ナイトハント・アンド・ペネトレイト・ハート(15)
「――よし」
煙草と薬物の臭いが染みついた路地に身を隠しながら、俺はひとり『ヒュドラの牙』をポンプした。ジャコンと音を立てて機関部が空のショットシェルを吐いた。
灰色の雲に覆われた夜空からは、氷めいて冷えた大粒の雨が降り始めつつあった。そして遠雷と吹き荒れる突風の音。魔導ネオンが根こそぎ破壊された暗黒娼館街は、さっきまでの華やかさが嘘のように暗い。おかげで敵の最大火力を闇討ちで潰せた。
ブルームスター。手堅い仕事人気質の女で、態度は素っ気ないが頼れる奴だった。今はもうただの死体だ。
「ブルームスターガ殺ラレタ! ジョンノ奴ガ来テヤガル!」
20メートルほど先、死体の傍で叫ぶのはアンフィスバエナ。豪快な戦い方をする重マギバネのギャング。解りやすいパワータイプで、捕まると危険だが、索敵能力に難がある。集音デバイスの型が古いのだ。
「人が死んだら俺のせいかよ、まったく」
戦況の観察は済ませた。次はあいつだ。ノンストップでやる。
配管に手をかけて娼館の壁を上り、2階の窓を破って室内へ。敵の姿はまだない。
重マギバネに散弾では力不足だ。走りながら親指でセレクターを切り替え、薬室にスラッグ弾を装填。近くにあった窓の手前で銃を構え、撃つ。
BLAMN! 大口径のスラッグ弾がアンフィスバエナの頭部を直撃した。装甲がへしゃげ、魔導スピーカー音声の呻き声が上がる。
「グワーッ! 畜生ッ!」
「GRRRR!」
次の瞬間、フラッフィーベアが強烈なタックルをブチかまし、がぶった姿勢からサブアームを後ろ手に捻り上げて拘束した。強靭な獣人の筋肉が軋み、巨体の重マギボーグを天地逆の姿勢でリフト・アップする。
「受け身なんか取れないよ。言い残すことある?」
「クソッタレガァーッ! 地獄ニ落チロ、クソガキ! アバズレ女!」
「あはぁはぁはぁはぁはぁ! ――GRRRRROOOWL!」
フラッフィーベアが跳躍し、アンフィスバエナを脳天から古代コンクリート路面に投げ落とした。頭蓋骨ごと装甲マスクが砕け、鼻から下を機械に置き換えた素顔が露になった。
アンフィスバエナは痙攣しながらもサブアームを伸ばして戦おうとした。フラッフィーベアは無慈悲にその頭部を踏み潰し、完全に息の根を止めた。それから満面の笑みで俺に手を振った。
「ジョン君やっほー! うまくいったー?」
「お陰さんで」
笑い返す暇もあればこそ、俺は『無光夜』がある奥側へ取って返した。目的は合流と残敵の排除。階下でフラッフィーベアも併走を始める。
吹きすさぶ風に紛れ、向かいの建物で足音。勘付いた敵が追いかけてきたか。
手榴弾を投げ込む。爆発。窓から窓へ跳ぶ。エントリーした先には4人分の死体。名前も知らないレッサーギャングだ。死体を踏み越え、また次の建物へ飛び渡る。
「――俺の名はドライドコッド! 死ねよや組長殺し!」
「「死ねッコラーッ!」」
目の前、階段から3人。ひとりは二挺拳銃の魔法使い。他2人に先行してトライアングル・リープで迫る。奇策を講じている時間はない。
強化魔法を発動。ドス黒い魔力がタールめいて脚にまといつく。
なぞるのはかつて見たスパニエルの動き。床・壁・天井を蹴って跳ね回り、照準を絞らせず接近。一瞬の交錯に合わせて銃口を向ける。
「しまっ……」
「ショウ・ダウン!」
BLAMN! BLAMN! BLAMN! 初弾でドライドコッドの頭を蜂の巣にして、続く2発で残るふたりを殺す。
残弾がいよいよ心許ない。死体から安っぽい作りのサブマシンガンをひとつ奪い、窓を破って次へ。飛び移り際、宙を舞う白装束の影が視界に入る。
フォーキャスト。まるで嵐の化身。風にたなびく装束は白い羽衣、飛ぶ姿は雲間を走る稲妻。たったひとりで空を制圧している。
顔にはカラスの嘴を模した仮面。手にはヒドゥンダガーが持っていた長巻、ブレード・オブ・アナイアレイション。奴以上に使いこなしている。しかも昨晩聞いた奴の本名は「アズサ」だ。これで何も察しないほど鈍くはない。
だが、今はいい。敵なら殺し、味方なら助けるだけのこと。
葛藤や疑問を思考から切り離し、俺は次の建物に飛び込んだ。
「久々だな、『がらくた銃』なんて」
ベッドルームらしき部屋、窓の手前でサブマシンガンを構える。
この銃の癖はよく知っている。銃の横に突き出たマガジンを持たないこと(持つと射撃反動で歪んで給弾不良を起こす)と、無駄にフルオートで撃たないのがコツだ。精度自体は見た目ほど酷くはない。
BLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAM! セミオートで大通りの向かい側に見えるギャングの集団を撃つ。3人ばかし倒れ、残った連中が撃ち返してきた。
効きが悪い。防弾服か。鹵獲した最後の爆炎手榴弾のピンを抜き、強化魔法を乗せて放り投げる。
赤塗りの手榴弾がグレネードランチャーで撃ち出したような軌道で飛び、集団の中心で爆発。さっきの倍の人数が吹っ飛んで倒れた。
『無光夜』跡地まであと十数メートル。残るはスカウンドレルとバウンサー。それとファイアライザーのフォロワーらしき赤髪モヒカンの女ニュービー。
不意打ちで片方を殺し、返す刀でニュービーを殺し、あとはケセラ・セラ。
そう考えた矢先、スカウンドレルが突然こっちに振り向き、何かを投げつけた。
KRASH! ガラスが割れ、投げ込まれた何かが部屋の隅に転がる。
――同じ赤塗りの爆炎手榴弾。投げ返す猶予はない。
窓を蹴破って大通りに飛び出す。KA-BOOOOOOOOM! 背後で爆発。降り注ぐガラス片。強化魔法で着地衝撃をしのぐ。
「奴がいたぞ! 殺せ!」
スカウンドレルが周りのギャングに叫び、無数の銃口が俺を向いた。
予定はご破算。ならばプランB。手当たり次第に殺す。
「ざッけんなッ、ド腐れがッ!」
BRATATATATA! 手近なひとりの顔面に銃弾を叩き込んで殺し、死体を盾にしてもうひとり殺す。そこに前からダガー持ちが3人、相討ち上等で突っ込んでくる。
BRATATATATA! BRATATATA! 引き撃ちしてふたりをヘッドショットで殺す。同時に『がらくた銃』から弾切れのクリック音。肩当てを持って棍棒代わりに振り下ろし、最後のひとりの頭を叩き割る。
大通りの反対側から銃弾の雨。死体の盾が削られ、数発が肩と脚を掠める。
敵は4人。銃撃戦は確率論、長引くほど死の危険は高まる。無駄弾は許されない。
へし曲がった血まみれの銃を捨て、左手で『黒い拳銃』を抜く。
BLAM! BLAM! BLAM! BLAM! 丁寧に撃ち、銃の精度差を押し付ける。死体が4つ増えて銃弾が止む。
入れ替わりに前から5人。重防弾服にヘルメット。ふたりは片手剣と拳銃、残りはポンプアクション式ショットガン。バウンサーが従える精鋭重装ギャングだ。
長引けばジリ貧。乱戦に持ち込む。死体を捨て、『ヒュドラの牙』を抱えて突進。
目の前でマズルフラッシュが5つ。強化魔法で加速して銃弾を掻い潜る。何発か被弾。激痛。無視する。弾は防弾スーツで止まっている。
ひとりが剣を抜いて突きかかってくる。銃口を振って捌き、喉元を突いて、撃つ。BLAMN! スラッグ弾が貫通。後ろにいたもうひとりとダブルキル。
死体を蹴倒す。もうひとりの剣持ちが足を取られてたたらを踏む。懐に飛び込み、顎下から脳幹を撃ち抜いて殺す。血まみれの首無し死体の胸倉を掴み上げ、敵散弾を防ぎながら突き進む。
生き残ったふたりが距離をとろうと後ずさる。急停止して死体を放り捨て、空いた両手で『ヒュドラの牙』を構え、撃つ。片方の頭が爆ぜ飛ぶ。
ジャコン。排莢しながら右にフェイントをかけ、素早く反転して地面に倒れ込む。直後に敵散弾が真上を通り抜ける。
俺は伏せたまま狙いをつけた。必死に銃をポンプする最後のひとりと目が合った。死神でも見るような目だった。BLAMN! そのまま殺した。
「ハーッ……」
ひとしきり殺し尽くし、俺は長く息を吐きながら立ち上がった。
ここまでの連続殺は新記録。だが、悠長に休んでいる時間はない。
「見つけたぜッ!! ファイアライザー師匠の仇の片方!」
「あ?」
崩れた『無光夜』を背にしたニュービーが叫び、マギバネの左腕を向けた。右腕はフォーキャストの風撃に破壊され、肩から力なくぶら下がっている。
確かあれは重火炎放射モデル。ファイアライザーのために造られはしたが、当人が「重い上に出力過剰」と拒絶してお蔵入りになったはずだ。使う奴がいたのか。
「アタシはバックドラフト! 師匠のフラクタル・ファイアでテメェを殺す!」
「バックスタブ。あの人の弟子にしちゃウェットな奴だな、火付きが悪そうだ」
俺は名乗り返すついでに挑発を入れた。
バックドラフト、知らない名前だ。訓練段階の奴を前倒しで実戦に投入したか? 頭でっかちのプロフィビジョンあたりが考えそうなことだ。
「ナメんなクソボケーッ! その余裕ぶったツラを」KRAAAAAASH!
バックドラフトが火炎放射を放とうとした次の瞬間、後ろから飛んできた黒塗りの防弾魔導車が奴を撥ね飛ばした。
『怒れる幽霊』。燃える金色の魔力に包まれ、宙に浮いている。そのルーフ上にパノプティコンがいた。
「――A級、パノプティコン。仇討ちなら、相手になってやる」
手負いとは思えない堂々とした名乗りを上げ、パノプティコンは敵を一瞥した。
復讐を終え、今度は奴が復讐される側。それも勝者の特権か。
「アバッ……や、野郎……野郎ォーッ!」
バックドラフトは血を吐きながら立ち上がった。砕けた防火マスクから目を血走らせた女の顔が覗いた。
「炙り焼きのチキン・レッグにしてやるァァーーッ!」
KA-BOOOM! モヒカンの女ギャングが左腕から炎の枝を放った。
オリジナルほどの精密さはないが、噴き出す火炎流の規模と勢いは遥かに上。
だが、工夫もなく力比べを挑むには相手が悪すぎる。
「ひと思いに殺してやる。あの世で師匠と反省会でも開け!」
パノプティコンは念動魔法で炎を散らし、両目からの〈邪視〉でバックドラフトの動きを封じ込めた。
そのまま一瞬で懐に踏み込み、強烈なローキックで膝関節を破壊。さらに同じ脚で処刑剣じみたミドルキックを繰り出す。
バックドラフトは反射的にガードを固め、間一髪で胴体切断死を防いだ。左腕ごと蹴り砕かれた肋骨がその代償だった。パノプティコンはステップ・インからショートフックを放ち、骨折箇所に無慈悲な追撃を叩き込んだ。
「ぇげェェッ……!」
折れたアバラが肝臓にでも刺さったか、バックドラフトは大量の血を吐いて倒れ、そのまま気を失った。即死ではないが、数分もすれば死ぬだろう。パノプティコンが素早く側宙を打って距離を取り、俺のそばに着地して車を降ろした。
「才能だけじゃ何もできない。……車、いるでしょ。持ってきた」
「お手柄。怪我はどうです?」
「平気」
パノプティコンは簡潔に答えた。俺は話半分に頷いた。奴の脇腹に貼り付けた応急止血パッドは血で赤黒く染まっている。こっちも長く放置すれば命に関わる傷だ。
「――や。頑張ったじゃん、パノ」
「キャスト? ……それ、鎧化魔法。使えるなんて知らなかった」
「別に膝突き合わせて話すことでもないでしょ? このくらい」
続いて空中からフォーキャストが降り立ち、仮面を外した。白装束が風にはためきながらハラハラと散り、蒼く光っていた長髪がアッシュブルーに戻る。
「お疲れ様です。ノスフェラトゥは殺りました。魔族の生き残りっぽかったけど、まあ死ぬまで殺したら死にました」
「よかったね、外に出さずに済んで。あいつら餌がある限り不死身だから」
「それ、実体験っすか?」
「……内緒。ふふふっ」
フォーキャストは謎めかして笑い、片目を閉じてシィと人差し指を立てた。
「ちょっとぉー、何の話してるのー?」
さらに後ろからフラッフィーベアが追い付いてくる。能天気な口調だが、その目は油断なく敵を追い続け、手の中では手裏剣がジャラジャラと鳴っていた。
これで全員集合。あとは残りを片付けて娼館街を出るだけだ。
「何でもないっすよ。皆生きててハッピーハッピーです。――さて、お二方」
左手を腰の拳銃に近付けながら、俺はバウンサーとスカウンドレルに向き直った。距離は20メートルほど。互いに攻撃タイミングを計りつつ向かい合う。
「ここらで痛み分けってことで、お互い命があるうちに撤退するのはどうっすかね。半月前まで仲間だった同士で殺し合うなんて、胸が痛むことはやめにしましょうよ」
そう提案すると、スカウンドレルが鼻を鳴らして肩を竦めた。
「ほーお、ナイスな提案じゃねぇの。ところでお前たった今何人殺した?」
「30か31っすね」
「神経が麻縄か何かでできてんのか?」
「過去より未来に目を向けましょうよ。で、答えは?」
BLAMBLAMBLAM! スカウンドレルとバウンサーが同時に無言で撃ってきた。俺は『怒れる幽霊』の陰に飛び込み、そこから銃を出して撃ち返した。
「残念、交渉決裂か。32か33になっちまうな」
「くたばれサイコ野郎! 交渉の意味を辞書で引いてこい!」
「ヒュドラ・クランは相手が死ぬまで手を緩めない。お前が知らんはずもなかろう」
AWOOOGA! バウンサーの言葉を肯定するように、娼館街の入口からけたたましいクラクションが鳴り響いた。
「――YAEH! 間に合った! 応援連れて来ました!」
先頭は傷だらけの魔導バイク。跨っているのはイグニッションとかいう運転手。
その後方には貨物輸送に使うような大型のトレーラーが2台。フロントには多頭の蛇、ヒュドラ・クランの代紋。戦闘員を満載したカチコミ・トレーラーだった。
読んでくれてありがとうございます。
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