最終章2 マーシレス・ショウダウン(1)
戦場となった関所周辺は、左右を古代建築群に挟まれた10車線道路である。
区間を隔てる古代コンクリートの壁に設けられた関所はふだん鉄柵で仕切られ、両区の警邏が常駐して通行を管理している。
しかし、今はどちらも存在しない。殺し合いの邪魔だからだ。
「気合入れて突っ込めェェッ! 関所さえ押さえりゃこっちのもんじゃ! 魔法使いの首持って帰った奴はグレーターに昇格させてやるぞォッ!」
ヒュドラ・クランはこの狭い通路に数百人がかりで押し寄せ、数に物を言わせた平押しを仕掛けていた。
戦力の大半を占めるレッサーギャングは一般人に毛が生えた程度の戦闘力しかないが、全員が自動火器や爆弾で武装しており、薬物と集団心理によって死を恐れない。
そしてそれらに紛れた魔法使い達は、全員が殺人経験のある危険な存在である。大部分が身体にマギバネティクスを仕込んでおり、情け容赦ない殺しの技を振るう。
対する南区の冒険者ギルドは全員が魔法使いだが、数は東区側の半分もない。ヒュドラ・クランの動員能力を勘定に入れれば、数的不利はさらに大きくなる。
その差を埋めて余りある大火力を振るうはずであったギルドマスター・エルフェンリアは、都市外から乱入してきた大蛇型の巨大兵器に釘付けにされている。
防衛に向いたこの隘路を突破されれば、冒険者ギルドに勝機はない。
◇
最終章 デス・オブ・ヒュドラ・クラン
2 マーシレス・ショウダウン
◇
「――死ねえ、クソッタレども! オラーッ!」「ギャアアーッ!」
C級冒険者のソードフェンサーはロングソードで銃弾を弾きながら突進し、針路上のレッサーギャングを数人斬り殺した。切断された腕が引き金を引いたまま宙を舞い、流れ弾でさらに数人が死傷する。
「へへーっ! 街のならず者なんざ大したこと」BBBBRTTTTTT!
直後、異様な銃声が轟き、ソードフェンサーは血煙と化して即死した。
「ゲヒャヒャヒャヒャヒャッ! 迂闊よのォーッ!」
討ち取ったのは巨漢ギャングのバレットシャワー。両腕に曲面状の大型シールドを携え、肩には蜂の巣箱のような超速射機関銃を搭載している。
この銃は36本もの銃身を束ねた構造で、瞬間的に秒間数万発の超高レートを発揮する試作兵装である。シールドで守りを固めつつ、この瞬間火力を押し付けて圧殺するのが彼の勝ち筋なのだ。
「都市外じゃ知らんが、街中じゃ俺らが狩人よ! 今日は何人殺れるかなァ!」
ガチャン! ガチャン! 超速射機関銃の後部が展開し、72本の使用済み銃身を一斉に排出した。
すぐさま背のバックパックの中からサブアームが伸び、弾倉を兼ねた予備銃身を装填。シールドを構えたまま攻撃準備を整える様はさながら人型の要塞である。
「――A級、ナイツテイル! 推して参る!」
そこに正面から肉薄する巨躯。その正体はギルドマスターの後ろにいた馬人の鎧騎士。
馬人は身ひとつで騎兵となれる特異な人種だが、ナイツテイルの体躯は特に並外れていた。4つの蹄で路面を蹴りつけ、レッサーギャング部隊を文字通り蹴散らしながら進んでくる。
バレットシャワーはこの者の実力を見て取り、笑みを消した。今の斉射を見てなお突っ込んでくるなら、まず間違いなく銃弾への備えがある。
「デカい的だぞ、半馬! 飛んで火に入る夏の虫よォーッ!」
BBBBRTTTTTT! バレットシャワーが両肩から銃弾を投射した。
発射数は左右合わせて360。一般的な機関銃のような線状ではなく、雲のようなひと塊となって飛ぶ。範囲に入れば熟練の魔法使いであっても回避も防御もままならぬ。
しかしナイツテイルはハルバードを水平に保持し、正面から銃弾雲に突っ込んだ。
銃弾はその全身に命中して火花を散らし、そのまま貫通することなく四方八方に跳弾した。全身を超硬質化させる〈不抜〉のスキル。馬人の脚力と合わされば、その突撃は決して折れぬ槍の穂先と化す。
バレットシャワーは舌打ちとともに対騎兵槍兵めいて身を低め、シールドに仕込んだ魔導電撃パイルバンカーの射突を繰り出した。だがナイツテイルの槍先はなお速く、なお長かった。電撃杭の到達より先に斧槍が彼の胸を貫き、そのまま空中に跳ね上げた。
「ち……ッ!」
「はあああああああッ!」
ナイツテイルは銃声すら掻き消すような雄叫びを上げ、落ちてきたバレットシャワーの胴体をハルバードの斧刃で切断した。シャワーのような返り血が降り注いだ。
「術師は詠唱を急げ! 前衛が崩されるぞ!」
ナイツテイルは竿立ちになって自陣後方に叫んだ。
そこではローブや魔法杖を持った古式の魔法使いが並び、火力投射の準備を整えている。魔物を仮想敵とする冒険者の魔法は東区のそれより出が遅いが、火力は高い。撃てさえすれば数の差は覆せる。
「急かさないでよ! ……燈火よ/蜥蜴の尾となり/爆ぜ……」
BANG! 敵集団に上級火炎魔法を放とうとしていたスカーレットウィザードの頭が爆ぜた。
◇
「…………」
東区側、関所から1500メートル後方にそびえる古代建築の高層階で、身の丈よりも長いライフルのボルトハンドルを引く男がいた。
ガスマスク機能を備えたフェイスガードに、黒と灰色のカモフラージュ布を縫い付けたギャングギリースーツ。両腕は運動性を捨てて精密動作に特化したマギバネティクス。
彼が運用する20ミリ対魔物ライフルは東区の手持ち火器の中では最大級。長いバレルの上には望遠鏡のごとき狙撃用スコープ、銃口には大型のサプレッサーが装着されている。付与された氷凍魔法の力で発射ガスを冷却し、音と光を抑える最高級品である。
名はキルショット。東区最高のスナイパーギャング。敵の火力要員を狙撃で始末し、前衛ギャング部隊の突撃を支援するのが彼の役目だった。
◇
「狙撃だ! 障壁を張れ!」
髑髏兜の剣士が鋭く叫んだ。南区後衛のうち数人が慌てて障壁魔法を展開し、驚くべき精度で飛んでくる狙撃を防ぐ。
「射手は外壁の向こう、おそらくビルの中だ。撃ち返せる奴はいるか?」
「どこか解んなきゃ当てようがねぇだろ!」
必死で障壁魔法を維持するサンシェードが悲鳴じみた声を上げた。
「牽制にはなる。長射程の魔法が使える奴は、当てずっぽうでも撃ち返して狙撃手の頭を下げさせろ。その隙に斥候を敵陣に浸透させる」
「そのぶん前線の援護が薄くなるぜ」
「俺とナイツテイルで持たせる。頼んだぞ」
髑髏兜の剣士はひと足で飛び出し、ナイツテイルを追い越して敵陣に突出した。前方のレッサーギャングたちが即座に『がらくた銃』を構えた。
「来たぜェオイ! 蜂の巣にしてやらァ!」
「ウヒャハハハハハ! ヒーッヒヒヒヒヒヒヒッ!」
「剣なんぞで銃に勝てるわきゃあねぇんだよォ!」
「テメェの剣を質に入れてクスリ代にしてやるぜェーッ!」
BRATATATATATATATATATA! 一斉射、9ミリ拳銃弾の集中砲火が迫る。
髑髏兜の剣士は腰に佩いたロングソードに手をかけ、鯉口の留め金を外して抜き放った。露わになった刀身は黒く不定形で、熱した鉄を氷に押し当てたような音を絶えず響かせていた。明らかに尋常の物質ではない。
「――さらば」
ぞ り 。
髑髏兜の剣士が回転斬りを放った瞬間、異形の刀身が10車線を埋め尽くすほどに伸び、飛来した銃弾ごと道路上のギャング数十人を薙ぎ払った。
攻撃を受けたギャングたちは声ひとつ上げることはなかった。斬撃に巻き込まれた上半身が空間ごと削ぎ取られたように消滅したためだった。
一瞬後、残された下半身がスプリンクラーショーめいて鮮血を噴き上げ、糸が切れたように崩れ落ちた。後続のギャングたちの顔が引きつり、足が止まる。
「魔剣『ソード・オブ・フェアウェル』。これで少しは広くなったか」
剣士は残心して前方上空を見上げた。跳躍して斬撃を逃れていた魔法使いがふたり、落下しながら襲い掛からんとしていた。
片方は黒ローブの影術師。もう片方は腕に耐火バンテージを巻き付けた男。今の殺戮を見てもなお、目に宿る殺意にはいささかの陰りもない。
「シャドウプール……!」「オーバーヒート!」
「ガラティーン。A級。剣士」
名乗りと同時にガラティーンが対空斬撃を繰り出す。
ふたりのグレーター・ギャングは空中で互いの足裏を蹴って回避し、着地と同時に左右から仕掛けた。
「兵隊もタダではない。お前の命で贖ってもらうぞ……!」
シャドウプールが己の足元から影の鮫やマンタの群れを放った。音もなく泳ぐ二次元の魚は触れた者の三次元肉体に干渉し、激痛を伴う麻痺を引き起こす。
「魔道具頼りの増上慢野郎が! 科学の力を喰らえーッ!」
その反対側でオーバーヒートが腕のバンテージを解いた。前腕のマギバネ機構が展開し、パラボラ型のデバイスが露出した。そこに電撃魔法によるマイクロウェーブを集束し、指向性を持ったメーザーとして照射する。
「向かってくるなら容赦はしない。……墓に入る身体が残ると思うな」
ガラティーンは無詠唱で障壁魔法を展開してメーザーを防御した。
続けて全身の強化魔法を強め、足元に滑り込んできた影のシュモクザメを逆にストンピング破壊。返す刀でオーバーヒートに魔剣の下段薙ぎを放ち、回避のため跳躍した先を狙って突きを繰り出そうとした。
「――死ねや、ボケがァッ!」
「!」
そこに若頭補佐のバンブータイガーが肉薄、力任せの右ストレートを浴びせた。
ガラティーンは左の腕鎧でガード。爆発的な衝撃。体格の差を強化魔法の出力で埋め、それでもなお数メートルの後退を強いられる。
「む……」
髑髏兜の剣士は目を眇め、己の左腕を見た。
腕鎧に4つ並んだ刺し傷。そこから血が滴っている。バンブータイガーの拳を見ると、指の間から短い鉤爪が4本、革手袋を突き破って飛び出していた。
「はッ! 肩書のわりに大したこたァねぇな!」
傷顔のギャングはギャングスーツの襟に手をかけ、一瞬でシャツごと脱ぎ去った。
その腕は仕込み爪付きの重格闘用マギバネティクスだった。黒漆の装甲には笹の筆絵。筋骨隆々の背中には見事な虎の刺青。外気に触れた肌から白い蒸気が立ち昇る。
「ビビってんじゃねぇぞ、テメェら! 遠巻きにチンタラやってっから死人が増えるんだろうがァ! 突っ込め! 殺せェェェーッ!」
バンブータイガーの咆哮が戦場に響き渡った。
「ぅ……ウオオオオオーッ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」
「「「「「殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!」」」」」
その声を皮切りに、二の足を踏んでいたレッサーギャングたちが再び動き出した。口々に罵倒や意味のない喚声を叫んで恐怖を誤魔化し、死体を踏み越えて近づいてくる。
関所の向こうでは装甲トレーラーが何台も行き交い、次々と後続部隊を送り込んでいた。
「蛮族め。ゴブリンやオークの方がまだ大人しい」
「まったくだ」
追い付いてきたナイツテイルがぼやくと、ガラティーンもそれに同意した。
ふたりは生まれも育ちもクイントピアの外。
ナイツテイルは魔物討伐と傭兵業、ガラティーンは迷宮探索が本業である。
剣と魔法をもって外の世界で戦い続けてきた彼らにとって、都市内で共食いじみた対人闘争に血道を上げるギャングの思考回路は理解不能だった。たかが街一つの勢力争いのために、自動火器、人体改造、魔導兵器? なぜそこまで?
彼らは知らぬ。人口過密による貧困と熾烈な生存競争の中で、ギャングたちが底なしの闘争心を育んできたことを。襲い来るひとりひとりが暴力の蟲毒を生き抜いた凶暴な毒虫であることを。
――だが知らぬからといって、始まった戦いを先送りにできようはずもない。
「連中、まだ増えるぞ。術師どもは狙撃手の相手でしばらく動けん」
「ならば、どうする。ギルドマスターも鋼の大蛇の相手で手一杯だ。向こうの決着まで前線が持つか解らんぞ」
「持たせるしかあるまい……!」
KRA-TOOOOOOOOON! 機械の大蛇が吐いたマギトロン・ビーム、そしてエルフェンリアが繰り出した熱核魔法の放射熱線が相殺しあい、上空で巨大な魔力爆発が生じた。
KBAM! KBAM! KBAM! 後方の術師たちが長射程の魔法を斉射し、東区後方の高層建築の部屋を手当たり次第に吹き飛ばしていく。
キルショットは狙撃ポイントを次々と移りながら、障壁魔法が薄い箇所を狙って撃ち返す。さらに後方のヒュドラ・ピラー屋上では、若頭補佐プロフィビジョンが指揮する『ビッグ・バレル』砲撃システムが照準を終えようとしていた。
ガラティーンは魔剣を八双に構え、敵の攻勢に向かい合う。ナイツテイルがその斜め後ろに位置取り、迎撃の要となる彼の脇を固める。
バンブータイガーはひたすらに攻撃続行を叫び、自らも部下の魔法使いを引き連れてガラティーンを仕留めにかかる。その陰でステイシスが目をギラつかせて強襲のタイミングを窺う。道路には血の川。硝煙の匂い。悲鳴、銃声、剣戟の音!
読んでくれてありがとうございます。
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