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シガレッツ・アンド・アルコール(7)


「組長? 俺が? 麻薬(ヤク)のやりすぎで脳味噌トバしました?」

「殺すぞ」

「すいません」


 余りに唐突な申し出に、俺は思わず聞き返していた。


「しかし……解ってると思いますが、俺は社長付きの平社員みたいなもんっすよ? 確かに組織図の中じゃ親父の直下ですけど、実務能力はゼロだ。勘違いしたバカが何か言い出したって思われるのが関の山っすよ」

「平時ならな。だがギャングの世界で物を言うのは結局、力とストーリーだ」


 デスヘイズが薬物煙草を燻らし、濃いモスグリーンの煙を吐いた。得体の知れない薬とメンソールの匂い。


「確かにお前は役職も実権もない。だがたいていの本部要員と顔見知りで、みんな組長がお前を息子と呼んでたのを知ってる。そこに大幹部の後押しがついて、冒険者ギルドもA級を護衛につけてるとなれば、文句を言う奴はそういないはずだ」

「名乗り出たその場でフクロにされませんかね」

「若頭のチャールズが死ねば関所の連中が戦う理由はなくなる。非合理上等で襲ってくる奴がいても、俺とヴィタエがいる上に冒険者ギルドの目の前だ。連中もここまで付き合っておいてイモ引くような真似はしないはずだ。そうだろ?」

「え。あー……大丈夫じゃない? たぶん」


 水を向けられたフォーキャストが曖昧な答えを返した。


「だ、そうだ。そもそも今の時点でクラン中から命を狙われてる立場だろうが。今さらこの程度のリスクでガタガタ抜かすな」

「ま、それもそうっすね」


 俺は同意した。横からアクアヴィタエがやってきて、湯気を立てる甘酒のカップを人数分置いた。デスヘイズの分だけはブラックコーヒーで、ハートのついた浅葱色のマグに入れられている。


「はぁい、お飲み物どうぞ。ノンアルコールで温まりますよぉ」

「どうも」


 俺はカップを受け取り、躊躇いなく飲んだ。熱くてどろどろしていて甘い。滋養の味がする。

 アクアヴィタエはデスヘイズの隣に座り、ぴっとりと身を寄せた。座高が低いデスヘイズと並ぶと姉妹のような体格差だ。


「それで――俺が組長になって、関所の奴らを退かせた後は?」

「戦後処理だな。残る奴をまとめ上げて、出ていく奴はその旨ハッキリさせる。上層部がごっそり消える以上、クランを今のまま維持するのは無理だ。潔く解散するのが後腐れないだろう。『今日ひと晩だけ』ってのはそういうことだ」

「残念ですけど、しょうがないでしょうね」


 俺は親父のような豪胆な決断はできないし、チャールズのような学もない。

 ごく短い間ならデスヘイズの言った通りに誤魔化せても、数ヶ月もすれば必ず破綻するだろう。それなら最初からきっぱり解散を宣言した方がいい。


 ――そもそも、俺ごときがこんなことを決めていいのか、とも思う。

 俺の人生において、重大なことを決めるのは俺の仕事ではなかった。それは親父やチャールズが決めることで、俺のような鉄砲玉はただそれに従い、殺すだけでいい。半月前まではそう思っていた。


 しかし、親父はもう死んだ。それを仕組んだのはチャールズだ。


 ヒュドラ・クラン最初のひとりにして、ブルータル・ヒュドラの息子。こうなるまでろくに意識したことはなかったが、俺の中には確かにその自負と誇りがあった。

 親父のクランがチャールズのいいようにされるのは許せない。奴の野望が何であれ、ヒュドラ・クランは奴の踏み台ではなく、東区に覇を唱えたブルータル・ヒュドラの組織としてその歴史を終える。そうあるべきだ。誰が何と言おうとも。


 そう気づいてしまえば、迷うことは何もない。

 やるのだ。やるべきことを。無慈悲に、容赦なく。

 それは俺が唯一、親父よりもチャールズよりも得意なことだ。


「話はあらかた解りました。俺も現状は綺麗に片付けたいんで、喜んで協力させてもらいますよ。冒険者ギルドも文句はつけてこないでしょう。……ただ、ここまで話したことは、全部――」

「チャールズを()れなきゃ絵に描いた餅だな」


 デスヘイズがあっさりと認めた。


「話が早くて何より。具体的にどう仕掛けますか」

「情報は集めてある。まず……」


 俺たちが話を前に進めようとしたそのとき、部屋の扉が開き、波打つ黒髪をローポニーにした作業着姿の獣人(ライカン)が入ってきた。火薬屋のセムテクスだ。


「おかえり、リーダー。バックスタブ君も、頼まれたもの準備できたよ」


 ◇


「まず現状報告をしておくと、お前らの破壊活動の甲斐あってヒュドラ・クランは大混乱。後手に回って数の優位を活かしきれてない。戦力の大半は関所に釘付けか、東区中であてもなくお前らを探して遊び駒になってる」

「関所側には誰が?」

「仕切りはバンブータイガー。それからオーバーヒート、バレットシャワー、シャドウプール、シルバーフォックス。狙撃手のキルショットに、若手が何人か」

「豪華な顔ぶれっすね」

「お前の愛しのステイシスもいたぞ。ピラーから出たのを確認してる」

「げッ」

「『愛しの』?」

 

 フォーキャストが首を傾げた。


「昔拾ったタチの悪い女です。思い込みが激しいのなんのって」

「近接戦闘に異常特化したスキル持ちだ。大幹部のブラックマンバをタイマンでブッ殺してる。生きたままバラバラにしてな」

「あいつのやりそうなこった。しかし、その面々にバウンサーやレインフォール、内勤のウォッチメイカーまで出払ったとなれば、ヒュドラ・ピラーの本部は今頃スッカラカンじゃないっすか?」

「そうでもないよ。今ピラーの屋上じゃ『ビッグ・バレル』が稼働してる」


 デスヘイズの後ろからセムテクスが口を挟んだ。


「なんすかそれ。俺知りませんよ」

「15センチ対地・対空砲システム。砲16門の仰角と時限信管を魔脳操盤(マギバーデッキ)で制御してて、東区のどこでも曳下射撃できる。発射レートは毎分20発×16」

「やけに詳しいっすね」

「設計したのはオレたちだからな。もう実機が完成していたとは知らなかったが」

「科学者倫理もあったもんじゃねぇな」

「信管周りは私が主軸でやったんだ。あのサイズの火砲は初めてだったから、難しかったけど楽しかった……あれは芸術だよ。爆炎手榴弾(ブラストグレネード)に続くマスターピースだね」


 黒髪の獣人(ライカン)がうっとりと頬に手を当てた。他より多少はまともそうに見えたが、この女もやはりマッド・サイエンティストの仲間だったらしい。


「大幹部のシマに撃ち込むのは控えてたようだが、ここからは捕捉されたら即座に撃ってくると思え。これがひとつめの関門だ」

「しかし、屋上に据えてるなら近距離は死角っすよね。なにせヒュドラ・ピラーの高さは270メートルある」

「大仰角で撃てば近くにも落とせるけど、まあ概ねそうだね」

 

 セムテクスが肯定した。フォーキャストは飽きたのか席を立ち、バーカウンターでフラッフィーベアと1杯やり始めた。


「そもそもデスヘイズさんが煙になれば砲弾なんて効きやしないでしょ。空から近寄って毒煙で燻せば済む話じゃないんすか」

「それができるならとっくにやってる。……ふたつめの関門があるんだよ」

「あるというか、いる(・・)んですよねぇ」


 デスヘイズが言うと、アクアヴィタエが水流魔法(ウォーターマジック)で水を生み出し、器用に形を変えて女エルフの胸像を形作った。


「リフリジェレイトさんか……」

「3代前の東のワンクォーターの侍従だ。東区貴族がギャングに取り込まれてからは飼い殺し状態だったが、今はチャールズに従ってる。お前も面識あるだろ」

「静かな人っすよ。俺もほとんど話したことないです」


 リフリジェレイトはクランの構成員ではなく、あくまで東区貴族としてのチャールズ・E・ワンクォーターの部下だ。チャールズが親父と盃を交わした頃からいる。


 腕は立つらしく、デスヘイズを完封したという話も聞いている。だが、俺は戦うところを見たことがない。というか、あの女がクランの場に出てくること自体が滅多になかったはずだ。少なくとも親父が生きている間は。

 

「奴は今ヒュドラ・ピラーに常駐してる。何度か〈霞隠(アトマイズ)〉で内部に入り込もうとしたが駄目だった。必ず察知して迎撃に出てきやがる」

「煙になっても見つかるんすか? どういうカラクリなんだろ」

「さあな。スキル、魔法、魔道具(アーティファクト)、どれもあり得る」

「厄介っすね」


 俺の〈必殺(デスパレート)〉が決まれば、恐らく殺せる。ただ、そうなると本命のチャールズを殺すのが難しくなる。できれば戦わずにスルーしたい相手だ。


「ともかく距離を開ければビッグ・バレルの釣瓶打ち。かといって砲撃範囲の内側に入り込めばリフリジェレイトの迎撃圏内に入る。若頭らしい手堅い布陣だ。まずこいつを崩さなきゃどうにもならん」

「シンプルに同時攻撃は? ビッグ・バレルとやらは知りませんが、少なくともリフリジェレイトはふたりいないでしょ。引き付けた隙に押し入ればいい」


 そう提案してみると、デスヘイズは溜息をついて首を振った。


「机上論だな。そのふたつを突破できたとして、外から戻ってくる連中の足止めもしなきゃならん。お前ひとりでピラーに乗り込む羽目になるぞ」

「確かにひとりで駆け上がるのは骨が折れるか……」

 

 ヒュドラ・ピラーは超高層古代建築(ビル)だ。通路は狭くて入り組んでいる。

 つまり、強化魔法(エンハンス)を使った超人的な動きが制限されやすい。ああいう場所では下手な魔法使いより銃弾や爆発物の方が脅威だ。武装したレッサーギャングが大勢で守りを固めたら、にわか魔法使いの俺では突破できない。


「確認ですけど、おふたりが本気(ガチ)でかかればリフリジェレイトに勝てます?」

「無理だな。奴の冷気下じゃ〈霞隠(アトマイズ)〉が使えない」

「私も足止めがやっとですねぇ。あの人、ガチガチの重装戦士です。相当の魔法使いじゃなきゃ傷もつけられませんよ」

「となれば、こっちで当たれそうなのもひとりだけっすね」


 俺はデスヘイズの背中越しにフォーキャストを見た。


「キャストちゃん、このお酒美味しいねー。やくざ者が適当に作った闇酒かと思ってたけど、このへんの米酒じゃいちばんの出来じゃない?」

「ねー。南区でも仕入れたらいいのに。ギルドマスター(リア)に頼んでみよっか」

「あの人『反社と取引はしません』とか言いそうじゃなーい?」

「うーん、言うかも。言うわ。若い頃から真面目ちゃんだから、あの()

「あっははははははぁ!」「ふふふっ」


 フォーキャストはフラッフィーベアと呑気に酒の品評をしていた。

 相変わらず感情の読めないアルカイック・スマイルで、言動は何と言うか全体的にゆるい。大型武器をふたつ持ち、嵐の化身めいて飛び回っていたのが嘘のようだ。


「……あいつも飛べるんだよな、そういえば……」

「こっちは真面目な話してんのに、いい気なもんだなあいつら」


 デスヘイズが呆れ顔で薬物煙草を灰皿に押し付け、新しいものに火をつけた。


「真面目担当が寝込んでますからね。……もうひとつだけ、確認させてください。チャールズ(・・・・・)がいるのは(・・・・・)上階(・・)っすよね(・・・・)?」

「組長室が50階で指揮室が49階だからな。腕木通信には高さが要る、実利的に下に降りてくる理由はないだろう」

「よし。なら、やっぱり同時攻撃でいきましょう。ただし」


 俺は身を乗り出し、声を低くした。


「……乗り込むのは空からだ。それなら近い。俺ひとりで()れる」


読んでくれてありがとうございます。

今日は以上です。この更新は週に一度行います。

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