シガレッツ・アンド・アルコール(8)
「――セムテクスさんは火薬専門なんすよね。暗黒麻薬カルテルなのに」
「一般層に売ってるのがドラッグってだけで、色んなもの作ってるよ。リーダーが統括で、私は火工品、メスとフェルムが医療関係。あとは材料工学のクロコダイルに、マギバネのコンタミネイション。ミュールちゃんはリーダーの下で勉強中」
あらかたの作戦を決め終えた後、俺たちは最後の準備に移っていた。
本格的に事を起こすのは、パノプティコンが目を覚ましてからだ。俺はセムテクスと向き合って座り、奴が提供された弾薬を点検していた。
「じゃあ何でわざわざ麻薬を?」
「うちだけで捌けるのがドラッグくらいなんだよね。工場はほとんどサクシーダーに握られてるから頼りきれないし、東区じゃみんな病気の治療薬より手っ取り早く楽になるクスリを欲しがる」
「世知辛い話っすね」
俺は否定も肯定もしなかった。他が売れないからといって麻薬を売っていいのかは大いに疑問だが、俺も他人の倫理観をどうこう言えた身分ではないし、まともな奴ほど馬鹿を見るのがこの東区という街だ。
「――冷兵器のことはさっぱり解らんが、預かったサンプルと同じような重量バランスで作らせた。クロコダイル、説明してやれ」
「や、矢柄は竜骨由来のカーボン。鏃は鋸刃付きの高速度鋼製で、ネジ切り加工で矢柄に接続したど。安定翼は軽金属の板で代用したけど、飛行特性は近いはず……」
奥のテーブルではデスヘイズに連れてこられた大男が、フォーキャストに矢束を差し出している。鋭い牙と灰緑色の肌、茶色い作業用ジャンパーに保護眼鏡。東区では滅多に見ないハーフオークだ。
フォーキャストは矢を曲げた指の上に乗せ、くるくると回して歪みを確かめた。それを何本か繰り返してから満足げに頷き、50本はある矢をすべて矢筒に収める。
「いい出来だね。全部きっちり同じ形、エルフやドワーフの職人仕事みたい」
「あ、当たり前だど……オデの工作技術にかかれば、こんな原始的な投射体ひとつ訳ないど……ぐふっ、ぐふふっ……」
クロコダイルは野太い声で笑い、得意げに厚い胸板を叩いた。
「見かけの割に、って言うと不機嫌になるけど、丁寧な仕事するの」
「丁寧さならセムテクスさんも負けちゃいませんよ」
俺は社交辞令3割、事実7割で言った。
机の上にはショットシェルに拳銃弾、それと赤塗りの爆炎手榴弾が1ダース。ハンドロード、つまり手作業で作った実包のはずだが、精密機械で作ったようにリジッドな出来だ。
拳銃弾は注文通りのフルメタルジャケット、しかも三重被覆の重金属弾。
鉛にアダマントの被帽を被せた重金属弾は被帽の厚さでグレードが分かれる。その最上位がトリプルコートだ。軽めの防弾装備ならあっさり貫通するが、その代わり普通の弾の数倍は値が張る。それが100発。少し気後れする光景だ。
「このトリプルコート、本当にタダでもらっていいんすか?」
「小遣い稼ぎに作ってたけど、今の東区じゃ売る相手もいないから。在庫処分」
「じゃあ遠慮なく」
俺は蜂の巣のようなケースに収まった拳銃弾をつまみ上げ、出来を確かめながら『黒い拳銃』のマガジンに詰め込んでいった。予備を入れて5本のマガジンを銃弾で満たし、余りをポーチに詰め込む。
次に円筒形のショットシェルを8本あるスピードローダーに突っ込み、それを腰に着けた革のホルダーにしまう。鹿撃ち散弾入りが6本、一粒弾入りが2本。『ヒュドラの牙』は既に分解清掃を終え、万全のコンディションを取り戻している。
最後にコート裏に縫い付けた内ポケットに爆炎手榴弾を収める。南区のブラックパウダーが作った変わり種の手榴弾はなくなったが、問題ない。ここから必要になるのは敵を殺す火力だけだ。
「いい具合に火薬庫だね、惚れ惚れしちゃう。ねえ、お土産も持っていかない?」
「見せてください」
「あは」
セムテクスが口の端を吊り上げ、獣人特有の大口から尖った歯を覗かせた。
そして脇に置いたハンドバッグから油紙に包まれた角柱状の物体をいくつも取り出し、机に並べた。鮮やかな紅色で、粘土のような質感をしている。
「魔導プラスチック爆薬。10キロある。噛むと甘いけど有毒だから食べちゃ駄目」
「このワックスみたいな塊が爆発するんすか?」
「凄いよ。たった3キロで厚さ30センチの鉄鋼を断ち切る。私は時限爆弾にするのが好きだけど、どう使っても楽しいよ」
「それだけ破壊力があるなら、身に着けるのは危ないっすかね」
腹に爆薬を巻くのがギャングのトラディショナルなカチコミ・スタイルだが、これは自爆のリスクと隣り合わせだ。敵と刺し違えて死ぬならともかく、事故や不注意でうっかり死んだら目も当てられない。
「大丈夫、この子は新婚初夜の生娘くらい低感度だから。信管さえつけなきゃ火が着こうが銃弾が当たろうが爆発しないよ。ま、それでも誤爆するときはするけどね」
「ま、爆薬ってそういうもんっすよね。気を付けます」
俺はセムテクスが差し出した布のベルトに爆薬を取り付け、スーツの上から身体にぐるりと巻きつけた。少しばかり重量はかさむが、女どものような人間凶器ではない俺には銃弾と爆薬が生命線だ。あればあるほどいい。
「――あー、パノちゃん起きたー!」
パノプティコンが目を覚ましたのは、ちょうどそのときだった。
◇
「おはようございます。気分はどうすか?」
「……あんたとフラッフィーをどうブチのめすか考えてた」
「まだちょっと譫妄が出てるみたいっすね」
パノプティコンは相変わらず青い顔だったが、少しは持ち直したようだった。ベットの上に仰向けで寝たまま、首だけを俺たちの方に向けている。
「聞きましたよ、麻酔を渋ったとかどうとか。頭は知りませんが、身体はしばらくまともに動かないそうです」
「平気。動かす」
そう言うと、パノプティコンは身体に金色の炎を走らせ、見えない糸で吊るように上体を起こした。
どうやら念動魔法で無理やり身体を動かしたらしい。クリスタルメスが悲鳴じみた奇声を上げ、デスヘイズが溜め息をついた。
「抗生物質を渡す必要はなかったかな。死にたきゃ勝手に死ねばいいが、うちのに手術させといて無駄骨にするのはやめてもらおうか」
「そんなこと言ってられる状況じゃない。まだ終わってないんだから」
「それなんすけど、パノさん」
俺はなるべく奴を刺激しないように切り出した。
「ピラーには俺とキャストさんで行くんで、パノさんとフラッフィーさんはここで南区に帰ってほしいんです」
「…………」
パノプティコンが目を見開き、無表情で俺を凝視した。金色の目の端から〈邪視〉の病んだ眼光がスパークし、溢れ出した念動力の余波で部屋中の小物や椅子がポルターガイストじみてガタガタと揺れた。
「どういうこと? 私はまだ戦える。足手まといには……!」
「とりあえず、最後まで聞いてください」
俺は『黒い拳銃』のマガジンを机の上に置き、その横に拳銃弾をふたつ並べた。マガジンがヒュドラ・ピラー、銃弾が攻撃チームだ。
「作戦は3段攻撃。まず地上で雇われふたりが陽動をかける。次にデスヘイズさんたちが空から仕掛けて、屋上に据えられた大砲を無力化しながら防御の要のリフリジェレイトを引きずり出す。そこに」
俺は3つ目の銃弾をマガジンの先端付近に配置した。
「――キャストさんと俺が、空から上階に直接殴り込みます。キャストさんがリフリジェレイトを抑えてる隙に、俺がチャールズを殺る」
「ひとりで? やれるの?」
「見かけほど無謀な賭けじゃないです」
この手の斬首作戦は何度もやってきた。ましてヒュドラ・ピラーは俺のホームで、構造も知り尽くしている。上階までの道のりをショートカットして奇襲できるなら、チャールズ相手でも勝ち目は十分にある。
「事が済んだらキャストさんたちと関所に戻って、集まってるヒュドラ・クランの奴らを解散させます。ここまでで質問は?」
「私とフラッフィーを帰すのはどうして? 少数で奇襲をかけるにしても、手札が多いに越したことはないはず」
「キャストさんが抱えて速く飛べるのはひとりだけだそうです。短期決戦ですから、ピラーの外で暴れる役もそんなに多くは必要ない。東区から離脱することも考えたらなまじ人数が多い方が面倒が増える」
「正直仲間外れみたいで気に食わないけどねー。さすがにあたしも空は飛べないし」
毛皮のコートを脱いでくつろいでいたフラッフィーベアが口を挟んだ。
「それに、関所にはクランの強豪が集まってる。ここで戦力を遊ばせるくらいなら、南区に戻って冒険者ギルドと合流した方がまだしも出番がある。こっちの計画をギルドマスターに前もって伝えとく必要もあるし、一石二鳥だ。解ってもらえませんか」
「……ひとつ聞かせて」
数秒の沈黙の後、パノプティコンが切り出した。
「あんた、東のワンクォーターを倒した後はどうするつもり?」
「だから、関所に戻ってヒュドラ・クランの奴らを……」
「もっと後の、身の振り方の話」
「へ?」
質問の意図が解らず、俺は聞き返した。
パノプティコンは何も言わず、ただ俺を見つめていた。その表情には一抹の不安と、ふざけた答えは許さないという迫力が入り混じっていた。
「あー……あんまり考えてませんけど、少なくともほとぼり冷めるまでは南区にいる気ですよ。抜け抜けと真人間面でね」
「そ」
いつぞや言われた言い回しで答えると、パノプティコンは顔を逸らし、ウェーブのかかった金髪を掻き上げて、深く深く息をついた。
「――あんたのおかげで、私の復讐は成った。最後まで力になれないのが悔しい」
「じゅうぶんですよ」
「すべてが終わったら、祝杯を」
「必ず」
俺とパノプティコンは固く手を結び、話は終わった。
◇
「――それじゃ、一番槍はあっしらが頂戴いたしやす」
アジトの前。元は駐車場だったらしき屋外スペースで、デーモンナイフが言った。その横では全身に重火器を搭載したホワイトリリィが、背中に接続したブースター・ユニットの暖気運転を行っている。
〈隠倉〉の内部空間は空も周囲も闇に覆われていて、あたかもこの建物だけが夜の海に浮かんでいるよう。その闇に向かって、この空間の主であるドラッグミュールが両手をかざし、外界への出口を作り出そうとしていた。
「まさかあんたらが味方になるとはな」
「仕事ですので。次も味方かどうかは貴方様のお金回り次第ですわ」
「ま、どのみち今のままじゃ雇い先もありやせんし、せいぜい気張りやすよ。死神の旦那もご武運を」
「何、ちょいとケリつけてくるだけさ。あばよ」
「ご機嫌よう」「御免」
殺し屋たちは素っ気なく別れを告げると、虚空に開いた白いポータルの向こうに消えた。たちまちポータルに無数のノイズが走り、みるみる縮んで消失する。
「行っちまった。この〈隠倉〉だか、出る先は自由自在なんすか?」
「基本は最後に入口を開けた座標に出るが、いくらか履歴を遡れる」
デスヘイズが短銃身リボルバーに弾を込めながら言った。
「小娘どもはこのまま待機しとけ。オレたちが出た後、セムテクスにミュールを関所近くまで護送させて、そこで降ろす」
「パノちゃんはともかく、あたしも出なくていいのー? 護衛なら得意だけど」
「平気だよ。こういうのは慣れてるから」
セムテクスは作業着から黒と赤のパンキッシュ・ギャングファッションに着替え、自作らしき見たことのない銃器を抱えていた。セミオートの狙撃銃に似ているがバレルが異様に太い。遠距離型の擲弾銃といったところか。
「じゃ、おふたりのことはお任せするとして……キャストさんには最後までご苦労をおかけします」
「いいよ。後でお寿司、期待してるから」
「あれ冗談じゃなかったんすか」
「ふふふっ」
フォーキャストがジャケットの前を閉めながら笑った。
弓使いの背には、黒い大弓。そして背丈の倍はある大長巻、魔剣ブレード・オブ・アナイアレイション。表面上は普段通りの飾らない立ち姿だが、近くにいるだけでも肌が粟立つような感覚が走る。
その原因はこの女が身にまとう魔力だ。一糸乱れず統制された力の流れが、魔剣が発する魔力をも巻き込んで、爆発的開放の一歩手前の状態をキープしている。まるで黒々とした冬の雷雲か、うねる竜巻のようだった。
「次、開きます。……リーダー、お気を付けて!」
幼い獣人が両手をかざし、虚空に再び白いポータルが開いた。
「オレとヴィタエが仕掛けたら合わせろ。行くぞ」
「それじゃあ皆さん、打ち上げの相談はまた後で! さよーならー!」
デスヘイズの身体が一瞬でほどけ、大量の黒煙となって穴に吸い込まれていった。長杖に横乗りになったアクアヴィタエが浮揚魔法でその後に続く。
「ふたりとも行ってらっしゃーい! 気を付けてねー」
フラッフィーベアが満面の笑みで両手にナックルダスターのような暗器を生成し、カチカチと打ち合わせて火花を散らした。古い厄除けのプロトコルだ。
「どうも、フラッフィーさん。……じゃ、俺らも行きましょうか」
「うん」
俺はフォーキャストと頷き合い、並んでポータルに飛び込んだ。
親父の突然の追放宣言に始まるこの騒動も、もうすぐ終わる。
クランを私するチャールズを殺し、奴の企みすべてを叩き潰す。邪魔をするものはすべて殺す。無慈悲に殺す。容赦なく殺す。
それが親父を殺したことへの、俺なりのケジメであり――ヒュドラ・クランのギャングとしての、最後の仕事だ。
(シガレッツ・アンド・アルコール 終)
(最終章 デス・オブ・ヒュドラ・クラン に続く)
読んでくれてありがとうございます。今日は以上です。
忌中ゆえあけおめはキャンセルですが今年もよろしくお願いします。
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