最終章3 ヘイスト・トゥ・デス(2)
「関所前の奴らから連絡です! 『状況は優勢、砲撃を急げ』!」
「できるか、そんなもんッ! 優勢なら自分らで何とかさせろ!」
背後で腕木に張り付いた部下からの報告を受け、プロフィビジョンが怒鳴り声を上げる。
「――は、は、は! あの冷血女さえいなきゃ、お前らなぞ物の数じゃないんだよ! まとめて燻製にして!」
「炙っておつまみにしちゃいましょー! うぇっへへへーい!」
ヒュドラ・ピラー屋上は炎と毒煙に襲われていた。
デスヘイズが変じた黒い毒煙が巨蛇めいて空中を荒れ狂い、ビッグ・バレルの砲架を操作していた作業員ギャングを次々と飲み込んでいく。さらにその上からアクアヴィタエの火球爆撃が降り注ぐ。
充満する黒煙は致命的な神経毒に加え、ガスマスクのフィルターを素通りする催吐性の砒素化合物を含んでいた。
煙を吸ったギャングたちは漏れなく猛烈な吐き気に襲われ、自らマスクを外して中毒死するか、行動不能になったところを爆発に飲まれて死んでいく。まさに阿鼻叫喚、地獄絵図の様相である。
「ギャアアーッ!」「ガスマスクが役に立たねぇ!」「オゴーッ!?」
「苦しくてもマスクを外すな! 階下に離脱して全身防護服に着替えろ! 浄化魔法が使える奴は救護に回れ!」
プロフィビジョンが混乱を収めようと指示を飛ばす。
彼は周囲に気流魔法による風の防壁を張り、コンソール周辺を煙の影響から隔離していたが、分散配置された各砲架まで守り切るほどの力はなかった。既に8門あった砲のうち3門が破壊され、残りも作業員を失って沈黙している。
本来、ここを守る武力はリフリジェレイトひとりで十分のはずだった。
東区貴族がギャングの言いなりになってからは飼い殺しにされていたが、かつてはその名が敵対者にとっての死を意味した魔法使いである。一対一で勝てる魔法使いはほぼ皆無、空を飛ぶアクアヴィタエとデスヘイズも相性差で封殺できる。
それ以外の戦力が地上を進んできたのなら、地上の防衛線とビッグ・バレルの援護射撃で対処すればよい。そのような見込みであった。だが、現実は違った。
「クソッ、想定外だ! 何でリフリジェレイトと互角の相手がいきなり湧いてきやがるんだ……うわッ!」
ZANK! 氷山じみた巨体――すなわち氷凍鎧化の外骨格をまとったリフリジェレイトがプロフィビジョンを飛び越え、荒々しく屋上に着地した。それだけで凄まじい冷気が広がり、周囲の炎が音もなく消え失せた。
「ハァーッ……何たる強敵……!」
生命を拒絶するような寒気の中、女侍従が白い息を吐く。
純白だった氷の装甲はいっそう濃い魔力を帯び、青みがかった色に染まっていた。その全身には無数の大矢が突き刺さっているが、すべて表層で食い止められている。力の温存をやめ、装甲の維持に全力を注いでいる証だ。
「――流石に骨がある。色々思い出してきたよ、私も」
続いて白く光る影が下から飛び上がり、空を切り裂くように旋回した。
その正体は南区冒険者のフォーキャストである。
魔力から織り上げた白いローブのような装束は、彼女のルーツである東の山岳信仰の修験者を模したもの。風と電熱で推進力を生み出し、超高速飛行を可能とする。
手には身の丈の倍はある大長巻、右袖の中には紐で結びつけられた打根。その脇には黒い大弓が風と電磁力に支えられて浮いていた。
WHOOOOOOOOSH! フォーキャストから放散された魔力が大風となって寒気を吹き払い、ピラー上空に黒雲を集めた。吼え猛る嵐と滝のような豪雨の中、神威を示すがごとく雷鳴が轟く。
天変地異としか思えぬ光景を前に、プロフィビジョンは慄いて息を呑んだ。
「雪と火の次は台風かよ……おいッ! やれんのか、あんた!?」
「黙っていなさい」
リフリジェレイトは応対の時間すら惜しむように言い捨てた。
その視線の先、フォーキャストが信じがたい速度で高度を上げ、ピラーの直上で動きを止めた。
「煌と燃え/轟と駆けよ/三鈷の雷にてこれら凶賊を祓い給えとの大誓願なり」
フォーキャストが刀印を結んで九字を切り、謎めいた異国の祈祷詞を唱える。
たちまち周囲に稲妻が凝集し、白く光る葉吹雪が生じた。それらがさらに寄り集まって、彗星じみた巡航魔法弾を同時に5発形成した。
「『天狗大雷』――神仏照覧!」
フォーキャストが長巻の切っ先を向け、旧き戦巫女の雷術を発動した。
5発の巡航魔法弾が散開し、別々の方向から猛禽の群れのごとく降り注ぐ。
光の尾を引いて飛ぶ雷弾はひとつひとつが人間並の大きさで、込められた魔力は飛び道具とは思えぬほどに膨大である。つい先程、リフリジェレイトがこれをフォーキャスト本人の突撃と誤認したのも無理からぬことだった。
「火は途絶え薪も尽きぬ/雪の峰に凍てし月光/明けぬ寒夜を、滅びの冬を、叛徒めらに死を……!」
対するリフリジェレイトも、また詠唱を始めた。
装甲を流れる魔力がさらに高まり、青い光となって氷の装甲の内側から溢れ出した。周辺気温が急激に低下し、大気がビシビシと音を立てて凍りついていく。アクアヴィタエとデスヘイズが蜘蛛の子を散らすように二者の間から退避した。
「『凍月……」
リフリジェレイトはスラスターから冷気を噴き、自ら敵弾に向かって上昇すると、限界まで溜め込んだ魔力を解き放った。
「……鏖戦』!」
DDDOOOOOOOM! リフリジェレイトを中心にアイスブルーの魔力爆発が起き、雷弾をまとめて迎え撃った。本来は稲妻状に放射する氷凍魔法の力を全方位に拡散させ、一挙に広域を薙ぎ払う荒業である!
KA-DOOOM! KA-DOOOOM! KA-DOOOOM! 全方位に隙間なく放射された冷凍光に捉えられ、魔法弾が次々と起爆して雷を撒き散らした。電熱と冷気がせめぎ合い、白い蒸気の雲が生じる。
「――『開山』」
直後、視界に入りきらぬほど巨大な斬撃波が生じ、その雲を真っ二つに裂いた。
超高位の気流魔法。直上からの撃ち下ろし。極限圧縮された嵐の刃が軌跡上に真空を生みながら落ちてくる。回避すればビッグ・バレルが危ない!
WHIRRRRR! リフリジェレイトは左背腕のドリルランスを駆動させ、渾身の螺旋突進突きを繰り出した。槍身を中心に竜巻じみた冷気流が生じ、斬撃波を掻き乱して相殺する。
その瞬間、フォーキャストは既に女侍従の眼前まで踏み込んでいた。斬撃波が通過した後に生まれた真空、その爆縮の勢いに乗って。
大上段に構えた大長巻に落雷が起き、青生生魂の刀身が目を灼かんばかりに輝く。
秘剣『捨身降魔落とし』! リフリジェレイトは虚を突かれながらもドリルランスを掲げ、防御姿勢を間に合わせる!
KRA-TOOOOOOOOOOOM! 雷轟、そして氷が砕け散る音! 稲光が空をひととき白く染め上げ、衝撃波が大気を揺るがす!
滅びの雷めいた兜割りの斬撃はドリルランスを切断し――その下の本体装甲に深いクラックを刻んで、そこで止まった。
「……防いだ! 砕け散れッ!」
恐るべきはリフリジェレイトの堅守! 外骨格の右膝から大型のツイストドリルをせり出させ、下から抉るようなドリルニーキックを放つ!
「遅い」
だが、見よ! ガードされても尚、フォーキャストの方が動き出しが速い!
女侍従の反撃が届くより先に魔剣を振りかぶり、切っ先に2度目の落雷を喚ぶ!
KRA-TOOOOOOOOOM! 『捨身降魔落とし』2撃目!
右ドリルニー破砕! 装甲のクラックが広がり、外骨格の2割近くが砕け散る!
フォーキャストは再度長巻を振り上げ、切っ先に3度目の落雷を喚ぶ! リフリジェレイトは左ドリルニーの反撃を放つ!
KRA-TOOOOOOOOOM! 『捨身降魔落とし』3撃目!
左ドリルニー破砕! 装甲のクラックが広がり、外骨格の4割近くが砕け散る!
フォーキャストは再度長巻を振り上げ、切っ先に4度目の落雷を喚ぶ! リフリジェレイトは右背腕連装グラインダーの反撃を放つ!
KRA-TOOOOOOOOOM! 『捨身降魔落とし』4撃目!
連装グラインダー破砕! 装甲のクラックが広がり、外骨格の6割近くが砕け散る!
フォーキャストは再度長巻を振り上げ、切っ先に5度目の落雷を喚ぶ! リフリジェレイトは両腕に氷のブレードを追加生成して反撃を放つ!
KRA-TOOOOOOOOOM! 『捨身降魔落とし』5撃目!
氷ブレード破砕! 装甲のクラックが広がり、外骨格の8割近くが砕け散る!
フォーキャストは再度長巻を振り上げ、切っ先に6度目の落雷を喚ぶ!
「ッ……アアァァアアアアアアッ!」
DDDOOOOOOOOOOOM! リフリジェレイトは絶叫を上げ、2度目の魔力爆発を繰り出した。壊れかけの外骨格が内側から爆ぜ、鋭い氷の礫となって弾け飛んだ。
フォーキャストは6度目の斬撃をキャンセルし、稲妻を宿した長巻を盾にした。防いでなお強烈な氷凍魔法の余波が彼女を襲い、氷の礫が鎧化魔法の白装束を引き裂く!
「地に伏せろ、匪賊めが!」
リフリジェレイトは生身のままフォーキャストに掴みかかり、拘束して屋上へと叩き落とした。
KRAAASH! 重榴弾の着弾じみた激突音。墜落地点の近くにいたギャング数人が撒き散らされた冷気の余波を浴び、悲鳴を上げる間もなく氷像になって死んだ。
「東区は東のワンクォーター家の土地。誰であろうと荒らさせはしない」
「とっくに荒れ放題じゃん」
「それも今日まで。まつろわぬ破落戸ども、それを捨て置く中央区、100年続いた雌伏の時をチャールズ様が終わらせる。邪魔はさせない!」
KRASH! KRASH! KRASH! リフリジェレイトは馬乗りになってフォーキャストの髪を掴み、執拗に殴りつけた。フォーキャストの顔の上半分を覆う烏面が砕け、古代コンクリートに打ち付けられた後頭部から流血!
「ふふっ、はははっ! 痛い……!」
フォーキャストが愉快そうに笑う。リフリジェレイトは拳を振り上げる。瞬く間にその腕を氷が覆い、無数のスパイクが生えたガントレットを形成した。
「死ね、アズサ・メイゲン! 死ね!」
リフリジェレイトは裂帛の気合を上げ、介錯の一撃を打ち下ろそうとした。
――その瞬間、何かが背後から彼女を貫き、鎖骨のそばを突き破って飛び出した。
「うッ!?」
「油断したでしょ、今」
その正体はロープ付きの投げ矢、すなわちフォーキャストの打根である。
リフリジェレイトが勝負を決めようとした瞬間、袖の中から電磁力で射出し、空中で軌道を変えて背後から貫いたのだ。
フォーキャストは機を見るに敏、下からリフリジェレイトを掴んでグラウンドに引き込もうとする。リフリジェレイトは自らマウント・ポジションを解き、後ろに飛び退いて組討ちを拒む。
フォーキャストはすぐさま立ち上がり、打根に結んだロープを収縮させた。そして引き寄せられた女侍従に膝蹴りから掌底を叩き込んだ。
鏃が抜け、銀髪のエルフが後ろに数メートル弾き飛ばされる。フォーキャストはそれを追って力強く踏み込む。屋上に落ちていた大長巻がひとりでに宙を舞い、その手の中に飛び戻る。そのままランスチャージめいた突進突きを放つ!
「まだ、まだ……!」
リフリジェレイトは立ち上がり、氷のガントレットで突きを打ち逸らした。
フォーキャストは長巻を手放して大弓に持ち替え、飛び退りながら矢を4本扇状に放つ。リフリジェレイトは矢を前転回避し、散弾めいた氷の礫を飛ばす!
◇
「若頭補佐!」「加勢しますか!?」「撃ちましょうぜ!」
「あ、ああ……」
サブマシンガンを構えた部下の提言を受け、プロファイルは僅かに逡巡した。
この場の責任者がバンブータイガーならば、リフリジェレイトが何を言おうが構わず攻撃命令を出した。ファイアライザーであれば自ら先陣を切って援護に出ていた。
しかし魔法使いとしては中の下程度の実力しか持たないプロフィビジョンに、このレベルの戦いに割り込むべきか否かの判断は困難であった。そして、その逡巡が致命的な隙を生んだ。
「ちぇりおーっ!」
「ぐわーッ!?」
プロフィビジョンの背後にアクアヴィタエが着地し、長杖を振り下ろした。
強化魔法を乗せた一撃がプロフィビジョンの脳天を強かに捉えた。術者の集中が途切れ、コンソール付近に展開されていた風の防壁が消え失せる。
「――事務方に荒事は荷が重かったようだな、役人殿!」
続いてデスヘイズが実体化し、悶えるプロフィビジョンに正面から襲い掛かった。
BRATATATATATATATATA! 周囲のギャングがサブマシンガンの阻止砲火を張る。デスヘイズは煙化して銃弾をすり抜ける。そのまま走りながら短銃身リボルバーを乱射する。
BLAMBLAMBLAMBLAM! 銃の小ささに見合わぬパワフルな発砲音。取り巻きのギャング数人が被弾して倒れる。プロフィビジョンは右のトンファーで銃弾を弾き、咄嗟に迎撃の前蹴りを繰り出す。
「物の数じゃないと言っただろうが! オレはデスヘイズだぞ!」
デスヘイズは煙化して蹴りを空振りさせ、軸足を刈ってテイク・ダウン。そのままリボルバーの銃口を押し付け、残弾すべてを叩き込む。BLAMBLAMBLAMBLAM!
「ぐええーっ!」
プロフィビジョンが身体をくの字に折り、唾液を吐いて悶え苦しんだ。
「ボディアーマーか。生意気にいいモン着てやがる」
デスヘイズは手応えの薄さに眉をひそめた。殺すつもりの射撃であったが、銃弾はすべてギャングスーツの下の防弾ベストで止まっていた。彼女はプロフィビジョンの顔を掴み、呼吸器に直接毒煙を流し込もうとした。
『――ヒュドラ・クラン組長代行、チャールズ・E・ワンクォーターだ。これより、ピラー内の全戦力は俺が直接指揮を執る』
そのとき、ヒュドラ・ピラーの放送設備が稼働し、冷や水を打つようなチャールズの声が屋上に響き渡った。
「若頭? 放送システムにアクセスを?」
デスヘイズが訝った。組長室にはジョンが殴り込んでいるはず。組長室の放送システムは固定式であり、銃撃戦の最中に操作できるような代物ではない。
もしや返り討ちにあったか? 不吉な予感がデスヘイズの脳裏をよぎる。しかし、彼女にそれ以上状況を分析する時間はなかった。
『威力部門の予備隊は屋上に急行しろ。ビッグ・バレルの護衛が最優先だ。デスヘイズとアクアヴィタエの殺害は努力目標とする。優先順位を違えるな』
BANG! その声とともにピラー内部に繋がる鉄扉が開き、ビル内からヒュドラ・クランの増援が雪崩れ込んできた。
先頭は毛皮のギャングコートを羽織り、両腕の噴射装置と背のタンクからなる冷凍装置を装備した瘦せ型のギャング。明らかに冷気使いの出で立ちである!
「威力部門、クーラント。――プロフィビジョン殿、ちょいと堪えてくださいよ!」
PSSSSSSH! クーラントの手首に装着された噴射口から液化窒素が噴き出し、冷気の霧となって放射された。
テックによって強化された氷凍魔法。分子運動を抑制するその機序は、〈霞隠〉を主軸とするデスヘイズにとっては天敵である。
「またぞろ氷凍魔法使いかよ、クソが!」
デスヘイズはプロフィビジョンの上から飛び退いて冷気放射を躱し、そのまま腕を交差して防御姿勢をとる。そこにクーラントのトラースキックが突き刺さる。
冷気をまとった蹴り脚は煙化による回避を許さず、デスヘイズの小柄な身体をアクアヴィタエの方に吹き飛ばした。そこに威力部門の後続が殺到する!
『リフリジェレイトは引き続き敵の最高戦力に対処しろ。他はこちらで受け持つ』
「仰せの通りに……!」
リフリジェレイトが氷の外骨格を再生成し、氷柱針弾を乱射しながら突撃した。スラスター噴射を乗せて連装グラインダーを振り回し、質量に物を言わせた回転攻撃を仕掛ける。
フォーキャストは自分も鎧化魔法を再展開し、もう一度空に舞い上がった。その後を氷柱弾とアイスブルーの稲妻が追う!
『プロフィビジョンは何をおいても関所への支援砲撃を急げ。劣勢になってからでは機を逸する。お前の働きが勝負を決めると思え』
「げほッ……クソ、人使いの荒いこった! おい、装填急げーッ!」
プロフィビジョンはえづきながら立ち上がり、コンソールに埋め込まれた魔脳操盤のキーを叩いた。対空射撃のために仰角を取っていた15センチ連装砲が旋回し、関所方面へ砲口を向けた!
◇
「――最後に、組長室に暗殺者が入り込んでいる。数はひとり、魔法使いだ。待機中の戦闘員は所定通りに全ての階段と昇降機を閉鎖し、組長室まで急行しろ。以上だ」
そう言い終わるや否や、チャールズは身を覆う魔導機械の甲冑を通じ、遠隔制御していたピラーの放送システムをオフに切り替えた。
そして666マグナムを持った両腕で円を描き、正面から飛んできた8ゲージスラッグ弾を受ける。黒紫の強靱な装甲が大粒の一発弾を明後日の方向に逸らし、その重量で被弾衝撃を吸収した。
「俺を無視すんじゃねぇよ、クソ野郎……!」
間髪入れず、拳銃を抜いた暗殺者がその懐に飛び込み、装甲の隙間を目掛けて正確無比なトリプルタップ射撃を撃ち込んだ。
BLAMBLAMBLAM! チャールズは最小限の防御姿勢をとり、被弾箇所をずらして銃弾を防いだ。続けて左の666マグナムを発砲し、さらに射撃反動を乗せた回し蹴りを放つ。脚部に仕込まれたブースターが火を噴き、蹴り脚をさらに加速させる。
暗殺者バックスタブは肩から提げた散弾銃のフレームで弾を受け流し、横っ飛びに転がって蹴りを避ける。
チャールズは深追いせず、銃僧兵闘法のベーシックな構えを保つ。やや半身に立ち、左銃は間合いを測るように前に突き出し、右銃は顔の横だ。
「便利だな、その鎧。ケーブルもなしに放送できるのか」
「マギバー・スペース、魔力を触媒とする無線通信網を通じたハッキング機能だ。範囲内の魔導機械を管制できる」
「着るリモコンって訳だ。ご一緒にコンロと冷蔵庫も付けたらどうだ?」
暗殺者がじりじりと間合いを詰めながら皮肉を吐いた。その口元は笑みの形になっていたが、赤い双眸は冷たく乾いた殺意で満たされている。チャールズはその殺意を冷淡に無視し、機械的な無表情で挑発を返す。
「お前の考えは手に取るように解る。攻め手がないから俺に攻めさせたいんだろう。いくらでも無駄話をするがいい。残り少ない寿命が空費されるだけ――」
「ファック・オフ!」
暗殺者がコート下から赤塗りの爆炎手榴弾を取り出し、不意にチャールズの顔を目掛けて投げつけた。
(油断も隙もない)
チャールズは兜の中で目を細める。
彼は密かに〈接触〉のスキルを発動し、敵の行動のタイミングと表層思考を読み取っていた。投擲はただのブラフ。投げられた手榴弾には安全ピンがついたままだ。
しかし、顔面への飛来物に対処しないわけにもいかぬ。チャールズは左銃を振るって手榴弾を叩き落とし、同時に右銃の引き金を引いた。
BLAMN! 巨大な666マグナム弾が空間を貫き、投擲直後の暗殺者を襲う。
その瞬間、暗殺者の身体が溶け崩れ、床にドス黒い跡を残しながらチャールズの足元に流れ込んだ。そして液溜まりからダガーの刃が飛び出した!
「ぐッ……」
チャールズの口から呻き声が漏れた。
――瞬間的に強化魔法を発動し、地を這うような軌道で肉薄。下から渾身のダガー刺突を繰り出した。
チャールズが敵の動きの全容を認識したとき、研ぎ上げられたスティレット・ダガーの切っ先は既に甲冑の隙間に滑り込み、脇腹の肉を突き刺していた。思考を読んでもなお不意を打たれるほどに速く。
それは血と殺戮の日々の中で積み上げてきた戦闘技術の結実であり、荒削りだが鋭い暗殺者の牙であった。装甲の下に灼けるような痛みと血の感触が広がり、不随意的に脂汗が噴き出す。
「さっきから舐めてんのかテメェ。チェスプレイヤー気分で上から物言いやがって」
暗殺者が酷薄に呟き、ダガーを捻じって傷を抉った。
「俺は命取りに来てんだぞ、少しは死に物狂いになってみろや」
「……貴様!」
BBLAMN! チャールズは筋力でダガーの刃を食い止め、両手の拳銃を足元に撃ち込んだ。
暗殺者は股下を潜ってその背後に回り込むと、床に伏せた姿勢から高く跳び上がり、逆手に持ち替えたダガーを突き下ろした!
読んでくれてありがとうございます。
今日は以上です。
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