最終章2 マーシレス・ショウダウン(4)
『A 級 冒 険 者 フ ォ ー キ ャ ス ト で す』
『今 か ら こ の 城 を 落 と す』
「何たる……ッ!」
リフリジェレイトは雷に打たれたような衝撃を受け、矢文を凝視したままたたらを踏んだ。
名乗りに代えて矢文を用いること自体は、東国系の弓使いがよく使うプロトコルに過ぎない。
だが、この筆遣い。一文字一文字から覇気と品格が伝わってくるようだ。しかも魔力を込めて書いたらしく、字そのものが薄い電光をまとっている。
自らの名と目的に加え、電撃魔法を使うことまでも奥ゆかしく明かす余裕。相当に高位の魔法使いに違いない。南区がこれほどの使い手を動かせたとは……!
「弓矢です。射手の名はフォーキャスト。実力者と見えます」
「そいつならイグニッションの報告にあった。白装束の女、得物は長巻と大弓、空を飛んで風と雷を使う」
リフリジェレイトが報告すると、プロフィビジョンが即座に答えを返した。
(長巻に大弓? ……心当たりはひとりしかいないけれど)
勇者アズサ・メイゲン。真なる中立、流浪の暴力、人型の嵐。
目的不明、正体不明。突然ふらりと現れ、どの勢力ともコンタクトをとらぬまま魔族を殲滅し、険山に巣食う魔王を殺した後は再びふらりと姿を消した女。
今でこそ無私の英雄として称えられているが、当時は「魔王を超える脅威が現れたのでは」と近隣諸国を恐怖に陥れた。今の評価にしても、単に月日が経って有耶無耶になった結果、そういうことにされただけだ。
只人ならばとうに寿命を迎えているはず。騙り者の可能性も高い。
しかし、元々行動原理のまるで読めない相手だ。魔法か魔道具の力で生き続けていた本人が、何かの気まぐれで襲ってきていたとしても不思議ではない……。
BEEEOW! 女侍従の思考を遮るように、新たな矢が飛来した。
リフリジェレイトは組んでいた腕を解き、その矢を空中で掴み取って氷漬けにすると、万力じみた握力でへし折った。
(どちらにせよ、考えている暇はない)
彼女は即座にマインドセットを終えた。
確かなのは、デスヘイズやアクアヴィタエを超える脅威がピラーを狙っているという事実。それ以外は余談に過ぎない。本物であろうとなかろうと、仕留める。
「こちらで対処します。上空は任せました」
「元々そのつもりだ。頼んだぞ!」
リフリジェレイトは全身に魔力を漲らせた。砕けた右背腕の断面でビシビシと氷の結晶が成長し、失われた腕を再生した。
彼女は巨大なその腕を重装歩兵の大盾めいて突き出し、再び『凍月』の射撃準備に入った。その左右に巨大な氷柱針弾が6本ずつ輪状に生じ、ガトリングの砲身のごとくスピンアップを始めた。
そこに五の矢、六の矢。風を切って飛んで来る。
女侍従は凍てつく碧眼を見開き、左右の氷柱輪に攻撃の思惟を走らせた。
「2門、弾幕。斉射」
BRRRRRRRRRRR! 回る輪の中から氷柱弾が噴き出した。
ひとつ放たれた直後に輪が旋転して次弾が発射位置につき、空いた場所に新たな氷柱が生成される。追尾性を備えた超音速の氷柱弾は炸裂して鋭い氷片を撒き散らし、矢を着弾前に破壊した。作業員ギャングたちの歓声が上がる。
(方角は南東、かなり遠い。弾幕の濃さは十分。まずは良し)
迎撃可能。敵もそれを理解したはず。ならば攻め方を変えてくる。
その予測は数秒後に現実となった。
矢が飛んできた南東方向、白く光る木の葉が溢れ出したかと思うと、たちまち空の一角を埋め尽くすほどの葉吹雪となってヒュドラ・ピラーに殺到した。
恐らく電撃魔法。木の葉を模した雷矢の一種。ほとんど推進力を持たぬ代わりに大量の魔力を内包するタイプ。着弾を許せば致命的な破壊を撒き散らすだろう。
リフリジェレイトは一瞬の観察で魔法の性質を見抜き、相手の意図を読み取った。数に任せた飽和攻撃が狙いか。
「おい、ヤバいんじゃねぇのか! 砲門を半分そっちに」
「手出し無用」
リフリジェレイトは冷厳に言い捨て、さらに4つの氷柱輪を生み出した。
「ここを落とさせはしない。このリフリジェレイトがいる限り……!」
BBBBBBRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR!
氷柱輪6門斉射! 横殴りの雹のごとき対空砲火が木の葉の波を押し留める!
もはや彼女の秒間投射弾量はビッグ・バレルのそれすら上回っていた。
ひと繋がりに放たれる氷柱弾が雷の木の葉と打ち消し合い、砕けた氷の結晶が電光を乱反射。目を灼くような色彩が夜空を躍る!
(撃ち合いなら崩されはしない。主導権はこちらにある)
強力な魔法使い同士の戦いにおいて、射撃戦で勝負がつくことは少ない。その後に待つ殴り合いがメインディッシュだ。
敵はいずれかのタイミングで必ず距離を詰めてくる。そこに温存した『凍月』を合わせ、駄目押しの近接攻撃を重ねて潰す。
女侍従が算段をつけた矢先、白い葉吹雪の中から人間大の影が飛び出した。
その様は白い鳥、あるいは彗星のように見えた。ひと目で解るほど膨大な魔力。遷音速飛行に伴う円錐雲。後には眩い電光の尾!
魔力を乗せた突進。正面突破を選んだか。
リフリジェレイトはそのように判断し、迎撃計画を実行に移した。
「火は途絶え薪も尽きぬ/雪の峰に凍てし月光/明けぬ寒夜をここに――『凍月』!」
ZAAAAAAAAAP! 氷の右背腕がアイスブルーの稲妻を吐き出した。
一撃でダウンバーストを引き起こす冷凍エネルギーの水平射撃。軌道上の大気が青みがかった液体へと凝結し、生じた真空が極低温の乱気流を巻き起こした。
「フォーキャスト」はジグザグに風を切り裂き、枝分かれする冷凍光の間を抜け、夜空を縫う針のごとく飛び続ける。
リフリジェレイトは放射され続ける稲妻を鞭のごとく振り回し、冷凍エネルギーを暴れ狂わせた。同時に氷柱針弾の火線を操作して回避先を制限し、敵を自らの正面に追い込む。左背腕に備えた大型武器、必殺のドリルランスの間合いへと。
「――逃さない」
ZZOOOOOM! 外骨格の背から噴射音とともに白い翼が生えた。
その正体は背部スラスターから噴き出した極低温の冷気である。装甲内に溜め込んだ液化空気を爆発的に気化させたのだ。
彼女は自らを弾丸として打ち上げ、ドリルランスの空中突撃を仕掛けた。
「フォーキャスト」はカーブして避けようとしたが、距離と相対速度がそれを許さなかった。むしろ横腹に槍先が突き刺さる形となった。
WHIRRRRR! 機体全高を超える長さの大槍が凄絶な破壊音を響かせた。銛を束ねたような凶悪な穂先が「フォーキャスト」を一瞬にして回転に巻き込み、ズタズタに抉り裂く。骨の一片、血の一滴も残さず……。
「……違う。これは!」
リフリジェレイトは目を見張った。
骨も血も、初めから存在しない。
「フォーキャスト」は――正確にはリフリジェレイトが「フォーキャスト」と誤認していたものは、無数の木の葉へとほどけ、稲妻を撒き散らしながら消滅した。
巨大かつ精巧な魔法弾。つまるところ魔力の塊である。
飛び道具とは思えぬ規模の魔力を内包し、接近物を避けながら飛び続けるように術が組まれている。巡航魔法弾とでも呼ぶべきか。
いかなる目的でこんな物を? 自明である。
リフリジェレイトをピラーから引き離す囮だ。敵の居場所は正面ではない!
(謀られた!)
ZZZOOOOOOM! リフリジェレイトは即座に逆噴射をかけて慣性を押さえつけ、反転してヒュドラ・ピラーに取って返した。
――何たる愚か! 想定外の強敵に浮足立ったか!? あれほど警戒していた状況に自ら嵌まり込むとは!
リフリジェレイトは怒りと焦燥で煮え立ちかけた精神を意識的にクールダウンさせ、一連の流れを再分析した。
徹頭徹尾まやかし、ということはないはずだ。最初に矢が飛んできた時、「フォーキャスト」は確かにその射線の向こうにいた。
仕掛けたのは恐らく、その次の飽和攻撃のタイミング。あの白い葉吹雪で視界を遮った後、その陰から巡航魔法弾を放ち、本体は密かに離脱したのだ。思えば最初の矢文すら、正面からの攻撃を印象付けるためのブラフであったのやも知れぬ。
(地上は塞いでいる。来るとすれば空中……ピラーの裏側!)
リフリジェレイトはプロフィビジョンたちの頭上を飛び越え、一直線にヒュドラ・ピラーの反対側へと回った。
DDDOOOOOOOOOOM! 頭上でビッグ・バレルの対空砲火が2発目のボイラー・メイカーを撃ち抜き、蒸気雲爆発の大輪が咲いた。
その青い炎が空を飛ぶふたり分の人影を照らし出した。ひとりがもうひとりを抱きかかえ、速度を絞ってヒュドラ・ピラーへと移動している。
抱えているのは白装束の女。見た目は若いが、身にまとう魔力は齢300に届くリフリジェレイトですら畏怖を覚えるほどに濃い。その左右には大弓と長巻が浮遊している。
抱えられているのは黒スーツの少年。その手には『ヒュドラの牙』。亡き組長ブルータル・ヒュドラの愛銃。東区にふたつとないオーダーメイド・ショットガン。
(奴がフォーキャスト。抱えられているのは例の暗殺者……単独で射撃戦を仕掛けた後、裏に回って仲間を回収したか)
今ならば間に合う。高度の優位もある。リフリジェレイトは攻撃位置につき、上から氷柱針弾の雨を浴びせかけようとした。
「――なるほど。ここまで近付けたってことは、お前がオレを感知してるわけじゃないらしいな。となると他の誰ぞのスキルか、東のワンクォーター家の遺物か」
その瞬間、薬物煙草で荒れた声がその耳朶に触れた。
背後を振り返ると、ほんの数メートル上にデスヘイズがいた。
〈霞隠〉を解除し、屈んだような姿勢。その足元には錆び付いたジャンクの魔導車が実体化しかけている。これほどの質量を煙にして持ち込んでいたのか。
魔導車は座席やハンドルが取り払われ、四角く梱包された魔導プラスチック爆薬がぎっしりと詰め込まれていた。車内から無数に伸びた導爆線は、すべてデスヘイズの手の中の起爆装置に繋がっている。
「貴様……!」
「直接顔合わせるのは半月ぶりだな。まさかオレが自分から近寄ってくるとは思わなかったか?」
デスヘイズが親指で首を掻っ切るジェスチャーをした。
「こいつは再会のプレゼントだ、遠慮せず受け取ってくれよ」
魔導車が重力に引かれ、リフリジェレイトにのしかかるように落下した。
リフリジェレイトは右背腕をかざして魔導車を受け止めた。五指に備わる丸鋸型のグラインダーが人食い鮫の牙のごとく車体に食い込んだ。
彼女はそのまま冷気を流し込みながらグラインダーを駆動させ、魔導車爆弾を起爆前に粉砕しにかかった。壮絶な破壊音と共に返り血めいてオイルと削り屑が飛んだ。しかしシャーシに補強が施されているのか、想定よりも破壊速度が遅い!
「頑丈なオモチャだろう。うちのバカ共が半月かけて用意したんだぜ」
デスヘイズが起爆装置の安全ピンを引き抜き、無慈悲に笑った。
「当然、信管も極低温仕様だ。笑いな、畜生!」
KA-BOOOOOOOOM! 数百キログラムの高性能炸薬が一斉に化学反応を起こし、高温のガスを発生させた。
ガスは音速を超える速度で膨張し、衝撃波を伴う爆轟となってリフリジェレイトを下へ叩き落とした。デスヘイズが嘲笑いながら黒煙となって飛び離れるのが見えた。
「……薄汚れた……下賤の……薬師崩れが……!」
リフリジェレイトは全身から冷気を噴射し、強引に体勢を立て直した。凍りついたビル壁から巨大な氷の枝が何本も伸び、足場となって彼女を受け止めた。
彼女自身はまったくの無傷だったが、外骨格の至る所にヒビが走り、ボロボロと破片が零れ落ちていた。鎧化魔法で生み出した繊維を含んでいなければ砕け散っていたところだ。
リフリジェレイトは上を見た。フォーキャストらはヒュドラ・ピラーの最上階まで辿り着き、東のワンクォーターにその手を伸ばそうとしていた。
ZZOOOOOOM! 女侍従は再び冷気の翼を生やして飛び上がった。
もはや装甲を修復する時間も惜しかった。彼女は攻撃と加速に必要な部位だけをかりそめに繋ぎ、下からドリルランスの空中突撃を強行した。
さながら天を衝く矢、逆流れの流星! さらに無数の氷柱針弾が次々生じ、空中のふたりを目掛けて昇ってゆく!
「じゃ、手筈通りお願いします」
「ん、頑張ってね。いえーい」
「イェー。ちょっくら行ってきます」
白装束の女は宙返りを打って勢いをつけ、暗殺者をヒュドラ・ピラーの最上階――チャールズ・E・ワンクォーターの座す組長室へと放り投げた。
そのまま大弓を取り、電磁加速を乗せた矢を放つ。矢はキイチゴ色の弾道を描いて暗殺者を追い越し、組長室の窓を塞いでいた厚い氷を打ち砕いた。
「――よし。じゃ、やろうか」
フォーキャストは長巻の柄を掴み、リフリジェレイトに向き直った。
稲妻がその顔を隠し、カラスの嘴を模した面を形成した。嵐を凝縮したような乱気流が吹き荒れ、雷から織り上げた白装束がはためいた。
「はじめまして、私フォーキャスト。お手紙読んでくれた?」
白装束の女が名乗り、左手で直交する9本線のサインを描く。その動作を起点に虚空から雷光の葉が続々と湧き出し、背後の暗殺者を守るように広がった。
「E・ワンクォーター家、リフリジェレイト……!」
リフリジェレイトは氷柱針弾の軌道を操作して暗殺者へと差し向け、自身はそのままフォーキャストへ突進した。
フォーキャストは急降下して高度を速度に変え、これを真正面から迎え撃った。
大長巻の刀身を高速回転するドリルランスに添え、横にいなし、突進を掻い潜って懐に飛び込む。
「そこッ!」
リフリジェレイトは即座に反応し、スラスターの推力を乗せた膝蹴りを放った。
WHIRRRR! 外骨格の膝部装甲が展開し、そこから大型のツイストドリルがせり出した。至近距離にやってきた相手の下腹を抉る隠し武装である!
防げる威力ではない。フォーキャストは長巻を手放して打根に持ち替え、半身になってドリルニーキックを躱すと、そのまま装甲の隙間、目元のスリットを突きにいった。帯電白熱した切っ先が音速の壁を破った。
リフリジェレイトは左腕を跳ね上げてこれを逸らし、同時にカウンターのレバーブローを打つ! フォーキャストは短く重い掌打を合わせる!
DDOOOOOOM! 莫大な魔力同士の衝突が、爆発と見紛う斥力を生じさせた。
二者はその力に逆らわず、互いに飛び退いて距離をを取り直した。周囲で葉吹雪と氷柱針弾が衝突して小爆発を起こし、雷光に輝く氷片が降り注いだ。
(失敗した)
リフリジェレイトは無言のまま隙のない構えを取った。
激突の瞬間、彼女の動体視力は確かに捉えていた。フォーキャストの肩越し、放り投げられた暗殺者が窓を破り、毒塗りの投げ矢めいて組長室に飛び込む様を。
「……魔王殺しアズサ・メイゲンとお見受けします」
「んー? 会ったことあったっけ?」
「一合競り合えば、自ずと解ります。――何故あのような者に協力を? 東のワンクォーターに弓を引き、この街の秩序を脅かすだけの大義がお有りですか」
「ないけど。私がどうしようが私の勝手だし。ここの代官もろくでもなさそうだし」
フォーキャストは小首を傾げ、涼しげな微笑を浮かべた。
「ああいう子、タイプなんだよね。可愛いでしょ」
「…………失望しました。四方に詠われる勇者が、年甲斐もなく色狂いとは」
リフリジェレイトは吐き捨て、魔力を巡らせて氷凍鎧化を完全再生した。
純白の氷鎧の周りで青みがかった雪が舞った。極低温の冷気によって、液体を通り越して結晶化した空気分子の雪だった。
ピラーの中にも護衛戦力はいる。チャールズ自身も強力な魔法使いである。だが、いずれも突破を許したエクスキューズにはならぬ。侍従として耐えがたい恥だ。
だとしても、この魔法使いを通すわけにはいかぬ。
「ご自慢の若い燕もろとも、ここで屍を晒すがよろしい」
「ふふふっ。怒ったの? 可愛いね」
フォーキャストは大長巻を霞に構え、リフリジェレイトに手招きした。
「おいで、お嬢さん」
◇
そういえば、フォーキャストは未来視のスキル持ちだったな。この戦いの結末もとっくに視えていたりするんだろうか。
そんな疑問が頭をよぎったとき、俺は既にぶん投げられて宙を舞っていた。
一瞬聞いておけばよかったと思ったが、すぐに「まあいいか」と思い直した。
多分あの女は聞いても答えないだろうし、俺も自分に都合のいい占いしか信じない主義だ。奴が「負けて死ぬからやめろ」と言ったところで、やることは変わらない。
奇襲して、殺す。仕事の時間だ。
KRAAAAASH! 俺は強化魔法を乗せた飛び蹴りで窓ガラスを蹴破った。暖房の効いた組長室の空気が俺を出迎えた。
チャールズは竜革の組長椅子から離れ、入口側の応接ソファに腰かけていた。
ストライプ柄の高級ギャングスーツ。190センチを優に超す体格。慈悲も優しさも母親の腹の中に置いてきたような険しい顔には、冷えた鋼じみた無表情が浮かんでいる。俺の知るチャールズ・E・ワンクォーターの姿そのままだ。
俺は空中で『ヒュドラの牙』を構え、狙いを合わせ、引き金を引いた。
BLAMN! 蛇頭じみたスパイク付きダックビル・ハイダーが火を噴き、散弾が横に広がった。強化魔法を覚えた今ならば、広がる鉛玉の軌跡も目で追える。
チャールズは全身に黒紫の魔力をまとい、ソファから跳躍して連続側転を打った。的を外した散弾がソファと応接机を破壊し、木屑と羽毛が舞った。
奴の両手には化け物じみた大きさのリボルバーが握られていた。
左右でまったく同じデザイン。グリップは交差溝入りの黒檀、フレームはクロームフィニッシュのアダマント。放熱リブ付きの12インチ銃身。シリンダーには馬鹿でかい実包が6発入っている。
666マグナム。不吉なる超大型拳銃。銘は『マスターピース』。2挺で1対のカスタムモデル。無慈悲にして無機質、チャールズそのもののような銃。
拳銃としてはあまりにも重く、大きく、反動が強く、副武装としてはまったく不適だ。しかし銃を鈍器として反動打撃を繰り出す銃僧兵闘法の新教派が持てば、それらの欠点はすべて利点に変わる。
BLAMN! BLAMN! チャールズが左右のリボルバーを交互に撃つ。
放たれる重金属弾は拳銃弾というより小ぶりのスラッグ弾のような大きさをしている。これが対魔物ライフル顔負けの強装薬で発射されるのだからたまらない。まさに手持ち大砲だ。
俺は着地と同時に走り出し、引き金を引いたままショットガンをポンプ。敵弾を紙一重で避けながら散弾をバラ撒く。
対するチャールズは小刻みにサイドステップを踏みながら666マグナムを撃ち続ける。そう大きな動きではないが、当たらない。直径17ミリの弾頭が発射直後の散弾をことごとく捉え、ペレットの散布界に穴を開けている。
BLAMNBLAMNBLAMNBLAMNBLAMNBLAMNBLAMNBLAMNBLAMN!
俺とチャールズは互いに動きながら撃ち合った。8ゲージと666マグナム、一発で猛獣も殺す大口径弾が飛び交う。木の板を貼った壁に蜂の巣じみた弾痕が開く。
やがて俺が組長机の陰に飛び込むと、チャールズの射撃がぴたりと止んだ。
マホガニーの組長机の上には魔脳操盤らしき魔導機械、手つかずのサンドイッチ。部屋の隅には棺桶じみた黒一色のコンテナが置かれている。これらに弾が当たるのを恐れたか。
「――品のないノックだ。親を殺したときに礼儀も忘れたか?」
チャールズがやっと口を開き、左右の銃のシリンダーを開いて排莢した。
俺は『ヒュドラの牙』をひっくり返し、給弾口に棒状のスピードローダーを突っ込んでショットシェルを流し込んだ。
「失敬、久々の我が家で気が抜けちまったよ。不法侵入者がいるとは思わなかった」
「驚いた。まだ家人のつもりだったとはな。不法侵入者はお前だ」
俺はリロードを終えて立ち上がった。チャールズはまだだった。勿体ぶった動きで1発ずつ弾を込めている。
一見すると隙だらけだが、罠だ。奴は徒手空拳でも俺ひとりくらい簡単に殺せる。これ幸いと無策で攻めかかれば、即座に強烈なカウンターを叩き込んでくるだろう。
「一応、礼儀として名乗っておくか。ヒュドラ・クラン組長代行、東区行政府代表、チャールズ・E・ワンクォーター……」
チャールズは淡々と名乗り、そして付け加えた。
「……ニューロナーク。お前の無軌道も今日までだ、名無し」
「そいつは渡世名か。奇遇だな、若頭」
真昼めいて白々しい魔法照明の下、俺はチャールズに名乗り返した。
「ヒュドラ・クラン、バックスタブ。あんたを殺しに戻ったぞ」
読んでくれてありがとうございます。
今日は以上です。
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