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最終章2 マーシレス・ショウダウン(5)


「俺を殺す? 自分の立場が解っていないらしい」


 チャールズは666マグナムのリロードを続けながら言った。


「お前はブルータル・ヒュドラ組長を手にかけ、あまつさえ南区に逃亡して外患を引き込んだ。死を与えるのは俺であって、お前ではない」

「そりゃ、結果が決めるこった。――親父が俺を殺そうとしたこと、その後の内ゲバ、あんたがクランを乗っ取るために描いた絵だな」


 話しながら、俺は腰だめに構えた『ヒュドラの牙』の照準を頭、心臓、脚と移す。

 チャールズは無反応を装っているが、視線は油断なくこちらの銃口を追っている。やはりカウンター狙いの罠か。


「くだらん憶測だな。そのエビデンスは?」

「白々しい言い逃れはやめようぜ、兄弟。今さら煙に巻いたところで、結局これからすることは変わらねぇんだ。ここらでお互いの動機ってやつをハッキリさせようじゃねぇか」


 俺は攻撃のタイミングを伺いながら続けた。


「あんたは他区に戦争を仕掛けて、クイントピアを制覇しようとした。だがヒュドラ・クランは結局ギャング組織だ。あんたが順当に組長を継いだとして、区外進出を唱えても保守派の大幹部は乗ってこないだろうし、最悪、引退した親父を担ぎ出してくるだろうな」

「……」

「だから親父と俺を殺し合わせた。自分に靡かない大幹部も殺した。そうして誰も文句を言わない体制を作って、クランそのものを自分の私兵に変えた。これはマグナムフィストやノスフェラトゥからも裏を取ってるこった」

「奴ら、喋ったか」

「あっさりな。あんた人望ないんだよ」


 俺はチャールズを挑発した。

 最初のきっかけがスパニエルの死に際の一言であることは言わなかった。ギャングとして勇敢に戦って死んだ奴に、裏切りの不名誉を被せたくはなかったからだ。


「自分が成り上がるために親分(おや)を裏切るのは解るさ。親父もそうしてヒュドラ・クランを興した。だが解らねえのは、あんたがここまでする動機ってやつだ」

「何が言いたい」

「『機械仕掛けの神』」


 俺がその単語を出すと、チャールズはわずかに目を見開いた。


「ノスフェラトゥから聞き出した。あんたがクイントピアを制覇して、そいつに挑むつもりだってな。結局、あんたは何がしたくてこんな事しでかしたんだ?」

「言ったところで理解できまい」

「耳ついてんのか?」


 俺は立射姿勢に構え直し、『ヒュドラの牙』の照準器(サイト)を覗き込んだ。


「ハッキリさせよう、って言ったろ。どういうつもりでクランをこんな有様にしやがったのか、聞き出す前に殺したんじゃスッキリしねぇだろうが」

「……クソガキが(・・・・・)


 チャールズの声に隠しきれない怒りがちらついた。

 奴は基本的に格式ばった貴族式の発音で話し、そこにときどきギャング流の荒っぽい言葉遣いが混じる。あまり位の高くない東区貴族によくある話し方だ。


「だが、いいだろう。お前は俺の計画を散々狂わせてくれた。何も解らせずに殺したのでは俺の気も晴れん」


 チャールズは装填を終えたシリンダーを閉じ、歩きながら銃口で窓の外を指した。


 俺は目だけを小さく動かし、周辺視野で外を見た。ガラスの穴は既に氷で塞がれていた。その向こうではフォーキャストが飛び回りながら弓矢を撃ちまくり、リフリジェレイトが氷柱の砲弾や青い稲妻をブチ撒けながらそれを追いかけている。


「何が見える」

「怪獣大決戦。やべーなあの女ども」

「違う。その向こうだ」


 奴が示す先には都市の中央に鎮座する白いドームがあった。


「……中央区?」


 俺は半信半疑で聞き返した。

 4区の行政府代表が年に一度の会合で入っていく以外、中央区は外界といっさい関わりを持たない。ドームの入口は常に封鎖されている。市民からすればデカい岩が鎮座しているようなものだ。誰も気にしない。


「そうだ。あのドームの中、クイントピアの中枢には何があると思う」

「興味もねぇよ。お偉いさん方の住んでる街があるんじゃねぇの?」

「ふん」


 奴は鼻を鳴らし、首を振った。


「中央区の人口はゼロだ。あるのはかつて人がいた管制室、メンテナンス・マシンの無人工場、モスボール処置された浮遊艦隊、半永久的にエネルギーを産出するマギトロン・ジェネレータ。そして」


 チャールズは一瞬言葉を切り、何か重大な告発でもするかのように続けた。


「――中央区(セントラル)の王、機械仕掛けの神。太古の昔から稼働し続ける、都市と一体化したメインフレームに宿った人工知能(ゴースト)。東西南北の貴族家(ワンクォーター)による統治もそいつが作り出した虚構に過ぎん。大半の都市機能の管理者(アドミン)権限は、未だそいつ自身が握っている」

「俺でも解るように言ってくれねぇかな」

「要するに魔脳操盤(マギバーデッキ)の化け物がいて、各区の代表はその小間使いに過ぎんのだ」


 チャールズは簡潔に言い直した。


「俺は家格も実権もない分家筋の生まれだ。そこから力で敵を黙らせ、行政府代表の地位を勝ち取った。……だが、それも蓋を開ければ張り子の虎に過ぎなかった」

「だから東区を出て、今度はその機械とやらに下剋上すんのかい」

「そうだ。俺は機械に使われるハリボテの統治者も、汚らしいギャング共の頭領も御免だ。クイントピアの頂点を勝ち取る。その邪魔をする者は誰だろうと殺す」

「邪魔な奴は殺す、か。親父のモットーだな。あんたもすっかり立派なギャングになったじゃねぇの」


 俺は口元だけで笑みを作った。『ヒュドラの牙』の引き金にかけた指は、撃発まで0.1ミリのところで止まっている。


「何とでも言うがいい。……この際だ、俺もひとつ聞いておこう」


 チャールズは淡々と言った。奴もまた殺しにかかるタイミングを伺っているようだった。黒紫色の魔力が溢れ出し、クロームシルバーの銃身に薄くまといついた。


「何故戻ってきた? 組長が命じたわけではなかろう。追手を恐れるなら街を出ればいい。南区の奴らに脅されたとしても、監視の冒険者を殺す方が易しいはずだ」

「ワハハハハ! マジで言ってんのか、それ」


 俺は怒りと殺意を込めて笑った。


「あんたにどう見えてたかは知らねえがな。俺は親父を尊敬してたし、ライザーさんたち威力部門の皆が好きだったし、スパニエルは友達だった。サブマリンのバカも、マグナムフィストやノスフェラトゥも、他の死んでった大幹部の連中も、まあ嫌いじゃなかったよ」

「ならば何故殺した。貴様が大人しく死んでいれば、誰も死ぬことはなかった」

「まったく人の心の機微が解らねえ奴だな」


 『ヒュドラの牙』のゴーストリング・サイト越しに、俺はチャールズを凝視した。


「敵になったなら親だろうが殺すさ。だが、それと元凶のお前をブチ殺してやりたいと思うことには何の矛盾もねえ。俺が感情のない殺人マシンだとでも思ったか」

「もっとタチが悪い」


 チャールズは淡々と答えた。俺は無視して続けた。


「そもそも、俺を殺すように親父を唆すくらいなら、あの人が余所の区を攻めたくなるように仕向けりゃよかったんだ。親父を神輿に担いどきゃクランは今ほど割れなかったし、誰も死にはしなかった。そうならなかったのは、結局のとこ――」


 俺は笑みを消し、机の陰で右の靴底を上げた。


「他人をアテにできなかったあんたのせいじゃねぇか。テメェの悪因悪果を呪え!」


 BLAMN! 俺は引き金を引き、8ゲージ散弾を撃ち放った。

 チャールズは大きくサイドステップを踏み、散弾を躱す――その着地際に合わせ、俺は右脚を床に叩きつけ、スキルを発動した。


「〈必殺(デスパレート)〉!」


 床からタールじみたドス黒い魔力が噴き出し、肉食粘菌じみてチャールズを襲った。奴は避ける間もなく魔力の濁流に呑まれた。

 

 俺は一瞬、勝利を確信した。

 完璧なタイミングだった。奴をスキルに捉え、武器も魔法も封じられる路地裏に引きずり込んだはずだった。


 だが、現実は違った。奴を呑み込んだはずの黒いタールはその場でぺしゃりと潰れると、そのまま不満げに虚空へと引っ込んでいった。

 スキルの不発、ではない。恐らく瞬間移動か幻覚の類。何にせよ仕損じた。


(まずいな)


 咄嗟に膝を折る。BLAMN! 直後、頭上を通り抜ける銃弾。666マグナムの発射ガスとソニックブームが俺の脳天を殴りつける。


「……今のがお前の切り札か。あの黒い汚泥に呑まれたらまずいようだな」


 背後からチャールズの声。至近距離。


 屈んだまま振り向き、引き金を引く。チャールズは射撃反動で急加速し、666マグナムの銃身を横薙ぎに振るってこちらの銃を打ち逸らす。BLAMN! 発射された散弾が壁に穴を開ける。チャールズは勢いのままバックスピンキックを繰り出す。


 俺は『ヒュドラの牙』をかざし、跳躍しながらチャールズの蹴り脚を受けた。

 ZANK! 腕の骨が軋むほどの衝撃。身体が後ろに吹き飛ぶ。組長机から小物がバラバラと落ち、手つかずのサンドイッチが床に散らばった。


 BBBBBBBBBBBLAMN! チャールズが左右の拳銃を構え、全弾を無慈悲に連射した。馬鹿でかいマズルフラッシュが立て続けに爆ぜた。

 俺は着地と同時に横に転がって銃弾を躱し、避け切れない弾は『黒い拳銃(ブラックピストル)』を抜いて撃ち落とした。組長室の入口を背に立ち上がり、チャールズと再び向かい合う。


「ずっと喋ってたのはまやかしか。デカいこと言ってる割にやることが(こす)いな」

「お互い様だろう。俺が下らんセンチメントだけで長話に乗るとでも? 貴様が何らかの搦め手を隠し持っていることは解っていた。……本気を出すのは、ここからだ」


 チャールズは淡々と言うと、両手の666マグナムを無造作に手放した。

 ふたつの拳銃は黒紫色の魔力光に包まれたまま宙に浮き、ひとりでにシリンダーを開いて排莢。そこに同じく宙に浮き上がった銃弾が装填されていく。念動魔法(テレキネシス)か。


「器用なもんだ。そういや西区の魔法学園出てるんだっけ?」

「減らず口も叩けるのもここまでだ」


 チャールズは両手を広げた。その掌が禍々しい黒紫に輝き、部屋の隅に置かれた棺桶じみた黒いコンテナへと魔力の線を伸ばした。


「悪因悪果と抜かしたな。この現状は俺の他者不信が招いたものだと。だが、かく言う貴様はどうだ。殺すしか能がない故に、親も帰る場所も失った猟犬め」


 ガシャン! ガシャン! コンテナが開き、中から無数の機械が飛び出した。

 見れば、その正体は装甲と魔導機械を組み合わせた甲冑パーツだ。ギャングカーのような漆黒を基調に、暗い紫のラインが入っている。それが互いに魔力光の線で繋がれ、チャールズの周りを旋回し――脚、胴、腕、肩と装着されていく。


 BLAMBLAMBLAM! 俺は銃弾を叩き込み、奴が動き出す前に殺そうとした。

 しかしチャールズは片腕を的確に動かし、軽い防弾なら貫く三重被覆(トリプルコート)の9ミリ重金属弾を易々と弾き返した。


「……装着型魔導兵器、MIW-004『ニューロナーク(neuronark)』。ネオ(neo)は復活、新しきこと。神経(neuro)はこの都市に息づくマギバー・スペースの網、君主(monarch)はそれらを統べるもの」


 最後に縦に伸びた頭頂部を持つ長兜が、複眼型のマギバー・グラスとガスマスクを組み合わせたフェイスガードとともに装着された。関節が圧縮蒸気を噴き、全身に張り巡らされたラインを魔力光が走る。


 ただでさえ大柄なチャールズの姿は、今やふた回り以上大きくなっていた。

 背からは魔導エンジンの駆動音。脚に配置されたブースターや外見の雰囲気からは、工場区画で出くわしたウルフコマンダーのハイテックアーマー、あるいはサクシーダーの魔導兵器との共通性が見て取れた。


「俺はこの都市の支配者となる。ヒュドラ・クランはその礎だ。貴様らドブネズミはドブネズミらしく、誰にも顧みられずに死んで歴史のゴミ箱に行け」


 チャールズは空中装填を終えた666マグナムを握り、銃僧兵闘法ガン・モンク・スタイルの構えを取った。動力の補助があるのか、その動きはむしろ鎧を着ける前より軽快に見えた。


「嫌だね。俺は生きる。お前は殺す」


 俺は『黒い拳銃(ブラックピストル)』の弾倉を入れ替えた。

 初撃はしくじった。なら、次だ。殺すまでやる。



(最終章 デス・オブ・ヒュドラ・クラン 

 #2 マーシレス・ショウダウン 終

 #3 ヘイスト・トゥ・デスに続く)

読んでくれてありがとうございます。

今日は以上です。

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