腰だめに構え、スラッグ弾を撃ち返す。
チャールズはその場で半身になり、肩で銃弾を受けた。銃弾は装甲に食い込みすらせず跳弾した。奴はそのまま背部ブースターに点火し、轢殺重魔導車じみたショルダータックルを繰り出してきた。
「硬すぎる……!」
思わず舌打ちが漏れた。
8ゲージのスラッグ弾を何発撃ち込んでもビクともしない。レッキングボールの超重防弾鎧を思い出すが、チャールズは奴以上に俊敏ときた。
BLAMBLAMBLAM! タックルを側転回避しつつ拳銃を応射。
チャールズは前腕のトンファー型デバイスからマギトロン・ブレードを発振、銃弾を斬り払いながら光波斬撃を放つ。俺はさらに床を転がって光波の下を潜り、チャールズの背後に抜けて間合いを取り直す。
(奴らしいやり口だ。淡々と地力を押し付けてくる)
チャールズは派手な大技の類を使わず、コンパクトで隙の少ないベーシック・ムーブを軸に立ち回っている。
こちらの思考を見透かして一手早く動くチャールズに対して、俺は反射神経に任せた場当たりの対処をとらざるを得ない。今はどうにか持たせているが、このままズルズル戦えばいずれヘマをして死ぬだろう。
ただ、奴のスキル――〈接触〉とか言ったか――大層なことをほざいていたが、好き放題に他人を洗脳できるわけでもないらしい。
その証拠に、俺は撃たれる直前に自分が騙されたことに気付けた。
奴のスキルが何でもありなら、俺は訳も解らぬまま殺されていただろうし、それ以前に奴と戦おうとすら考えなかった可能性もある。
おそらく奴のスキルの本質は心を読むことで、『書き換え』はその応用。
戦いの初手でしか使ってこなかったところを見るに、使うには準備か集中がいる。効果もさほど長続きしない。殺し合いの最中に使えるような代物ではないはずだ。
となれば、やはり短期決戦しかない。殺られる前に――。
「――〈必殺〉で殺す。そう考えているな」
チャールズが先回りするように呟いた。
「グレイゴーストとフェロウホイールは役目を果たした。当て馬としての役目をな。お前のスキルは別空間への拉致。そして恐らくは、強制的な武装解除。弱点は魔力消費の重さ。そうだろう」
「格下相手に随分と入念なこった。そんなに俺が怖いなら、その銃で頭ブチ抜いて死んだらどうだ」
「虚勢を張るな。滑稽だぞ」
チャールズは淡々と続けた。その顔は複眼マギバー・グラス付きの長兜に覆い隠されていて、一切の表情が窺えない。
「手の内を明かしてやる。俺の〈接触〉は他人の精神に没入して情報を抜き、あるいは表層思考を改竄する。しかしお前の分析通り、一時的な錯覚を生み出せはしても、思ってもいないことはさせられない」
「だったら何だよ」
「ブルータル・ヒュドラがお前を殺そうとしたのは、紛れもなく奴自身の意思だ」
BLAMN! BLAMN! BLAMN! BLAMN! BLAMN!
俺は無言で『ヒュドラの牙』を連射した。チャールズは腕だけを滑らかに動かし、マギトロン・ブレードで銃弾を斬り払った。
「寝言は寝て言えよ。親父をそそのかしたのはお前だろうが」
「お前たちを相討たせる意図があったのは事実だが、俺はあくまで可能性を指摘したまでだ。……殺す以外に能がなく、権限はなくとも実績はある。敵対勢力の掃討が終わり、大規模な抗争がなくなれば、クランはお前の存在を必ず持て余すだろう」
BLAMN! BLAMN! BLAMN! 狙いを下に移し、敵の足の甲を撃つ。
腕では防げない軌道。装甲も胴や腕よりは薄いはず。しかしチャールズは脚部ブースターを噴射して一瞬で空中に逃れ、そこから急降下ストンピングを放った。
バックジャンプ回避。目の前にチャールズが着地。そのまま後隙を潰すように左のリボルバーを掃射する。
俺は不格好に側転を打って銃弾を避けた。呼吸が苦しい。全身の至る所が痛む。下階で受けた傷の痛みと失血が、薬物でも誤魔化せなくなってきた。
「1、2年ならばまだいい。しかし5年、10年と経てば、お前はもはや働きの場もない穀潰しだ。組織内でも軽んじられる。そうなったとき、もはや餌が貰えんと気付いた犬が、飼い主に牙を剥かない保障があるか?」
ガシャン。俺はショットガンをポンプし、次弾を薬室に送り込んだ。
クソッタレめ。こいつもこいつなら親父も親父だ。親父に拾われて以来、俺は偉ぶれる立場にいたことなどなかったし、それを不満に思ったこともなかった。殺しの仕事が無いのなら、護衛でも雑用でもやったというのに。
「ギャングのくせに無欲なことだ。しかし、組長はそうは思っていなかったようだ」
チャールズが俺の思考に口を挟んだ。
「組長はお前が現状に不満を抱けば、必ず反旗を翻すだろうと考えていた。自分がそうしてヒュドラ・クランを興したからだ……奴はずっとお前を恐れていたぞ」
「知るかボケが。あの世でほざけ!」
BLAMN! BLAMN! BLAMNBLAMNBLAMNBLAMN!
俺は頭の中を殺意で満たし、スラムファイアを続けた。蛇頭じみたダックビル・ハイダーが矢継ぎ早に散弾を吐く。チャールズは小刻みに下がりながら回避と防御に徹し、なおも言葉を続ける。
「何がバックスタブだ。所詮お前は名も無き路地裏孤児だ。誰からも生を望まれることなく、野放図に死を振り撒き続ける。ここで死ぬのが世のためだ」
「じゃあやってみろってんだよ。その鉄砲は飾りか?」
「鉄砲? これか」
チャールズが銃を持った右手をぶらぶらと揺らした。
――次の瞬間、その手の中から666マグナムが忽然と消失した。
(銃が――クソッ!)
俺は咄嗟に横に跳ぼうとしたが、間に合わなかった。
BLAMN! 背後で爆音が弾け、俺の背中に大口径弾が突き刺さる。
強力な運動エネルギーが防弾スーツの上から肋骨をへし折り、内臓を押し潰した。たちまち堪えきれない吐き気がこみ上げる。
「げぇ……っ!」
俺は血混じりの吐瀉物を吐きながら床を転がり、背後を確認した。
数メートル後方、666マグナムが宙に浮いていた。クロームシルバーのフレームは黒紫の魔力光をまとい、銃口からは硝煙が立ち昇っている。
手放した銃を念動魔法で俺の背後に回り込ませ、スキルでそれを隠蔽していたか。俺は奴自身が姿を消すことばかりに気を取られて、奴の銃まで意識を向けていなかった……!
「攻め続けて認識改竄の発動を防ぐ。発想は間違っていないが、考察が浅かったな。銃ひとつ隠す程度なら、戦闘の片手間でもできることだ」
チャールズが手元に銃を呼び戻して一瞬でリロードを終え、そのままゆっくりと歩き寄ってくる。
その周囲の壁や天井から魔力光が放出され、黒紫の鎧に取り込まれていく。甲冑に仕込んだ機能を使い、ビルに供給されるエネルギーを引きずり出しているらしい。
BLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAM!
俺は倒れたまま『黒い拳銃』を連射した。同時にもう片方の手でポーチを探って予備のスラッグ弾を取り出し、どうにか『ヒュドラの牙』の薬室に叩き込む。
チャールズは悠々と歩きながらマギトロン・ブレードを振るい、羽虫を払うように9ミリ重金属弾を焼き切っていく。
今や奴の周りには膨大な魔力が嵐めいて渦を巻き、歩く姿はテックで再現された神話英雄めいていた。魔力の出所が自分自身でないというだけで、あれでは鎧化魔法を発動しているのと同じようなものだ。
「そして俺が組長の名を出してから、お前は冷静さを欠いていたようだ。なるほど、少しは親への情らしきものはあったと見える。自分で殺しておいて未だに息子面をしているのは理解に苦しむが」
「その小うるさい喉を掻っ捌いてやる……!」
CLICK! 18発目の発射の直後、銃の機構部から空撃ちの音。
俺は弾切れの『黒い拳銃』をチャールズに投げつけた。そして立ち上がりざま右足で床を踏みしめてスキルを発動し、1発だけ装填された『ヒュドラの牙』を抱えて突進した。
小細工をする余裕はない。逃げられないよう取っ組み合いに持ち込み、〈必殺〉の路地裏に捕らえて殺す。勝率など知ったことか。無謀と言わば言え!
「死にやがれ、若頭ッ!」
「抜かせッ!」
チャールズは身を沈めながらマギトロン・ブレードを振り抜き、『黒い拳銃』を真っ二つに斬って破壊した。そして666マグナムを衝角めいて構え、背と両脚のブースターに点火した。銃僧兵闘法、バッファロー・ロコモティヴ。
ZZZOOOOOM! 爆発的に加速したチャールズが、黒紫の砲弾じみて突っ込んでくる。その背後でドス黒いタールじみた魔力が次々と床から噴き上がり、奴を呑み込もうと追いすがる。
目算よりタールの発生が遅い。コンディションが万全なら、ノスフェラトゥにやったようにタイミングを合わせて捉えられたかもしれないが、今同じことをやるのは不可能だった。
「アアアアアアァァァッ!」
俺は野蛮なギャング・シャウトを上げ、強化魔法を振り絞った。
水平にした『ヒュドラの牙』を力の限り押し出し、頑強なミスリル製のフレームでダブル・リボルバー・ストレートを防御、そのまま全身でぶつかりにいく。
激突。魔力同士が衝突して斥力を起こし、凄まじい衝撃が俺の全身を襲った。
奴がトップスピードに乗る前にぶつかれたはずだが、それでも身体がバラバラになりそうだった。踏ん張りきれずに数メートル後ろに押し込まれ、床と靴底の間で煙が上がる。
しかし、それでも、俺はチャールズを押し留めることに成功した。
押し寄せるタールの奔流、敵を路地裏に引きずり込む〈必殺〉の先触れが、たちまち速度を落としたチャールズに喰らい付く。
渦巻くタールの群れはチャールズがまとう魔力の嵐と一瞬拮抗したが、すぐさま食い破り、奴の全身にへばりついた。今度こそ――。
「……お前の、負けだ!」
KA-DOOOOM! チャールズの身体を中心に、念動魔法の力が爆発した。
黒紫の甲冑が再び無数のパーツへと分かれ、まとわりついたタールごと四方八方に弾け飛ぶ。
「ぐあっ!?」
至近距離、真正面から念動波と飛び散った甲冑パーツを浴び、俺はなすすべなく後ろに吹き飛ばされた。
次の瞬間、甲冑を脱ぎ捨てたチャールズの回し蹴りが横腹に直撃し、身体が吹き抜けの上に弾き出される。チャールズは蹴りのフォロースルーから射撃姿勢へ。咄嗟に『ヒュドラの牙』を立てて頭と胴を庇う。
BBBBBBBBBBLAMN! ほとんどひと繋がりになった銃声とともに、10発もの666マグナム弾が俺の全身に突き刺さった。急所だけは死ぬ気で守ったが、至るところから骨の砕ける音がした。防弾スーツが、もう限界だ。
「俺の敵は中央区、このクイントピアそのものだ。その征途に転がった屑石ひとつの分際で、これ以上俺の手を煩わせるな!」
チャールズは左右のリボルバーをスピンさせ、高速銃僧兵闘法演舞から回転跳躍。
空中に投げ出された俺の直上――吹き抜けを覆う透明な天窓に逆さまに降り立つ。
俺は『ヒュドラの牙』を構えようとしたが、右腕はもう動かなかった。
雪と嵐が吹き荒れる夜空を背にして、チャールズが天窓を蹴って落ちてくる。俺はまだ動く左手でダガーを抜き、一か八かの刺突を繰り出した。
「終わりだ、死神! 地獄へ帰れ!」
KRAAAASH! チャールズが仰向けになった俺の腹に急降下飛び蹴りを突き刺すと同時に、左右の666マグナムの銃身を胸に叩き込んだ。
俺のダガーは奴の首筋を掠め、ひとすじ血を流させていた。それで終わりだった。
BBLAMN!
胸元で馬鹿でかいマズルファイアが弾け、身体が勝手にビクンと痙攣した。
体内を熱が通り抜け、一瞬後に冷たい外気が吹き込んできた。とうとう防弾ベストが貫通され、胸に大穴が空いたのだ。
俺は逃れ得ぬ死を自覚しながら、ダガーをもう一度突き出した。
しかしチャールズは俺を蹴落としながら後方に反動跳躍し、刃が届かない距離まで逃れていた。重力が俺を捕まえ、身体が自由落下を始める。
吹き抜けは50階から1階まで、ほぼ270メートルの高さ。まず助かるまい。地面に墜落して死ぬか、その前に胸の大穴からの失血で死ぬかだ。
(せめて、もう一撃)
破れた水風船のように血を撒き散らしながら、俺は『ヒュドラの牙』を無理やり構えようとした。しかし、身体は既に指一本動かなくなっていた。
(畜生め)
霞んでいく視界の中、口からごぼり、とドス黒い塊がこぼれた。
抜けきった血を置き換えるかのように溢れ出したそれは、目鼻や胸の大穴からも次々と流れ出し、俺の身体を捕食するように包み込んだ。
俺の意識はそこまでだった。
◇
DOOOOM……はるか下方から響く激突音を聞いて、チャールズ・E・ワンクォーターは静かに残心を解いた。
敵は1階まで真っ逆さまに落下し、広間に置かれたヒュドラの剥製の防護ケースに激突した。防弾ガラス製のケースの天蓋には大穴が空き、中にはもうもうと粉塵が立ち込めている。
まずもって即死。奇跡的に落下死を免れたとしても、胸に開けた大穴からの失血でほどなく死ぬだろう。
「……勝った、か。つくづくしぶといガキだったことだ」
そう独りごつチャールズの声には、僅かな疲労が滲んでいた。
――銃僧兵闘法奥義、ドラゴン・ロア。
空中に打ち上げて無防備となった相手に執拗な銃撃を浴びせ、さらに上空からの強襲で息の根を止める怒涛の連続攻撃。それは竜の怒りの象形であり、みだりに見せることは許されぬ秘伝である。
元は西区魔法学園での師であった、聖火教の大祭司の技だ。まさか、にわか仕込みの強化魔法がやっとの相手に使うことになろうとは……。
チャールズはストライプスーツの埃を払い、ネクタイの位置を直した。
散らばった甲冑パーツが念動魔法で次々と浮き上がり、速やかにその身体に再装着されていく。最後に長兜を被り直すと、復帰したマギバー・グラスの視界に『魔力残量低下』のアラートが表示された。
(あの一瞬で、魔力蓄積器が底をつきかけている)
チャールズは首筋に氷を入れられたような感覚を覚えた。
間違いなくジョンが呼び出した黒い汚泥の仕業だ。もはや確かめるすべはないが、あのまま呑み込まれたらどうなっていたことか。
チャールズは両手のリボルバーのシリンダーを開き、昂った神経をクールダウンするようにゆっくりと再装填を行った。
たっぷり数十秒かけて12発の銃弾を込め終えた後、彼は兜に内蔵された魔脳操盤を通じ、ヒュドラ・ピラーの放送システムに接続した。ビル内の全員に自らの勝利と、愚かな暗殺の企みの失敗を告げるべく。
「――組長代行、チャールズ・E・ワンクォーターだ。侵入した暗殺者は始末した」
血と硝煙が香るヒュドラ・ピラーに、チャールズの淡々とした声が反響した。
その声を聞く者の数は、数分前と比べてごっそりと減っていた。減った分は死体となって47階に転がっている。〈接触〉のスキルで思考存在を感知できるチャールズは、最上階からそのことを正確に把握していた。
随分とやられたものだ。チャールズは嘆息する。
元より勝つとは思っていなかったが、手足の一本すら奪えないとは。結局、最後に頼れるのは自分自身ということか。
「戦闘員は1階広間を捜索し、敵の死体を回収――いや」
チャールズはふと思い直し、出しかけた指示を訂正した。
「蜂の巣になるまで銃弾を撃ち込んでから、杭でも打って床に縫い付けておけ。不甲斐ないお前たちでも、まさか死体を恐れはすまい。……以上だ」
釘を刺すように言い捨てると、チャールズは放送を打ち切った。
1階広間にジョンの思考はまったく感じ取れない。敵があれ以上の手札を用意していないことは〈接触〉による読心で把握済みだ。
しかし、南のワンクォーターが本人にも知らせずに罠や呪いの類を仕込んでいないとも限らない。物理的なトラップならともかく、得体の知れない呪いの類であれば、その手の専門家による解析と解除が必要だ。
(まずは捨て石を使って確実な死を確認する。状況が落ち着いたらゆっくりと解析をすればいい。……慎重にやるに越したことはない)
チャールズはそう結論づけ、屋上の戦況に意識を向けた。
敵は3人。デスヘイズ、アクアヴィタエ、そして南区の『フォーキャスト』。いずれもジョンの死を知ったところで引っ込むまい。
――俺も屋上に加勢するべきか。
チャールズはリスクとリターンを天秤にかけた。
この装着型魔導兵器『ニューロナーク』は、両前腕のマギトロン・ブレード以外に武装を持たないが、魔導機械に対する強力無比なハッキング能力を備えている。
都市そのものが巨大な魔導機械とも言えるクイントピアにおいて、この力は神のごとき権能である。古代建築の中や路面の上といったエネルギー・ラインの近くであれば、ほとんど無尽蔵に魔力を引き出せるのだ。
この都市の中にある限り、チャールズは不倒である。エルフェンリア・S・ワンクォーターのような規格外の魔法使いにも当たり負けはしない。
問題は自分が前線に出る行為そのもののリスクだが、リフリジェレイトがいてなお膠着している以上、このまま放置していても早期解決は望めまい。早いうちに屋上を開放しなければ、関所との腕木通信にも支障が出る。
目的は勝利であって、保身ではない。やるべきことは自明だ。
チャールズは迷いなく決断し、屋上に続く階段へと歩き出した。
「――代行! 待ってください! 代行!」
その矢先、50階の昇降機の扉が開き、強面の男が息を切らして走り出た。
下階の警戒を任せていた、プロフィビジョン麾下のグレーター・ギャングだ。その顔は明らかに緊張以外の理由で青ざめている。
チャールズは兜の下で顔をしかめながら、そちらに向き直った。
「報告しろ。何が起きた」
「その……1階広間の、暗殺者の件ですが」
「死体処理まで俺にやらせるつもりか?」
チャールズが苛立ちと胸騒ぎを抑えながら言うと、グレーター・ギャングは身震いしながら答えた。
「奴の死体が、ないんです」
読んでくれてありがとうございます。
今日は以上です。
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