最終章3 ヘイスト・トゥ・デス(3)
初手でチャールズを殺す斬首作戦は失敗に終わった。
状況は孤立無援。増援がやってくるまでにチャールズを殺せないと危険だが、この分だとそれも難しい。なかなか骨が折れそうだ。
チャールズは俺を「殺すしか能がない猟犬」と罵った。
否定はしない。俺が親父とクランのためにできたことは結局、鉄砲玉として敵を殺すことだけだったし、親父もそれ以外の何かを俺に期待したことはなかった。
だが、それは奴がのさばるのを黙って見ている理由にはならない。
道具のように処分されてやる理由にはならない。
俺はひとつの個、自我を持ったひとりの人間であって、俺自身の意思で戦ってきた。俺が親父に付き従ってきたのは、チャールズの野望の踏み台になるためではない。俺が親父を殺したのは、奴に漁夫の利を与えるためではない。
だから、奴を殺す。俺自身の意思と力でもって。
廃車を叩き壊してスクラップにするように、粛々と、一切の慈悲なく殺す。
チャールズ・E・ワンクォーター。今夜、お前の恐れは現実となる。
俺がいる限り、お前は何ひとつ思い通りにはできない。
どれほど策を巡らせようと、俺から逃げ切ることはできない。
無駄な抵抗を試みるがいい。そして何ひとつ成せずに死ぬがいい。あの夜に俺を殺し損ねたことを、地獄で後悔するがいい。
俺を恐れろ。逃れ得ぬ死を。ヒュドラ・クランの死神を。
◇
CCLANG! 硬質の金属音がふたつ、ほぼ同時に組長室に響いた。
チャールズは左右の666マグナムを背後にかざし、頸椎を狙ったダガーの突き下ろしを右銃、それを囮とした腎臓への拳銃射撃を左銃でブロックしていた。銃僧兵闘法仕様のアダマント・フレームは刺突や銃弾を受けても歪みひとつ無い。
反応が速い。初撃が浅かったか。
俺は舌打ちをひとつ、弾かれたダガーを握り直した。
初手の低空突進からの突きは通ったが、致命傷にはならなかった。装甲そのものの厚さに加えて、強化魔法の守りがあったのが原因だ。
「……この程度で殺せると思ったか、この俺を!」
BLAMN! 666マグナムの銃口が火を噴く。
その発砲は攻撃のためのものではない。奴は射撃反動で回転して俺を振り払い、そのまま後ろへ回転エルボーを繰り出した。
その鎧の前腕部がメカニカルに駆動し、せり出したトンファー型のデバイスから黒紫色のエネルギーが噴き出す――腕にマギトロン・ブレード!
俺は咄嗟にチャールズの肩に手をつき、奴を飛び越して反対側に逃れた。
WHOOOOOM! 異様な焼尽音。バーナーの火のような魔力の刃が部屋を薙ぎ、壁一面に線状の焼け跡を残した。
馬鹿げた威力だ。受けていればまっぷたつに焼き切られていた。ここまで使ってこなかったのは、部屋に置かれた魔脳操盤への二次被害を嫌ってのことか。
(他にも何を仕込んでるか解ったもんじゃないな)
そもそもチャールズの手札には謎が多い。鎧の機能も脅威だが、もっとも警戒すべきはさっき俺の〈必殺〉を空振りさせた技だ。
あのとき、虚空から湧き出た黒いタールは確かにチャールズを捉えていた。にもかかわらず、奴は俺の背後に現れた。
短距離をワープしたのか、幻を見せて狙いを外させたのか。俺の〈必殺〉と同じ生まれつきのスキルだろうが、奴がスキル持ちだったとは聞いたことがない。当然、能力の中身についての情報もゼロだ。
ただ、状況から推察できることもある。
第一に、奴は『下らんセンチメントだけで長話に乗るとでも』と言っていた。逆に言えば、何かの準備のために時間を稼ぐ必要があったということだ。
第二に、さっきのダガーの一撃は普通に通った。奴はまやかしを使って攻撃を躱すことも、自分からスキルを駆使して攻めてくることもしなかった。
第三に、チャールズは俺や親父にすら自分の力を隠し通していた。スキルの中身が幻覚や瞬間移動くらいのことなら、そこまで躍起になって隠す必要はないはずだ。クランにはもっと危険な能力の持ち主もゴロゴロいる。
つまり、隠す事でアドバンテージが得られる、あるいは知られると不都合があるからそうしていると考えるべきだ。その中身までは見当もつかないが。
(少なくとも、気軽に連発はできないらしい。それさえ解っていれば、やれる)
最終的に、俺はそう結論づけた。
まだ情報が足りないが、現状これ以上の分析は無理だ。仕掛けるしかない。
「殺す……!」
俺は獣じみて前傾し、ダガーと拳銃を手に再度突撃をかけた。
組長机を背にした今、奴はブレードを使えない。チャールズはやや遠い間合いから迎撃の前蹴りを出し、そのまま踵落としに繋いだ。
どちらもフェイントだ。俺は踵落としをスウェーバックで避けると、あえて前ではなく横に踏み出した。直後、本命のサイドキックが真横を通り抜けた。
遠くからの前蹴りで回避後の突撃を誘い、そこにカウンターのサイドキック。横移動を挟まなければこれがクリーンヒットしていたはず。だが、そうはならなかった。すぐさま蹴り脚の下に潜り込み、拳銃で軸足の膝関節を狙う。
BBLAMN! 大小の銃声が重なった。
俺が引き金を絞り込んだ瞬間、チャールズは明後日の方向に発砲し、反動を乗せたサイドステップで重金属弾を避けた。そのまま組長机の前まで飛び退り、重心を下げ、二挺拳銃で足元の高さを薙ぎ払う。
BBBBBBLAMN! 扇状に迫る銃弾。俺は反射的にバックジャンプで回避した。そして自分の判断ミスに気づいた。
チャールズは左右のリボルバーを俺に向け、突撃姿勢をとっていた。黒紫の甲冑の背部装甲が展開し、不穏な吸気音が鳴り響く。
「――潰れろ!」
ZZOOOOOM! チャールズが脚部と背中から火を噴き、砲弾めいて突進した。
銃僧兵闘法突撃技、バッファロー・ロコモティヴ。左右のリボルバーを猛牛の角めいて突き出し、突進ダブル・リボルバー・ストレートから零距離射撃を放つオーバーキル攻撃。
スパニエルがフィニッシュ・ムーブとして好んで使っていた技だが、チャールズは奴以上の達人で、銃の口径も段違いだ。しかも鎧の質量と推力が乗っている。直撃を貰えば肋骨粉砕では済まない。
俺は強化魔法を振り絞り、身を捻って666マグナムの下に滑り込んだ。チャールズは即座に構えを解き、ブースター推力を乗せた飛び膝蹴りに移行した。
「ぐッ……!」
魔導車に撥ねられたような衝撃。腕の骨にヒビが入る音。肺の空気が口から押し出される。
俺は組長室のドアを突き破って廊下に吹き飛ばされ、そのまま蹴られたボールのように吹き抜けの上に投げ出された。
真下の1階広間には透明な防護ケースに囲われたヒュドラの剥製とクランの旗。上には得体のしれない馬鹿でかい機械――おそらく、あれがビッグ・バレル――が砲火を吐く様が天窓越しに見える。
各階にはギャングスーツ姿の構成員。巣の中のアリのように動き回っている。そいつらが俺を指さして口々に「殺せ」だの「いたぞ」だのと叫ぶ。
(クランもすっかりチャールズの私兵か)
最初、ブルータル・ヒュドラの手下は俺ひとりだった。
それがこれほどの巨大組織になって、親父も俺も捨てて独り歩きしている。
馬鹿げている。俺と親父が戦い抜いた10年間の結末がこれか。俺の中にやり場のない怒りが芽生え、すぐに冷たい殺意へと変わった。
吹き抜けの反対側、48階に着地。各階は上から見るとドーナツ状の構造で、東西に階段、北に昇降機がある。廊下の吹き抜け側に壁はなく、大人の胸くらいの高さの胸壁がある。魔法使いであれば飛び越えて反対側に移ることも可能。
周囲には非魔法使いのレッサーギャング5人。目の前の階段からも足音。さらにチャールズがブースターを吹かして追ってくる。
「敵だァーッ!」「囲め囲め!」「大出世のチャンスだ! やっちまえェーッ!」
周囲のギャングが銃を構える。銃弾も体力も有限。無駄遣いはできない。
痛む腕でダガーを握りしめ、立て続けに3人刺殺。強化魔法を乗せた柄頭で4人目の頭蓋を砕き、最後のひとりの鼻面を殴りつけて吹き抜けに突き落とす。「ウワーッ……」下に遠ざかる悲鳴。
同時に真後ろにチャールズが着地。よくない位置取りだ。このまま階段近くで戦えば思わぬタイミングで挟撃を受ける危険がある。
コート下から赤塗りの爆炎手榴弾を取り出し、ピンを抜いて下階への階段に投擲。そのまま床を転がって666マグナム至近射撃からの反動打撃コンビネーションを躱し、下から拳銃を撃ち返す。
KA-BOOOOOOOM!
「「「ギャアアーッ!?」」」
階段で爆炎手榴弾が炸裂。響く断末魔。通路を確保。
BLAMBLAMBLAMBLAMBLAM! 拳銃を連射しつつ下り階段へと離脱。チャールズは装甲で銃弾を弾きながら追ってくる。
階段の中は人の髪の毛が焼ける臭いで立ち込めていた。熱と爆圧にやられた人間が10近く折り重なっていて、まだ息のある半死人が呻いている。
俺は腹に巻いた魔導プラスチック爆薬の包みをひとつ外し、時限装置の紐を引いて死体の影に設置した。起爆時間は5秒に設定済。チャールズが階段に入ってくれば爆発に巻き込まれる算段だ。
しかしチャールズは途中で俺を追うのをやめ、ブースターまで吹かして最上階まで飛び戻った。あの一瞬で罠の可能性に思い至ったか、単に深追いを避けただけか。
(さすがにそう都合よくはいかないな)
俺は拳銃をマグチェンジしながら階段を抜け、下階に逃れた。
KA-DOOOOOM! 階段で魔導プラスチック爆発が爆ぜ、爆風の熱が背中を炙る。階段にいた奴らは全員死んだだろう。どうせ遅いか早いかの差だ。
『――全戦闘員へ。敵は47階に移動、爆薬を大量に装備している。遠巻きに囲んで追い立てろ、相手を人間と思うな』
放送システムから響くチャールズの声。奴は上階に陣取り、高みの見物をしながら部下を動かすことにしたようだった。さながら指令要塞だ。自分の手で殺すことに拘らないあたり、いかにも奴らしい。
BLAMN! BLAMN! BLAMN! 俺は『ヒュドラの牙』を構え、階段から押し寄せてくるレッサーギャングを撃ち殺しながら47階の廊下を駆け抜けた。
この階には威力部門の待合室がある。奴らは若頭の直属で、下部団体の連中と違ってシノギで金を稼ぐ義務がないから、暗殺や抗争といった仕事がないときはここで待機していた。
俺自身は威力部門ではないが、仕事の性質上協働することも多かったから、よく入り浸った。気の良い奴らだが、敵となれば情け容赦ない殺しのプロの集まりだ。
(ファイアライザーは死んだ。レインフォールやバウンサーも外で倒した。シャドウプールやステイシスは関所だ。ピラーに残った連中はみんな屋上に向かったか?)
KRAAAAASH! そう考えた瞬間、俺の希望的観測を嘲笑うように、巨大な質量が待合室の扉をブチ破って飛び出してきた。
その正体は巨大な車輪のような魔導モノホイール・バイク。浮揚機でなく車輪で走る乗り物。分厚い車輪は装甲化されていて、側面には火炎放射器が据え付けてある。
中心部に設けられた座席に乗っているのは、怒れるデーモンを模した大兜を被ったドワーフの男。威力部門の切り込み役のひとりだ。
「――ヒュドラ・クラン、フェロウホイール! 悪いが死んでもらうぜェ!」
フェロウホイールが高らかに名乗り、廊下に炎をバラ撒きながらまっすぐ突っ込んできた。俺は牽制がてらスラッグ弾を発砲したが、高速回転する車輪はあっさりと銃弾を弾き返した。
正面からの攻撃は無駄。俺は横っ飛びに転がって轢殺を回避し、交差の瞬間に横から『ヒュドラの牙』を撃ち込もうとした。
KRASH! そのとき、廊下に面した窓を突き破り、ヒラヒラした服を着た女が現れた。目元以外を布で隠し、両手には研ぎ上げられた曲刀。マギバネにも銃にも頼らない純剣士の出で立ち。
「――どうも、グレイゴーストです。悲しいね、こんな形の再会なんて」
BLAMN! 俺は敵の名乗りに『ヒュドラの牙』の銃火で応えた。
グレイゴーストは凄まじいスピードで跳び上がって銃弾を避け、三角飛びから舞うように斬りかかってくる。名前通り宙に浮く幽霊じみた剣技。
(チャールズひとりで手一杯だってのに、どんどん状況がまずくなっていきやがる)
俺は四つん這いで床を這って斬撃を掻い潜った。仰向けになりながら魔導プラスチック爆薬の包みを3つまとめて取り外し、時限装置を起動する。
「何だ、黙りこくっちまって! いつもの軽口のひとつも言ってみやがれ!」
「いくら君でも無謀だったね。せめて苦しくないようにしてあげる」
廊下の反対側でフェロウホイールが反転し、再び俺を轢き殺すべく突っ込んでくる。同時にグレイゴーストが曲刀を逆手に持ち替え、俺を床に縫い付けようとする。
俺は爆薬を手放し、右の靴底で床を叩いた。
〈必殺〉。黒いタール状の魔力が床から噴き出し、俺とグレイゴーストを呑み込んで消えていく。――床に転がした梱包爆薬と、そこに突っ込んでくるフェロウホイールをそのままに。
KA-DOOOOOOON……! 現世の全てが遠ざかる中、爆発音とフェロウホイールの悲鳴が聞こえた。
◆
次の瞬間、俺は暗い路地裏にいた。
立ち込める魔術排気スモッグ、汚水の臭い、ネズミの鳴き声。壁にへばりつく黒いタール状の汚れ。道幅は人ひとりがどうにか通れるほど。
目の前にはグレイゴースト。その手に曲剣はない。この路地に武器は持ち込めず、魔法もスキルも使用不能になる。例外は俺自身だけだ。
「何、ここ……ぐっ!?」
俺はダガーを手に背後から忍び寄り、グレイゴーストの心臓を深々と刺し貫いた。グレイゴーストは抵抗しようとしたが、強化魔法が使えない以上、今の奴はただの丸腰の女でしかない。仕損じる要素は何もなかった。
「俺のスキルです。喰らって生き延びた奴はいない」
「……なるほどね。無謀なのは私の方だったか……」
グレイゴーストが絞り出すように言った。信じられまい。正面からやりあえば万に一つも負けない相手に、こうして一方的に殺されるなど。
俺はグレイゴーストを後ろから跪かせるように押さえつけ、その後頭部に『黒い拳銃』の銃口を向けた。
「辞世の句詠みますか」
「……我は幽霊/死して墓無し」
グレイゴーストは虚無的に呟いた。
BLAM! 俺はその後頭部を撃ち抜き、即死させた。死体は小さく痙攣したあと、黒く溶けて地面に吸い込まれた。俺は背を向け、路地裏を去った。
◆
現実世界に復帰。即座に周囲を確認して動き出す。
爆破に巻き込んだ装甲モノホイールは廊下の端まで吹っ飛ばされ、横倒しになってメラメラと燃えていた。その横では振り落とされたフェロウホイールが半死半生で呻いている。BLAMBLAM! 拳銃を撃ち込んで処理。
『グレイゴーストとフェロウホイールは死亡。東西の階段から回り込んで包囲しろ。撃ち合いに付き合うな。手榴弾を投げ込め』
再びチャールズの声。
下から撃ってやろうかと探したが、奴の姿は見えなかった。息を整えつつ拳銃をホルスターに戻し、『ヒュドラの牙』に持ち替える。
やむを得なかったとはいえ〈必殺〉を使わされた。恐らくあと一度使えば魔力切れを起こして行動不能だ。これ以上の消耗があってはならない。
「こっちだ! 殺――」
BLAMN! 階段から出てきたレッサーギャングの顔面を散弾で破壊。血と肉と砕けた歯の欠片が飛び散る。
その後ろからもうひとり、巨漢のギャングが走ってくる。手には金属と防弾ガラスの大盾。バウンサーの真似事か。しかし安物の金属盾では8ゲージは防げない。
セレクターを切り替え、弾種をスラッグに変更。
BLAMN! BLAMN! 1発目で足が止まり、2発目で盾を貫通。胴に大穴を開けた巨体が倒れる。その後ろにさらにもうひとり。腰のベルトに拳銃を差し、手には手榴弾。大盾持ちの陰から投げ込む算段だったか。
敵が慌てて手榴弾のピンを抜こうとする。足元に落ちていたグレイゴーストの曲刀を拾って肉薄、そいつの肩口に叩き付ける。よく研がれた刃が骨ごと肉を断ち、胴をバックリ割って肺に達する。
「がひゅッ……!?」
手榴弾ギャングが血飛沫を上げながら宙を掻きむしる。その身体を遮蔽として身を隠し、『ヒュドラの牙』の二連チューブマガジンにスピードローダーからショットシェルを装填。
階段から次のギャングウェーブ。敵は12人。全員が『がらくた銃』を装備。前方で激しいマズルフラッシュが瞬き、飛んできた9ミリ弾の雨が遮蔽の肉を削る。
問題ない。間に合う。再装填を終わらせ、死体になったギャングの陰から散弾を連射。ブルータル・ヒュドラの愛銃は連戦を経てもなお堅牢に稼働し、蛇頭めいたストライクハイダーから火と鉛を吐いて敵に死をもたらす。
BLAMN! BLAMN! BLAMNBLAMNBLAMNBLAMNBLAMN!
引き金を引くたび死体が増える。正面の敵が臆し、階段下に撤退を始める。そこに爆炎手榴弾を投げ込んで皆殺しにする。
「吹っ飛びやがれ、化け物!」「ファイアインザホー!」
反対側から敵集団。もう片方の階段から上がってきたか。曲がり角の向こうから胸壁越しに手榴弾が投げ込まれる。
左手に強化魔法。拳銃をクイックドロウ。BLAMBLAMBLAMBLAM! 空中の手榴弾に銃弾を当てて跳ね返す。
KA-BOOOOOOM! 先頭集団が爆死。それでも数人が爆風から逃れた。拳銃に据え付けたピストルスコープを覗き、身を隠される前にひとりずつ処理する。
『攻撃を続けろ。奴を殺した者は大幹部待遇へ昇進させてやる』
前後から敵増援。散乱する死体を踏み越え、一斉に雪崩れ込んでくる。数は視界内だけで20人以上。誰も彼もが薬物や戦闘の興奮に目を血走らせている。手持ちの銃だけでは弾が足りないか。
BRATATATATATA! 前後から銃弾の雨。逃げ場はない。強行突破する。
強化魔法を発動。腕で致命部位を防御し、防弾スーツを頼りに低姿勢で蛇行前進。そこらに転がった死体から銃を補給し、乱射しながら敵に斬り込む。
たちまち血で血を洗う乱戦が始まった。殴り合うような距離から銃弾を撃ち込み、撃ち尽くしたら鈍器代わりに叩きつけ、次の銃を奪ってまた撃つ。敵は人数の多さが仇となり、素早く散開して距離を取ることができない。
「ワアアーッ!」
BRATATATATATATATATA! 薬物の異常興奮に耐えられなくなった若いギャングが『がらくた銃』を乱射、同士討ちにも構わず銃弾をバラ撒く。その流れ弾に当たった連中が怒号とともに撃ち返し、無秩序極まりない十字砲火を作り上げる。
滅茶苦茶だ。どいつもこいつも練度が低い。教え始めた頃のステイシスもここまで酷くはなかった。だからこそ、何をやらかすか想像がつかない。
耳元で銃弾の擦過音、そして跳弾の音。何発か避け切れず被弾。魔物素材を使った南区製の防弾スーツが弾を食い止める。
首をねじ折って殺した敵を盾にしながら拳銃を振り回し、味方に構わず手榴弾を投げ込もうとしていた女を撃つ。KBAM! 手から落ちた手榴弾が炸裂し、密集していた敵が破片を喰らってバタバタと死ぬ。
「ブチ殺せ!」「奴を殺せば俺が次の伝説だァーッ!」「ヒィハハハハハーッ!」
階下からさらに増援。今の倍の人数。死体や半死人を踏みつけ、ゴチャゴチャと物騒なセリフを叫びながら向かってくる。
邪魔だ。殺す。ひとり残らず。
俺は敵集団に爆炎手榴弾を投げつけ、拾ったサブマシンガンを両手に持って襲い掛かった。
◇
「――ハァーッ……ハァーッ……」
呼吸を整えつつ、死体から奪った覚醒ポーションのアンプルを腿に注射する。
全員殺した。47階の廊下は今や死体の海。死んだ人間が足の踏み場もないほど折り重なり、そこから流れ出した体液が饐えた臭いを放っている。
死体のいくつかはポケットにピンを抜いた手榴弾を仕掛け、動かすと爆発するよう仕向けてある。カチコミでよく使った手だ。
ピラー内の空気はさっきまでの修羅場が嘘のように静まり返っていた。戦闘員が底をついたとは思えないが、さすがに殺され過ぎて二の足を踏んでいるらしい。こうなれば、いくらチャールズが命令してもそう簡単には動くまい。
しかし、俺の方も無傷ではなかった。至るところに刀傷や銃創を負っている。
いずれも致命傷ではないが、確実に体力を奪い、ここからの戦いに悪影響を及ぼす傷だ。薬物でどれだけ誤魔化せるか。
『敵は西側階段から48階に移動。階段周辺に爆薬のトラップを仕掛けている。死体に気を付けろ』
(爆薬ってとこまでお見通しか。……奴はどこから俺を見てるんだ?)
俺はわずかに違和感を覚えた。しかし、何ができるわけでもない。
何にせよトラップの発覚は想定範囲内だ。後続の奴らが死体を警戒すれば、増援の動きはますます鈍くなる。どのみち無駄にはならない。
俺は『ヒュドラの牙』を構えたまま、音を立てないように階段を上がっていく。一歩ごとに床に血が滴る。
48階。本来は事務方の偉い連中、プロフィビジョンやウォッチメイカーが詰めている階層。敵影なし。さらに上へ。
49階。会議室やセレモニーで使う宴会場がある。敵影なし。さらに上へ。
50階。組長室と若頭の執務室、そして俺の私室がある。敵影なし。
(おかしい。どこかの部屋で待ち伏せしてるのか?)
俺はもう一度、慎重に周囲を警戒した。
しかし、やはり誰もいない。
俺の目の前に立ったチャールズが銃を構えているだけだ。
「……何!?」
BBBBBBLAMN! 自分のありえない思考に気付くのと同時に、巨大なマズルフラッシュが目の前をオレンジ色に染めた。
至近距離。完全に後手。咄嗟に身を捻って致命傷を避けるのがやっとだった。
666マグナム弾が左肩に着弾し、防弾ベストの中の竜鱗が砕け散った。被弾箇所に激痛が走り、強烈な衝撃で足がもつれる。続けて射撃反動を乗せたバックナックルが横面を打つ。
「がっ、は……!」
俺は吹き飛ばされて床を転がり、口いっぱいに血の味を感じながら立ち上がった。覚醒ポーションの効果で痛みは感じないが、歯が折れ、脳が揺れている。
「苦しそうだな。雑兵とはいえ、あの数を相手に生き延びたのは大したものだが」
チャールズが666マグナムをリロードしながら淡々と言った。
(姿を消していたわけじゃない。確かに奴が見えていたはずだ)
折れた奥歯を血と共に吐き捨てながら、俺は一瞬前の光景を振り返った。
見えていなかったのではない。チャールズの姿は最初からそこにあった。だが頭が「敵影なし」と認識していた。つまり騙されたのは目ではなく、頭だ。
〈隠形〉という気配を消すスキルを使われるとそんな感覚になるが、あれは発動と同時に気配が消えるだけだ。組長室での初戦、確殺圏内で仕掛けた〈必殺〉が外れたことの説明がつかない。
だが、そもそも「確殺圏内」というのが誤りだったとすれば、どうだ。
チャールズ本人は既に俺の背後に回っていて、俺がそれに気付かなかった――気付けなくされていたとすれば。
(――他人の頭の中を書き換える能力。多分、考えを読むこともできる……!)
「その通りだ。よく気付いたな」
チャールズが俺の思考に答えを返した。
「俺の〈接触〉の前では、人のニューロンも魔導機械の制御装置も同じだ。俺の思いのままだ。掌の上だ!」
チャールズが腕を掲げ、前腕のマギトロン・ブレードを展開した。トンファー型のデバイスがさらに展開し、三日月形の刃を形作った。
天井に備え付けられた魔法照明が異常なまでに光を強め、次の瞬間、噴き出した魔力のスパークがチャールズに流れ込む。甲冑のハッキング機能とやらを使って、ピラーの設備から魔力を吸い上げているのか。
「そしてこの事を知った以上、ますますお前を生かしてはおけん。……死ね!」
WHOOOOOOM! チャールズがマギトロン・ブレードを連続で振り抜き、廊下の端から端までを埋め尽くす規模の魔力光波を立て続けに飛ばす。
俺は震える膝に鞭打ち、縦横に飛んで来る光波を回避。チャールズがそれに乗じて背中のブースターを噴射し、666マグナムを両手に突撃を仕掛けてくる。
火力差は歴然。消耗は俺の方が上。だが、やめる理由にはならない。
俺は騎馬突撃に立ち向かう槍兵めいて『ヒュドラの牙』を構え、突っ込んでくるチャールズを迎え撃った。
読んでくれてありがとうございます。
今日は以上です。
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